これが今の全力のようです
やっぱり戦闘シーンは苦手です
ガルザムが気付いたのは偶然だった。そもそも既にアルヴァに攻撃することは無意味だと悟っているし、目の前のラビィが油断ならない相手であることも理解している。ただ、森の中に潜んでいるナンガルフは脅威にならないと完全に無視していたが。
もっとも、完全にアルヴァから意識をそらしていたわけではない。だからこそガルザムは気づくことができた。それが幸運か不運かは不明だが。
『な……なんだそれは!?』
思わずガルザムは攻撃の手を止め、叫ぶように問う。アルヴァの目の前には複雑な魔法陣が浮かんでいた。
「初めての魔法なのだ。魔法陣を発動させるなどという稚拙さには目をつむってもらうか」
アルヴァはそう言うが、ガルザムが驚いたのはもちろんそこではない。しかし、それを再び問いかけるのはガルザムの自尊心が邪魔をしていた。
(あの魔方陣の規模はおかしい! あの規模、複雑さ、明らかに個人の魔力で発動できる規模ではない!)
『そのような魔法、発動できるはずがない! 使えるわけがない!』
理屈の上ではガルザムは理解できている。あの魔法は個人の魔力では足りない。それどころか魔王と側近全員の魔力を注いでも発動するかどうかも怪しいと感じていた。しかし、なぜかガルザムの魔物としての本能は発動させてはならないと警鐘を鳴らしていた。
「確かに、我の全魔力を注いだとしても、この魔法は発動せぬだろうな」
その言葉を聞いてもガルザムは安心などできなかった。むしろ警戒心が増しただけだ。
「だが我にはとっておきがある」
そう言ってアルヴァは腰の袋からあるものを取り出した。
『魔石?』
その取り出されたものを見て、ガルザムは微妙な反応を見せる。そもそも魔石は魔物にとっては食べれば回復もできる上に自身の力を強めることができるものでしかない。しかも人間にとっては道具を作るうえでしか役に立たないとガルザムは記憶していた。
「こうやって使うのだ」
そう言ってアルヴァはその場で砕いた。
『なっ!』
そもそも魔石は簡単に砕けるものではないのだが、魔力操作によって強化されたアルヴァにとっては造作もなかった。そもそもガルザムが驚いたのはそこではない。魔石が破壊され、自然に還元されるその魔力が発動させようとしている魔法陣に吸収されたことだ。
『ふ……不可能だ!』
魔石は魔力が結晶化したものであり、魔力に還元できる。そこまではガルザムも納得できた。しかし、それをアルヴァの魔力の注がれた魔法陣に注がれたことが理解できなかったのだ。通常、魔力は各々の特性を持つゆえに、同じ魔力でなければ同じ魔法陣に注ぐことはできない。それが世間の常識だからだ。どうしても複数人で発動しなければならない場合は、誰かの魔力に特性を変換されるように魔法陣を組まなければならないほど、それは不変の真理だった。しかし、ガルザムは知らなかったのだ。その魔石がアルヴァ自身の魔力によって生成されていたことなど。
アルヴァが魔石生成を思いついたのは魔物たちの治療のためではない。目的は魔力の貯蔵だった。大規模な魔法を使うときに魔力が足りないとならないよう、保険として生み出された技術だった。魔物たちの治療という思いがなかったわけではないが。
そんなことを知る由もないガルザムは混乱していた。この地点でガルザムは本能が訴えかける通りに魔法発動を阻害するべきだった。しかし、考える頭脳と理性を持ってしまったがゆえにその本能に抗い、現状理解に努めてしまった。
そのガルザムの混乱の間にアルヴァは次々に魔石を砕いていく。もちろん砕いた魔石のすべてを魔力に変換できるわけではない。大部分は大気に溶けているが、アルヴァは気にせず魔石を砕き続けた。そしてついに魔法が発動してしまう。
――――――創造魔法【刀狼斬首】
魔法はアルヴァの持つ斧に力を与えるように吸い込まれていく。見た目に大きな変化はない。ただ、膨大な魔力がその斧には込められていた。斧が自壊をしないのが不思議なほどだ。
(あれに当たってはだめだ!)
ガルザムにはどんな魔法なのかは理解できない。ただただその異様な斧を警戒し、目の前のラビィよりもアルヴァに意識を向ける。もうガルザムにはアルヴァ以外眼中になかった。
「さぁ、終わらせよう」
アルヴァはそう宣言すると一足飛びにガルザムに迫る。振り上げられた斧に触れるわけにはいかず、ガルザムは後方に跳躍し、距離をとる。
(遠距離だ!)
