ナンガルフは何かをたくらんでいる様です
主人公が出てこなくなってしまった。
畑の開拓は順調そのものだった。範囲がかなり広いためと使える人手が限られているため作業はゆっくりとではあったが、しかしそれでも通常では考えられない速度で開拓は進んでいた。
ナンガルフは現在、開拓の状況を知らせるためダウのもとを訪れていた。立ったまま報告するナンガルフの傍らには暇そうにラビィが座り、控えている。
前回のやり取りからラビィはナンガルフと行動をともにすることが多くなった。ナンガルフの目の前には椅子に座り、報告を聞くダウの姿があった。目の前には何か飲み物が置かれており、ナンガルフにはない。ナンガルフが立っているのも飲み物がないのもダウがそうしたからではない。ダウがいくらすすめてもナンガルフが辞退したのだ。なのでダウも気にしないことにしたのだった。
「――――以上が開拓の進捗状況になります」
ナンガルフは報告をそう締めくくる。報告書などは手元になかったが、ナンガルフの報告は簡略化されつつもわかりやすいものだった。
「予想以上の速さだな。今も作業はアルヴァが?」
「はい」
その答えにダウは苦笑した。
「本当にあいつのことは報告しなくていいんだろうか……」
その独り言に近い言葉にナンガルフは答える。
「しないほうが賢明かと。ビールド様には既に報告しておりますし、アルヴァ様も時期になれば行ってもいいとのお考えです。元々補助金を支払う代わりというお話でしたし、それが支払われない以上、必要以上に従わなくても良いと思われます」
「……そうだな。補助金は手元に来ないんだ。今更従う義理もないよな」
ダウはその言葉で何かをふっきったのか、表情が柔らかくなった。
「はい」
ナンガルフは恭しく頭を下げる。
『ナンガルフ、話は終わったか?』
ラビィは話が終わったと思ったのか、立ち上がりそう問いかける。
「報告は以上となりますので、アルヴァ様のもとに戻ろうと思います」
ラビィの言葉に答えるわけにはいかず、ダウに伝える形でラビィに答える。
「あぁ、待ってくれ。もう一つ話したいことがあるんだ」
ラビィは焦っているわけではないので、改めてその場に座り直した。
「なんでしょう?」
「前に頼まれた村を警護する冒険者の手配だが、数日中には到着すると連絡があった」
「それは予想よりも早いですね」
ナンガルフはなんとかラビィが撃退した魔物が来る前に手配できたことに安堵する。
「しかし、なんで村の警護が必要なんだ?」
ダウは不思議そうにナンガルフに問いかけた。そもそもこの村は過去一度も魔物の脅威にさらされたことはないのだ。それはラビィが守ってきたからであり、そのラビィが敗れたからこその警護の要請なのだが、そんな事察することはできないかと、どう伝えるべきかとナンガルフは少し迷う。しかし、すぐに心を決め、言葉を返す。
「それは聖域の魔物様でもお守りできないとわかってるからです」
そう言われた瞬間、ダウの目線が一瞬ラビィに向く。しかしそれはすぐに他にそらされたが、ナンガルフは見逃さなかった。
(やはり察していたようですね)
その視線からダウはある程度の覚悟ができていると判断し、これから話すことを決めていく。
「既にご存知だったようですね。そうです。このラビィ様こそが今まで村を守護してくれていた魔物です」
「……ナンガルフさん、何をおっしゃっているんですか? あれはただの伝承ですよ」
ナンガルフは話をいたずらに延ばすつもりはない。すぐに切り札を手から外し、それを机の上に置いた。
『お前何をーーーー』「モモキュ!?」
ナンガルフは【多言語理解】の魔法が刻まれた指輪を外した為、ラビィの声が理解できなくなる。未だ鳴き続けているが、ナンガルフは気にせず話し始める。
「ダウ様、とりあえずこれを手に持って頂けますか?」
