アルヴァは十五になったそうです
厳密にはまだ十五になっていません
「アルヴァ、食べ物は持った? 武器の手入れは大丈夫? 紹介状も忘れてない?」
アルヴァは無事に十五になり(正確にはまだ十四であるが、移動中に迎える予定)、学園に向かう時期がやってきた。体は言うほど成長しておらず、見た目は同年代にしてみれば幼く見える。右肩に袋を下げ、右太腿にはナイフが固定され、目が悪いわけではないのだが、今は眼鏡をかけている。毎日鍛えたために多少逞しそうに見えるが、顔が幼いせいでほぼ意味をなさなかった。もちろん筋力のステータスの変化も微々たるものだ。
「母さん、食料はちゃんと袋に入れてあるし、武器はナイフがあれば十分だよ。魔法もあるしね。紹介状は【道具箱】の中に保管してあるよ。ついでにお金はダウおじさんにちゃんと貰ってるし、問題があったら魔法で帰ってくるから大丈夫だよ」
アルヴァはいつまで経っても心配性な母親に苦笑しながら答えた。通常は迎えの馬車があり、それに乗って王都に向かうのだが、今回はアルヴァが徒歩で向かうことになっている。これはビールドの嫌がらせというわけではなく、単純に歩いた方が楽だというアルヴァのわがままだった。もちろんその旨は連絡済みである。
『アルヴァも成人するんだ。母親たるもの堂々と送り出せ』
いつも通りの母親とアルヴァのやりとりを聞いて、ラビィは呆れた声でそう言った。
「ラビィちゃん…… でも……」
母親は何かを言いたそうにしているが、心配しすぎだと自覚はあるのか、その言葉は続かなかった。ラビィは既に村の中では問題なく過ごせるほどに馴染んでいた。むしろラビィは困っている人がいると助けに行くので、本当に聖獣として崇める人まで出てきたほどだ。ラビィは流石にそれはやめて欲しそうにしていたが。
『三ヶ月の辛抱だ。王都につけば連絡してくれるんだろ?』
本当ならアルヴァは道中何度も戻ってこられるのだが、母親が子離れできるよう頻繁に帰ってこられないことになっていた。
「うん。それまで待っててね、母さん」
「……そうね。私がしっかりしてないとアルヴァに心配かけちゃうわね。分かったわ」
「それじゃあ母さん、ラビィ、いってきます」
「いってらっしゃい」
『楽しんでこい』
それぞれの言葉を聞きながら、アルヴァは魔法を発動させる。
【変化する重量】【風壁】
使用した魔法自体は大したものではない。【変化する重量】は対象物の重さを変えるだけの魔法であり、【風壁】はただ対象を守るように展開する空気の膜を作り出す魔法だ。これらは努力をすれば誰でも使えるようになる魔法でしかない。しかしアルヴァはそれを併用、複合し、新たな効果を生み出した。
アルヴァが地面を蹴ると、人とは思えない速度で走り出した。いや、走っているというよりは地面を滑っていると表現した方が近いかもしれない。現にアルヴァは地面から数ミリメートル浮かび上がっており、地面を蹴って推進力を得る以外には地面に触れていなかった。
(やっぱりこれ便利だなぁ)
魔王時代に考え出したこの魔法での移動方法は、魔力操作が拙い時には使えなかった。しかし、この数年でアルヴァは確かに魔王時代の技術を我がものとすることに成功していた。
(とりあえず目標はナンガルフさんがおすすめしてくれたクランに入ることかな)
王都に行くにあたりアルヴァが早めに向かっているのはそのクランに入るための手続きを考えてのことだった。アルヴァにとって王都の学園に入ることなどどうでもいい事で、すぐに退学になるならなりたいとさえ思っていた。しかしそれでも王都に向かうのには理由があった。それこそがクランに入り、冒険者となり、ブラットに会いにいくことだった。
(ナンガルフさんがいうにはブラットは隣国にいる。だけど、簡単にこちらの国には来られない。まぁ、ブラットがふらふらその辺を歩いていたらいたらでびっくりだけど)
かつての親友のドラゴンの姿を思い出し、それが買い物をしている姿を想像してアルヴァは一人笑みを浮かべた。
(だから、こっちから会いに行かなきゃいけないんだけど、国境はそう簡単には越えられない。出来るのは国に特別に許可された人、商人ギルドの人、実力を認められた冒険者だけ。なら、僕が目指すのは一つしかない)
冒険者とはギルドが発行する依頼をこなす人たちのことを指す言葉であり、その実力は七つに分類される。ランク1から始まり、依頼の達成度や試験などにより、ランクが上がっていくシステムで、それを統括しているのがギルドという機関だ。ギルドは独立機関であり、色々な場所や国から依頼があるため、実力者になれば国境を越えることが可能になるのだ。ただ、依頼はランクが上がっていくと複数人でしか達成できないような依頼もある。そのために自然に仲間として集まって作られたのがクランと呼ばれる組織で、そのクランにも人気、不人気があるようだ。人気のクランになると構成員は百人程度では済まないとアルヴァは教えられていた。
(今のところの目標はこんなところかな。まずは目的地の町に向かわないと始まらないけど)
アルヴァはこの世界にある馬車より明らかに速い速度で駆け抜けながら、これからの方針を自分の中でまとめていく。通常、目的地の町までは三日はかかるのだが、馬をも超えるアルヴァにとって今日中に到着するのは容易かった。むしろ誰にも見られないように移動することの方が大変だった。
(魔力感知で調べ続けてるとはいえ、うまくすり抜ける人もいるかもしれないからね)
杞憂なような気もしていたが、それでも警戒しすぎて過ぎることはない。流石に村の外にまでアルヴァは力を喧伝したくはないのだ。やむを得ない場合はその限りではないようだが。
(ん? 早速感知に引っかかったけど、これは?)
