少しまずいことになりました
事態はちゃんと動き出す
転生してから既に十四日が過ぎ、アルヴァは日常を満喫していた。外に出れば畑の手伝いや狩りを行い、一人になれば魔力操作を行う日々。そのおかげか、筋力が少しついてきたのか斧を振るのが楽になり、魔力操作もかなりうまくなり、当初の目的である初級魔法は、森の動物に使用して試したがそれらは既に使用に問題ないレベルになっていた。ということでアルヴァは今日、村長ダウの治療のために村長宅を訪問していた。
「今日も手伝いに来てくれたの?」
訪問してアルヴァを最初に出迎えてくれたのはシルビィだった。いつものように笑顔で迎えてくれたシルビィは、今まで何かしていたのにも関わらず、それを中断し、アルヴァの方に近寄ってきた。
「それもそうですけど、ダウおじさんいますか?」
今回の目的はあくまでダウの回復だ。未だにダウは治しては痛めるということを繰り返していた。さすがにこれ以上放置することはアルヴァの精神衛生上よくないので、予定していた通り治療しに来たのだ。
「ダウ? 何か用なの?」
アルヴァが直接ダウに用があることは今までにない。なのでシルビィは不思議そうなのだとアルヴァは判断した。
「はい。また腰を痛めたと聞いたので」
「ありがとう。お見舞いに来てくれたのね」
アルヴァはそこで首をかしげることになる。表情には出さなかったが、頭の中は疑問でいっぱいだった。そもそもの疑問はお見舞いするほどダウは悪かっただろうかということだ。しかしその疑問はすぐに氷解することになる。
アルヴァの反応が鈍いことにシルビィも気づいたのか、困った表情になった。
「昨日あの人また無理してね、立てなくなっちゃったの。それでお見舞いに来てくれたって思ったんだけど……」
その言葉でアルヴァは得心する。それに応えようとしたのだが、そのアルヴァより先に声をかける者があった。
「俺がどうかしたのか?」
それはダウだった。未だ腰が痛いのか、少しかがんだ姿勢ではあるが、しっかり自分一人で歩いていた。
「あなた、歩いて大丈夫なの?」
「歩くだけなら何とかな。いつまでも寝ているわけにもいかん」
「本当に気を付けてくださいね」
シルビィは本当に心配そうに言った。それを見てアルヴァは更にダウを治す決意をする。
「あの、ダウおじさん」
「ん? 俺に用だったのか?」
ダウは不思議そうにしながらも、話を聞くためか椅子に腰を下ろした。立っているのが辛かったのかなと思いながら、アルヴァは余計なことを言わずに話を進める。
「うん。腰を治しに来たんだ」
「何かいい薬草でも採ってきてくれたのか?」
ダウはアルヴァが魔法を使えるようになったとつゆほども思っていないようだ。ただ、アルヴァにとってはどちらでもよかった。
「とにかくやるね」
アルヴァは細かく答えず、ダウの後ろに回り込み、服をめくって腰を露出させる。ダウはなされるがままで、静かに椅子に座っていた。
(さぁ、治してしまおう)
アルヴァは右手をダウの腰に向かってかざし、魔法を発動させる。
――――――回復魔法【治癒】
魔法に呪文は必要ない。使えば楽ではあるが、必須というわけではない。魔力操作をしっかりしていれば、問題ないく発動できる。
アルヴァの掌の前に光が発生し、ダウの腰を優しく照らす。それが数秒続くと、光は徐々に消えて見えなくなった。
「どう? 楽になった?」
しかし、ダウからの反応は全くなかった。ちらりとアルヴァがシルビィを確認すると、シルビィは驚いた表情のまま固まっていた。さすがに予告なしの使用はまずかったかとアルヴァが反省する中、ダウが静かに服を戻すと、ゆっくりと立ち上がった。
「……あぁ、全く問題ないな」
ちらりと見えたダウの表情は嬉しそうではなく、険しい表情をしていた。ここで初めてアルヴァは雰囲気が思っていたものと違うことに気づく。
