85.氷の皇女
穏便な行動から、強硬策へと移行する。
目的、ヘンリエッタの奪取及び解放から、この地に囚われた人々全ての奪取及び解放へと変更。
ガラハッドとジャンヌの望みを阻む障害は、全て排除するのみ。
そもそも既に、警備システムは掌握済みなのだ。
何の遠慮もする必要は無い、好きに暴れるだけだ。
暴れ過ぎて外部に音や光でバレるというドジさえ踏まなければ良し、俺はともかくカード達からすれば楽勝だろう。
地下二階、この場所は袋小路であり、地上へと通じる階段以外に外部へ出入りする場所は無い。
守るのには、向いている。
要はその地上へ向かう階段さえ守れば良いのだ。
地下二階と一階を繋ぐ階段を封鎖。
地下二階を虱潰しに、一掃していく。
ダンタリオンの能力で記憶を書き換え、無力化。
通じない相手がいるのではないかと憂慮したが、ドリュアーヌス島に入ってからここまで、全員がダンタリオンの力の前に沈んで行った。
ただの杞憂だと思ったのだが――
「団長!」
乾いた金属音。
それとほぼ同時に、館内の静寂を切り裂く金属ベルの警報音が鳴り響いた!
警備システムは掌握したはずでは……?
俺を庇う形で背を向け、何者かと相対するジャンヌ。
炭か何かで真っ黒に染め上げた外套に、口元を布で隠し、目元はサングラスで覆った人物。
老若男女、その特徴を一切特定されないよう、念入りに全身を隠した装束としか言いようが無い。
そんな人物とジャンヌが、既に刃を交えて交戦していた。
『私達、友達じゃない。刃を向けるのはやめてよ』
黒装束の人物は、何も反応しない。
ダンタリオンの言霊に唯一答えたのは、黒装束の人物の指に通された一つの指輪の輝きだけであった。
舌打ちするダンタリオン。
「主人、あの魔道具で防がれた。私の力が効いてない」
杞憂とか思ってたら、これか。
やっぱり俺は思惑通りには行かない星の下に生まれているようだ。
多分この警報も、何か別系統の警備システムがあってそっちが起動したとかそういうオチなんだろう。
真相は調べてみないと分からないが、調べてる暇は無い。
「団長、どう動けば良いですか!?」
さて、理由は分からんが警報が鳴ってしまった。
こういう時に考えるべきは、最悪の状況とは何か、だ。
決まっている。
ヘンリエッタの奪取に失敗する事だ。
虜囚の奪取ではなく、タダの物盗りの犯行だと誤認させる……というのは、今回は駄目だろうな。
既にガラハッドやジャンヌが囚われた人々を解放して回ってしまい、檻や鎖をいくつも破壊してしまっている。
この状況を見れば、どう考えても虜囚の解放目的だと相手は考えるだろう。
と、なれば。
俺達を始末出来るならそれで良いが、始末出来なかった場合に相手が考える事は――虜囚を殺すか、人質に取る事だ。
助けに来たのなら、俺達にとって大切な人だったり、利用価値がある相手だと推測するに決まってる。
だったら、人質として使える訳だ。
それをさせない為には、この館内の虜囚を一人も残さず、確実にこの手中に収める必要がある。
まあ、無理だろうな。
絶対取りこぼしが出て、人質の盾として使われる未来が見えてる。
あー……
アケディアは正にこんな状況の為に居るような奴じゃないか。
敵味方問わず、怠惰を強制する。
まあ条件を満たすかは謎だが、多分相手の方が俺より上だと思うんだよな、なら効果は適用される。
手元にあればの話なんだがな!
怠惰の偶蹄 アケディアはまだ手元に戻って来てないんだよ!
というか"七罪"のカードは一枚も戻って来てないから、どうしようもない。
ではどうするか。
考え方を変えてみよう。
最悪は、人質を取られる事。
何故困るのか?
