マーカスの腕を治すようです
最近は頑張って更新するようにしています。なので小さなミスは見逃していただけるとありがたいです。ただ、誤字、脱字の報告はありがたいです。
アルヴァと精霊であるルナの感動の再会に水を差さないようにしていたマーカス、ワンダ、エリーゼだったが、さすがに我慢の限界だったのか、アルヴァを丸い机に備え付けられた椅子に座らせ、その机を囲むようにアルヴァの正面にマーカスが、右隣にエリーゼ、左隣にワンダが座った。ルナは頑として座ろうとせず、剣を背負ったまま、アルヴァの後ろに控えていた。
「言いたいことは沢山あるが、とりあえず無事でよかった」
マーカスは改めてアルヴァにそう伝える。ワンダはそれに同調するように頷いた。
「それよりもお話があります」
アルヴァはそう言って【道具箱】から金貨の入った袋を取り出し、マーカスに向かって差し出した。
「これが今日の成果になります」
アルヴァがそういうと、マーカスはそれを受け取り、中を覗く。
「はぁ!?」
その金額にマーカスは思わず声を出す。ワンダとエリーゼはマーカスの反応が気になったのか、同じように袋を覗いて驚いた表情になる。
「金貨が六十枚あります。これで借金は返せますよね?」
アルヴァは自信満々にそう告げるが、マーカスはその言葉に困った顔になった。
「お前まさかこれを全額、借金返済に充てようとしてるのか?」
「そうですけど?」
不思議なことを聞くマーカスにアルヴァは首をかしげた。
「ねぇ、あなたは金貨六十枚がどれだけの価値があるのかわかってるの?」
ワンダは心配そうにそう問いかける。アルヴァとしてはなぜそんな当たり前のことを聞かれているのかわからなかったが、それでも正直に答える。
「えっと、確か一般的に暮らしていける人の年収が金貨5枚くらいでしたよね?」
アルヴァの答えにワンダは「あってるわ」と答えながら、なぜか表情は優れなかった。
「そこまで分かっていながら、なぜこんな大金を当たり前のように他人に渡せるんだ?」
マーカスやワンダが信じられないのはそれだった。確かにアルヴァはクランの一員だ。しかし、一蓮托生ということではない。クランがなくなったとしても、アルヴァに何か起こるわけではないのだ。しかし、マーカスたちの当たり前はアルヴァにとっての当たり前ではない。
「他人じゃないです。ここは僕が所属しているクランです。だったら僕の全力をもって助けるのは当然じゃないですか」
アルヴァにとって、どこかに所属すればそれは仲間であり、全力で守るべき対象になるのだ。そもそもその覚悟がなければそこに所属しようなどとは思っていない。もちろんその人物がアルヴァを裏切ればその限りではないが、基本的にアルヴァは身内には甘いのだ。
「……本当にいいんだな?」
「もちろんです」
アルヴァがそう答えた瞬間、マーカスは大きく息を吐いた。
「俺の代で潰すことにならなくてよかった……」
それは心からの安堵の言葉だった。ワンダも涙ぐんでマーカスの肩に手を置き、エリーゼはそんな二人を嬉しそうに眺めていた。そんな静かな時間が少し流れると、マーカスは切り替えるように咳払いをした。
「改めてありがとう。正直、本当にどうにかなるとは思ってなかった」
「信じられないのが当然だと思います」
むしろ信じてくれと言われて信じられたほうがアルヴァとしては心配になるので、まったく気にしていなかった。
「そういってもらえると気が楽になる。ただ、お前に対しての謎は増えたけどな」
「答えられることは答えますよ?」
その場の空気はその会話を機に真剣なものから日常会話程度に弛緩していた。ワンダも二人の会話を聞いて微笑んでいる。
「ねぇ」
しかしエリーゼだけはまだ真剣な表情のままだった。
「ダンジョンの話がホントだったなら、お父さんの腕が治せるのもホントってことよね?」
その問いかけにワンダははっとしたようにアルヴァを見た。マーカス本人はただ静かに目を閉じている。
「もちろん。信じてもらえるなら」
アルヴァはマーカスを見ながらそう答える。エリーゼとワンダの視線もマーカスに向く。
数秒の沈黙。何かを葛藤していたマーカスはゆっくりと目を開いた。
「何か危険なことは?」
「危険なことはありません。ただ、初めに右腕の断面を切ります。そのまま治してもうまくつながらないので」