アルヴァはその結果に首をかしげる。明らかに気配が人だけではないのだ。
(魔物を連れているのか、それとも襲われているのか)
考えている間にアルヴァは魔物たちの声を聴いた。
『おいしい! おいしい!』
『ごはん! ごはん!』
『やっと! おいしい!』
魔物たちは自我というものをあまり持っていないようで、聞こえてくる言語は赤子のように拙かった。しかし、アルヴァが状況を知るには十分な言葉だった。
(誰かが襲われ、魔物に食べられてるのかな)
アルヴァの視界にはすぐにその状況が飛び込んでくる。案の定、荷馬車が五匹の犬型の魔物に襲われていた。すでに決着はついたのか、現在は食事中のようで、一頭の馬と三人の人だったものが貪られ、周囲に血の匂いを広げていた。
(ま、仕方ないよね)
アルヴァはその状況を見てもなんとも思わなかった。アルヴァからすれば人も魔物も大差ないものであり、別の生き物を食すのは生きるためには必要不可欠な行動だからだ。
(魔物が馬を食べるなんて、よっぽどお腹が空いていたんだなぁ)
そう考えながら、アルヴァは現場に到着する。すると魔物たちは食べるのをやめ、一斉にアルヴァを見た。
「た、助けてください!」
その声にアルヴァも魔物も一斉に反応する。荷馬車の荷物の陰から一人の男が顔を覗かせていた。気の弱そうな顔をした男は生き残るためにその場に現れたアルヴァに期待し、魔物に見つかる覚悟で声を張り上げたようだ。
(魔力感知に引っかかったのはこの人か)
そう思った瞬間、魔物たちは荷馬車の人を襲おうと一斉に動き出した。魔物たちに比べればアルヴァの方が荷馬車からは遠い。本来なら間に合わないだろう。
「ひぃ!」
荷馬車の男は身を守るためか、物陰に隠れる。
(残念だけど、諦めてもらおうか)
そう思ったのは荷馬車の男に対してではない。魔物たちに対してだった。
【威圧】
アルヴァは容赦なく魔物たちにそのスキルの効果を向ける。その瞬間、魔物たちは動きを止め、恐れたように後ずさり始めた。
「君たちはそこに転がっている得物で満足するべきだ。生きるためにそれ以上は必要ないはずだよね?」
アルヴァは一歩一歩魔物たちに近づきながら話しかける。伝わっているとは思わない。ただ、伝えようとすることが大切だとアルヴァは考えているようだ。
「それでも襲うというなら、僕は手加減しなよ?」
その言葉をきっかけに魔物たちは一斉に逃げ出した。アルヴァの言葉を理解したわけではないだろう。おそらくその場の【威圧】の脅威から逃れるためだ。アルヴァなそんな魔物たちを深追いせず、見えなくなるまでじっと見つめる。そして見えなくなると荷馬車に向かって歩き出した。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
アルヴァは荷馬車の前に立ち、そう声をかける。すると数秒後、荷馬車の荷物の陰から先ほど見た男が顔を出す。
「先ほどの魔物はどうなりました?」
「逃げました」
そう言われ男は周りを見渡し、確かに魔物がいないことを確認すると、ほっとした様子で荷馬車から降りてくる。
「助けていただきありがとうございます。わたくしは商人のサルジェと申します」
サルジェと名乗ったその男は丁寧に頭を下げる。
「僕はアルヴァです。とりあえずこれからどうしますか?」
この場において部外者のアルヴァは周りに目を向けながら問いかける。
「まずは亡くなった方たちを埋葬したいと思います。冒険者証はわたくしが責任をもってクランに届けたいと思います」
アルヴァの目線の意味を理解したのだろう。サルジェはそう答えた。冒険者証を持っていくのは亡くなったことを証明するために持っていくのだろうとアルヴァは推測した。そもそもアルヴァは冒険者証が何かをわかっていなかったが。
「じゃあ、サルジェさんはその冒険者証を集めてください。僕は穴を掘ります」
もちろん、掘るとは言っても魔法で一発である。
「そのような重労働を見知らぬ貴方に頼むのは恐縮なのですが、お願いできますか? もちろんお礼はさせていただきます」
アルヴァはそのお礼には反応せず、道から外れたところに魔法で大穴を開ける。その光景を見て、サルジェは茫然として固まってしまった。
