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7.「勇者」と呼ばれる存在

 フィルヘイム国内に突如現れた邪神の欠片という災厄。

 それに対抗出来るこの国の最大の戦力である兄上は当時、外交の為に国外に赴いており、向かえる予備戦力は私しか存在しなかった。

 邪神の欠片を発見、交戦するもその力は余りにも強大で、私を除いて討伐隊は全滅という結果となってしまった。

 しかもそれだけの被害を出しておきながら、邪神の欠片を倒す事すら出来ず。

 私自身も追い詰められ、私もあの場で死んでいても不思議ではなかった。


 ――スバル殿が助けてくれなければ、事実そうなっていたのだろう。


 同じ軍属の仲間達が無駄死にでは無くなり、邪神の欠片討伐の任を全う出来、そして私自身も命を救われた。

 そんな命の恩人だというのに、私は私の我侭でスバル殿を連れ回してしまっている。

 これが命の恩人に対してする事かと私自身も考えている。

 だが、遺体を回収するのは遺族の事や疫病の事を考えれば急務であるし、その場所を知っているのも現状では私とスバル殿しかいない。

 スバル殿を城に置いて私だけが向かうのが一番なのだろうが、私の目の届く範囲にスバル殿を置いておかねばどうなるか分かったものではない。


 それは、変わった服装をしていて何処からともなく現れ。

 それは、他を寄せ付けぬ圧倒的な知恵と力を有していて。

 それは、この国この世界の事を何も知らず。

 それは、ただ一人で世界を一変させてしまう程の存在。


 それは、この世界で「勇者」と呼ばれる存在で知られていた。


 私の前にまるで降って湧いたかのように唐突に現れ。

 自惚れではないが、仮にもフィルヘイム国の第一王女という世界的に見ても相当な知名度を持っているはずの私が、名前まで名乗っているのに何の反応も示さず。

 あれ程の暴虐な存在である邪神の欠片を、まるで羽虫を叩き潰すかのように容易く焼き払う。

 それら一つ一つは偶然だと考える事も出来るが、偶然がこれだけ積み重なってしまえば無視は出来ない。

 先代勇者が世界を去って数十年、再び新たな勇者がこの世界に降り立った。

 そう考えるに足るだけの状況証拠がこれだけ揃っていて、気付かない程私は間抜けではないつもりだ。


 スバル殿という護衛があったお陰で、戦闘要員を軒並み失った状況でも迅速に郊外まで行動出来、遺体の収容を終え、こうしてフィルヘイムまで戻ってくる事が出来、今は執務室にて事後処理の書類と格闘している。

 王城へ案内しようとすると何故かやんわりと断られたが、御礼をしたいが事後処理が山積みなのでその間客間で待っていて欲しいと伝えた所、その間だけならばと了承して貰えた。

 これで、スバル殿をしばらくこのフィルヘイムに留めて置く事は出来そうだ。

 だが、この案件は重大事項過ぎて私の手には余る。

 聡明な兄上であらば、的確な対処をしてくれそうだが――今はまだ外交で国外に出たまま、帰ってはいない。

 客間で待っていて欲しいと伝え、了承して貰えたが……スバル殿は何だか不服そうにも見えた。

 この言い訳で何時までもこの王城に押し留めるのは不可能だろうから、兄上には早く帰って来て欲しい所だ。


 勇者様、か。

 子供の頃から、枕元で幾度と無く聞いた物語。

 それは決して空想上の存在ではなく、確かにこの世界に存在したという人々。

 そんな人物が、私のすぐ側に現れたというのに、実感がイマイチ湧かない。


「――第一王女殿下。この度は邪神の欠片討伐の遠征、お疲れ様です」

「……ああ、今回ばかりは、流石に疲れたよ」


 飾った言葉で話す気力も無く、スバル殿から目を離せない原因の内の一人である人物と机越しに相対する。


 フォルガーナ財務大臣。

 聖騎士国、ロアヌーク地方出身の貴族の一人であり、私が物心付く頃には既に今の財務大臣の地位に着任していた。

 良く言えば恰幅が良い、悪く言えば肥満体系をしており、汗っかきの為に何時もすえた臭いを漂わせている……これに関しては普段から鍛錬で汗を流している私が言えた事ではないが。