すぐさまそう判断し、炎弾をアルヴァに向かって撃ちだす。しかしその炎弾はラビィによって上方に蹴り上げられる。
『忌ま忌ましい!』
その間にもアルヴァはガルザムに肉薄すべく距離を詰めていく。距離がとれないと判断したガルザムは地面を強く蹴りつけ、砕き、アルヴァに向かって礫を飛ばす。アルヴァはその場で足を止め、斧を持っていない手で礫を弾き飛ばした。しかし、遅れて感じた痛みにアルヴァは顔をしかめる。
「なるほど、あの一瞬で礫に魔力を込めて強化したか。魔王の側近を名乗るだけはある」
(なるほど。武器を強化する類の魔法ではないのか)
通常ならば武器である斧で礫を弾き飛ばした方が安全だ。今のように魔力で強化すれば小石でも凶器に変わる。強化した武器ならば小石程度では壊れないだろう。しかし、アルヴァは斧ではなく手ではじいていた。つまり、礫をはじく強度はないことと、壊れれば魔法の効力が失われる可能性があるのだ。
そう推測したガルザムはもう一度同じ攻撃を試みる。しかし今度は受けることなく回避されてしまった。
(同じ手は通用せぬか)
そう考えた瞬間、視界の端にラビィを捉える。回避はできるがアルヴァの行動を見逃す可能性を考慮し、横腹にラビィの攻撃を受ける。覚悟をしていたため、あまりダメージにはなっていない。
『ちっ!』
ラビィも手ごたえのなさに思わず舌打ちをする。負傷覚悟でガルザムがアルヴァにだけ対処する覚悟を決めたことを気づいたのだ。
(ウサギのチビはもういい。多少の傷やダメージは無視だ。とにかくあの斧にだけ気を付ければ問題ない)
ガルザムはそう考え、炎弾をアルヴァに向かって放つ。ガルザムの横腹を攻撃していたラビィが間に合わず、アルヴァは苦虫をかみつぶしたような表情をすると、防御魔法を発動させず、右足で蹴り上げた。防御魔法なしではさすがに無理があったのか、右足は火傷を負っていた。
(ん?)
その行動にガルザムは疑問を覚えた。避けなかったのは村が後方にあるのだからわかる。しかし、防御魔法を発動させない理由はアルヴァにはなかったはずだ。
(なるほど、そういうことか)
ガルザムはすぐにある可能性に思い至った。
「ほかの魔法にまで手が回らないようだな」
「まだそこまでの技術はないからな。まぁ、弾き飛ばせば問題ない」
アルヴァはそう答えるが、何度もできる芸当ではないのは負傷状態を見ればわかる。ガルザムは追い詰められていると感じながらも、自身の勝利を確信し、笑みを浮かべる。
「では、弾き飛ばしてみろ!」
そう言ってガルザムは再び炎弾を撃ちだす。今度はラビィが弾き飛ばすことに成功した。しかしラビィの行動は炎弾はアルヴァに確かに有効であると証明したに過ぎない。
「はははは! これでその斧も無用の長物か!」
「ラビィ!」
その一言でラビィはアルヴァの意図を理解したのか、ガルザムに肉薄する。
「なるほど、炎弾を撃たせないつもりか!」
ラビィは時には下から、時には周りの木を足場にして跳び、高速でガルザムにダメージを与え続ける。アルヴァは何かを待っているのか、斧を構えて立ったまま動かない。
(撹乱のつもりか?)
そう思い攻撃をしばらく無視してアルヴァを見続けたが、アルヴァに全く動きはない。ただほぼダメージにならないような攻撃をラビィが繰り返していくだけだ。
(流石に面倒だな。よく見れば顔への攻撃だけパターンがあるな。そこを狙うのが簡単か)
流石に鬱陶しくなってきたガルザムはタイミングを見計らい、顔を狙ってきたラビィを顔を下げることで回避し、そのまま首を上に振ることでラビィを後方に弾き飛ばした。
その瞬間、待っていたかのようにアルヴァは動き出した。なりふり構わず、真っすぐにガルザムに向かう。
(ついに動いたか!)
ガルザムは警戒しつつ、アルヴァを遠ざけようとはしなかった。斧を警戒していないわけではない。このまま時間を長引かせると当初の目的を達成できなくなりそうであり、すぐにでも終わらせなければと少し焦りを覚え始めたのだ
そもそもガルザムがこの村に来たのは魔王の命令ではなく独断専行でしかない。ただ、勇者が生まれる可能性のある村を潰せば少しは魔王の役に立てるだろうとの軽い思い付きでの行動だった。しかし初回は完全に返り討ちにあい、二度目の今も仕留めきれずに苦労している。この上村人全てに逃げられたとなれば魔王は自分を許さないだろう。そう考えているからこそ、この一対一のの構図はガルザムには願ってもないものだった。
(ここで斧に触れずにそのガキを無効化する!)
もしかしたらアルヴァこそが勇者なのではないかと考えるが、それを確かめる術もないガルザムは現実的に対処するしかない。
(殺しても文句は言われないだろう!)
