アルヴァは気分を害したようです
クランに入ってきたのは男だった。その後ろに三人ほど冒険者風の男が控えていたが、アルヴァには見覚えがない。しかし、マーカスやワンダ、エリーゼは知り合いなのか、露骨に嫌な顔をしていた。
「あぁ、逃げるメンバーもいないんだったな」
そう言って男は笑い出す。
「何か用だ、エヴェレット」
マーカスは顔を歪めながらも、対応しないわけにもいかず、立ち上がり、エヴェレットと呼んだ男に近づいていく。
「つれない反応だな。まぁいい。もちろん集金にきたんだ」
「集金? 借金なら今月分はもう既に払ったはずだが?」
このクラン、借金があるのかとアルヴァは驚いたが、そもそも稼いでくるメンバーがいないのだから仕方がないかと考えながら、二人のやりとりを眺める。
「もちろん貰った。ただ、風の噂にメンバーが増えたと聞いてね。もう少し払えるんじゃないかと交渉に来たんだ」
そう言いながらエヴェレットはちらりとアルヴァに視線を向ける。タイミング的に噂出ないことは明らかだが、それを誰も指摘しない。
「こいつが入ったのはついさっきだ。そんなすぐに稼げるわけがない」
「そんな事はないだろう? なにしろそいつはうちのクランメンバー三人を憲兵に突き出したんだ。相当な実力者なんだろう?」
マーカスは驚いたようにアルヴァを見た。思い当たることはもちろんある。しかし、見られたところでアルヴァはどこのクランに所属していたかなんて知らない。
「まぁ、憲兵に捕まるのはあいつらが悪い。だが、あいつらもそれなりの実力者だったんだ。それを退けたとなると、その少年はかなり使えるんだろう?」
話の流れが見えず、アルヴァはじっとエヴェレットを見る。マーカスは嫌な予感でもしているのか、顔をしかめていた。
「だったら、支払いを増やしてもらうとそう考えたわけだ」
それが狙いかとアルヴァは露骨に嫌な顔をする。なんとなくビールドのことを思い出し、更に嫌な気分になった。
「待て! 支払いの金額については話がついていた筈だ!」
「それは先代との話だろう? 俺じゃない。それにこっちはクランメンバーを三人も失ったんだ。その埋め合わせをしなくちゃいけないんでね」
エヴェレットは嫌らしい笑みを浮かべながら言う。あの三人がそれほど稼いでいたとは思えないが、証拠はないもない。
「そもそも、支払い金額の決定権はこちらにある。文句を言われる筋合いはないと思うんだが?」
その言葉にマーカスは何も言えなくなった。エヴェレットはその反応を見て気を良くしたのか、更に言葉を続ける。
「まぁ、流石に将来有望な新人が入ったとはいえ、今すぐにと無理は言わない。一週間、猶予をあげよう。それで無理なら規約通り、このクランの建物を売ってもらう」
「……わかりました」
そもそも頷く以外にマーカスにできる事はない。いくら理不尽に感じようと、相手側は権利を主張しているに過ぎないのだから。
「そうかそうか。じゃあ、追加の支払いは銀貨十枚だ。よろしく頼むよ」
エヴェレットは要件を終えると、さっさと出て行く。それを見届けると、マーカスは疲れたように座り、項垂れた。
「あなた……」
ワンダは心配そうにマーカスに寄り添う。
「お金、用意できるの?」
「なんとかするしかない」
エリーゼの心配そうな問いかけに、マーカスはそう答えた。いや、そう答えるしかなかった。銀貨十枚は決して安い金額ではない。この世界の平均年収が金貨一枚なので、銀貨十枚は約半年分に相当する。見る事はある金額だが、集めるのは難しい金額だった。
「……私、奴隷になろうかしら?」
ワンダの呟きのような一言に、マーカスは立ち上がって反応する。
「馬鹿を言うな! そんな事をするくらいならクランを手放した方がマシだ!」
「でも、ここは先代から受け継いだ大切な場所なんでしょう? だからここまで頑張って存続させてきたんじゃないの?」
「……だが、家族を売ることなんて俺には出来ない」
「わたしが討伐依頼できればいいのに……」
