ある王女の二週間 その1
今回は長くなったので二つに分けられています
(なんでこんなことに? 何を間違えたというの?)
少女は目の前の惨状をどこか客観的に眺めていた。いや、すでに精神が正常ではないのかもしれない。馬車は大破し、馬は逃げ去って久しい。四人の護衛の冒険者は息絶え、既に骸となって横たわっている。彼ら、彼女らは勇敢だった。護衛対象である少女を守るためにその命を懸け、勝てるわけもない戦いに挑んだのだ。少しでも少女が生存できる可能性を上げるために。
四人の護衛に対し、相手は十人以上の盗賊だった。冒険者たちも決して弱いわけではない。一対一ならば冒険者たちが負けることなどないだろう。一度に攻められたとしても、何とか退けられたに違いない。しかし、なぜか盗賊たちは盗賊とは思えない連携を発揮し、前衛と後衛に分かれて冒険者たちを追い込んだ。中には魔法を放つ者もおり、冒険者たちになすすべはなかった。
(わたくしはただ、勇者様にお会いしたかっただけなのに……)
少女――――――アノウン王国王位継承権第三位であるイーステリア・アノウンは数日前の早朝、王都に存在する王城から抜け出すことを試みていた。それは思い立っては行ってきたことだが、うまくいったことなど一度もない。しかし、今回はいつもより気合が入っていた。その理由は勇者が生まれたかもしれないという噂を聞いたからだった。正確にはかつて勇者が生まれたといわれる村で才能に恵まれた子供が現れ、近々王都の学園に入学するというものだったが、イーステリアの中ではもう勇者が生まれたことになっていた。
伝説となり、もはや神話に等しい物語として語られる勇者。イーステリアも小さな頃から物語で読んで知っているその存在が誕生したかもしれない。そう耳にしては確かめずにはいられなかった。そして手慣れた様子で王城から抜け出す準備を始めたのだ。
今回に限ってそれは順調だった。いつもは王城の門番に見とがめられるがそれもなく、城下へ難なく抜け出すことができた。それどころかギルドですぐに冒険者の手配と馬車の手配も出来、追っ手に追われることなく王都から抜け出すことができたのだった。
これは神からの啓示に違いない。そう考えたイーステリアは興奮も冷めやらぬまま、勇者のいるという村を目指した。野宿も冒険者の中に女性がいたので心配事もなく、野宿の不快感もこれからのことを考えれば問題なかった。しかし、王都を出発して五日後、それは起きてしまったのだった。
「こいつで間違いないよな?」
「あぁ、何度も確認するな。問題ない」
「違っても問題ないだろ。だって俺たち盗賊だぜ?」
盗賊の男たちはイーステリアが動かないと判断しているのか、談笑をしている。しかし、その内容を気にするほどの余裕はイーステリアにはなかった。
(どうにかして逃げないと……)
イーステリアは剣術はもちろん、魔法を使うことも出来る。しかし、流石に目の前の盗賊を相手にできるほどの魔法は使えない。せいぜい一人の男に火傷を負わせる火球を作り出すのがせいぜいだった。
「それにしても、冒険者を皆殺しにする必要はなかったんじゃないか? 二人も女がいたのにもったいない」
「確かにな。だが、この女はどう扱おうと自由らしいからな」
イーステリアは一人の男から向けられた視線にびくりと体を反応させる。
「俺はもう少し熟したのが好みなんだけどな」
「贅沢言うな。貴族様なんてそうそうお相手できないぜ?」
その男たちの会話をイーステリアは理解してしまった。理解した途端、イーステリアの体は勝手に震えだす。先ほどよりも強い恐怖に呼吸することさえ困難になっていた。
「いや!」
その反応を見て、何人かの盗賊は嬉しそうに口元を歪める。他の男たちはいやらしい目でイーステリアを見つめていた。もうやるしかない。無駄とはわかっていてもこの場から逃げたいと思ったイーステリアが魔法を使おうと決意した、まさにその瞬間だった。
「あの、申し訳ありません」
その声はイーステリアの真後ろから発せられていた。しかし、そんなことがあり得ないことはイーステリアはわかっていた。自分の真後ろということはすなわち、盗賊たちの正面ということなのだから。盗賊たちの反応が声を聞いて気づいたような反応なのだ。そんなことはあり得なかった。
(誰かに助けてほしいと願うあまり、幻聴でも聞こえてきたのでしょうか)
イーステリアがそう考える中、幻聴は更に言葉を紡ぐ。
「勘違いだったら申し訳ないので一応声を掛けました。盗賊が少女を襲っているという状況で間違いありませんか?」
(この幻聴は何をおっしゃっているのかしら?)