(なんだ? 怒ってるわけじゃなさそうだけど……)
ダウは自分の体の調子を確認するように動かしている。その様子を見るに治療は完璧だったようで、不調の様子がないことに、アルヴァは心の中で喜んだ。
「アルヴァ、今のは回復魔法か?」
「うん。あれからずっと練習してたんだ」
「そうか。そういえば最近は魔法書読んでたもんな」
ダウはそこで初めて笑顔になる。そしてアルヴァの頭の上に右手を置いて、優しく撫でた。
「ありがとう。楽になった」
先ほどまでの反応が嘘だったように嬉しそうにダウは体を動かしている。「前より調子いい気がするぞ」と言いながら、体を捻ったり、反ったりしながら、嬉しそうに腰の調子を確認していた。ただ、シルビィだけは未だに困った表情をしているのを、アルヴァは見逃さなかった。
「でも、これで俺は本調子になったから本来なら手伝いは不要なんだが、せっかく来たんだ、今日も頼めるか?」
アルヴァは話をそらされている感覚を覚えながらも、流れに逆らったところでどこから逸らそうとしているのかがわからず、素直に頷くしかなかった。
「それじゃあよろしくな」
そう言ってダウは出かけて行った。
「シルビィおばさん、僕まずいことしたかな?」
先ほどのダウとシルビィの反応が不可解すぎて、思わずアルヴァはシルビィに問いかける。シルビィなら答えてくれるという打算は少なからずあったようだが。
「ううん。治してくれてありがとう」
そう言いながらもシルビィの様子はどこか煮え切らず、困っているようにしか見えない。聞いてほしくなさそうだが、このままでは何もわからず終わってしまいそうだったので、アルヴァは話の続きを促す。
「でも、ダウおじさんもシルビィおばさんも変だよ?」
その言葉にシルビィはまたも困ったように微笑んだが、今度はしばらく悩んだ後、今度は静かに目を閉じ、決意したように目を開いた。
「わかったわ。アルヴァ君、椅子に座ってくれる?」
何か話が始まると察したアルヴァは頷くと、さっきまでダウの座っていた椅子に座る。シルビィはアルヴァに向かい合うように椅子に座った。
「アルヴァ君は、まだ村の話や村の外の話、したことなかったよね?」
確かにアルヴァは細かいことは何も知らない。自分がいなくなってからの歴史はもとより、この村のことすら知らない。母さんに聞いたことはあるようだが、「十二歳になったら勉強しよう」と言われたようだ。全ては転生前の話なので、アルヴァにはそれ以上知るすべはないがとにかく、これが初めて聞く歴史だった。
「うん。母さんが十二になったら教えてくれるって」
「そうね。でも、アルヴァ君は賢いし、もう理解できると思うわ」
シルビィはそこで一息置くと、村の歴史を語りだした。
「この村はその昔、勇者様が生まれた村なの」
(勇者!?)
その単語に、思わずアルヴァは体がびくっと反応する。自分の知っている勇者と同一人物かどうかはわからないが、その単語は無視することができなかった。その反応にシルビィは不思議そうにしていたが、気にしないことにしたのか、続きを放し始めた。
「それ以来、この村は特別な存在になったの。村の中では魔物からは襲われることがなくなったし、次の勇者が生まれるかもしれないってことで、領主様からは優先的に保護されるようになったの」
「次の勇者?」
「あぁそうか。何も知らないってことはそこからなのね。ごめんなさい」
シルビィは説明がうまくないのかなと思いながら、アルヴァは辛抱強く続きを待つ。
「伝説があるの。魔王は二千年に一度よみがえるって。前回は勇者様が勝利したけど、その代償は大きく、多くの知識や技術が失われた。そしてまた二千年を迎え、魔王は目を覚ましている」
(二千年前の勇者は僕が知っている勇者と同一人物なのか? それとも前回は関係なくて僕が魔王をしていたのはその前の時?)
