ギルド内にてこんなことがあったようです
タークネット視点です
それはアルヴァがギルドを訪れる少し前まで時間を遡る。ギルド内はいつものような喧騒に包まれていたのだが、その一角、丸い机を囲むように座った三人の雰囲気は暗かった。いや、深刻だと言った方が正しいのかもしれない。
一人は剣士である後にアルヴァを助けることになるタークネット。そして右側にはエルフ族の魔法士である女性が、左側には弓使いであるドワーフ族の女性がそれぞれ座っていた。
「で、タークネット、これからどうする気?」
エルフの女性は面倒くさそうにそう問いかけた。
「どうするもないよ。新しい仲間を入れるしかないんじゃないかな?」
その答えを聞いて、エルフの女性は露骨にため息をついた。
「それは何度も聞いたわ。その方法を聞いてるのよ」
「でも、このパーティに入れる人いる?」
弓使いの女性は不思議そうに首を傾げた。そう、実はこの会話はもう何度も繰り返した後なのだ。まさに堂々巡り。いい案があれば当の昔に話し合いは終わっているはずだった。
そもそもタークネット率いるこのパーティはクラン《竜の一撃》でもかなりの実績を誇る。そのパーティに入れるとなれば大体の人は頷くだろう。しかし、実力の分からない者を入れてはこれからの活動に支障が出る。だが実力者はもうほとんどパーティを組んでおり、入るのは初心者か、能力や素行に問題があり、パーティを追い出された者くらいだった。
「それもこれもあいつらが抜けるのが悪いんだわ」
エルフの女性は忌々しそうに言う。その表情は仕方ないと思いながらもどこか納得がいかないと物語っていた。
「確かに予想はしていたけど、いざそう言われると驚くよね」
タークネットはエルフの女性の表情を見て、苦笑いするしかなかった。このパーティはもともと五人で組んでいたのだが、この度パーティの二人が婚約し、パーティを抜けることになったのだ。エルフの女性が不機嫌なのは自分に恋人の一人もいないからというのも理由の一つだった。
「確かにね。でも、二人としてはもっと早く抜けたかったはずだよ」
冒険者とは常に危険と隣り合わせだ。そんな冒険者をタークネットが未だに続けているのは自分の命以外に失うものがないからに他ならない。失いたくないものが出来た二人が半年もパーティを抜けると言い出さなかったのはむしろ驚きだった。
「気を使ってくれたのは分かってるわよ」
エルフの女性はそう言ってため息をつく。割り切れない思いはそのまま抱えてもらうしかないとタークネットは割り切り、話を元に戻す。
「とりあえずメンバーはこのままこのギルドで新人を勧誘していこう。クランには僕たちから推薦すればいい」
「結局そこに行きつくのよね……」
「それしかない」
エルフの女性は頭を抱え、ドワーフの女性はしきりに頷いていた。この結論に達したのはこれで何度目になるのか。とにかく三人はギルド入り口を眺めながら、決して建設的ではない話し合いを続けていった。
そんな話し合いが何度繰り返された頃だろうか、タークネットは入り口から入ってきた少年に目が留まった。特別その少年に何かあったわけではない。ただ、ギルドを訪れるにしては幼いし、依頼に来たようにも見えなかったため、気になった。ただそれだけだった。
「――――――!」
しかし次の瞬間、タークネットは原因不明の悪寒に襲われることになる。それは過去に何度か経験したことのある、絶対的に格上の魔物から時折感じる悪寒に似ていた。
(しかしこれはそれ以上にまずい!)
今までに感じたことのない悪寒に思わず二人の様子を確認する。エルフの女性は何事かと周りを見渡していたが、ドワーフの女性はいつものように気だるそうに座っていた。
「あまり探すな」
タークネットは思わず小さく注意してしまう。本来なら必要のない措置だが、二人にはいざというときに冷静でいてもらう必要があったのだ。タークネットは今の原因が何であるのかは既に理解していた。しかし理性はその答えを拒んでいる。
(まさかあの少年が?)