あまりに場違いな問いかけに、イーステリアは状況も忘れ、苦笑してしまう。
「な、なんだ貴様は!?」
盗賊たちはやっと我に返ったのか、それぞれが武器を構える。
「僕? 僕はアルヴァ。できれば僕の質問にも答えてほしいんだけど?」
幻聴はアルヴァと名乗る。イーステリアはその名前に覚えがあった。
(勇者アルヴァンス様に似たお名前…… 幻聴なら同じ名前が良かったです)
その名前に少しがっかりしながらイーステリアは茫然と盗賊たちを眺める。剣を突き付けられている状態(正確にはイーステリアの後ろのアルヴァに)だが、不思議とイーステリアに恐怖はなかった。自分はもう狂ってしまったのだと、イーステリアは漠然と考える。
「あぁ、俺たちは盗賊だ。何か文句あるのか?」
盗賊たちを押しのけ、一人の男がイーステリアの一番近く、正確には声の主、アルヴァの近くに歩み出た。どうやら盗賊たちの頭のようだ。その表情はイーステリアを見ていた時とは違い、今度は人を馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。
「文句はないよ? ただ、四人を殺したのも君たちだよね? 荷物を強奪するだけでよかったはずなのになぜ?」
「目撃者は消す。それが俺たちのやり方だ」
「なるほど。それが貴様らの規則か。では―――」
アルヴァの口調が一瞬で変化する。その瞬間、イーステリアの耳には風切り音が聞こえた。それと同時に、目の前の頭の胸に剣が突き刺さる。
「その規則に従おう」
頭の胸に突き刺さったのが亡くなった冒険者が持っていたものだとイーステリア理解する頃には、今度は音もないのに盗賊の一人の首が胴から離れた。
「な、なに―――」
そしてまた一人、また一人と胴から首が離れていく。しかし不思議と血は吹きだすことはなかった。
「にげ―――」
盗賊たちは半分まで数を減らして初めて思考が追いついたのか、逃げ出そうと行動を起こす。しかし、今度は逃げ出そうとしたものから倒れていく。
「悪かった! 助けてくれ! なんでもする!」
最後の盗賊のが懇願するように跪いた。武器を放り投げ、みっともなく涙を流し、先ほどまでイーステリアを見ていた表情は見る影もない。
「目撃者は殺すんだろう? 人に強制してきた規則から、自分だけ逃れられると思ったのか?」
伝える気などさらさらなかったのか、言葉の途中で最後の盗賊の首は地面に落ちた。それでもやはり血が噴き出ることはなかった。
(たす……かったの?)
イーステリアは現状を理解できず、放心しながら、何とかそれだけは現状を理解する。その間にもイーステリアの目の前の光景は変化していった。
(いったい何がどうなって?)
盗賊の死体がいきなり浮かび上がり、突然発生した大穴に吸い込まれるようにして収まっていく。そして少し乱暴に穴には土がかぶさり、穴を埋めてしまう。色が変わっていなければ、穴があったことに気づく者はいないほど自然に元に戻っていた。変化はそれだけにとどまらず、今度は冒険者たちが浮かび始め、四つの穴にそれぞれが収まっていった。その扱いはとても丁寧で、土をかぶせればそれは簡易的な墓なのだと理解できた。
「これでいいかな?」
イーステリアはもうこの声が幻聴でないことは分かっていた。そしてこの声の主に助けられたことも。ただ、振り返った瞬間、イーステリアはまたも混乱してしまう。
(こ、子ども!?)