いきなりの提案に訝しみながらダウは言われるがままに指輪を受け取る。その瞬間、ダウの表情が驚愕に変わり、視線がラビィに向かう。
「この指輪は魔法具なのか?」
「はい。魔物の言葉を理解できます」
『ナンガルフ! どういうつもりだ!』
ナンガルフの耳には「モキュキュモモキュ!」としか聞こえないが、怒っているのだろうとは感じていた。
「これから村に起こることは本人にお聞きになる方がよろしいと思います」
『ちっ……そういうことか』
「幻聴……ではないんだな。まさかこんな魔法具があるとは冒険者やめてもこの世は驚くことばかりだ」
ダウは今起きている現象が自身の処理能力を超えたのか、諦めて自嘲気味に笑った。ダウ自身が冒険者だった時も驚きの現象は多くあった。そのおかげか、ダウはあまり混乱することなく状況を受け入れた。
『まぁ、こうなった以上仕方ない。自己紹介しておく。俺はラビィ。よろしくな村長』
ラビィは一歩前に出て頭を下げる。
「ご……ご丁寧どうも。俺は村長を任されているダウだ。こちらこそよろしく」
あまりに人間らしい仕草につられ、ダウも挨拶を返す。
『それでさっきまでの話だが本当だ。今まで俺が村を森を守るついでに守っていたが、つい数日前に倒せずに退けた魔物がいる』
「……失礼ですが、ラビィ様のレベルは?」
『よく分からないが、ダウやナンガルフ二人相手でも傷も負わないくらいだな。試しにナイフで切ってみるか? 歯が折れるだろうからオススメできないが』
ラビィはレベルについてとっさに嘘をついた。そもそもステータスはそんなにお手軽にわかるものではないのだ。だから、レベルを知っていることを話すわけにはいかなかった。
そんな小さな嘘など知らないダウは違う事実に言葉を失っていた。
「刃が通らない?」
『あぁ、ただの鉄の剣で俺が斬れるわけないだろう?』
さも当たり前のようにいうラビィにダウは頭を抱える。それと同レベル以上の存在がこの村に迫っているかもしれないからだ。
「そんな相手、冒険者でどうにかなるのか?」
あまりの事実にダウは頭を抱えた。
「やるしかない……というのがわたしの考えです。ラビィ様のお力も借りられますが、それでも厳しいと言えるでしょう」
ナンガルフの答えにダウは片手で頭を押さえる。今までにない脅威にどう対処すればいいのか必死に考えているのだろうとナンガルフはダウの反応を待つ。
「そもそもなんでそいつはまた来るんだ? この村には何も特別なものはないんだぞ?」
この村に特別なものは何もない。確かに勇者の生まれた村としては有名だが、ただそれだけだ。ダウとしては魔物がわざわざ狙いにくるものは思い当たらなかった。
その疑問にラビィが答える。
『そいつの狙いはこの村自体だ。これは相手の魔物がだらだらと語ってくれたことだが、魔王様のために勇者を早めに始末するってことらしい』
「この村に勇者なんていないが…… まさかアルヴァの存在がバレたのか?!」
ダウのたどり着いた答えにナンガルフとラビィは苦笑した。
(確かにアルヴァ様の存在が露見した場合、その事態は起きても不思議ではありません。なにしろ元とはいえ魔王。その力を取り戻せば脅威にしかならないでしょう)
そうナンガルフは考えながらも、アルヴァは魔物を滅ぼしたりは事はしないだろうと考える。アルヴァにとって魔物も人間も大した違いはないはずだからだ。
『そうじゃない。あいつがここを狙ってるのはここで勇者が生まれる可能性があるからだ』
「なに?」
『まぁ、簡単に言えばこれから来る魔物は勇者のいた村に勇者が生まれるかもしれないという可能性を信じたアホだってことだ』
「なるほど、そういうことか。まさかそんな噂を信じる魔物がいるとは思わなかったよ」
そんな理由など想像もしていなかったのか、呆れればいいのか驚けばいいのか分からず、微妙な反応を示す。