 経歴は綺麗な物だとはとても言えず、法こそ犯していないものの、余り褒められたものではない手段を多用して今の地位を勝ち取ったようだ。

 向上心が高く、しかしそれは出世欲が強いとも言い換えられる。

 普段は常に笑顔を振り撒いているが、その笑顔の下にはどんな素顔を隠しているか分かったものではない。


「しかし失った兵の数はいささか度が過ぎていますな。被害者への労災や駄目になった馬車や馬の補充、これらを国庫からすぐに出せというのは無理だと先に伝えておきますぞ、王女殿下」

「分かっている」


 柔和な笑みを浮かべたまま、こうして私の事を言葉でグサグサと突き刺してくる。

 やはり、私はこの男は好かない。


「……遺族への賠償は分割にするしか無いな、グランエクバークへの牽制を考えると戦力が減った状態が長期に渡って続くのは不味い」

「それに関しては私めも同意見ですな。あの国の領土拡大の野心は留まる所を知らないですからな、失った軍備は早急に補充せねば、何時グランエクバークに呑み込まれてもおかしくないですからな」


 ただ、この男は野心は強いが売国奴ではないというのが唯一の救いか。

 聖騎士国 フィルヘイムの隣国の一つである、機械帝国 グランエクバーク。

 数居る歴代勇者が過去に三度もこの地に本拠地を置いた事で、その恩恵により軍事力という面だけに限って見れば、グランエクバーク以外の他全ての国が束になってもまるで勝負にならない程の格差が開いてしまっている。

