クランに待ち人がいるようです
物語の進みが遅いなぁと自分のことながら思ってしまう
ギルドを後にするアルヴァの手には大量の金貨の入った袋が握られていた。
あの後、何とか復帰した(諦めたともいう)ギルド長は何も言わずにメイプルに鑑定を促した。メイプルは泣きそうだったが、それでも一つずつ魔石を丁寧に【鑑定】していき、最終的には三十一層の魔物の魔石が五十個で、三十層の階層主の魔石が一つという形になった。アルヴァは自分が数えていた数と違いはなかったので、それを買取するといくらになるかと問いかけた。その結果がアルヴァの持つ金貨の入った袋だった。
(三十一層の魔物の魔石は一つ金貨一枚。そして、三十層の階層主の魔石が金貨十枚にもなった。これで問題なく借金は返せるかな)
アルヴァは上機嫌に歩きながら、金貨の入った袋を【道具箱】の中に放り込んだ。そしてそのままクラン《英雄の剣》に向かって歩き出す。
(ただ、明日もう一度ギルド長をクランマスターとともに尋ねることになったのが何でかわからないけど)
そう思いながら借金をすべて返済できるあてもでき、上機嫌なアルヴァは深く考えずに足取り軽く進んでいく。しかし、《英雄の剣》に近づいていくと、アルヴァは入り口に二人の男女が立っていることに気づいた。
(あれは確か―――)
アルヴァは王都で交友関係はほとんどない。出会った時の印象も相まって思い出すのにそれほど苦労はしなかった。
(奴隷を扱っていると言っていた商人と、その使用人だ)
ただ、誰かわかったところで何故二人がそこで立っているのかはわからない。アルヴァの目的地の入り口なので無視するわけにもいかず、アルヴァはゆっくりと近づいた。
「おや? あなたはいつぞやの……」
奴隷商人もアルヴァを覚えていたのか、アルヴァが近づくと、声をかけた。
「申し遅れました。僕はアルヴァと言います」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはヨハンと申します」
丁寧に奴隷商人、ヨハンが頭を下げると、倣って隣にいた使用人の女性も頭を上げる。相変わらず背中にはその格好には不釣り合いな剣が背負われていた。
「ところでアルヴァ様はここで何を?」
「僕はここのクラン《英雄の剣》に入ったんです。むしろヨハンさんこそここで何を?」
「おぉ! あなた様がそうでしたか! お待ちしておりました!」
ヨハンは嬉しそうにアルヴァの手を両手でつかむ。何が起こっているのかわからず、アルヴァは戸惑いの表情を浮かべた。
「おっと、わたくしとしたことが嬉しさのあまり性急だったようです。とりあえず詳しい話は皆さんを交えましてお話いたします。もちろん既にギルドマスターの方には話は通しておりますので」
ヨハンは手を離すとそう言う。釈然としないものはあったが、アルヴァはとりあえず促されるままクランの建物に入った。するとそこには既にマーカス、ワンダ、エリーゼが集まって座っていた。
「アルヴァ! 無事だったか!」
アルヴァの姿を認めたマーカスは立ち上がり、すぐにアルヴァに駆け寄った。
「大丈夫です」
アルヴァはかすり傷はおろか、着ている服に汚れも増やしていない。
「いや、無事ならいいんだ」
マーカスはほっとしたように息をついた。それほど心配されていたことにアルヴァは驚きを感じていた。
(今日入ったばかりの僕をここまで本気で心配してくれるなんて、マーカスはお人よしだなぁ)
アルヴァはそう考えながら、内心嬉しく感じている自分がいた。
「さて、これで全員揃いました。ヨハンさん、いい加減事情を説明していただけますか?」
どうやらマーカスたちも事情を知らないようだと察したアルヴァは、黙ってヨハンの言葉を待った。
「はい」
ヨハンも元々伝えるつもりだったからか、マーカスの言葉にすぐ答えた。
「実は用があるのはわたくしではなく、隣にいるこの娘なのです」
