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87.決壊する堤防

「見ての通り、金庫はこれで全てなのだが」

「隠したって無駄だ。俺様は隠された財宝だとかそういうのを嗅ぎ付ける能力があるからな。間違いなく、ここに隠し金庫があるぜ」

「そもそも、金銀財宝を既に目の前に曝け出しているというのに、これ以上一体何を隠す必要があると言うのだね?」

「そこまでは知らんさ。だが、隠し金庫があると知って、開けずに知らんぷり出来るような性格じゃないんでね。お前が何と言おうが、押し入らせて貰うぜ? 何を隠しているのかは、見てみればすぐに分かる話だ」


 シャックスは初めからその場所が分かっているかのように、壺の置かれていた壁面の前に立った。

 その高そうな壺を持ち上げて横へずらした。

 そこには壁があるだけにしか見えないのだが。


「あるのは分かるんだが、開け方はお前に任せた方が早いだろ」 

『ここの金庫の開け方は?』


 シャックスと入れ替わりで、再びダンタリオンが姿を現し、ヴィンセントに"質問"していく。

 それに、無言を貫くヴィンセント。


『暗証番号は何ですか?』


 だがそんなモノは知らないとばかりに、ダンタリオンがその沈黙と秘密をベリベリと剥がしていく。

 ダンタリオンが何らかの操作を壁面に加えると、右横にタッチパネルが現れた。

 そのタッチパネルに、操作を加えていくダンタリオン。


「馬鹿な――! 私に、精神系の魔法は通用しないはず……!? そもそも、この場所で魔法は使えないというのに、何故!?」

「そうね、お蔭で貴方の認識は書き換えられない。でも私のこの心を読む魔法は、貴方が発している感情や魔力を受け取って解読する能力。貴方自身に対して魔法を行使している訳じゃないのよ」


 まるで信じられないモノを見たかのような表情を浮かべるヴィンセントに対し、淡々と種明かしするダンタリオン。

 ダンタリオンのその能力って、そういう仕組みだったのね。

 魔法使えない場所でも普通に使えるとか、ダンタリオンってやっぱりチート臭い……あれ?


「でも、レイウッドには効いてなかったよな。前はそれでも防がれたって事か?」

「そうですね。あの男は腐っても英雄だった、という事でしょうね」


 以前俺が戦っていた最中、ちょっと泥仕合になってたしな。

 手札事故を起こしていた初戦の邪神の欠片の時以外、大抵はサクサクと相手を突破出来ていた。

 にも関わらず、狙っていた訳でもないのに少し劣勢の盤面にさせられたのは今の所、この世界ではあのレイウッドという男が唯一だ。

 やっぱり、この世界では強かったんだなあの男。


「016290912……と。『これ、何かの日付?』……うわ、知らなくて良い情報……」

「何だ?」

「何でも無いです」


 ダンタリオンが小さく何かを呟いたが、特に気にする点ではないようだ。


「シャックスの言う通り、何を隠しているのかは開けてみればすぐ分かるね」


 機械の駆動音と共に、何も無い壁だと思っていた場所に凹みが出来る。

 丁度人が一人通れそうなその凹みが横にスライドし、ポッカリと薄暗い空間を作り出した。



―――――――――――――――――――――――



 ヴィンセントの制止を振り切り、開かれた空間に身を投じる。

 ほんのりと蛍光灯の光が灯った、やや薄暗い部屋。

 そこに足を踏み入れた途端、空気が変わる。

 何と言うか……理科室的な臭いがする。

 学生時代なんて十数年以上昔の話だから、うろ覚えだが。


 いくつもの棚と、その棚に並べられたガラス瓶。

 その中には何らかの液体が入っているようだ。

 そのガラス瓶には何らかの数字が印字されたシールが貼ってあり――そこで、液体に浮かぶ物が何なのか、気付いてしまった。


 ――何らかの、生体組織。

 その中から文字通り一目で分かる――眼球を見付けて、確信に変わった。

 それは、人体標本であった。

 液体中に浮かぶのは、誰かの指、誰かの手、切り落とされた乳房、取り出された心臓、子宮。

 ああ、成程……って事は、この液体は間違いなく、ホルマリンか。

 理科室のような臭いがするという感覚は、あながち間違いでも無かったようだ。


「――クッ、ククククク……クハハハハハ! 成程なぁ、ヴィンセントとやら! これが、貴様の本性という訳か! 人の皮を被った悪魔とは、お前のような者の事を言うのだろうなぁ!!」


 何か良く分からんが、急に高笑いし始めるバエル。


「おっと、何処行くつもりだい?」


 この場から離れようとしたヴィンセントを、片腕で易々と制するシャックス。

 ボディビルダーみたいな身体してるしな、シャックス。

 大抵の男なら魔法とか関係無しに筋力だけで簡単に取り押さえられそうだ。


「それに……ここが、今までで一番負の魔力が濃い。魔力を感じ取れる常人であらば、とうに吐いてしまうであろう程になぁ! この島がこれ程までに汚染されている原因は、間違いなくここだろう! なあ、ヴィンセントとやら。ここにある人体標本は、一体どういう経緯でこの金庫に収まったのだ? 是非とも聞かせて貰いたいものだなぁ!!」