アルヴァは何をするのかを正直に答える。体を切られると聞いてマーカスは一瞬戸惑う表情をしたが、すぐに決意したように頷く。
「お前はクランのために頑張ってくれた。なら、俺はお前を信じる」
そしてそう答えた。
「じゃあ、さっそく始めましょう。まずは上の服を脱いで床に横になってください」
マーカスは言われた通りに椅子から降りると、ワンダとエリーゼが椅子と机をどかした床に脱いだ服を敷いてその上に寝転がった。
(服の中はどうなってるのかわからなかったけど、上腕の途中までは残ってたか。これなら再生は楽かな)
アルヴァが状態を確認すると、それからどうするのかを考えていく。
「あの、ワンダさんとエリーゼはどうしますか? 今から切るので見てて気分のいいものじゃないですけど」
「私は見届けます」
「私も」
ワンダもエリーゼも真剣な表情で答える。その答えにアルヴァはただ「わかりました」と答えた。
「じゃあ、マーカスさん、何が起こっても動かないでください」
アルヴァはそう言ってナイフを抜くと、上腕の残った部分の先端の皮膚と肉を少し切り落とした。事前に伝えていたからか、誰もそのことに驚きはしない。
「痛くないんだが……」
切られた本人であるマーカスは何も感じないことに戸惑いの声を出した。
「切断面を冷やして麻痺させてるんです。切られてはいるので動かないでください」
そういいながらアルヴァは魔法を発動させる。
回復魔法【天使の涙《エンジェル・ドリップ》】
それはかつてラビィを治療したときに使用した魔法だった。この魔法は回復魔法の最上位に分類され、ありとあらゆる外傷を治癒する効果があった。しかし、それはあくまで傷を治す魔法であり、大きく失われたものを元に戻す効果はない。
「う……腕が!」
エリーゼは思わずといった感じで声を上げた。今の魔法の効果により、腕の形がうっすらと浮かびあがって見えているのだ。
「まだです。これはあくまで再生すべき腕の輪郭をかたどっただけです」
アルヴァは喜んで動き出しそうだったマーカスの動きを制した。エリーゼはもう何も言わなないように両手で自分の口を押える。
「本番はこれからです。絶対に動かないでください」
アルヴァはそう忠告し、回復魔法を維持したまま、【道具箱】から何かを取り出した。
「魔石?」
ワンダはアルヴァが手にしたものを見て不思議そうに首を傾げた。しかし次の瞬間、その表情は驚愕に変わる。アルヴァはそのまま魔石を握り砕いたのだ。
「はぁ!?」
マーカスは思わずといった感じで声を上げた。それでも動かないように気を使っているのか、身じろぎ一つしていない。
「お前! なんで砕ける!? というか、なんで砕いた!? 今のレベル六十くらいの魔物の魔石だろ!?」
起きたことが理解できず、マーカスは一気にまくしたてる。しかしアルヴァはそれを一切気にせずに次の魔石を取り出し、それも砕く。
「ま……待って! まさか主人の腕を治すのに魔石を使用するの!?」
ワンダは慌てた様子で問いかける。
「はい」
アルヴァはその疑問に一言で答えた。そしてさらに次の魔石を砕いた。
「お母さん、何をそんなに驚いてるの? 理解できないけど、これで治るんだよね?」
エリーゼは母親の狼狽ぶりが理解できず、一人不思議そうに首を傾げた。
「それ一つでいくらするかわかってるの!?」
ワンダはエリーゼの疑問に答える余裕もなく、震えた手で今アルヴァが取り出した魔石を指さす。
「確か金貨一枚くらいですよね」
アルヴァはそう答えながら魔石を砕く。今砕いているのはアルヴァが自分で生成した分なので、実際の価値は分からないが、大きさはそのくらいなのでアルヴァは説明を放棄し答える。その返答に信じられないとばかりにワンダは言葉を失う。十万円をただ燃やす人を想像してもらえればワンダの心境を理解できるだろう。
それからは沈黙が続いた。ただアルヴァは黙々と魔石を取り出しては砕いていく。それが五十個に届きそうになった時、マーカスが口を開いた。
「なんで魔石を砕くんだ?」
マーカスは努めて冷静に問いかけた。アルヴァは少し迷った様子を見せながら答える。
「マーカスさんの腕は完全に失われいます。流石に失われた腕を生やす魔法はありません」
アルヴァはそう言いながら魔石を砕く。
