少し魔王として振る舞おうと思います
悪だくみの時間です。気づいたらブックマークが4件になっていました。応援ポイントもありがたいです。ありがとうございます。まさかの初投稿が一年以上前…… 遅くて申し訳ない。更新は気長にお待ちください
貴族であるビールドの仕事は実は多い。領地を管理しなければならないため、その書類整理だけでも毎日のように仕事がある。だがその仕事が最近滞り始めていた。それは仕事が増えているからではない。ほとんどの仕事をナンガルフが代行していたにもかかわらず、暇を与えてしまったことによる弊害だった。
(ナンガルフめ! 恩を忘れて勝手に仕事をやめよって!)
ナンガルフが仕事を辞めたきっかけを作ったのはビールドなのだが、そこに考えが及ぶことはない。悪態をつけばつくほどイライラが増加していく。文句を言ったところで仕事が減るわけではないのだから。
ビールドは気分を紛らわせるように紅茶のカップに手を伸ばした。かなりの時間が経っていたのか緩くなっていた紅茶に顔をしかめる。いつもは常に温かい紅茶が常に飲めていたので、それだけでビールドの苛立ちは増していく。今ならば鳥が飛ぶだけで怒り出しそうだ。
「おい! 誰かいないか!」
代わりの紅茶を持って来させるためにビールドは声をかける。本来ならば傍にいるものに頼むのだが、ナンガルフが辞めた後の代わりはまだ見つかっていない。
「……ん?」
そこでビールドは違和感を感じた。いつもならばいくら側にいないとはいえ、呼べばすぐにメイドが飛んでくる。しかし今はいくら待っても誰も現れない。
(どうなっている?)
その違和感に先程までの怒りが収まり、ビールドは冷静になっていく。メイド達が自分を無視しているとは考えない。そんなことをして仕事を失って困るのは彼女たちだからだ。
(音が……ない?)
いつもならば聞こえる街の喧騒が全く聞こえず、ただ静寂が広がっている。明らかな非常事態なのだが、ビールドはどう動けばいいのか分からなかった。
「ビールド様、落ち着いてください」
その横から聞こえた、聞きなれた声に、ビールドはその方向をすぐには見ることが出来なかった。そもそもこの部屋には自分しかおらず、入口は現在座っている場所から見える場所にしかない。こっそり入ってくるなどということは不可能だからだ。しかし、確認しないわけにもいかず、ゆっくりとビールドは横を向く。そこには声の主、ナンガルフがいつものように佇んでいた。
「ナン……ガルフ?」
「えぇ、ナンガルフです。少し離れた間に声も忘れましたかな?」
「貴様! なぜここに――――――」
「お静かに。主の到着です」
ビールドがナンガルフを問い詰めようとした瞬間、ナンガルフの静かな一言で遮られた。そのことに怒りを覚えたビールドだったが、目端で起きた現象にナンガルフのことも忘れ、正面を見る。そこには小さな子供――――アルヴァが立っていた。
「貴様、今どこから……」
ビールドは問いかけながらもその質問は適切でないことは分かっていた。何しろビールドには見えていたのだ。まるでそこに横向きの扉がるかのように徐々に姿を現したアルヴァを。
「取引しよう、ビールド」
アルヴァはビールドの言葉を無視し、用件を伝える。
「貴様! 貴族である私に向かってその態度はなんだ!」
「状況が理解できないほど、お前は愚かなのか?」
そう問いかけられ、ビールドは何も言えなくなる。ビールドもわかっているのだ。この場を支配しているのは自分ではないと。ただ、子供であるアルヴァにこの場を仕切られるのが我慢ならなかったのだ。もっとも、ビールドは今更アルヴァが普通の子どもだとは微塵も考えていなかったが。
「……ふん! その態度は不問としよう。で? 用件は何だ?」
この期に及んで虚栄心にしがみつこうとする態度にアルヴァは呆れたが、用件には関係ないと頓着しない。
「一つは村への援助金の一部は村から出ていき、冒険者になった者たちの稼ぎのはずだ。その分はこちらにもらおう」
「なに!?」
「二つ目は引き続き我のことに目をつぶっておけ。安心しろ、十五になればしっかりと従う」
「ふざけるな! そんな勝手が許されると思っているのか!」
勝手はどっちだとアルヴァは呆れてものも言えなかったが、ここでビールドをなかったことにしても新しい人間が送り込まれてくるだけで改善されるとは限らない。なのでここは当初の予定通り話を進める。
「話をよく聞くことだな。我は取引に来たと言ったはずだが?」
「なに?」
ビールドは意味が分からず怪訝そうにアルヴァを見た。その反応を確認するとアルヴァは指を鳴らす。するとアルヴァの右側にドンッと石が落ち、鈍い音をたてた。
「なっ……! まっ……!」
それが何であるのかはビールドはすぐにわかったのだが、頭が理解を拒み、言葉にすることができなかった。だから代わりにアルヴァはそれを口にする。
「最近村が魔物の襲撃にあった。これがその戦利品だ」
それは村を襲った魔物、ガルザムの魔石だった。大きさはアルヴァの頭ほどあるだろうか。アルヴァとしても珍しいほど大きな魔石だ。ビールドが見たことがないのは道理だった。
「これを貴様にくれてやろう」
その言葉を聞いた瞬間、明らかにビールドの目の色が変わった。
(これほどの魔石だ。貴族の誰も――――いや、国王すら拝んだことがないほどの大きさともなれば、誰もが欲しがる!)
