アルヴァは現実を嘆くようです
アルヴァとエリーゼは滞りなくギルドで薬草を納品し、アルヴァは報酬として銅貨三枚を受け取った。二人で抱え切れないほどの量を集めたのだが、このくらいなのかと少し報酬にがっかりしながら、その銅貨はクランへ戻る道の間の屋台で果物を二個買ってなくなった。食料の物価は比較的安いことを考えると、薬草採取は本当に大した稼ぎにはならないのかと思いながら、買った果実をかじる。それを食べ終わる頃にクランに到着する。
「ただいま」
エリーゼが声をかけると、父親のマーカスと母親のワンダはすぐに奥から姿を現した。
「依頼はどうだった?」
マーカスはすぐにエリーゼに問いかける。
「依頼はむしろすぐに終わったわ。【解析】持ちみたいで、すぐに区別ついてたから」
マーカスはその言葉を聞いて、驚いたようにワンダを見た。それを肯定するようにワンダは頷く。
「まぁ、正直そんなことどうでもいいぐらいのことがその後あったんだけど……」
エリーゼはそう前置きをして今回の依頼の間にあったことを話した。途中で男三人に囲まれた話をするとマーカスは終わったことなのに騒ぐこともあったが、すぐにワンダに鎮圧され、ワンダは続きを促す。そして信じられないような結末を説明され、ワンダまで固まった。
「以上が報告だけど、疑問ある?」
「疑問があるというか、疑問しかないな」
マーカスはそう言ってうなる。娘の報告でなければ信じられない。マーカスの表情はそう語っていた。
「ステータスを見る限りおかしくはないけど、そこまで実力があるのは予想外だったわ」
ワンダは困ったように微笑む。多少アルヴァのスキルを覗いたとはいえ、実際の話を聞くのとでは印象が違うのだろう。
「大した実力は見せてないと思いますけど?」
アルヴァとしてはあれでも一応実力を隠して対応したのだ。流石に最後の回復はやりすぎたと思い釘を刺したが、それ以外はナンガルフくらいの実力にとどめたつもりだった。しかし、マーカスをはじめ、ワンダもエリーゼも露骨にため息をついた。
「……なるほど。確かにこいつはナンガルフさんの弟子だ」
どこにそんな要素があったのかアルヴァは首を傾げるが、とりあえず気にせず本来の目的を進める。
「それで、僕はクランに入っていいんでしょうか?」
「あぁ。もちろん最初からそのつもりだ」
そう言ってマーカスは書類らしきものを取り出した。それにアルヴァは目を通したが、内容は喧嘩しいないようにしようや人に迷惑をかけないようにしようなど一般的な内容だったので、読んでもすぐに記憶から消えた。そしてすぐに署名欄に名前を書き込んだ。
「お前、字が書けるのか?」
「はい。ナンガルフさんに教えてもらいました」
スキルに【多言語理解】があるので必要ないとは思ったが、あると便利ということでナンガルフに教えてもらったのだ。元々読める文字なので、習得に時間はそれほどかからなかったが。
「さて、これでお前も晴れてクランの一員になったわけだが―――」
そこでマーカスは言葉を切り、ちらりとワンダを見る。それだけでアルヴァはマーカスが何を言いたいのか察した。
「僕のステータスならお教えしますよ。知らせた方がいいとも思ってましたから」
彼らはナンガルフ以外の一般的感覚を持っている人物だ。その人たちが自分のステータスを見てどんな反応をするのかアルヴァには興味があった。これから能力を隠していくにしても、彼らの感覚は必要なものなのだ。
「ただ、伝えるのも大変なのでこれを使ってください」
そう言ってアルヴァは自身の使っていた眼鏡をマーカスに差し出す。
「これは?」
マーカスは不思議そうにその眼鏡を受け取りながら問いかける。
「【解析】が使える魔法具です」
その瞬間、マーカスは固まり、危うく眼鏡を落としそうになる。しかしすぐに持ち直すと、慌てて眼鏡を丁寧に両手で持ち直した。
「い……今なんて?」
マーカスは恐る恐るといった様子で言う。そういえばナンガルフがあまり広めない方がいいと言っていた気がすると思いながら言ってしまったものは仕方がないと割り切った。
「だからそれで僕のステータスが見れるんです。試してみてください」
エリーゼが「わたしに先に使わせて!」と言って眼鏡の魔法具をマーカスの手からぶんどる。そしてすぐに眼鏡をかけた。
「これ、どうやって使うの?」
「普通クランリーダーからじゃないか?」というマーカスの言葉を無視し、エリーゼは眼鏡のいたるところに触れる。
「普通の魔法具のように魔力を流せばいいよ」
アルヴァは苦笑しながら当たり前のことを聞くエリーゼにそう言った。
「え? 普通の魔法具はどこかに触れて使うのよ?」
しかし、エリーゼは不思議そうにそう言う。
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせ、ただ不思議そうに言葉を発する。端から見れば滑稽だろうが、マーカスもワンダも似たり寄ったりの反応をしていた。
「ちょっと待って。魔法具って魔力で動くものだよね?」
アルヴァはとりあえず確認だと基本的なことから確認する。
「えぇ、そうよ。でも、どこにも触らないのに魔法具に魔力を注げないでしょ?」
顔についてるから触れてるんじゃないのかという疑問を飲み込み、アルヴァは別の言葉を口にする。
「もしかして普通の魔法具はどこかにスイッチがあるってこと?」
「当然でしょ。他にどうやって使うの?」
その答えにアルヴァは驚き、マーカスとワンダを見る。二人はアルヴァの疑問を表情から読み取ったのか、頷いた。
(ナンガルフさん! 常識人じゃなかったんですか!)
