エヴェレットは追い詰められているようです
エヴェレットと黒幕のお話
「くそッ!」
クランに戻って早々、エヴェレットは荒れていた。そこにはいつも余裕の笑みを浮かべ、人を見下しているような表情をしているエヴェレットはいなかった。
(あのガキのせいですべての計画がパァだ! 一体何だっていうんだ! 三十層の攻略? 三十一層の魔物の乱獲? 予想できるわけないだろ!)
しかし、いつまでも文句を言っていても事態が好転しないことはエヴェレットにもわかっている。ある程度暴れると荒れた心を落ち着け、冷静に現状を整理していく。
(とりあえず、まずは今後の方針だ。借金の件は諦めろ。とりあえず正攻法の手段はもうなしだ)
エヴェレットはいきなり大切な部分を切り捨てた。ただ、《英雄の剣》のクランの建物を手に入れるためにはそれ以外に方法がないのも事実だ。
(借金で手に入れられれば問題なかったんだ! そうすれば合法的に手に入れ、俺もクランも安泰だった!)
「そのような荒れた感情では良い案は浮かばないのではありませんか?」
エヴェレットの思考を読んだかのように突然聞こえた声にエヴェレットは驚くことなく、応対する。
「お前か。報告は必要か?」
部屋にいるのはエヴェレット一人のはずだった。しかし気がつけばいつの間にか黒い装束を身にまとった人物が立っていた。声から判断すれば男だろうが、見た目からは性別は判別できない。ただ、唐突に現れるのはいつものことであり、監視されていることも分かっていたため、エヴェレットは現れてもおかしくないと思っていた。ただ、面倒な相手のため、言葉に棘が混じるのは致し方がないだろうとエヴェレットは開き直っていた。
「いいえ、それよりも大丈夫ですか?」
この黒の男こそ、《英雄の剣》のクランの建物をエヴェレットに手に入れるよう依頼した人物だった。いや、依頼というよりは脅迫に近い。成功すれば報酬はあるのだが、拒否したり失敗したりした場合は、過去にエヴェレットが行った悪事の証拠により、エヴェレットは捕まってしまうのだ。エヴェレットに拒否権などなかった。
「大丈夫だと思うのか?」
エヴェレットは黒の男が現れるたびに現状を報告してきたが、それが本当に必要なこととは思っていなかった。そもそも信頼できる相手を脅す人はいないだろう。ならば必ず裏付けは取っている。エヴェレットはそう考えて、何も言わずに問い返した。
「問題はないと思いますが?」
「なに?」
計画が失敗したのだから問題しかない。エヴェレットには黒の男の言葉は理解出来なかった。
「ただ、からめ手が失敗しただけのことです。ならば、ほかの手段に訴えればいい簡単なことではないですか?」
その言葉を聞き、意味を理解したエヴェレットは顔をしかめた。エヴェレットも根っからの悪人というわけではない。多少は悪事に手を染めているが、それはあくまでお金に関することであり、相手の身体に害をなしてきたわけではない。しかし、ほかの手段をとるということは、今までやってきた罪の比ではない。
「つまり俺に誘拐しろって言ってるのか?」
借金の件が無くなったということは、もう合法的手段はエヴェレットに残されていない。つまり、残りは非合法な手段だが、そもそもクランの建物を手に入れるためには二つのことを解決しなければならない。一つ目は権利書を手に入れること。二つ目は権利書を譲渡したと認める書類に署名をさせることだ。その二つさえあれば何を言われようと問題はない。
しかし、その二つを手に入れる方法は限られている。権利書は盗み出すことは可能だが、問題は譲渡したと認める書類だ。脅しでもしない限りマーカスは書類に署名はしないだろう。それも命と引き換えに。もちろんマーカスは自分の命惜しさにクランを明け渡すような性格ではない。つまり、エヴェレットに残された手段はエリーゼの誘拐だけだった。
「それはあなたが勝手にやることです」
黒の男はそう言い放つ。つまり結果的にどうなろうと関知しないということかと、エヴェレットは悔しさで奥歯をかみしめる。
(せっかくクランマスターまで上り詰めたと思ったらこれかよ! ふざけやがって!)
