クランに向かうようです
少し短いと思ったら、最初の方はこのくらいでした
朝、その日に泊まった宿から外に出ると、アルヴァは早速目的のクランに向かって歩き出した。位置は既に宿で受付の人に確認している。前回のギルドのように迷子になる心配はなかった。
(それにしても今日も大変だった)
今朝の出来事を思い出してアルヴァは思わずくすりと笑った。実はアルヴァは宿に宿泊などしていなかった。部屋は借りたのだが、そこから時空魔法【隧道】で自分の村に帰っていたのだ。久々に帰ってきたアルヴァに母親は大喜びし、アルヴァも久しぶりに見る母親の姿に嬉しくなった。そこまでは良かった。だが、また王都に戻ろうとしたときに母親が離れたくないとごね始めたのだ。
(確かに母さんの言い分もわかるんだけどね)
母親の言葉を思い出し、今度は苦笑するアルヴァ。
(流石に僕の魔法で行き来が出来るからって、村と毎日往復するのはどうかと思うんだよね)
なんと母親はアルヴァの魔法で村と王都を繋ぎ、いつでも行き来できるようにするべきだと主張したのだ。もちろんアルヴァはそのようなことが出来るなど説明したことはない。しかし母親は何故か出来ると信じているようだった。もちろんそんなことは出来ないと説き伏せ、また帰ってくると言ってなんとか納得してもらい戻ってきたのだが。
(実際できるだけに、あれは心苦しかったな)
アルヴァの魔力と技術を持ってすれば、村と王都を繋ぐことは可能だった。しかし、そんなものが見つかれば大騒ぎは必至だろう。隠し通す自信はあるが、万が一にも見つかる可能性がある以上、今は母親に我慢してもらうしかなかった。
そんな村での出来事を思い出している間にアルヴァは目的地に辿り着いた。そこはクラン《竜の一撃》の本拠地だった。タークネットが所属していたクランだが、そのことは既にアルヴァの記憶から消えている。アルヴァがこのクランを選んだのは、このクランが勢力の一、二を争うクランという話を宿の受付の人から聞いたからだった。その時、入るのは難しいと言われたが、アルヴァには関係なかった。
アルヴァはまるで自分の家に帰るかのような自然体で建物の中に入っていく。入った瞬間、アルヴァは無数の視線に晒されることとなった。
(レベルが高い人は……いないかぁ)
大したレベルの人がいないことに少しがっかりしながら、アルヴァは建物の中を歩いていく。すると、一人の男性が近づいてきた。
「あれ? タークネットさん?」
その意外な人物の登場に、アルヴァは不思議そうに首を傾げた。流石のアルヴァも所属クランは忘れていても、その人物までは忘れてはいなかった。タークネットは好印象な人物としてしっかりアルヴァの記憶に残っていた。
「やぁ、アルヴァ君。もしかしてこのクランに加入を希望かい?」
タークネットは初め驚いた表情をしていたが、後半から嬉しそうに微笑んだ。
「はい。大丈夫ですか?」
どうやって加入するのか分からないが、ギルドで実力を認められていたタークネットなら色々知っているだろうと、アルヴァは聞かれたことをこれ幸いにと問いかけた。
「あぁ、君なら大歓迎だよ」
タークネットはアルヴァは自分をも超える相当なレベルだと推測している。そんな人物が自分の所属しているクランに入ってくれるとなれば、喜ぶのが人情だろう。ただ、アルヴァにはその言葉は社交辞令としか伝わっていなかったが。
「タークネットさん、新人か?」
二人がそんな会話をしていると一人の男が会話に入ってきた。その男は筋骨隆々の男で、明らかに強そうな見た目なのだが、ステータスを見たアルヴァはがっかりすることになった。
(タークネットさんより10レベル以上低い)
一瞬新人かなとアルヴァは考えたが、タークネットが実力者だと考えると、筋骨隆々の男もそれなりの実力者なのだろうと推測する。
「えぇ、加入希望だそうです」
「だが、このクランは誰かの推薦なしには入れないだろ?」
「彼なら僕が推薦しますよ」
「タークネットさんが!? それは大物だな」
アルヴァは意味がわからないため、黙って二人の会話を聞いていた。そして分かったのはこのクランに入るには誰かが薦めてくれなければいけないということだった。宿の受付の人が入るのが難しいと言っていたのはこういうことかとアルヴァは納得する。
「じゃあ、冒険者証を確認する。出せ」
筋骨隆々の男は先ほどまでのタークネットに対する態度とうってかわって、見下したようにアルヴァに声をかけ、手を突き出した。そんな様子を見て、タークネットはため息をつく。その様子を見ていつものことなんだとアルヴァは解釈し、冒険者証を取り出し、渡すわけではなく、相手に見えるように持った。
「なるほど、アルヴァか……ん? ハハハ!」
筋骨隆々の男は突然笑い出した。その様子を見て、タークネットは何かをうかがうように不安そうにアルヴァを見てきた。
「何かおかしな点でもありますか?」
「おかしいも何も、お前、回復魔法使いじゃないか! そんな奴が最強のクラン《竜の一撃》に入れるわけないだろう!」
その言葉を聞いた瞬間、事情を知らない者達まで笑い声を上げ始めた。明らかな嘲りの気配が広がり、やっぱりこうなるのかとアルヴァは自分の予想が的中したことを内心喜んでいた。
「アルヴァ君が回復魔法使い?」
タークネットは信じられないものを見るように冒険者証を凝視している。アルヴァの実力を理解しているタークネットにとって、それはあり得ないものだった。