しかし、タークネットはこの危機回避能力で今まで紙一重で生き残り、ここまで上り詰めてきたのだ。完全に無視することなど出来なかった。その感覚が実は魔力感知の一種だと知っていれば、タークネットは少年の実力に動けなくなっただろう。
「タークネット、どうしたの?」
タークネットが極力その少年を見ないようにしていると真剣な表情のエルフの女性が問いかけてきた。
「今の感じ、フォーキアはどう思った?」
「明らかに異常事態よ。どうなってるの?」
エルフの女性―――フォーキアには今の感覚が理解できなかったのか、戸惑った様子でタークネットに尋ねる。
「今のはほら、今入り口にいる少年が原因だよ」
「何の話?」
「ミスティアは気づかなかったわけ?」
唯一何も感じなかったドワーフの女性―――ミスティアは不思議そうに首をかしげる。
「何かって?」
「詳しい説明は今からするけど、フォーキアはとにかくあの少年から目を離さないで」
その指示にフォーキアは頷く。ただ、目を離さないようにするとはいっても決して凝視するわけではない。あくまで談笑を続け、目端にとらえ、意識をそちらに向けているだけだ。
「それで、どういうこと?」
タークネットは今の一瞬で何があったのかをミスティアに説明する。ミスティアとしてはタークネットの危機回避能力は知っていたため、すぐに状況を飲み込むことができた。
「魔物?」
ミスティアは背中の弓に手をかけるが、タークネットはそれを手で制した。
「わからないけど、目的がわからない以上迂闊に手は出せない。とにかく様子を見ないと」
ここで手を出せば間違いなくこの場にいる何人かは被害にあう。出来るなら穏便に済ませたいとタークネットが考えている中、少年に動きがあった。先ほどからじっと少年を見ていた青年に、少年が近づいていったのだ。
(彼も今の気配に気づいていたのか?)
何をするかもしれないと思ったタークネットはいつでも動けるように剣に手をかけ、重心をゆっくりと動かしていく。しかし、少年はただ二、三言葉を交わすと、その場から離れ、ギルドの登録受付に向かっていった。それを見て、タークネットはとりあえず胸を撫で下ろす。
「ねぇ、あの子、冒険者登録する気じゃない?」
フォーキアは少年の行動に意外そうな表情をしながら言った。
「みたいだね」
受付で女性の話に従っている少年を見て、タークネットは警戒を解いた。しかし、それと同時に疑問が沸き上がる。
(あれだけの気配を放つ少年が何故冒険者登録など? まさか自分の才能に気づいていないのか?)
タークネットは思考をめぐらすが、もちろん答えなど出てくるわけもない。
(まぁ、何事もなさそうで良かった)
しかし、そんなタークネットが安堵したのもつかの間、少年に冒険者が近づいていった。
(あれは―――!)
それはタークネットが知る人物の中でも特に素行の悪い分類の冒険者だった。いつも新人に手を出しているその冒険者は今回も例にもれず手を出そうと考えたらしい。しかし、それはタークネットの望むことではなかった。
「タークネット」
ミスティアは事態を察してタークネットに判断を仰ぐ。このまま傍観しようという考えは三人にはない。
「行ってくるよ」
そう言ってタークネットは立ち上がり、少年と冒険者の方に歩いていく。近づくことでよくわかるが、少年は明らかに不機嫌だった。
(間に合ってよかった)
しかし、まだ何も起こっていないことにタークネットはひとまず胸を撫で下ろし、声をかける。
「どうかしたのかい?」
タークネットの姿を認め、冒険者の男は忌々しそうに顔を歪める。対して少年は不思議そうにタークネットを見つめていた。
「ちっ! なんでもねぇよ!」
冒険者の男は流石にまずいと思ったのか、足早にその場を去っていった。
(これで少しは大人しくしてくれるといいんだけど)
ありえないことだとは思いながらもタークネットはそう心から願う。特に今回のような事態は二度とごめんだった。とりあえず役目を果たしたが、少年が不思議そうだったため、タークネットは説明する。
「彼は登録しに来た新人に絡んで冒険者のことを教えてあげると称して金を巻き上げるようなやつでね。本当なら冒険者資格をはく奪しなきゃいけないんだけど、証拠がなかなかそろわなくてね」