ヨハンが使用人の少女を名前で呼ばないのは嫌がらせではない。ただ、名前がないのだ。名づけができるのは精霊が宿る道具の使用者のみであり、他の名前で呼ぶべきではないとヨハンが気を使って呼ばないようにしているからだった。
「まず皆さんにお教えしなければならないのは、この娘は精霊だということです」
その言葉を聞いて、マーカス、ワンダ、エリーゼは驚きの表情になる。精霊は少ないとはいえ、全く会ったことがないというほど珍しいものではない。しかし、人と同じ大きさと形を成している精霊は一握りで、その力は絶大。その力を悪用しようとする者もいるほどだ。
ヨハンは皆の反応を確認すると、そのまま話を続ける。
「この娘は元々奴隷ではなく、ある日偶然に拾ったのです。聞けばただ自分の主に会いたいと探し回っているという話でした」
道具に宿る精霊には必ず主がいる。それは使用者の魔力を糧に生まれてくるのが精霊だからだ。ただ、亡くなったのならまだしも主を探す精霊など誰も聞いたことはなかった。
「初めは人の多い王都に連れて行こうという親切心だけでした。しかし、この娘の主への気持ちを聞くうちに、わたくしはその手助けをしたくなったのです」
「事情は分かりましたが、それがうちと何の関係が?」
「我が主はここにいた。わたしは主の魔力を感じた」
今まで一切言葉を発しなかった少女が口を開く。
「そうなのです。この娘はつい先刻、主の魔力を感じたと大慌てでこちらに向かい、そしてたどり着いたのがこのクランだった次第です」
「つまり、うちのクランに彼女の主がいると?」
クランマスターだからだろうか、マーカスが代表してヨハンと会話する。ワンダとエリーゼは任せると決めているようだったので、アルヴァもそれに倣い、黙っていることに決めていた。
「いるのかいたのかは分かりませんが、先刻までここにいたことは確かなようです」
「そう言われてもな。二人が到着する少し前となると……」
マーカスは困ったようにアルヴァに視線を向ける。その視線に気づいたのか、ヨハンもアルヴァに視線を向ける。
「可能性があるとしたらアルヴァだけだ。俺たちじゃ今更って感じだしな」
しかし、ヨハンはそう言われても嬉しそうではなく、むしろ困惑したような表情になる。
「それではあり得ませんな。アルヴァ様は人間族で間違いありませんか?」
ヨハンの理解できない問いかけにアルヴァは事実なのでただ頷く。
「この娘は本人も正確な年数は分からないとのことですが、少なくとも数百年前から存在する剣です。その主がこのような子どもということはないでしょう」
「数百年…… つまり、その精霊の主はエルフかドワーフということですね」
この世界で長命なのはエルフとドワーフだ。剣を使うとなればこの二つの種族に絞るのは当然だと言えた。
「あの時はエヴェレットさんもいましたよね?」
アルヴァは思い出したようにそう言う。
「エヴェレット? クランマスターのですか?」
ヨハンは把握していたのか、名前だけでその人物が誰なのか分かったようだ。
「それもありません。あくまで最近この王都に訪れたものでなければ、それまでにこの娘が気付いていたでしょうから」
つまり、候補としてはアルヴァしかいないのだが、アルヴァではありえない。その事実にヨハンは困ったように微笑んだ。
「あなたが主?」
精霊の少女は話の流れから一縷の望みに賭けたくなったのか、それとも別の理由があったのか、アルヴァに近づき、背負っていた剣をアルヴァに差し出した。アルヴァはそこで初めて剣の全体像を確認し、驚きのあまり言葉を失った。
(これは……!?)
それはほぼ黒い少しまがまがしく感じる意匠の施された剣だった。しかし、アルヴァはその見た目に驚いたわけではない。その剣はなんとアルヴァが前世で作り出し、愛用していた剣だったからだ。
(なぜこれが今ここに? てっきりブラットが保管してると思ったのに…… そもそもどうやって精霊化したんだ?)