「なので、何かで補わないといけません。そこで一時的に魔素で腕の代わりになるものを用意します。すると、体は腕があると勘違いし、再生活動を開始し、長い時間かけて本来の筋肉や骨に置き換わっていきます」
この治療法は魔物を参考にアルヴァが考え出した再生法だった。アルヴァは片手間に魔石を砕く。
「そんなことが可能なのか?」
「はい。でも、もちろん普通の腕より強度は劣るので、日常生活はいいですが、戦闘はダメですよ?」
アルヴァはそう忠告しながら、まだまだ足りないとばかりに魔石を砕く。
「き……金貨一枚の魔石が……」
ワンダは顔を青くしながら震えていた。いくらマーカスの腕が元通りになるとはいえ、そのかかる費用に戦慄しているのだ。
「お母さん、これ大丈夫なの?」
エリーゼが心配そうにワンダに問いかける。ワンダは顔を青くしたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫じゃないわ」
大丈夫じゃないと言われ、何か問題があるのかと心配になり、アルヴァは作業を続行しながら問いかける。
「何か問題ありましたか? 腕の太さや形に異常でも見つかりましたか?」
そのアルヴァの問いかけに、二人の心配を理解しているマーカスは苦笑した。
「それは問題ない。ただ、その費用について苦悩してるだけだ」
「費用?」
アルヴァは意味が解らず首を傾げた。そもそも魔石は自己生産なので、元手は全くかかっていないのだ。しかし、アルヴァの疑問を別の意味で受け取ったのか、マーカスは苦笑したまま言う。
「安心しろ。今更踏み倒したりしない」
そこまで言われ、アルヴァはやっと三人が心配していることを理解した。
「あぁ、もしかして治療費の心配してましたか?」
「あたりまえでしょう? 治してもらう以上、当然のことよ。クランの中だからと言って全部無償でやれっていうのは虫が良すぎるわ」
「そういうものですか? 僕はそんなつもりありませんでしたけど」
アルヴァの一言にワンダは絶句し、言葉を発することができない。
「お……お前! これだけのことをしておいて、お金を取らないつもりだったのか!?」
「もちろんです。依頼でも何でもないですし」
「そ……そうか」
アルヴァに当たり前のことを聞かないで欲しいという態度をとられ、マーカスは諦めたようにため息をついた。ワンダも困ったように首を横に振るだけだ。
「あんた絶対変」
ただエリーゼだけは一言アルヴァにそう告げる。
「自覚はあります」
そういいながらアルヴァは魔石を砕く。それからはアルヴァが魔法をやめるまで、誰も口を開く者はいなかった。そしてそこから更に二倍の魔石を砕き終えたころ、アルヴァは動きを止めた。
「終わりました」
アルヴァの言葉にマーカスはゆっくりと体を起こした。ただ、その時に右手を使うことはない。
「違和感はありますか?」
マーカスはじっと右手を眺めながら、開いたり閉じたりを繰り返す。それからゆっくりと動かし始めた。
「これでまだ戻ってないのか?」
「はい。最低でも三か月は日常生活以上の使用は禁止です。万が一壊してしまったら一からやり直しなので気を付けてください」
「また魔石を砕くなんて心臓に悪い光景は見たくないから気を付けるよ」
そういってマーカスは肩をすくめた。それにアルヴァは何も言わず微笑むと、立ち上がって体を伸ばすように伸びをした。
「あなた……」
ワンダはマーカスを見て、感極まったように瞳に涙をためている。それを見たマーカスは立ち上がり、ゆっくりワンダに近づくと両手で抱きしめた。ワンダはそれに抵抗することなく、静かに受け入れる。
「あぁ、まさかまた君を抱きしめられるとは思わなかったよ。右腕からも君を感じる」
「よかったわね、あなた」
そう言ってワンダは静かにマーカスの背中に腕を回した。そんな光景を見ながら、エリーゼは静かにアルヴァの近くに移動していた。
「流石に邪魔できないから、しばらくどっかいかない?」
「エリーゼはいいの?」
「あの中に入っていけると思う?」
「そうだね。じゃあ行こうか」
「お供します」
細かい注意は後でいいだろうと考えたアルヴァは、自分も感動に混ざりたいのにもかかわらず二人に気を遣うエリーゼに賛同し、ルナを引き連れてしばらく外で時間をつぶすのだった。
腕の再生方法の実験は前世の自分だったりします