そして迫ってきていたアルヴァは斧を振り上げる。それを確認したガルザムは炎弾を撃ちだした。しかしアルヴァは回避することなく、それどころかさらに大きく振りかぶると、なんとその斧をガルザムに向かって思いっきり投げた。炎弾はアルヴァをしっかりととらえ、後方に吹き飛ばす。
「なん――――っ!」
ガルザムは予想外の行動に一瞬体が硬直する。あの武器は最後の切り札で手放すはずがないとガルザムは考えていたからだ。だが、それでもガルザムにとって回避は容易だった。横に素早く跳ぶことでまだ効力を失っていないその斧を回避する。炎弾が直撃しても魔法が効力を失っていないことに、その精神力に内心ガラザムは驚愕した。
(いったい何を考えて…………!?)
その瞬間、ただ嫌な予感がしただけだった。ただガルザムはその予感に従い、後ろに首を向ければ、高速でこちらに向かってくるラビィが見えた。跳ね飛ばしたラビィが高速で戻ってきているのだ。その軌道はガルザムに向かっており、その間には斧が存在していた。
(まさか!?)
ガルザムの足はまだ地面についていない。斧を避けるためにいつもよりも大げさに避けた結果だった。
(間に合うか!?)
思考のわりにゆっくり時間が流れることに苛立ちを感じながら、ガルザムの目にはラビィが斧をくわえたのが映る。
(間に合えッ! 間に合え間に合え間に合え!!)
足はもう少しで地面につく。その瞬間に飛び上がれば回避はできるはずなのだ。しかし、思考の高速化に反比例するように自身の移動速度は低下していく。
(間に合ってくれ!)
願いが通じたのかどうかはわからない。ただ現実にラビィが到着する寸前にガルザムの足は地面を捉えた。
ガルザムは間髪入れずにすぐに飛び上がった。その下をラビィが通過していく。
(勝った! 後はここから炎弾を叩き込み、追い打ちをかける!)
それですべてが終わるガルザムはそう確信していた。次のある人物の言葉を聞くまでは。
「出番ですかな?」
それはずっと潜んでいたナンガルフだった。もちろん誰もが気付いていた存在だったが、ガルザムにとっては取るに足らない存在でしかなく、完全に無視されていた存在。しかしそれが今、ガルザムにとって最も脅威な存在として姿を現していた。
ナンガルフは既に魔法を発動していた。それはただ風圧でものを吹き飛ばす魔法。しかしこの場ではガルザムの命を狩る、最強の魔法と化す。
ラビィは何かにぶつかったかのように突然方向を変え、ガルザムに向かって上昇していく。ナンガルフが吹き飛ばしたことは誰の目にも明らかだった。
「――――――!」
ガルザムは誰にも理解できない咆哮を上げる。そして遂にラビィが持つ斧がガルザムののど元に触れた。その瞬間、魔法が効力を発揮する。
――――――【刀狼斬首】発動
斧から周囲に凄まじいほどの魔力が放出され、ラビィやナンガルフ、アルヴァの視界を奪う。それが数秒で収まると静かにガルザムはその場に立っていた。
効果がなかったのかと不安に思った瞬間、ずるりとガルザムの首が胴からずれる。首は鈍い音を立てて地面に落下し、胴はそのあとすぐに横に倒れ、大きな音を立てた。
「やったようですな」
その光景を最後まで見届けるとナンガルフはアルヴァに近づき、そう声をかける。
「えぇ、そのための魔法でしたから」
アルヴァの口調は既に戻っていた。目的を達成し、怒りも収まったのだろう。
『まったく、無茶しやがって。死んだらどうするつもりだったんだ?』
ラビィはふらふらしながらもアルヴァに近づくと、すぐに文句を言った。
「死なない方法をとったつもりだよ。それより回復してしまおう」
もちろんアルヴァの魔力はほぼ空なのだが、魔石を優先的に使って魔力を温存したため、一割ほどは残っていた。
『……頼む』
ラビィは何か言いたげだったが、それを飲み込んで答えた。文句は全て落ち着いてからでいいだろうと考えたのだ。
アルヴァは自分とラビィに回復魔法をかける。ナンガルフは無傷だったので、回復魔法はかけていない。
「はぁ~」
全てを終えたアルヴァはその場に手足を投げ出し、その場に横になった。
「お疲れ様です。これからどうなさるのですか?」
「とりあえず村の復興を考えないとね。僕の力があれば食料はどうにかなるけど、流石にそれだけじゃ暮らせないからね」
『それよりもお前は謝る相手がいるんじゃないのか?』
ラビィがそう言いながらアルヴァにジト目を向けると、アルヴァはさっと目をそらした。
『やっぱりお前、制止を振り切ってここに来たな?』
「だって、そうしないと村もラビィも助けられないし……」
目をそらしながらも、アルヴァはそう反論する。
『それでも親を心配させる理由にならないと思ってるから、俺から目をそらしてるんじゃないのか?』
「……どうしよう、ラビィ」
『知るか。とりあえずお前は怒られろ』
(そして少しは反省してくれ)
ラビィは自分の分までアルヴァの母親が怒ってくれることをひそかに願いながら、前世から全く成長の見られないアルヴァの様子にため息をつくのだった。
一件落着……とはいきません。後日談に続く