「お前は今でも十分に頑張ってくれてるよ」
そんなやりとりをアルヴァは疎外感を感じながら眺めていた。既にクランメンバーなのだが、まだ慣れていないため、会話に入り辛かったのだ。
しばらく三人のやりとりを眺めていたが、解決策が浮かぶわけもなく、三人は困ったように黙ってしまった。
「あの、いいですか?」
話が一段落したのを確認すると、アルヴァは三人に声をかけた。
「ん? あ、あぁ。どうした?」
マーカスの反応はアルヴァの存在を忘れていたような反応だったが、アルヴァは気にせず話を続けた。
「失礼を承知で聞きますけど、借金って総額でいくらなんですか?」
「残り金貨五十枚だ」
流石に黙っているわけにはいかなかったのか、マーカスはそう答える。もうアルヴァにとっても他人事ではなくなったためだ。
「ちなみにですけど、魔石の買い取り価格ってどうなってるんですか?」
いざとなれば自分の生成した魔石を売れば少しは足しになるだろうと考えながら、アルヴァは問いかける。
「正直決まりがあるわけじゃない。大きさや状態によってまちまちだ。基本的にこのくらいで金貨一枚だな」
そう言ってマーカスは左手の人差し指と親指で円を作る。その大きさを見た瞬間、アルヴァは首を傾げる。
「それだとレベル60くらいの魔物の魔石ですよね?」
「よくわかったな」
アルヴァとしてもその魔石の大きさは見慣れたものだった。なぜならその大きさは自身で魔石を作ったときの最小の大きさだったからだ。マーカスは話を続ける。
「まぁ、このくらいの魔石はそれなりに出回るが、それ以上となると急激に値上がりする。ところでそれがどうかしたのか?」
大きさを聞いたところで何をするのか理解できなかったマーカスはアルヴァに問いかける。だが、普通に考えればわかったはずだ。その結論に至れないのは、まだアルヴァの実力を理解できていないからに他ならない。
「今から魔物を狩ってきます」
マーカスの疑問にそう答えた瞬間、アルヴァは魔力感知を発動させる。感知範囲は王都の城壁を超え、日暮れまでに帰ってこられる範囲だ。しかし、その範囲ではアルヴァが望むような魔物を感知することはできなかった。
(やっぱりダンジョンに行くしかないかな)
「おい。まさか今から魔物を狩りに行こうっていうのか?」
アルヴァがそう答えたにもかかわらず、マーカスは確認するように再度問いかけた。
「はい。一番手っ取り早そうなので。素材も取れれば買い取ってもらえますよね?」
「確かにそうだが、お前、レベルいくつだ?」
「それはワンダさんが先ほど言っていたレベルですよ」
「……悪い、忘れたんだ」
おそらくスキルの衝撃が強かったのだろう。マーカスはアルヴァのレベルや筋力などの数値については微塵も覚えていなかった。
「レベル5よ」
忘れたマーカスのために、ワンダは苦笑しながら教える。
「レベル5が狩れる魔物の魔石なんかじゃどうにもならない。せめてレベル30は狩っていかないと銀貨十枚なんて稼げない」
「わかってます」
「何をするつもりだ?」
嫌な予感がしたのか、マーカスは睨みつけるようにアルヴァを見た。
「もちろんもっと高レベルの魔物を狙います。ダンジョンなら見つかるはずです」
「無謀すぎる! そんなものは死にに行くようなものだ!」
マーカスは大声を上げ、立ち上がった。ワンダが「あなた……」と呟きマーカスを見ていたが、マーカスを止めるつもりはなさそうだった。
「死にませんよ。やっとクランに入れたんですから」
しかしアルヴァはあくまでも穏やかに答える。
「スキルレベルが高いだけのレベル5に何が出来る!」
マーカスは左手を伸ばし、アルヴァの胸ぐらをつかむ。それだけでアルヴァの足は少し浮いた。もちろんマーカスは決してアルヴァが憎いわけではない。ただ無謀なことをし、命を落とす冒険者を数多見てきたマーカスは、自分たちが作った借金のためにアルヴァを危険にさらしたくなかったのだ。その気持ちはアルヴァもちゃんと理解していた。
「……先ほどの人の態度、気に入らなかったんです」