人質を殺されては、作戦失敗だからだ。
そして恐らく、人質は取られてしまう。
だったら、人質を殺せなくしてしまえば良い。
「ジャンヌ、今目の前に居る相手を即座に倒せ」
「了解!」
ジャンヌが振り抜いた一閃。
その閃きは回避するには余りにも鋭く、避けられないと判断した黒装束は、手にした短剣を交差させ、受け止めようと試みた。
だがそれは、受け止められるようなモノではない。
短剣を取り落とさず、砕かれもしなかっただけ大した物だが、それだけだ。
ジャンヌのパワーは、5000。
そんな馬鹿力の直撃を受け止められる訳もなく、大型トラックに撥ねられたかのように吹き飛ばされ、背後のレンガ造りの壁面へ、ヒビを走らせながら叩き付けられた。
死んだか否かは分からんし、確かめている暇も無い。
これで無力化出来てたらラッキーだとして。
「永続呪文、無垢の大結界を発動」
今必要なカードを、切る。
無垢の大結界の発動コストは3、これで残り4。
4マナでこの状況を打開せねばならない。
「――永久凍土の皇女、召喚」
今の手持ちでそれを成すのであらば、このユニットしか居ないだろう。
「やほやほー! 呼んだ親友?」
赤みを帯びた金髪。
背は低く、明るい青の瞳。
薄い青のヴェールを何重にも積み重ねたような、足元すら越えて引き摺る程に長いドレス。
「何か、喋り方がかなり軽いな。皇女って言うからもっと厳格な物かと思ってたぞ」
「厳格にも喋れるけど、何かダルいじゃん? 親友も何か自分を偽るなーって話だし、好きに喋るよ?」
白い肌、紅潮した頬に笑みを浮かべながら、カラカラと笑う少女。
永久凍土の皇女、このカードの元ネタとなった人物は、あの有名な悲劇の皇女である。
まあ、元ネタだというだけであり、このカードが実際にそういう人生を歩んだ訳ではないのだが。
「出て来て早速だけど、頼んで良いか?」
「んー? 何々?」
「この館内に居る奴、手当たり次第に凍えさせてしまえ。あ、でも俺は除いてね?」
「はーい! でも良いの? 虜囚は例外にしないの?」
「囚われの人に見せ掛けて背後からナイフで刺されたらたまったもんじゃないからな。騙し討ち防止が目的だな」
「そこまで想定する意味あるかな……?」
「義憤に駆られて虜囚を解放しに来た正義感を引っ掛けたいなら、俺ならそうするからな」
「うわっ、ちょっと発想が引くわ親友……ゲスくない?」
「相手が嫌がる事をするのが勝利の鉄則なのはどんなものでも変わらない、カードゲームでも現実でもな。だったらそういう手を先回りして潰しておくのが基本だろ?」
「でもそんな事したら、ただでさえ弱ってるのに、死んじゃうよこの人達?」
永久凍土の皇女が、先程解放して回った虜囚の女性達を見渡しながらそう言った。
別に死ぬ事に何か感じるような口調ではなく、単純な疑問のようだ。
まあ、彼女にとってはただの見知らぬ人ってだけだしな。
ガラハッドやジャンヌみたいな正義感と義憤の塊って訳でもないなら、そんな反応でも当然だろう。
「大丈夫だ、死なない」
「そうなの?」
「お前の効果には、相手ユニットを破壊するって効果は無いからな」
そう、永久凍土の皇女には破壊系効果は一つも無い。
破壊効果が無い、つまり相手を殺す効果が無いのだから、この効果で相手を殺す事は出来ない、という事だ。
実体化した際にカード達の効果がなるべく忠実になるよう再現されるのだから、相手を破壊――殺さない効果なら、相手を殺せないようになっているはずだ。
フィールドを凍り付かせ、停滞させる。
そして凍り付いた相手を粉砕していくという効果なのだが――今回、粉砕はしない。
というか、今は出来ない。
「まあ、親友がやれって言うならパパッとやっちゃうねー」
永久凍土の皇女は、その白く細い腕を、虚空に向けて伸ばし。
「吹雪」
そう一言、呟いた。
地下に吹き荒れる、爆風の如き猛吹雪。
それは命の火を削り取り奪い去る、無慈悲なる白銀の抱擁であった。
もしこの館の照明が電気ではなくロウソクのような原初的な火だったならば、一秒と経たずにこの地下空間は暗闇に閉ざされていたであろう。
その吹雪は先程の黒装束の襲撃者と虜囚、分け隔てなく全てを包み込み、その体温を奪い去っていった。
辛うじて身体を起こしていた虜囚も、体力を奪われ地へと転がる。
「――自分のリカバリーステップ時に1度、相手フィールドに存在する全てのユニットのパワーは2000ダウンする」
パワーを下げる。
それが永久凍土の皇女の効果。
とにかく相手ユニットのパワーをゴリゴリと下げていき、彼女のパワー未満になってしまったユニットは全て等しく沈黙する。
デバフをばら撒いて相手を弱体化させるというのが、永久凍土の皇女の効果だ。
こんな面倒な事しないでアケディアで全部無力化出来たら良かったんだが、無い物ねだりしてもしょうがない。
無いなら無いで、あるカードで工夫するだけだ。
「この効果も多分、再使用は180秒後なんだろうな。このまま上に行こうか」
「はーい!」
ドレスを床に引き摺りながら、永久凍土の皇女が俺の前を進んで行く。
カードイラスト見た時から思ってたけど、凄い歩き辛そうな服装だよな。
コケないと良いけど。
そういう事考えてるとコケるのが御約束だが、永久凍土の皇女はまるでコケる様子は無かった。
口調は軽いが、ドジっ子キャラという訳ではないようだ。
……何を考察してんだ俺は。




