ある王女の二週間 その2
後半になります
鍋を煮詰め終えると、中にはスープが入っていた。スープは野菜や肉などが入っており、冒険者たちと食べたものと比べて、かなり味が良く、イーステリアには食べやすく、満足感の得られるものだった。
食事を終え、イーステリアは静かに焚き火を眺めていた。アルヴァは気を使ってか、イーステリアから少し距離をとっている。
(彼は信用できると思います。ただ、あまり信用してしまうと裏切られた時に対処できないことになる。程々にしないといけませんね)
王都から出るときの冒険者たちは良かった。金銭的契約で、裏切れば犯罪者となる。だから、裏切られる可能性は低かった。ただ、アルヴァは違う。ただの親切な少年だ。今更何かされるとはイーステリアも思っていないが、盗賊に襲われた時の恐怖心が、アルヴァを素直に信じることを拒んでいた。
(とにかく今は王城に無事に帰ること。商人の馬車でも通ってくれれば便乗するのですが……)
「あまり火を見過ぎると目に悪いですよ」
そんな声をかけられ、イーステリアは顔を上げた。どうやら長い間そうしていたようで、辺りは真っ暗になり、長く火を見つめていたために、周りがよく見えなくなっていた。
「イリス、テントの用意が出来ました。それとも、お風呂にしますか?」
「お風呂?」
お風呂といえば王城にあるものくらいしかイーステリアは知らない。通常は濡らした布で体を拭くか、水浴びをして体を清めるものだと冒険者たちからは聞いていた。目が闇に慣れてくると、テントの隣に丸太でできた囲いらしきものが出来上がっているのが見えた。
(いつの間に? それに材料はどこから? どうやって運んで?)
それ以外にも色々な疑問が頭の中に浮かぶが、どれも解決することはない。イーステリアも聞こうとしないため、謎は謎のままだ。
「見られないように囲いも作りましたけど、やめておきますか?」
「い、いいえ。お言葉に甘えさせて頂きます」
流石にここまで用意されて断るわけにもいかず、イーステリアは慌ててその場所に向かう。囲いには火が灯った松明が備え付けられており、闇に対する不安はない。囲いに近づくと、一部が扉になっており、そこを開けると更に信じられない風景が飛び込んできた。中心部には大きく穴が開いており、そこにお湯がはられている。それだけでも異常なのに、手で触れてみるとお湯は澄んでおり、かき混ぜても濁る様子はない。
周りをひとしきり確認すると、イーステリアは服を脱ぎ、お湯につかる。その温度の快適さに思わず声が漏れた。
(本当にアルヴァ様はどういうお方なのでしょうか?)
お湯の温かさに今までの疲れを溶かしながら、アルヴァについてイーステリアは考える。
(おそらくこれも魔法でお造りになったもの。その技量はおそらく王城の魔法士に匹敵するはず)
イーステリアはまだまだ成人したばかりで、軍事についての知識は拙い。なので、全ては想像の産物でしかない。比べる対象がないことにイーステリアはもどかしく感じながら、今後は素直に勉強しようと心に決める。
(その実力に覚えがあるからこその一人旅であることは分かりますが、王都には何をするために行くのでしょうか? 言葉通り魔法士になるため?)