 しかしグランエクバークは食料自給率が最悪であり、兵站の問題で戦線拡大が飢餓と即直結しかねない状況があるが故に、他国との均衡が保たれている状態だ。


 このフォルガーナという男は、簡単に言ってしまえば王になりたいのだ。

 グランエクバークと内通し、手引きをすればこの国を亡国とし、グランエクバークと併合しつつそれなりの地位を手に入れる事は出来るだろう。

 だがそれでは王にはなれない。グランエクバークでかなりの地位を手に入れる事は出来るかもしれないが、そこで止まる。

 地位という面では、既にこのフィルヘイム国において財務大臣という上から数えた方が早い地位に付いている。

 これより上というならば、最早王族しか存在しない程の高位だ。それはグランエクバークでも同じだ、売国した所で現状より地位は上がらない。

 だからフォルガーナには、王族である私達の足を引っ張ったり、権威を失墜させるような事はあっても、この国を売り渡すメリットが存在しない。

 グランエクバークへ警戒の目を向けているこの発言は、体裁ではなく本心からそう言ったのだろう。

 フィルヘイムが潰えれば、自分が王になるという野心も同時に潰えるのだから。

 油断は出来ないし信用も出来ないが、裏切りはしないという点だけは評価出来る。


「それから、気になる報告があったのですが……この地に新たな勇者が現れたという報があったのですが?」

「そうなのか?」

「ハハハ。王女殿下、とぼけるのはいささか無理がありますぞ?」


 何も知らないと言ってはみたが、我ながら苦しいとは思っていた。

 事実、フォルガーナには即座に見破られた。

 明言はしていないが、察したのだろう。

 私でも気付けたのだ、大臣の目でも気付けて当然だ。


「勇者を王女殿下の個人的な理由で連れ回すのは如何かと思われますが?」

「安心しろ。今は客室で休んで貰っている」

「おお、そうでしたか。では後程、私めも挨拶に向かわねばなりませんな」

「勇者様はお疲れのようだ、今は遠慮して頂きたい」


 勇者の力は、今までの歴史を見れば一目瞭然だ。

 今のこのフィルヘイム王家も、過去の勇者が遺したという遺産があるが故の力関係だ。

 今代の勇者の力を手にすれば、こんな力関係なんて容易くひっくり返せる。

 そんな力を、腹に一物有る貴族が手にすれば、良くて強権執行、悪ければ内乱だ。

 フォルガーナは、売国はしない。

 だが機会があれば、何時でもフィルヘイム王家に牙を剥き、自分が王に取って代わろうとするだろう。

 勇者の力というのは、それだけの影響力を持つのだ。

 この男とスバル殿が接触するのは、避けなければ。


 私は、政に関しては余りにも疎い。

 だが、日夜父や兄を悩ませる貴族の面々に、勇者という余りにも強大な力を持つ存在を自由にさせる。

 それがどれ程に危険なモノかという事位は、流石に理解している。

 この貴族達に、勇者を近付けさせてはならない。

 貴族全員を見張るのは流石に無理な以上、一番確実なのは私が直接勇者様の近くに居て降り掛かる火の粉を全て払う事だけだ。


「姉者! 姉者はいるのか!?」


 頭を悩ませる問題にどう対処するべきか考えている最中、その空気を弛緩させる間の抜けた声が扉越しに飛んでくる。

 ノックはしたが、返事も待たないままそのまま小さな影が飛び込んで来た。


「姉者! 無事だったのか!」


 駆け寄り、その影は私の足元にへばり付いた。

 母親譲りの、私と同じ栗色の髪に、澄んだ琥珀のような瞳。

 年は私の7つ下の10歳であり、まだ子供ではあるが、優秀な師の知識をどんどん吸収していき、勉学や政の面ではそろそろ私は追い抜かれそうな気配がある。

 兄上同様、このまま成長すれば聡明な人物としてこの国を牽引する立派な王族になれるだろう。


「エルフィリア、まだ私には仕事が残っているんだ、兄上が帰ってくるまでもう少しだけ待っててくれるか?」

「嫌なのじゃ!」

「……私めがこの場に居なければ何も問題はありますまい。こちらの用件は済みましたので、後はお二人でごゆっくりとどうぞ、では王女殿下、これにて失礼させて頂きますぞ」

「フォルガーナ大臣、釘を刺しておくが、勇者に会いに行く事は許さんぞ」

「……分かりました」


 フォルガーナはそう言い残し、会釈し扉の向こうへと去っていった。

 ここ最近は私の職務が忙しく、あまり妹と一緒に居てやれなかった。

 政の中心に立たされている兄上に至っては言うに及ばず。

 一人で城に取り残されるエルフィリアが寂しい思いをしているのは分かっていた。

 フォルガーナは恐らく気を利かせてくれたのだろう。

 隙あらばと王位失墜を狙ってはいるが、家族の団欒を妨害するという意味の無い嫌がらせをする程のクズでは無い。

 ……だがこの程度で貸しだとは考えないからな。


「姉者、また仕事なのか?」

「ああ」


 兄上ならば、現状に対しての良い打開策を持っているかもしれない。

 勇者という余りにも大き過ぎる存在をどう扱うべきなのか、兄上が戻るまでは私が頑張らねばなるまい。


「なら、わらわも手伝うのじゃ」

「いや、流石にエルフィリアに手伝わせる訳には」

「この位ならもう出来るようになったのじゃ! それに、姉者の仕事を終わらせれば長く一緒に居られるのじゃ!」


 エルフィリアの手近にあった紙を一枚取り、その紙面に視線を走らせ、私の横から印鑑を奪い、捺印する。


「これで良いのじゃ。それからこっちの書類は誤字があるから再提出させた方が良いのじゃ」

「えっ?」


 エルフィリアに指摘された箇所を見て、本当に誤字があるのを確認する。

 ……訂正、勉学や政の面で私は既に妹に抜かれていたようだ。


「署名はまだわらわがやっちゃ駄目って言われてるのじゃ。不備のある書類を除けて、捺印だけわらわがやるのじゃ」

「……う、じゃあ、お願いしようかな……」


 妹の頭は良いとは自分でも感じていたが、10歳の子供にもう抜かれているとは。

 成長している嬉しさと、自分の無能さという感情の板ばさみになりつつも、日没まで妹と共に作業に没頭するのであった。

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