自分自身も十五で成人してから半年ほどしか経っていないが、後ろにいた少年はそれよりかなり幼く見えた。
(十二……ううん、十くらいでしょうか)
アルヴァが聞いたらショックを受けるだろうことを考えながら、後ろにいた少年を観察していく。しかし、いくら見ても盗賊十人を瞬間的に倒して見せたものには思えなかった。
「大丈夫ですか?」
じっと見たまま動かなかったイーステリアを心配したのか、アルヴァから声をかける。
「え? あ、はい。助けていただきありがとうございます」
イーステリアは慌てて立ち上がると、優雅にお辞儀をする。日ごろの教育のたまものか、その動きはこんな時でも美しく見えた。
「それなら良かった。それで、これからどうされますか?」
アルヴァは周りを見渡しながら問いかける。
「申し訳ないのですが、わたくしを王都まで送っていただけませんか? わたくしはイ―――イリアと申します」
イーステリアは咄嗟に偽名を名乗る。王族が護衛も少なく本来こんなところにいるはずもなく、あってはならない事だからだ。目の前の少年が喧伝するかどうかは分からないが、出来ればその情報が広まらないよう注意するに越したことはなかった。
「僕はアルヴァです。僕の行き先も王都なのでご一緒しましょう」
快諾され、イーステリアは安堵する。これで完全に身の安全を保障されたわけではないが、先ほどまでの状況に比べればなんでも良かった。
しかし、アルヴァとともに歩き始めてイーステリアはすぐに後悔し始めていた。イーステリアは日頃から歩き慣れているわけではない。しかも服装も自分なりに動きやすい格好をしてきたつもりだったが、歩いて行くには邪魔すぎる服装だった。
(こんなことなら騎士から服を頂いておくべきでした)
今更後悔したところで楽になるわけではない。既に足がずきずきと痛むが、弱音を吐き、足手纏いになりたくはなかった。そうなれば、万が一にもアルヴァに置いていかれる可能性もあるのだ。
「日も暮れてきました。今日はここまでにしておきましょうか」
もうそろそろ限界だとイーステリアが考えていると、アルヴァから休憩の提案をされ、安堵する。道を外れ、アルヴァは軽く草を切り整地すると、そこに腰を下ろした。
「あ、イリアはここに座ってください」
そう言ってアルヴァは自分の持っていた袋を差し出す。
「中身は布類なので、座り心地は悪くないと思いますよ?」
「ありがとうございます」
その心遣いに感謝しながら、イーステリアはその袋に座る。確かにアルヴァの言う通り、それは柔らかく、地面に座るよりは良かった。
「時間も時間ですから食事にしましょう。ここで待っていてください」
「あの!」
突然立ち上がったアルヴァに一人になる不安から声が上ずる。しかしイーステリアにはそれを気にしている余裕はない。ここでアルヴァがいなくなれば、自分は死ぬ可能性の方が高い。そんなイースタリアの心を読んだのか、アルヴァはにっこりと笑みを浮かべる。
「見える場所に火をつける枝を探しに行くだけです。気にしてはいますが、何かあったら大声で呼んでください」
そう言ってアルヴァは少し離れたところまで歩いていく。しかし、そこには樹木はない。それでも少しすると、アルヴァは燃やすのに良さそうな枝を抱えて戻ってきた。おかしな現象にイーステリアは首を傾げたが、すぐに別のことに気を取られた。アルヴァが枝を地面に置くと、何もしていないにもかかわらず、火を灯してみせたのだ。
「まぁ! アルヴァ様は魔法士様なのですね!」
その反応にアルヴァは苦笑しながら、自分も火の前に座る。
「僕はまだ魔法師ではありません。いつかは資格を取りたいは思っていますけど」
魔法士とはその実力を認められたものに贈られる称号だ。火炎魔法士など、得意な魔法によって細かく分かれているのが特徴で、その資格を持つものを総じて魔法士と呼び、魔法を使えるものは魔法使いと総称していた。
「そうなのですか?」
しかし、王城には資格を持った魔法師しかおらず、イーステリアは魔法師が魔法使いだと思い込んでいた。
「イリアはやっぱり身分の高い人?」
「えぇ、それなりの位にあると自負しています」
流石に全て隠し通せるとは思っていなかったイーステリアは肯定する。
「やっぱりそうなんですね。でも、なんでそんな人がこんなところに?」
いつか聞かれると思っていたイーステリアは、自分が王族であることはぼかしながら、最近あったことを説明していく。それが助けてもらったことに対する最低限の礼儀だとイーステリアは考えたのだ。説明が進むにつれ、アルヴァの微笑みが消えていく。そして説明を終えた頃には完全に笑みは消えてしまった。
「とりあえず帰ったら信頼ができる人に同じ話をする事をおすすめします。僕に言えることはそれだけです」
アルヴァは難しい顔をしたままそう言う。だが、イーステリアはなぜそう言われたのか分からなかった。
「わかりました」
ただ、真剣な雰囲気での忠告に素直に頷く。それを確認したアルヴァは安堵したような表情をして頷いた。
「それはそうと、足を出してもらっていいですか?」
「え?」
アルヴァの突然の申し出に、イーステリアは意味がわからず不審に思う前にただ純粋に意味がわからず首を傾げた。
「歩きすぎで怪我してますよね? 僕は回復魔法も使えますので」
気づかれていたことに驚きながら、イーステリアは素直に靴を脱ぐ。そして自分の足の状態を見て、顔をしかめた。
【治癒】
魔法が発動し、魔法陣が展開されると、一瞬にしてイーステリアの足はもとの綺麗な状態に戻った。
「素晴らしい腕前です。それに、魔法具をお使いにならないとは。それに詠唱破棄まで。すぐに魔法士になれそうですね」
イーステリアはお世辞でもなんでもなく心から賛辞を贈る。アルヴァはそれに反応せず、どこからともなく取り出した鍋でスープを作り出した。
(いま、一体どこから?)
ただ、あまり深く追求して気分を害してはいけないと、疑問に思いつつもそこに触れることはなかった。
アルヴァが主人公らしいことやってる。珍しい笑