その価値は計り知れないものがあると考えたビールドだったが、一つの問題があることに気づいた。
「しかし、このような魔石、出所を問われたらどうするつもりだ?」
そう問いかけた瞬間にアルヴァの術中なのだが、ビールトはそのことに気づかない。
「その辺りも抜かりはない。元々魔物を討伐するために冒険者をナンガルフが雇っていた。その冒険者をお前が雇ったことにすればいい。ナンガルフも冒険者もその件は了承済みだ」
ビールドが横に控えているナンガルフに目線を向けると、ナンガルフは恭しく頭を下げた。つまり、問題ないということだ。
「そして、その冒険者が魔物を力を合わせて討伐したことにすればいい。理由は復活した魔王が勇者の誕生を阻止するために村を襲うかもしれないと警備を強化しようと考えていたなんて言うのはどうだ?」
アルヴァは予め考えていた筋書きをビールドに伝える。理由は苦しいが、攻めてきたのは事実であるうえ、ガルザムもそう言ってたので嘘はない。嘘なのは倒したのが冒険者ではなくアルヴァだったというだけだ。
「魔物の死体も処理せず保管してある。必要なら持っていくがいい」
ビールドは考えるようにじっと目を閉じている。どちらが得なのかは考えるまでもないことだが、さらに交渉でどうにかなるのではないかと考えているのだ。
「安心するがいい。取引が成立すれば我は二度とお前の前に姿は現さん。それにお前にはもう選択の余地はない。断れば消えてもらうだけだ」
そう言ってアルヴァはスキル【威圧】を発動させる。その瞬間、ビールドの額には一気に脂汗が浮かんだ。
「わ……わかった」
そう。元々ビールドには頷く以外に選択肢がないのだ。アルヴァが取引という形にしたのはビールドが頷きやすいようにという配慮であり、争わなくて済むように考えた結果だった。もしこれでさらに欲を出すようだったらその限りではなかったのだが。
「我の用件は済んだ。これからは村にいるナンガルフに話を通すと良い」
「それでは元主様、失礼いたします」
そんな言葉を残し、二人は現れた時と同じように扉から出ていくことはなく、空間に吸い込まれるように姿を消した。【威圧】から解放され、ビールドは意識的に深呼吸を繰り返す。
「な……なんなのだあれは! くそ! 子どもが好き勝手に言いおって! 取引だと!? ふざけるな!」
ビールドは叫びように胸の内を吐き出すが、理性では従うしかないことは理解していた。あれは敵に回してはいけない生き物なのだと。
その後、ビールドの大声に気づいて駆け込んでくる複数のメイドたちを目にすることで、ビールドは冷静さを取り戻した。
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「あれでよろしかったのですか?」
森の中に転移したナンガルフとアルヴァは村に向かって歩いていた。
「いいんじゃないかな」
もう魔王として振舞う時間は終わったのか、口調がいつも通りに戻したアルヴァはそう答える。
「しかし、あまりにも処分が軽すぎるように思います」
今までの仕打ちや態度を考えればもう少し脅してもよかったのではないのか。ナンガルフはそう考えていた。
「いやいや、軽くないと思うよ? だって、後数年もしたら不正がばれるわけだし」
「はい?」
その答えにナンガルフは間抜けな反応を返してしまう。すぐに咳払いして取り繕ったが、アルヴァは見たかった反応が見れたと嬉しそうに見ている。
「僕は十五になったら王都に行くわけでしょ? その時に不正をばらさないなんて約束はしてないよ?」
「……確かに」
「だから、数年くらい我慢しよう。村の復興は大変だけど、困ってるわけじゃないからね」
ガルザムの襲撃から三日。村の復興は既に始まっている。まだアルヴァの力は使われていないが、隠す気のなくなったアルヴァはその力を、知識を存分に使って村を復興し、守るだろう。
「なるほど。その通りでございますね」
ナンガルフも確かに困ることはないと判断したのか、数年後にどんなことになるのか想像し、腹黒い笑みを浮かべた。アルヴァもあわせて悪い笑みを浮かべる。
『何やってるんだ?』