ナンガルフはアルヴァが作った魔法具を作った当初から何の疑問もなく使っていたので、魔法具は現在でもそういうものだとアルヴァは思い込んでいたのだ。
「確かナンガルフさんはスイッチなしでも魔法具を使える数少ない人だったな。俺には無理だった」
むしろ少数派じゃないかとアルヴァは心の中で悪態をつく。この分だとナンガルフから得た他の情報も怪しかった。
「それにしても、スイッチのない魔法具ってことは、これは古代の遺物ってことね?」
ワンダはエリーゼがかけている眼鏡をまじまじと見ている。そもそもスイッチ式ではない魔法具は作れないのかとアルヴァは自分の中の情報を修正する。そして間違っても自分が作ったなどと口にしないことを誓う。
「よくわかりません。でも、それじゃあその魔法具は使えませんね」
アルヴァはさっさと眼鏡をエリーゼから回収する。ただ一つ朗報だったのは、この眼鏡の魔法具を誰かに盗られたとしても使える人はほぼいないということだった。これならば騒ぎになることも少ないだろうとアルヴァは考えたのだ。
「見れないなら、口頭で伝えることになるけどいいかしら?」
「かまいません」
ワンダはアルヴァに了承を得ると、すぐに【解析】を発動させる。
「えっと、まず上から順にレベルは5で体力は203、魔力は21で―――」
ワンダは見えている情報を読み上げていく。途中で何か首を傾げていたが、それには触れず、ステータスを読み上げていった。最初は一般的なステータスだったのか、マーカスとエリーゼの反応はそんなものなのかといった具合にどちらかと言えば落胆したようにも感じられる反応だった。しかし、スキルの欄の読み上げになると、二人の表情は驚愕に変わっていく。
「―――時空魔法Lv10、錬金術Lv10、物理攻撃耐性Lv10、魔法攻撃耐性Lv10、魔力消費減少Lv8、状態異常耐性Lv8、それから―――」
「も……もういいワンダ。それ以上は処理しきれない」
読み上げ続けるワンダにマーカスは頭を手で押さえ、制止する。エリーゼにいたっては諦めたように窓の外を眺めていた。
「あら残念ね。まだ半分くらいよ? わたしの受けた衝撃はこの程度じゃないのに」
ワンダは二人の反応が楽しいのか、いたずらを仕掛けた子供のように笑みを浮かべる。
「これで半分? 冗談じゃないぞ……」
マーカスは疲れたように近くにあった椅子に腰を下ろす。流石に衝撃的だよなぁと自身のことながらアルヴァは同情していた。自身のステータスが異常であることは前世からわかっていたことだったからだ。
「お父さん、これってどれぐらい凄いの?」
エリーゼは自身の比較対象が少なすぎて凄いということしかわからなかったのか、マーカスに問いかけた。
「レベルや体力などの数値は平均未満だが、スキルが異常すぎる。そもそもスキルレベル十ってなんだ? 噂でさえ聞いたこともないぞ」
「ちなみに現在の公式にわかってる最大スキルレベルは五よ。もちろん隠している人もいるんでしょうけど」
マーカスの答えにワンダが補足する。アルヴァはナンガルフさんのスキルレベルじゃないかと驚愕する。それと同時に、ナンガルフが言っていた自分は平均の少し上くらいという言葉の信ぴょう性はアルヴァの中で失われた。
「ナンガルフさんもその一人だ。《疾風のナンガルフ》と言えば知らない冒険者がいないくらいには有名だった」
「ナンガルフって人、そんなに凄かったのね。こいつ見た後じゃよくわからないけど」
エリーゼはジト目でアルヴァを見る。アルヴァはどう反応していいのかわからず、苦笑した。
「それより君は回復魔法使いじゃなかったのか? 君ならどんな魔法使いを名乗っても問題ないと思うんだが……」