魔王が新たにいることよりも、アルヴァには転生してからどれだけの時間が流れたのかが重要だった。ただこれには確認できる可能性のあるものはある。
「勇者アルヴァンス?」
『勇者アルヴァンス』
アルヴァが転生する魔王になるもっと前の、まだ転生したばかりの子どもの頃、一緒に遊んでいて一番仲が良かったのがそのアルヴァンスだった。アルヴァンスとはすぐに会えなくなったのだが、それでもアルヴァにとっては親友と呼べる存在だった。もっとも、相手がどう思っているのかはわからなかったが。
「アルヴァ君知ってたの? まぁ、あなたの名前は勇者アルヴァンス様にあやかったものだから、お母さんが話してくれたのかな?」
自分の名前がアルヴァンスからつけられているという本人にとっては少し複雑に感じる事実をさらりと告げられ一瞬混乱するが、「まぁ、うん」と適当に答えながらも、それどころではないと頭を切り替える。
(勇者は間違いなくアルヴァンスだった。つまり、前回の魔王とは僕のことだ。僕が転生してから二千年がたったのか。人が生きるには長すぎるけど、一部の魔人やブラットは生きてる可能性が高いかな)
昔の知人に会える可能性が生まれたのだ。そのことにアルヴァは喜びを抑えるのに必死だった。
「それで話を戻すけど、勇者様のおかげで世界は救われた。でも、魔王は既に目覚めている。だから国王の勅命により、今勇者を探しているところなの」
アルヴァは今聞いた話を頭の中で整理する。
二千年前、魔王だった時に勇者だったアルヴァンスがこの村の出身であり、この村は特別扱いされていること。魔王といわれる存在は二千年毎に現れ、現在は現れる時であり、魔王は確認されていること。そして未だ勇者は見つかっていないこと。そしてアルヴァに最も重要なのは、かつての仲間が生きているかもしれないということだった。
(ブラット、君にはぜひ会いたいな。君ならきっと生きているだろう?)
伝わるわけがないのに、心の中で親友に問いかける。返事が返ってくるわけがないのだが、それでもそう思いたいほど、アルヴァは昔を懐かしんでいた。
「そういう理由で、才能のある子どもは領主様に報告しなければいけないの。ダウも私も立場上、黙っているわけにはいかないの。ごめんなさい」
そういえば話は終わっていなかったと、アルヴァは現実に意識を戻す。正直その話にいうほど興味はなかったが、とりあえず自分のことなので覚えておこうと努めていた。
「大丈夫です。じゃあ、ダウおじさんはお母さんと話をしに行ったんですか?」
「本当にアルヴァ君は賢いわね。その通りよ」
なるほどと納得しながら、これからどうなるのかに考えを巡らせる。ただ、すぐになるようになるだろうと考えるのを諦めた。迫害されるわけではないので、行き当たりばったりでいくと決めたのだ。
「これで私が知ってることは全部よ。納得してくれた?」
「はい。ありがとうございます、シルビィおばさん」
とりあえず知りたいことは一通り聞けてすっきりしたので、アルヴァとしてはもう気になることはない。明日はまた何かあるかもしれないが、今日のところはもう聞くことはない。
「それじゃあ、今日は帰った方がいいわ」
「なにも手伝うことありませんか?」
「え?」
アルヴァとしてはこのまま帰っても何もできることはないので、そう申し出たのだが、シルビィにありえない言葉を聞いたかのように驚かれてしまった。
その後、あまりことの重要性を理解していないとシルビィに思われたアルヴァは、似たような説明をもう一度受けることになった。
実は既にほかの初級魔法も使えるのは内緒だ(アルヴァ談)
まさかの既に評価いただき喜び&驚きで戸惑っています。出来る限り早めに書きたいと思います。