アルヴァはマーカスの言葉に答えず、自身の胸ぐらをつかむ左手首を右手でつかむ。
「まるでこちらを見下すような態度。そもそも罪を犯した者たちが抜けたから埋め合わせに借金を返せ? そんなの、体のいい口実でしょう?」
そう言ってアルヴァは右手に少し力を籠める。それだけでマーカスの顔が歪んだ。
「あれはここをずっと狙ってたんだ。そいつらに僕は口実を与えてしまった。だからこれは、僕が解決するべきことなんです」
はた目からは何が起こっているのかわからないだろう。しかし、当事者のマーカスは異変に気付いていた。
「わ……わかった! 放せ!」
そう言われ、アルヴァは右手を放す。マーカスの左手首には、手の痕がくっきりと残っていた。
「お父さん、その腕……」
腕を見て何が起きたのか理解したのか、エリーゼは驚きの表情のまま固まっていた。
「お前、ほんとにレベル5か?」
「嘘だと思うならワンダさんに確認してみてください」
アルヴァがそう答えると、マーカスは疲れたようにため息をついた。いくらマーカスが隻腕とはいえ、レベルが下がったわけではない。そのうえアルヴァも右手しか使っていない。にもかかわらず、マーカスはアルヴァの力に敗北したのだ。マーカスが信じられないのも仕方がないことだった。
アルヴァはマーカスに近づくと、手の痕の残った左手に触れる。するとその痕はまるで元々なかったかのようにきれいに見えなくなった。その現象に、マーカスはおろか、ワンダもエリーゼも言葉が出ない。それは間違いなく回復魔法だと理解できる現象だったのだが、二人はそんな魔法を聞いたことがなかったのだ。
「じゃあ、許可も出たようなので行ってきます」
そう言ってアルヴァは【隧道】を使い、薬草を採取した人目のない場所とつなげる。そして、そのままその場から一気に森まで移動した。【隧道】を閉じるときに何か声を聴いた気がしたが、アルヴァはそれを聞きに帰るようなことはしない。
(ダンジョンに潜って、とりあえずレベル100の魔物を狩る。話はそれからだ)
そう心に決め、ダンジョンに向かって疾走する。誰かに見つかると面倒ごとになる可能性はあったが、まだ無名な自分の顔を知っている人などいないだろうと考え、全力で疾走する。おかげで人がいたとしても一瞬で走り抜けることができ、相手に顔を確認させる前に走り抜けることができた。しかし、ダンジョンに近づくと、そういうわけにはいかないことに気づいた。
(見張りがいる?)
ダンジョンの入り口には何人かの兵士が見張りをしていた。入り口に二人立ち、話を聞いているのが数人。何をしているのかおおよそ察したアルヴァは堂々とダンジョンに今度は普通に歩いて近づいていく。
「こんにちは」
そして、一人の兵士に話しかけた。
「坊や、こんなところでどうしたんだい?」
また子供に間違えられたことにげんなりしながら、当初の予定通りに問いかける。
「ダンジョンに入るためにはどうすればいいですか?」
アルヴァは冒険者証を見せながら問いかけた。兵士はそれを見て気まずそうな表情になったが、そのことには触れず、アルヴァの質問に答える。
「冒険者ならダンジョン入り口の兵士に見せれば入れてくれる。まだランクも低いようだし、二、三層ぐらいで頑張るといいよ」
「ありがとうございます」
その通りにする気など全くないが、アルヴァはお礼を言ってダンジョン入り口に近づいていった。入り口ではまた子供に間違えられるということはあったが、問題なくダンジョンの中に入ることができた。
(さぁ、ここからが本番だ。ここが僕の知っているダンジョンなら、全部で百層ある。そして、レベル100が出現するのは三十層よりも下だ。それまでは余計な戦闘はせず、一気に駆け抜ける!)
今後の方針を決めると、アルヴァは人目を気にせず全力で走り出す。目的地は三十層よりも深部。そこに素早く到達するために、アルヴァは出し惜しみをする気は全くなかった。
次回はアルヴァによる簡単ダンジョン攻略です