いくら考えても出るはずのない答えをイーステリアは右手の中指に輝く指輪を眺めながら、何度も頭の中で繰り返す。
(本当に不思議な方ですね)
疑問はいくらでも浮かんでくるが、今はこの気持ちいいお風呂を満喫しようと思考を切り替える。
心ゆくまで満喫したイーステリアはお風呂から上がる。すると体を拭くための布まで用意してあり、至れり尽くせりだと感心してしまう。これから先の旅はきっと快適になるだろうとそこだけは期待していた。
イーステリアの期待通り、そこから先の旅路は快適そのものだった。朝起きればアルヴァは起きており、朝食は準備されていた。昼食、夕食はもちろんのこと、夜に不安に襲われ、テントの中から声をかけると必ずすぐにアルヴァは返事を返し、イーステリアの話に寝るまで付き合ってくれていた。盗賊にも魔物にも襲われることなく移動すること二週間、イーステリアはやっと王都が見えるところまで辿り着くことが出来ていた。
(まだ距離はありますが、これでひとまず安心ですね)
イーステリアの視界には既に行き交う商人などの荷馬車や馬車の往来が見えている。それでもイーステリアはアルヴァを置いて先に王都に入ろうとは思わなかった。
(ここまでともに来たのです。最後までこのまま……)
そんなイーステリアの気持ちに気づいているのか、アルヴァは何も言わず、一緒に王都に向かって歩いている。
「アルヴァ様は王都についたら何をされるのですか?」
聞くならここしかないと、イーステリアはアルヴァの予定を問いかける。
「とりあえず、冒険者になるためにギルドに向かおうと思ってます。その後は学園に入学する予定もありますね」
アルヴァはさらりとこれからの予定を口にする。イーステリアが思っていたように、アルヴァは隠す気はなかったようだ。こんなことなら早くいろいろ聞くべきだったと後悔しながら、別の驚きがイーステリアの頭の中を占める
(冒険者は十五で成人してからしかなれないはず。ということはアルヴァ様は私と同じ年齢かそれ以上!?)
イーステリアは年下だと思っていた少年が自身と同じ歳、もしくは年上だという事実に驚いていた。しかし、そんな内心の動揺をおくびにも出さず、イーステリアは微笑みを浮かべたまま、話を続ける。
「学園にですか? では、アルヴァ様は今年の入学試験を受けられるのですね」
「そういうことになると思います。話には聞いているんですけど、いまいちどういうものなのかわかってなくて……」
アルヴァは恥ずかしそうに頬をかく。そんなアルヴァを微笑まし気に眺めながら、イーステリアは学園について声明を始める。
「学園は公的に運営されている機関で、大部分は寄付金により運営されています。一部例外を除き、貴族はもちろんのこと、平民も平等に試験を受け、その合格者のみが学園に通うことを許されます」
本当に勉強をしておいてよかったと心の底から感謝しながら、初めてアルヴァのお荷物ではなく役に立っているという実感とともにイーステリアは説明を続ける。
「一部例外とは王国の端に存在するかつて勇者様が誕生されたという伝説が残る村から来る者たちのことで、その者たちは試験は受けますが、結果によらず、入学が許されることになっています」
「そうなんですね。試験はどんなものがあるんですか?」
「簡単な知識を問う筆記試験と、どの程度魔法が使えるのかという確認のための魔法試験。そして、剣術などの武器格闘技術を確認する格闘試験があります。あ、それを始める前に、能力値を確認するための測定がありました」
イーステリアは自分が受けた説明を思い出しながらアルヴァに説明していく。
「なるほど、能力値ですか」
「アルヴァ様ならば魔法試験は問題ないと思います。なにしろ盗賊十人をものともしない使い手でいらっしゃいますから」
「だといいんですけど」
それからイーステリアは学園について説明をつづけた。入学してからの食費はかからず、寮があるので宿泊費もかからないこと。入学時の試験の結果によってクラス分けがされることなど、自身がわかることを事細かに説明していく。その説明を聞きながらアルヴァは時に相槌を打ち、時には質問をした。そんな談笑をしている間に二人は王都の検問の前に到着していた。検問には王都に入ろうとする人々が列をなし、順番に待っているのだが、イーステリアはその列を横目に気にすることなく検問所に近づいていく。アルヴァはそんなイーステリアを見て苦笑しながら何も言わずに後に続いた。
「君たち、この列が見えないのかい? 順番に待ってもらわないと困るよ」