わからないことはあるが、アルヴァはその剣から目が離せなかった。手に入るはずのない剣が今目の前にあるのだ。アルヴァは思わず差し出された剣の柄をつかむ。
「待ちなさい! その剣は―――!」
ヨハンが何かを忠告する前にアルヴァはその剣を持ち上げてしまう。その光景にヨハンは言葉を失っていた。アルヴァは周りがどんな反応をしているのかも気にせず、昔のように魔力操作の要領で剣に魔力を流す。自分用に作りだしただけはあり、その流れは自分の体のように滑らかだった。
「あぁ……主」
その光景に、精霊の少女は涙を流して恍惚な表情を浮かべ喜んでいた。二千年間待ち続けていた持ち主が再び戻ってきたのだ。その感動は言葉に表せるものではなかった。
「まさか君が本当に……」
ヨハンは何が起こったのかわからず、ただアルヴァが精霊の少女の主だということだけは理解し、驚いている。
「お前、ホントになんなんだよ……」
クランメンバーについてはこいつまた謎を増やしやがったという表情で呆れていた。諦めているともいえるかもしれない。
「主、これからはわたしを手放さないで」
「わかってるよ」
アルヴァがそう答えると、精霊の少女はほほ笑む。
「本当にアルヴァ様が主だったとは。世の中まだまだ分からないことが起こるものなのですな。いやはや、主が見つかって何よりです」
ヨハンは驚きはしているが、そう言うこともあるだろうと納得し、精霊の少女が主を見つけたことを喜んでいた。
「こいつのためにご尽力ありがとうございます」
アルヴァとしても思い入れのある剣なので、今まで大事に扱ってくれていたヨハンには感謝しかなかった。
「あ、そうです。それは今までこいつがお世話になっていた迷惑料ということで受け取ってください」
そう言ってアルヴァは【道具箱】内の袋から金貨を五枚取り出した。「金貨だと!?」と驚きの声を聞いたが、アルヴァはそれを無視した。
「お気遣いありがとうございます。ただ、わたくしもこの娘を働かせ、自分に必要なものは自分で稼がせるようにしておりましたので、一方的にお世話をしたわけではないのです。ですので、これは受け取れません」
ヨハンは断固とした意志で金貨を受け取らず、初めての銀貨の時ように押し返す仕草をした。
「わかりました。では、お礼はこちらにさせていただきます」
そう言ってアルヴァが金貨をしまった代わりにとりだしたのは、タークネットにも渡したネックレスだった。
「これは?」
「魔法具です。危険なこともあるでしょうからこれを持ち歩いてください。両手に持って『助けて』と言えばあらゆる災害から守ってくれます」
「お守りですね。では、これならば受け取りましょう」
ヨハンとしてはよくある縁起ものだと思ったようで、高いものでもないと思ったのか、素直に受け取った。もしそれがアルヴァの作った魔法具であり、本当にありとあらゆる災害から守ってくれるものだと知れば、反応も違っただろうが。
ヨハンはネックレスを懐にしまうと、一礼した。
「わたくしはこれにて失礼いたします」
ヨハンはそれだけ言うと、まるでそれが当然であるかのように精霊の少女を置いて帰っていった。
「主、名前……」
誰もが何を言おうかと迷う中、精霊の少女はねだるようにアルヴァを見た。
(そっか。僕がいなかったから名前がないんだっけ?)
それに気づいたアルヴァは頭を悩ませる。そしてすぐにその名前は決まった。
「君はルナだ」
そうアルヴァが告げた瞬間、精霊の少女―――ルナは嬉しそうにほほ笑んだ。アルヴァは改めてルナのステータスを確認する。すると確かに名前がルナになっていた。
名前 ルナ
種族 精霊
レベル 800
体力 99999/99999
魔力 77317/77317
筋力 8979
精神力 9265
スキル 不滅
自分が作り出した剣の精霊とはいえ、そのステータスにアルヴァは苦笑するしかない。何しろ体力は最大値で、他のステータスも飛びぬけて高い。当時考えうる様々な最高の魔物の素材と最高硬度を誇るアダマンタイトを惜しげもなく使ったのだから、当然と言えば当然なのだが。
「わたし、またマスターの役に立つ」
「うん。よろしくね」
こうしてアルヴァは思いがけず、自身の最高の武器を手に入れたのだった。
鬼に金棒