エヴェレットは心の中で悪態をつきながら、それでも努めて冷静に会話を続けていく。
「分かった。だが、人手がない。そういうのをやりそうなやつらはいたが、今は捕まっている」
「その点に関しましては問題ありません。こちらで手配しましょう」
事も無げに言っているが、黒の男は非合法なことを行う者たちに伝手があることを示していた。それも、王都の中にいても問題ない者たちがだ。それは平和な王都の中では異常なことだった。しかし、それを指摘するようなことはエヴェレットはしない。
「いつまでに手配できる?」
「一週間は頂ければ」
「分かった。用意出来たらまた連絡をくれ」
エヴェレットの言葉に黒の男は頭を下げると、現れた時と同様に少し目線を外した瞬間にいなくなっていた。
(もうこうなったら俺は突き進むしかない。成功するしか俺が生き残る手段はない)
エヴェレットは覚悟を決め、誘拐に関する手立てを考え始めた。
一方、エヴェレットの目の前から姿を消した黒の男は闇の中を疾走していた。そしてそのまま王城に侵入し、物陰でいつもの服装である紳士服に着替え、使用人の服装になった。黒の男はゆっくりと目的の部屋を目指し、到着してすぐにノックをした。
「入れ」
部屋の中の人物は黒の男に誰何することなく許可を出す。そのことを気にすることもなく、黒の男は部屋の中に入った。
「それでどうだった?」
部屋の中にいた男の名前はラディリアス・アノウン。王位継承権第一位の王子だ。つまり彼こそが王太子である。
「やはり事前の調査通り、建物の入手には失敗したようです。次の策も与えましたが、失敗するでしょう」
「そうか。まぁ、仕方がないか」
ラディリアスはあまり執着する様子も見せず、そう言う。
「もともと手に入れば少しは役に立つかもしれないと思っただけだ。手に入らないとしても問題ない」
エヴェレットが聞けばその程度の考えで俺の人生を無茶苦茶にしたのかと憤慨しそうなことをラディリアスはこともなさげに言った。そもそもあのクランの建物を手に入れようとした理由は、建物に付与されている【不滅】の魔法を解析したいと思ったからだ。だがそれはラディリアスの計画に必須というわけではない。
「ただ、邪魔をした例の少年については何か考えないとね」
【不滅】が手に入らなかったことよりもラディリアスにはそちらのほうが重要だった。
「調査の結果、例の少年はイーステリア様を助けた少年で間違いないようです」
例の少年とはアルヴァのことだ。アルヴァは全く考えていないが、アルヴァのことは噂になりつつあった。イーステリアの一件は外出などしていないということになっていた。しかし一部の者たちの中にはそれとは関係ないように装い、手練れの少年の噂が広がっているのだ。
「本当に間違いないのか? イーステリアを襲わせた奴らはそれなりの手練れだろう?」
ラディリアスは目の前の男のことを信用している。しかし、だからと言って今回の報告をそのまま信じることに抵抗があったのだ。
「それを確認するために、今回の件を利用させて頂きました」
「どういうことだ?」
「例の少年と今回の件の少年が同一人物であることは間違いありません。検問所の兵士の言っていた特徴と、クラン《英雄の剣》に所属している少年の特徴は一致しておりますし、そもそも検問所で提出された書類の名前も、冒険者ギルドに登録された名前も同様でしたので、確定情報としています」
お互いの認識をすり合わせるための確認だと判断し、問題ないと頷く。
「そしてその少年は三十層に到達する手段を有しています。しかし、それがどういったものなのかはわかりません。なので今回の件を使い、少年の手の内を探りたいと思います」
「具体的には?」
「先ほど《英雄の剣》所属である少女を誘拐するように進言してまいりました。人手が足りないというので、勝手ではありますが、独断で手下を数人使わす約束をいたしました」
「問題ない。つまりお前はそのその少年が少女を助けに行くと考えているわけだな?」
黒の男が自分の利にならないことはしないと分かっているラディリアスは、独断に頓着せず、その考えを確認する。
「はい。今回の件を考えれば間違いないと考えます」
確かにそれは間違いないだろうとラディリアスも思えた。簡単に大金を譲渡するような少年が、誘拐が起きてじっとしているとは考えられなかった。
「そうなれば手の内を明かすしかないということだな?」
「はい。その手の内さえわかれば、こちらに与しやすくなるでしょう」
二人はそもそもアルヴァが何かしらの魔法具を使用していると考えていた。そう考えなければ彼らの常識の中ではアルヴァのやってきたことに説明がつかなかったのだ。
「イーステリアに味方するようなことがあれば厄介だからな」
ラディリアスの耳にもイーステリアが少年を気にかけているという話が耳に入っていた。正確には騎士団長なのだが、騎士団長がイーステリア側なのをラディリアスは分かっていた。
「これで先に僕たちがその少年の手の内を知れば、その後はどうとでもなる」
魔法具ならば奪ってしまえば問題ないとラディリアスは考えていた。そして魔法具ならば解析し、量産することが出来るかもしれない。それは【不滅】を持つクランの建物を手に入れるよりも大きな成果になるのだ。
「それで、人員の手配は?」
「今から選定を行います。ただ、その中に私を入れる許可を頂きたいのです」
「何故だ?」
ラディリアスには本当に意味が分からず、素直に問いかけた。
「少年の手の内を探るためにはそれ相応の観察力が必要です。この機を逃すと次の機会がいつ訪れるかもわからないため、万全を期すために私自らが確認したいと存じます」
「なるほど。許す」
「ありがとうございます」
黒の男は恭しく頭を下げる。彼らの中ではこの計画は完璧なものであり、必ず成功すると確信していた。そう、彼らの中では。
絶対うまくいかない計画が今幕を上げる