近づいてきた二人に気づき、一人の兵士が対応するために声をかけながら二人に近づいてきた。その声色は怒っているのではなく、何も知らない子供に諭すようなものだった。
「ご苦労様です。至急責任者を呼んでいただけませんか?」
そう言ってイーステリアは右手の甲を、正確には中指の指輪を見せつけるように差し出す。兵士は訝しげな表情を浮かべたが、指輪を見た瞬間に顔色を変え、走り出した。少しすると同じく慌てた様子の先ほどとは違う兵士と先ほどまでの兵士が駆け寄ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。馬車でお送りしますので、こちらへどうぞ」
少し息切れを起こしていたが、後から来た兵士は恭しく頭を下げ、そう言った。身に着けているものが先ほどまでの兵士よりも豪華になっているので、身分は上なのだろう。
「わかりました。この少年はわたくしをお救いくださった方です。丁重に扱ってください」
「はっ!」
「アルヴァ様、お礼は後程」
「そんなに気にしなくていいよ」
アルヴァの答えになんとなくそう言われる気がしていたイーステリアは苦笑すると馬車に乗り込む。そしてその馬車はまっすぐに王城に向かっていく。
(少し離れていただけなのに、懐かしく感じてしまいます。この王都がいかに安全なのか、今なら理解できますね)
今までのことを思い出しながらイーステリアは静かに涙を流す。生きている。その実感が王城を見て心の中に広がったのだ。馬車に揺られること数十分、イーステリアは入城を果たした。
「姫!」
真っ先に近づいてきたのは騎士団長だった。騎士団長は小さな頃からイーステリアの世話を焼いていた一人だった。歳は五十代前半の筋骨たくましい男だが、どこか優しい雰囲気を漂わせている。イーステリアも祖父のようだと甘えており、信頼できる人物の一人だった。
「一体何処に行っていらしたのですか! 城内は大混乱でしたぞ!」
「ごめんなさい」
イーステリアは素直に頭を下げる。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。
「まったく…… せめて行き先がわかれば対処できたのですが」
「でも、置手紙をしたはずですよ?」
流石に何も言わずにはまずいと思っていたので、イーステリアは自身の部屋に旅に出る旨と勇者に会いに行くという内容をしたためた手紙を残していた。
「いえ、そのような報告は受けていませんが……」
騎士団長もイーステリアが嘘を言っているとは思っていないのだろう。しかし、現に騎士団長の耳にそんな情報は入ってきていない。わかっていれば真っ先に迎えを出しただろう。イーステリアは騎士団長の反応に何か不審なものを感じ、アルヴァの忠告通りに今までにあったことを騎士団長に話した。すると騎士団長もアルヴァと同じように、いやそれよりひどく表情が険しくなっていく。
「その話を信頼できるものにしてほしいと助けてくれた少年が言ったのですね?」
「はい。かなり真剣な表情でした」
イーステリアの返答に騎士団長は何かを考えこむ仕草をする。しかしすぐにそれはなくなった。
「わかりました。わたしに頼っていただいて光栄です。この件はわたしに一任していただけますか?」
「はい。お願います」
イーステリアには何がどうなっているのかはわからない。しかし、騎士団長ならばなんとかしてくれる。そんな信頼がイーステリアの中にはあった。だから何の不安もなく騎士団長に任せておけた。
「それで、今その少年はどこに?」
騎士団長は先ほどまでの話はこれで終わりと言わんばかりに話題を変えた。イーステリアとしてもこれ以上話すことはないため、その話題に乗っかる。むしろ話したくて仕方がなかったのはこちらなのだ。
「東の検問所で待たせてあります。お礼をしなければなりませんので」
「本当なら姫の無事な姿を陛下にお見せするべきではありませんか? その少年はわたし一人で連れて参りますので」
騎士団長は半ば説得は無理だろうと思いながらもそう口にする。なぜならイーステリアの目は既に今乗ってきた馬車に向いているからだ。
「そういうわけにはまいりません。お姿を知っているのはわたくしだけですから」
実際は検問所の兵士にでも問いかければ判明するだろうが、それがわかっていながら騎士団長は口にしない。イーステリアにはかなり甘い御仁だった。
「わかりました。確かに姫の案内の方がその者も安心するでしょう」
後でその少年とともに陛下に謁見させようと騎士団長は心に決めると、イーステリアとともに馬車に乗りこんだ。検問所に向かう道中、やっとアルヴァの凄さを語れる相手が出来たとばかりにイーステリアは旅の間どんなことがあったのかを話した。しかし、その話が進んでいくと、騎士団長の反応が思っていたものとは違うことに気づいた。