声のした方を二人が見ると、呆れたような表情をしたラビィが二人を見ていた。
「悪だくみ……かな?」
アルヴァは少し悩んだ末、そう正直に答えた。
『そうか。無茶するなよ』
ラビィはその内容は気にならなかったのか、問いかけることなくいつものようにそう釘を刺す。
「無茶なんてしないよ。今回もしなかったでしょ?」
その問いかけにラビィは露骨にため息をついた。
「アルヴァ様、敵の隙を突き、ラビィ様に武器を渡すために敵の攻撃に当たることは無茶ではないのですかな?」
指摘しないラビィの代わりにナンガルフはやんわりと苦言を呈する。
「治るんだから問題ないでしょ? ただ、大切なラビィを危険に巻き込んだのは心配だったけど」
ナンガルフは驚きのあまり言葉が続かなかった。そもそもアルヴァの言ったことはそのまま自分にも当てはまるはずなのだ。にもかかわらず、アルヴァは自分をその”大切”の枠組みに入れていない。その気がないのだとナンガルフは理解してしまった。これはラビィが無茶をするなというはずだと思い、ナンガルフがラビィの方を見れば、ラビィは仲間を見つけたように頷いた。
「二人とも、どうしたの?」
いつの間にか足の止まっていたナンガルフとラビィにアルヴァは声をかける。
「いいえ、なんでもありません」
「じゃあ、早く戻って村の復興に力を入れよう」
ナンガルフは「そうですね」と答えながら、アルヴァにどう言えばこの気持ちが伝わるのかと思案する。それと同時に、これから村がどうなっていくのか胸を躍らせるのだった。
ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ
三日前、アルヴァが魔法を発動させたまさにその時、世界でその異変に気付いている者たちがいた。魔王はもちろん、世界各国の強大な魔物たち、果てはある王国にまでその魔力の余波は届いていた。あるものは「手出し無用」と争いを避け、あるものは「良かった」と誕生を祝福する。そしてあるところでは小さな混乱が起きていた。
「む?」
その老人が執務室で感じたのは小さな揺れと大きな物音だった。大岩が落ちたような轟音に誰かが魔法に失敗でもしたのかと溜息を吐く。だが何をするわけでもなく、目の前の書類に目線を戻した。しかし、数分後に部屋に飛び込んできたものの表情を見て、ただ事ではないと理解した。
「王よ、緊急のため失礼します。宝物庫が破壊されました」
恭しく頭を下げ、男はそう報告する。その報告を聞いて、王は怪訝な表情になる。
(破壊された? 侵入されたのではなく?)
そもそもこの王城にある宝物庫はとある事情により、破壊できないように自身のいる場所より強固に、最強硬度を誇るアダマンタイトで作られているのだ。侵入はできたとしても破壊など出来るはずがなかった。しかし、目の前の男がそのような報告ミスをしないことを知っている王はそのことは問わず、別のことを問いかける。
「侵入者は?」
「わかりません。ただ、宝物庫は内側より斬られたように破壊されていたようです」
その言葉を聞いた瞬間、王は立ち上がり、宝物庫の方に走り出した。
「王!?」
今まで慌てることのなかった王の行動に男は驚いて走り出すが、王は老体とは思えない速度で男を突き放していく。
(あり得ぬ! あり得ぬ! だが、もしかしたらと期待してしまう! 頼む、今回こそ気のせいであるなよ!)
王は期待を胸に宝物庫に到着すると、捜査していた兵や文官たちの制止を無視し、宝物庫の中に突入する。
(………………ない……ない! 黒剣がない!)
再三確かめ、その存在が消失していることを確認すると、王はその場で高らかな笑い声をあげる。待ちに待ったその時が来たのだと、胸の内から湧き出る歓喜から笑わずにはいられなかった。
そんな笑い声は、街中を黒剣を両手に抱く、少女の耳にも届いていた。しかし、少女の興味はそこにはない。
「主……どこ?」
少女はそのまま街の中に姿を消す。その黒剣はのちに国中で捜索されることになるが、発見の報告が届くのはそれから何年も経った後のことだった。
小さな子供時代である一章はこれにて終了です。次回から十五になったアルヴァになります。別に何も変わりませんが。




