89."代償プラント"
初期手札、確認。
キーパーツが少ない、これはマリガン推奨手札。
手札をデッキに戻し、ドロー。
――"確定"だ。
デッキの上からめくり、ファーストユニット確定。
機動城砦 プラントホーム。
屋敷の外、その地面を割ってそれは現れた。
まるで城砦にゴーレムの手足が生えたかのような、形だけ見れば亀や、尻尾の無いトカゲのようにも見える。
だが甲羅や鱗の代わりにあるのは、やや古ぼけた石壁の外郭。
更には開いた上部には緑が広がり、物々しい外観とは打って変わって、随分牧歌的な光景が広がっていた。
これこそが、機動城砦 プラントホーム。
ユニットというより、マナゾーンとしての性質の方が強いカード。
が、ファーストユニットとしては最悪の選択。
ファーストユニットとしてこのユニットが選択されると、カード効果の都合上パワーが0になってしまう。
パワー"0"だけは、選択出来ない。
まあ、初手が確定している時点で関係無いが。
盾ゾーンにカードを5枚セット。
「ドロー。マナゾーンにカードをセット、疲弊させて黒マナ1を得る。そして黒マナ1を使用、手札から永続呪文、血吸い蓮を発動しそのまま効果発動」
足元に生える、不気味な黒い蓮。
その蓮から伸びた根が、俺の足へと突き刺さる。
根が血管の如く脈動し、黒い蓮は赤黒い花を咲かせた。
「このカードを破壊し、俺は黒マナ3を得て、3000のダメージを受ける」
次、キーカードその1。
「マナコストの代わりに俺は手札を2枚捨て、永続呪文、血の代償を発動」
―――――――――――――――――――――――
――血の代償、というカードが存在する。
このカードの存在は、昴がこの世界に訪れ、邪神の欠片との最初の戦いにおいて手札に確認する事が出来る。
それを見た昴の心境は、「良いのかそれ?」というモノであった。
その後はデッキ構築をする上で、昴が無意識に構築の候補から外していたカード。
デッキに入っていた、つまり使おうと思えば使えるカード。
あの時デッキに投入されていたカードは、そのどれもが強烈無比な効果を有する。
にも拘わらず、何故それを使わないのか。
それは、エトランゼにおける"禁止カード"だからである。
禁止カード。
余りにも凶悪すぎるコンボを止める為、そのカードを防ぐ手段が無さ過ぎる為。
そのカードがカードプール内に存在するという事自体が、ゲーム性を狭め、ゲームをつまらなくする元凶となり得るカード。
あってはならない事だが、苦々しく思いながらも製作スタッフによって、大会等では使用不可にされたカード達。
カードプールの増加による想定外の動き、制作陣が失念していたカードによる暴走。
理由はいくらでも存在するが――数ある禁止カードの中でも、この血の代償というカードは群を抜いている。
仮に禁止カードの中で格付け、カーストを制定するとなれば、血の代償はその中でも最上位に食い込んでくるだけの地位がある。
単体として見れば、案外大した事は無い。
このカードが恐ろしい事態になるのは、複数のカードとの組み合わせ――コンボによって発生する。
その相手となるカードこそが、同じく禁止カードに葬られしカード――機動城砦 プラントホーム。
この二枚が連なりし時、生じるコンボの俗称……それこそが、デッキ名として冠せられた異名、悪名、汚名――"代償プラント"である。
敬意無き、"禁止"の乱れ撃ち。
相手が不義で相対するのであらば、こちらが礼儀を示す必要など無い。
昴は、この世界に来てから、カードで戦う際には常に敬意を持って戦っていた。
命のやり取りであるにも関わらず、邪神の欠片という脅威に相対した時も、決してその"禁止カード"を抜かなかった。
理由は、ただ一つ。
目の前で相対した相手を、"対戦相手"としてみなしていたからだ。
対戦相手だから、ルールに則って、正々堂々戦おう。
ルールに反するような事はしない、つまり、ルールで禁じられた禁止カードを使うような事もしなかった。
そんな昴から、敬意が抜け落ちる。
それが何をもたらすか、結論から言ってしまえば――禁止カードの解禁、その一言に尽きる。
ありとあらゆるカードゲーマーが、断言するだろう。
禁止カードを解禁したカードゲームは、最早ゲームではなくなる。
戦いではなく、ただの、蹂躙だ。
―――――――――――――――――――――――
まだカードが足りない。
次、コンボパーツ集め。
「俺は手札から、命削りの採掘を発動。カード名宣言、書架の魔女 ダンタリオン」
デッキの上から、宣言したカードがめくれるまでカードをめくる。
そして――
「デッキからダンタリオンを手札に加え、俺はこのターンのエンドステップ時、17000のダメージを受ける」
めくった数×1000のダメージを、エンドステップに受ける。
それが、命削りの採掘というカード。
マナコストではなく、不確定かつ即死も有り得るダメージを代償に、強力なサーチを発動するカード。