マーカスは肩書と合わないスキルの数々に疑問を持ったのか、不思議そうに問いかけた。
「一番得意なのが回復魔法なんです。それに比べれば他の魔法は大したことないので、回復魔法使いにしました。まさか回復魔法使いがここまで冷遇されているとは思いませんでしたけど」
「あのスキルレベルで一番得意ってどんな魔法が使えるんだ?」とマーカスは誰に問いかけるでもなくぶつぶつと呟く。代わりにアルヴァに応じたのはワンダだった。
「私達の常識では回復魔法は軽い擦り傷や切り傷くらいしか直せないから仕方がないのよ」
アルヴァとは魔法の認識に開きがあるということを理解したのか、ワンダはわざわざ私達の常識という言葉をつけて説明した。
「それ以上の骨折や大きな傷は回復魔法となると神の奇跡と呼ばれて、神を信仰してる人しか使えないわ」
(神の奇跡? あの子の力を借りてその程度の回復魔法しか使えないとかあり得ないと思うんだけど)
アルヴァは前々世から転生したときに神らしき少女に会っており、前世ではその力を使って行動を縛られて、転生までさせられている。神の力を使えるのならば、その程度であるはずがなかった。
「それなら確かに使えないと思っても仕方がないですね」
ただ、そのことには触れず、ただ自分が理解したことだけを伝える。
「あなたはどんな回復魔法が使えるの?」
ワンダは好奇心からなのか、興味深そうに問いかける。自分ばかり教えてもらっていては良くないと思ったのか、アルヴァはその質問に答えようとした。
「そういえば!」
しかし、エリーゼの声で完全に出鼻をくじかれ、何も言えなくなってしまったが。
「あんた切り落とした手を戻してたわよね? あれって回復魔法だったの?」
そういえばエリーゼの前では既に使ったなとアルヴァは襲ってきた三人を思い出す。
(ちゃんと出頭してれば良いんだけど)
「切り落とした手を戻す? そんな事が可能なの?」
ワンダは信じられないことを聞いたようにアルヴァ見た。
「そんな事はあり得ないだろう。そもそもそんな事が出来るなら、俺は腕を失ってない」
アルヴァが答える前にマーカスは左手で無くなった右腕に触れるような仕草をして否定する。それが出来たのなら、マーカスは腕を失っていなかったのだろうと察して、アルヴァはなんとも言えない気持ちになる。しかし、嘘をつくわけにもいかず、正直に答える。
「いいえ、可能です。任せてもらえるならその腕も元に戻せます」
「戻せる……だと?」
マーカスは喜ぶわけではなく、懐疑的な視線をアルヴァに向ける。ワンダも驚いていたが、どこか困ったような反応だった。流石に言葉だけでそれを信じるのは不可能に近い事はアルヴァも分かっていた。ただ、出来るのに口にしないことの方が裏切りのような気がして、口にせずにはいられなかったのだ。
「ホントに!?」
しかし、アルヴァの実力を目の当たりにしているエリーゼは、すぐに信じたようだ。
「ホントにお父さんの腕、治せるの?」
「僕を信じて任せてくれるなら」
流石に難しいだろうと思いながらも、アルヴァはそう口にする。
「お父さん、お願いしてみようよ! また冒険者出来るかもしれないんだよ!」
エリーゼはマーカスの顔を見てそう訴える。しかし、マーカスの反応は良くない。
「お母さんも説得して!」
ワンダに訴えるも、こちらもマーカスと似たり寄ったりの反応だった。エリーゼも説得する言葉がないのか、少しの間、沈黙の時間が流れる。
「今日も暗い雰囲気だな。またクランメンバーに逃げられたか?」
その沈黙を破ったのは、その場にいる誰でもない第三者の声だった。
ナンガルフ、アルヴァの中で気づかぬうちに評価を下げる