「そ……そうだ! 【解析】です。【解析】をお願いします!」
信じられないタークネットは【解析】が出来るクランのメンバーを呼ぶ。しかし、誰もその声に動こうとしない。
「タークネットさん、回復魔法使いなんて見るだけ無駄ですよ。まぁ、実力を見誤るなんてタークネットさんらしくありませんが、そんなこともありますよ」
タークネットの人を見る目は信頼されているようだが、それでも回復魔法使いはそれ以上に軽視される存在のようだった。その事実にこれは都合が良いとアルヴァはむしろ目立たずに済むことを喜んでいた。
「だが―――!」
タークネットとしてはこのままアルヴァを他のクランにとられるわけにはいかなかった。そうなった時の損失が計り知れないと理解していたからだ。こうなったらアルヴァを自分のパーティに入れるしかない。タークネットがそこまで考え、更に何かを言おうとした瞬間、アルヴァは瞬時に間合いを詰め、タークネットと目を合わせた。アルヴァが【威圧】を使ったわけでもないのに、それだけでタークネットは何も言えなくなる。
『もう余計なことを言うな』
アルヴァは何も言っていない。しかし、ダークネットの耳には確かにそう聞こえていた。
「お気遣いありがとうございます。でも、僕は大丈夫です」
タークネットが聞いた言葉は幻聴だが、アルヴァの気持ちはその通りだった。そもそもアルヴァはこのクランに入るつもりなど毛頭なく、目的のクランに行く前の予行練習として情報収集するために訪れたに過ぎない。
「こんな僕を心配してくれて嬉しかったです。これはささやかながらお礼です」
元々入るつもりはなかったが、タークネットは完全な善意からの行動だとアルヴァは感じていた。それを踏みにじる後ろめたさから、アルヴァは感謝とお詫びの意味を込めてネックネスを何処からともなく取り出し、タークネットに差し出した。「今どこから?」「最初から持ってたか?」とどこからともなく声が聞こえるが、アルヴァは気にせずネックレスをタークネットに差し出す。
「……これは?」
タークネットは真剣な表情でアルヴァに問いかける。タークネットにだけはこれが何にも変えがたいものであることが理解できたのだ。
「これは身を守る魔法具です。一度だけあるとあらゆる災害から救ってくれます」
その言葉を聞いてタークネットは息を飲む。自分よりも遥かに強い人物がありとあらゆるとわざわざつけて説明したのだ。相応の魔法具だということは想像できた。アルヴァもそのつもりで言ったので、タークネットの様子から伝わったことがわかり、安堵した。
「入れなかったからって今度はタークネットさんに取り入ろうって魂胆か?」
タークネットがネックレスを受け取ろうとした瞬間、横から筋骨隆々の男がアルヴァの手からひょいとネックレスを摘み上げた。流石にアルヴァはイラッとしたが、アルヴァが行動を起こす前にタークネットが動いた。
「それは僕への贈り物だ。それを横から掻っ攫うとはいい度胸だね」
タークネットはいつもの表情だが、明らかに相手を威圧していた。その冗談では済まない雰囲気に、筋骨隆々の男は怯む。
「わ……悪かったって。ちょっと見せてもらっただけだ」
そう言って筋骨隆々の男はタークネットにネックレスを差し出した。それをタークネットは丁寧に両手で受け取る。それはよく見るととても単純なものだった。金属のチェーンに一つの宝石がぶら下がっているだけの装飾も何もないネックレスだ。ただ、タークネットは宝石部分が実は魔石であることに気付いていた。
「これの使い方を聞いていいかい?」
今のことがなかったようにタークネットはアルヴァに問いかける。筋骨隆々の男は怯えたようにおろおろしていたが、アルヴァは気にせずそれに答える。
「両手で宝石部分を持って、一言『助けて』と言うだけです」
どんなことが起こるのかは言わず、ただアルヴァは使い方だけを伝える。そもそもこの場で何を言っても周りに邪魔をされるだけなので、伝える気はなかったのだ。
「わかった。大切にしよう」
タークネットとしてはどう使うのかわかれば十分だった。効果もあらゆる災害から守られると分かっているのだから、詳細は必要ないと考えていたのだ。なのでタークネットはそれ以上何も言わず、ネックレスを早速首にかける。明らかに今の格好には不釣り合いだったが、それでもタークネットは嬉しそうだった。
「それじゃあ僕は歓迎されていないようなので、失礼します」
そう言ってアルヴァは頭を下げる。入る気がなかったとはいえ、礼儀だけはしっかりとする。
「あぁ、実に残念だよ」
そんなこととは露程にも思わないタークネットは本当に残念そうにそう言った。アルヴァは少し申し訳ない気持ちになったが、当初の予定通り、クラン《竜の一撃》を後にする。
(さて、本命のところに向かおうかな)
アルヴァは地図を取り出し、そこに書かれている場所に向かって歩き出した。
アルヴァが目指しているのはナンガルフがすすめた、元々ナンガルフが所属していたクランだった。地図もナンガルフが書いたもので、ナンガルフは「それなりに名の売れたクランですし、私の顔や名前がききますので、すぐに加入できるはずです」と言っていたので、せっかくだからそこに入ろうと元々決めていたのだ。
(さて、迷わないようにしないと)
宿からの道しかわからないため、アルヴァは一度宿に戻るための道を歩き始めた。
タークネットはアルヴァの信者になった