「どうかされましたか? やはりアルヴァ様の実力ではまだ魔法士様には届きませんか?」
イーステリアの中では既にアルヴァは魔法士だった。しかし、あまり反応の良くない騎士団長を見て、イーステリアは不安になってきたのだ。イーステリアの問いかけに騎士団長は悩むようにうなっていたが、数秒後、覚悟を決めたような表情になり、イーステリアの問いかけに答えた。
「今のお話ですが、まず俄かには信じがたいことです」
「どういうことですか?」
「率直に申し上げますが、今の話をしたのが騎士や兵士だった場合、わたしはそんなことはあり得ないと一笑に付したでしょう」
「え?」
「それほどにあり得ないのです。毎回新鮮な肉や野菜を使っての料理? 風呂の準備? そのような話、聞いたこともありません。少なくとも軍に所属している魔法士全員で行ったとしても再現できないでしょう」
イーステリアはその言葉に驚きのあまり言葉を失った。しかし、そんなイーステリアの反応などお構いなしに騎士団長は続ける。
「更に、街道は安全が確保されているとはいえ、魔物に備え、見張りをたてなくてはなりません。姫は二週間、見張りをしましたか?」
「い、いいえ」
見張りが必要なことを知らなかったイーステリアは精一杯の反応として否定する。騎士団長の話から、イーステリアの中でアルヴァがとてつもない存在に変わっていく。
「つまりその少年は一人でそれをこなしていたということ。二週間ともなれば人間業ではありません」
イーステリアは何を言えばいいのか言葉が見つからなかった。その人間離れした者への恐怖心を持ったわけではない。何も知らなかった自分を文句も言わず王都まで送り届けてくれたことに改めて感謝の念がわき、同時に何もしなかった自分が恥ずかしくなったのだ。
「では、アルヴァ様の実力は……」
「文句なしで魔法士です。むしろ今からでも私の下に置きたいくらいですよ」
騎士団長は苦笑しながらそういった。
「それはいいですね。アルヴァ様も喜ぶと思います」
いつか魔法士になりたいと言っていたアルヴァの役に立てるかもしれない。その事実にイーステリアは嬉しくてたまらなかった。しかし―――
「いない?」
検問所に到着すると、そこには既にアルヴァの姿がなかったのだ。
「何故お引止めしなかったのですか! わたくしはお礼をもって戻ってくるとお伝えしましたよね?」
イーステリアはいつにない剣幕で一人の兵士に詰め寄る。兵士はただただ恐縮しながらありのままの事実を報告する。
「は、はい。もちろん我々もそう言ってお止めしたのですが、『お礼ならこの検問を通してくれるだけで充分です。列に並ばずに済みました』と言われ……」
兵士の一人が恐る恐る当時の状況を語る。
「それでも御引止めすると『書類に不備でもありましたか?』と言われたため、書類に不備はないとお伝えすると、『じゃあ、僕がここに留まる理由はありませんね』と言って止める間もなく走り出してしまい…… 犯罪を犯しているわけではないので強制的に勾留するわけにはいかず、申し訳ありません」
その話を聞き、イーステリアは責めている自分が恥ずかしくなり、顔を赤くして俯いてしまう。何も言わなくなったイーステリアの代わりに騎士団長が質問を続ける。
「そのアルヴァという少年は確かに王都に入ったのだな?」
「はっ! 間違いありません」
兵士としての条件反射なのか、イーステリアと話していた時とは違い、兵士は明確に答える。
「学園に入学するのも事実か?」
「はっ! それに該当する書類を持参していたので間違いありません」
そんな兵士の報告を聞き終え、『ご苦労。職務に戻ってくれ』と騎士団長は兵士に声をかけてから、イーステリアの頭に手を置いた。
「そこまで慌てることはない。少年は必ず学園に現れるのだ。その時また会えばよい」
そう言ってイーステリアを慰める。イーステリアがアルヴァに逃げられたような心情になっているのを見透かしての行動だった。
「……はい」
王都は広い。ここから探し出すのは至難だろう。しかし、学園に現れるとわかっている以上、焦る意味がないのも事実だった。
(アルヴァ様ほどの実力者ならばきっと一番上のクラスでしょう。その時に会いに行って、今回のことの文句でも言わしていただきましょう)
困った様子で謝るアルヴァを思い浮かべ、イーステリアは一人クスリと笑うのだった。
アルヴァ王都に到着やっとそれらしく物語が進んでいきます