「しかし、これで大体の事情は把握した。冒険者の招集は急がせましょう」
「そうして頂けると助かります」
これで村の警護はひと段落ついたとナンガルフは胸を撫で下ろす。しかしすぐに思考を切り替え、他にできることはないかと考えを巡らせていく。
『ダウ、お前はアルヴァをどう思う?』
ラビィは突然ダウにそう問いかけた。
「どう……か。そうだな……」
突然の質問にもかかわらず、ダウは真剣に考える。
「息子……みたいなものだな。孫と言うには俺もそこまで歳とってないしな」
そう言ってダウは「わはは」と笑った。ある意味想像していなかった答えにラビィは一瞬何を答えられたのか分からなかった。
『そういう意味じゃなく、怖くないのかって意味だったんだが?』
「怖い?」
ダウは心底理解できないとばかりに困った表情になった。
『あいつは普通の人間とは違う。俺のようなやつでも友達だと大切にしてくれる。お前の目から見れば、それは異常なことじゃないのか?』
「友達か。だからラビィはアルヴァを守ってくれてるんだな。ありがとう」
そう言ってダウは頭を下げた。
「あいつは確かに才能に恵まれた子だ。ただ、子供であることに変わりない。だからこれからもあいつを助けてやってくれないか?」
ラビィはその言葉で察していた。ダウはそもそもアルヴァをそういう目で見たことがないのだと。
『……もちろん、言われるまでもない』
だからラビィはそれだけを答える。それ以外の言葉は必要ないと思ったのだ。
「あぁ、よろしく頼む」
そう言ってダウは指輪を机の上に置く。
「話は終わったので、これは返します」
「わかりました。では、アルヴァ様のところに向かいたいと思います」
ナンガルフは指輪を受け取ると、それを指にはめ、言いながら軽く会釈する。
「よろしく頼みます」
ナンガルフは扉に手をかけ、外に出る。それに続くようにラビィも外に出た。
『おい、なんであんな事をした』
魔物と話せることはしばらく隠しておくという話だったのだ。それもそうさせたのはナンガルフなのだ。ラビィにはナンガルフが何を考えているのか分からなかった。
「ダウ様ならば受け入れてくださると思っていたのです。何しろあの方は既にアルヴァ様の力を目にしており、元冒険者でもあります。そうなれば問題ないと判断しました」
『まぁ、結果的に上手くいって良かったけどな』
「はい。これで少しずつ村の皆様に浸透していければ良いと思います」
『……まぁ、アルヴァもその方が喜ぶだろうしな』
ラビィとしてはどちらでも良いのだが、アルヴァはその方が喜ぶだろうということは理解していた。アルヴァは魔物と人が仲良くなることを願っているのだから。
『それともう一つ。その指輪、なんでダウが使えたんだ? 確か魔力を注がないと使えないんだろ?』
ナンガルフが持っている【多言語理解】の魔法が刻まれた指輪は確かにラビィの声が理解できるようになる。しかしそのためには魔法具である指輪には必ず魔力を注がなければならないのだが、魔法を使えるもの以外にそのやり方は理解しにくいはずだったのだ。
「常に指輪に集中しているわけにもいかないので、この指輪に常時魔力を吸収する機能をつけて頂きました。これで意識せずに誰でも使うことができます」
一般人には魔石がなければ魔法具は使い辛い。それに気づいたナンガルフはすぐにアルヴァに進言し、機能を追加させていた。
『そんな改造をいつの間に……』
呆れたようなラビィの呟きにも似た一言に、ナンガルフは微笑むだけで答えた。
自分の予想通りにことが進んでいることに満足したナンガルフは更にアルヴァのためになるよう、これからの事に思考を巡らせていた。
ナンガルフは策士なイメージになってきてしまった。そんなつもりはなかったのに……