そこで自分がまだ名乗っていなかったことに気づいたタークネットは、少年の名前を確認するために名乗る。礼儀正しければ名乗ってくれるだろうと考えて。
「名乗り忘れていたね。僕はクラン《竜の一撃》のタークネット。よろしく」
「僕はアルヴァです。ありがとうございました」
アルヴァと名乗った少年は礼儀正しく頭を下げた。今まで警戒していたことが馬鹿らしくなるほど、少年は優しい空気をまとっていた。
「タークネットさんの手を煩わせてしまい、申し訳ありません。本来なら私たち職員の仕事なのですが……」
受付嬢は申し訳なさそうにタークネットに頭を下げる。ふとタークネットはアルヴァの手にある冒険者証に目を向けた。
(最低のランク1からか。実力はそんなわけなさそうだけど)
「ただのお節介だ。気にしなくていいよ。じゃ、僕はこれで」
タークネットはそう答えて仲間のいるテーブルに戻る。少なくともあの少年はアルヴァという名前だとわかっただけでも収穫だった。
「どうだった?」
戻ってきたタークネットにフォーキアは身を乗り出すように問いかけた。
「とりあえず話した感想は普通の少年だったよ。しっかり者って感じだ。名前はアルヴァっていうらしい」
「問題なし?」
ミスティアは自分では何もわからないため、タークネットに意見を仰ぐ。
「今すぐどうこうなるって感じじゃなかったね。とりあえず静観でいいと思う」
「悪巧みしてる可能性はないわけ?」
フォーキアはどこか信用できないのか、アルヴァに意識を向けつつ言う。
「ないわけじゃないけど、それは彼に限らずだろ?」
「それもそうね」
フォーキアの感じた力は自分たちが束になってかかっても勝てるわけもないと諦めてしまえるほどだった。その力を警戒しているのであって、彼が悪人かどうかは別問題だとタークネットに言外に言われ、フォーキアは納得した。
「それよりも聞いてくれ。今回のことで収穫があった」
「もしかしてメンバーのこと?」
「そうだ。そのメンバー候補が一人見つかった」
「まさか、さっきのアルヴァって少年じゃないでしょうね?」
フォーキアは訝しげにタークネットへ視線を向けるが、タークネットは首を振った。
「違うよ。どちらかというと危機感知能力に長けた青年だ」
タークネットが薦めているのはこの建物の中でタークネットとフォーキアを除くと唯一アルヴァの実力に気づいた青年だった。
「あんたと同じってことは、まずは荷物持ちと索敵やらせようってこと?」
「そういうことだ」
「どこ?」
「あそこだ」
タークネットは相変わらず動いていない先ほどの青年を目線で示す。
「なんか頼りなさそうだけど大丈夫?」
フォーキアは見るなりそう言う。
「それに、明らかに冒険者慣れしてない」
ミスティアも続いて意見を述べる。しかし、タークネットの心は決まっていた。
「新人でもいいってことは前もって決まっていたはずだよ。それに、彼は先ほどのアルヴァという少年の実力に気づいた人だ」
その言葉を聞き、フォーキアもミスティアも青年に向ける視線が変わった。
「それ、ほんとでしょうね?」
「わたし、気づかなかったのに……」
フォーキアは疑わし気に、ミスティアは少し気落ちした様子で言った。
「間違いないよ。その危機感知能力があれば、不意打ちされる危険が減ると思わないか?」
「それがほんとなら凄いことよ」
「わたしは賛成。使えるようになるまでしばらく訓練すればいいし」
「えぇ、私もかまわないわ。ただし、どれだけ使えるのか試してからにはなるけど」
「僕もそう考えているよ。じゃあ、彼を誘ってみるってことでいいかい?」
タークネットの最終確認に二人は頷いた。それを確認すると、タークネットは代表して青年に話しかけにいく。
「やぁ、ちょっといいかな」
「なんですか?」
青年は話しかけられたのが自分なのかどうか自信がなかったのか、少し反応が遅かった。
「僕はクラン《竜の一撃》のタークネット。君は?」
「ぼ……僕はダインです。タークネットさんに話しかけてもらえるなんて光栄です」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ところで君に話があるんだ」
こうして青年ダインはタークネットのパーティに入ることになる。この出来事がアルヴァとどう関係してくるのかはまだ誰も知らない。
こいつらは二度と出てこない可能性がある