 シャックスに突き出され、バエルと正面から相対するヴィンセント。

 だが、ヴィンセントは口を真横に硬く結んだまま、何も語らない。

 先程までの饒舌さが嘘のようだ。

 沈黙は金、雄弁は銀という言葉があるし、徹底して沈黙を貫く気なのかもしれない。


「だんまりか。ならば、こいつ等(・・・・)に直接聞くとしようか。――ビフロンス、やれ」


 シャックスと入れ替わり、今度はビフロンスが姿を現す。

 その完全に異形としか言えぬ風体を目の当たりにし、ヴィンセントにも動揺が見られた。

 今までクルクル入れ代わり立ち代わりになってたのは、皆人間の姿をしていたしな。

 魔物や悪魔の類だという主張を隠しもしないビジュアルのビフロンスには、さすがに戸惑うか。


「――これ程強い残留思念があるならば、読み取ろうとせずとも読み取れてしまうな」


 ビフロンスの白骨化した白い指が、ガラス瓶を撫でるかのような所作で、一つ、また一つ、カチリと音を立てながらガラス瓶に触れていく。


「……これは」

「どうだビフロンス? 大方の予想は付いているが、そこの男が何をしたのか、是非とも口で聞かせてやるがいい!」

「それは……しかし」


 バエルに対し、何だか歯に物が詰まったような返答をするビフロンス。

 ビフロンスの頭部は髑髏(どくろ)なので、残念ながら表情は何も変わらないが。


「いや、そうか。お前は、師匠(マスター)に聞かせるべきだと判断したという訳か」

「――地球でも滅多に直面しないような、悪意の塊だからな。ましてや平和ボケした盟約主(マスター)の居た国ならば猶更だ。耐えられぬのなら、何処かに引きこもって穏やかに余生を送った方が身の為だろう」

「それは、俺に言ってるのか?」

「ああ、そうだとも」


 ――悪意の塊、か。

 悪意かどうかは知らんが、どうしようもないクズ位なら日本に居た時も本当にたまに、見た事があるけどな。

 カードゲームって、人と向き合ってやるゲームだからな。

 たまーに、救いようが無い奴とエンカウントする事も無くはない。


 意を決したのか、ビフロンスは己が能力で垣間見た光景を、口にする。


「――この男、女を犯して殺し、その身体の一部を切り取って、記念と称して保管している……!」


 驚愕と、僅かに怒りが混じった声色で、その読み取った事実を伝えるビフロンス。


 ……ガラス瓶へと、改めて視線を向ける。

 そこに並んでいるのは、ホルマリン漬けの人間の臓器。

 ここに並んでいるのは、つまり……そういう事だ。


 この、ヴィンセントという男は。

 女を犯し殺しただけに飽き足らず、亡骸を切り刻んで、その一部をコレクションとして保管しているという事。


「そうか」


 心の水面が、ざわりと波立つ。

 小さな波紋だったはずなのに。

 その波が、どんどん大きくなっていくのを感じる。

 記憶が、フラッシュバックする。


 エルミアの周囲に転がった、亡骸を見た。

 フィルヘイムの街中を埋め尽くす、瓦礫の山を見た。

 喪に服した、ネーブル村の人々を見た。

 死して尚、眠る事が許されない亡国を見た。



 ――この世界は、命が軽過ぎる。



 それだけならば、まだ良い。

 元居た地球だって、国によっては命の価値が安い事だってある。

 だが、そうじゃない。

 コイツには、無いのか。


 国も、人種も、関係無い。

 ヒトがヒトである限り、持ち合わせるべき最低限の心。



 それは、死者を悼む気持ち。



 地球では、例え国も人種も言葉も違えども、これだけは持ち合わせていた。

 大切な心。

 尊ぶべき、感情。

 それは例え、世界が変わろうとも、ヒトである者全員が持ち合わせるべき、最低限の、本当に最低限の、割ってはいけないラインではないのか?


「外道が――!」

「待て。何をする気だ」


 突如バエルを押し退け、姿を現したリズリア。

 そんな彼女の手首を握り、制するアルトリウス。

 よく見れば、リズリアの手には白刃が握られていた。


「知れた事! このような者、生かしておいても百害あって一利なし! 誰も手を下さないなら、あたしの手で殺してやる!!」

「貴様の都合で勝手に行動するな、我等は旦那様(マスター)に仕える身。どうするかを決めるのはお前じゃない、旦那様(マスター)だ」

「スバル! お前は何とも思わないのか!? こんな男が、裁きも受けずにのうのうとこの世を謳歌する事など、あってはならないだろう!!」


 鼻息荒く、額に青筋を浮かべながらまくしたてるリズリア。

 激昂という表現がピッタリだ。


「そもそも、俺達に人を裁く権利なんて無いだろ」

「スバル、お前に理由が無くとも! あたしにはあるんだ!」


 射殺さんばかりの眼光をヴィンセントに向けるリズリア。


「あたしは、元々はこの地の住人だった。最早私の国はこの世に無いが、それでも、私達が生きたこの大陸は何も変わらない! 私の愛した祖国があった地なんだ! そんな土地に、このような悪辣極まりない男がのさばっているなど、許せない! 例え国は亡くとも、かつてこの地で生きた人々の血は、この世界で生きているんだ!!」


 血気盛んに捲し立てるリズリアを見ていたせいか、波立った心が鎮まっていくのを感じる。


「それでも、人が人を裁いて良い理由にはならないだろ」


 罪を裁くのは、法であるべきだ。

 人が人を裁くなんて、あっちゃいけない事なんだ。



 ああ、そうだ。

 それは、してはいけない事だろう。

 だから、俺も――



「――何を躊躇っている、革命闘士(マスター)


 そう、自分に言い聞かせていた時に――それは、現れた。

〇ケモンの世界に旅立ってきます

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