カード名の通り、命を削り、デッキを採掘する。
初期ライフは、10000。
だが俺は、このターンのエンドステップに17000のダメージを受ける事が確定している。
このままターンエンドすれば、その時点で俺は即死。
敗北が確定する。
非常にリスキーなカードであり、確かにマナコスト0で発動出来るという利点はあるが、ダンタリオンがデッキの上から17番目に居た為、このカードがデザインされた懸念通り、即死ダメージが確定してしまった。
これだけ恐ろしいデメリットがあるにも関わらず――このカードは、禁止カードなのだ。
何故なのか。
理由は非常に簡単である。
それは、発動とダメージが同時ではないからだ。
発動し、デッキから欲しいカードをサーチした時点ではまだダメージを受けない。
受けるのはあくまでも、ターンエンドした時である。
だから、俺はまだ死んでいない。
そしてこのタイムラグこそが、禁止指定から戻って来る事が許されない最大の原因。
このターンでゲームが終われば事実上ノーデメリットなのだから。
「デッキ枚数が30枚以上だ、手札からコストを無視してダンタリオンを召喚」
コスト踏み倒し条件が満たされている為、マナコストを払わずにダンタリオンが召喚される。
黒のとんがり帽子を片手で抑えつつ、黒革のブーツがカツリと鳴らされた。
このデッキにおける、お前の役割はたった一つだけだ。
「墓地から霊鳥 リッピの効果発動、このカードを墓地から追放し、無色マナ1を得る」
何時も通り、墓地からリッピを追放する。
まだカードが足りないな。
次に必要なのは、ちゃんとマナが支払われて召喚されている、機動城砦 プラントホームだ。
「手札から。2枚目の命削りの採掘を発動。カード名宣言、機動城砦 プラントホーム」
こちらは、ダンタリオンと違って浅い所に居たな。
「プラントホームを手札に加え、俺はこのターンのエンドステップ時、8000のダメージを受ける」
それでも、初期ライフの5分の4という大ダメージだ。
1枚目の命削りの採掘と併せれば、25000のダメージが既に確定済みだ。
エトランゼプレイヤーが2人死んで、御釣りが来るダメージ量だ。
「無色マナ1を使用、機動城砦 プラントホームを召喚」
地を割り、現れる二体目のプラントホーム。
このユニットは、召喚時に支払われたマナ数に応じてパワーが変化するという効果を有している。
その為、ファーストユニットとして出てしまったプラントホームは、マナを支払って召喚されている訳ではない為、パワーが0という事態になっているのだ。
だがこの二体目は、ちゃんと1マナを支払って召喚している。
払った数×1000の数値になるので、このプラントホームはパワー1000である。
「黒マナ1を使用、幻影家政婦 インペリアルガードを召喚」
最後のキーパーツは、最初から手札に居た。
メイド服の裾が、鮮やかに宙を踊った。
音も無く着地するインペリアルガード。
これで、盤面は完成だ。
盤面:
機動城砦 プラントホーム(パワー0)
機動城砦 プラントホーム
幻影家政婦 インペリアルガード
書架の魔女 ダンタリオン
血の代償
初手で、この盤面が組み上がるのは確定していた。
盾にパーツが全て埋没しているとかいう、最悪中の最悪な不運でも無い限り、命削りの採掘は必ず、デッキ内の欲するカードに変換出来るからだ。
そして、キーパーツに関しては当然、全て4積み、フル投入だ。
これが欠けるというならば、盾の5枚中4枚がそのカードである必要がある。
そんなもん、考慮してデッキを組む意味はほぼ無い。
そこまで不運に仕事されたら、どんなカードゲームだろうが敗北必至なんだから。
どうやら今回、そんな最悪中の最悪な不運は何処かで寝転んでサボタージュしていたようだ。
異名にして汚名、汚名にして異名。
エトランゼ史上、最悪のデッキの一つとして恐れられた、"代償プラント"。
その真価、見せてやる。
「プラントホームの効果発動、このユニットを疲弊させ、自分フィールドのユニットの数×1の虹マナを得る。今、俺の場には合計4体のユニットがいる、よって虹マナ4を得る」
ユニットの数を参照する、膨大な虹マナ生成が可能な、ユニットという名の疑似マナゾーン。
それこそが、プラントホームの真の姿。
たった虹マナ4が、膨大?
これで終わるなら、そこまで恐れられたりしないんだよ。
エトランゼに限った話じゃない。
全てのカードゲームにおいて、最悪のデッキなんて呼ばれるようなデッキはな。
ルールとか常識とかセオリーをどっかに置き忘れて、頭のネジが100本位外れてるような動きをするんだよ!
「永続呪文、血の代償の効果発動。ライフを1000支払い、パワー1000のプラントホームを回復する」
とっくにその動きは、始まってんだ!
インペリアルガード「マナを頂ければ増えます」
プラントホーム「疲弊してユニットの数だけマナ生みます」
血の代償「ユニットを回復するけどライフ貰うよ」