「サルジェさん?」
アルヴァに声をかけられ、サルジェはやっと我に返った。
「魔法使い様でしたか。お見それ致しました」
魔法使いとは魔法を使う人間の総称であるとアルヴァはナンガルフから聞いていたので、その言葉を否定することなく、頷く。
「それより、冒険者証は回収できましたか?」
「あ! 今すぐに!」
自分が何をするべきなのか思い出したのか、サルジェは小走りに遺体に近づき、何かを回収していく。
「回収できました。これを荷馬車に置き次第、ご遺体を埋めたいと思います」
サルジェはこれ以上アルヴァに働かせるつもりはないのか、走って荷馬車に向かう。遺体を埋めるのを自分一人でやるつもりだろうと察したアルヴァは言う。
「いいえ、サルジェさんは荷馬車にいてください」
「え?」
アルヴァはサルジェの返答を聞くことなく、魔法で三人と一頭の遺体を浮かせ、そのまま穴まで運び、ゆっくりと納めると再び魔法で土を被せた。
「ま、まさかここまで出来るなんて……」
サルジェにとっては信じられない光景だったようで、驚愕を全身で表していた。
「それで、サルジェさんはこれからどうするんですか?」
アルヴァはやるべきことはやったと判断し、サルジェにそう問いかける。
「え……? あ、はい。とりあえず最寄りの町に向かいたいと思います。ですが……」
そう言いながらサルジェは困ったように考え込んでしまった。何を悩んでいるのかアルヴァはすぐに察する。
「荷馬車は僕が引いていきましょうか?」
サルジェが案じていたのは荷馬車のことだった。荷馬車を引く馬は既におらず、荷物はここに放置していくしかない。しかし、放置すれば間違いなく取りに戻っても残ってはいないだろう。商人として商品を置いていくことを躊躇ったのだ。
「そ、そのような奴隷にも劣る扱いを命の恩人であるアルヴァ様にさせるわけにはいきません!」
サルジェは慌てた様子でそう否定した。その様子はたとえ命の恩人でなくてもさせなかっただろうとアルヴァに思わせた。
(僕が魔王の頃は奴隷が荷物を引くのなんて当たり前だったけど、本当に奴隷の扱いも変わったんだなぁ)
アルヴァはそんなことを考えながら、それでもこの現状を変えるために口にする。
「それでも荷物を置いていきたくはないんですよね? だったらサルジェさんも一緒に引けばいいんじゃないですか?」
「ふ、二人で引いたからと言って荷馬車が動くとは思えませんが……」
サルジェは流石に損をしたくないと考え直したのか、現実的な問題を指摘する。アルヴァはそれでこそ商人だと思いながら、荷馬車に近づいていく。
「問題ありませんよ」
アルヴァは持っていた袋を荷馬車に乗せながら、荷馬車の前に立ち、馬につないでいた二本の木の棒を持つと、そのまま引いた。それだけで荷物の乗った荷馬車は動き出す。その光景を見て、サルジェは口を開けたまま茫然となった。
「ただ、引っ張りにくいので少し改良したいところですね」
元々馬が引きやすいように作られているものなので、アルヴァはやりづらくて仕方がなかった。もっとも、引けないほどではないのだが。
「まさか本当に動くとは…… この御恩、一生忘れません」
サルジェはそう言って深々と頭を下げる。そして、二人で荷馬車を引くために多少の改良を加える作業に入る。ただ、荷馬車から伸びている二本の棒に垂直になるように棒を加え、引きやすくするだけなのだが。
「サルジェさんはどこまで向かうんですか」
棒をひもで固定しながらアルヴァは問いかける。
「王都までですが、このままでは移動が思うように出来ないので、次の町で連絡を取りたいと思います」
「連絡?」
「はい。こう見えて私はある商会の一員でして、王都にある本部と連絡を取れれば後はどうにかなると思います」
「なるほど。なら安心ですね」
場合によっては自分の目的地も王都なので王都まで同行しようと思っていたアルヴァだったが、問題ないなら自分の移動を優先すべきだと今後の方針を決める。
その後、王都で何かあったら助けてほしいという話で何とかサルジェに納得するまで、アルヴァはサルジェに感謝され続けるのだった。
アルヴァはこれで通常運転です




