80.情報共有
一度、ロンダーヴから離れて湿地帯まで戻る。
電子機器が一時的に麻痺した事による混乱がしっかりと発生してくれたようで、ビックリする程追撃が来なかった。
この湿地帯はかつて、神隠しが発生するが故に、この地の人々全てに忌み嫌われていた土地。
故国リンブルハイムがあった、かつての地。
その元凶であった人物は既に打倒されているので、そういった呪いの類はとっくに霧散している。
だがそれを知っているのはあくまでも当事者である俺達だけなので、まだこの世界の人々には知られていない。
わざわざ教える必要も感じないので、ほったらかしだが。
だがしかし、今はまだ知られていないというタイムラグが、今回は最高に良い仕事をしてくれた。
この地まで、捜索の手が伸びる事は無い。
何時までも安全とは行かないだろうが、ここならばしばらくは安全と言って問題無いだろう。
ある程度偵察が出来たというリッピから、情報を受け取る。
とは言っても、俺にはリッピの言葉が理解出来ないので、ダンタリオンを中継してのものだが。
――シャール家は首都ロンダーヴに本宅、少し離れた孤島に別荘を有しているらしい。
グランエクバークが誇る名家だけあり、警備も厳重。
忍び込む事はまず不可能。
魔法で誤魔化して、とか思ったのだが、そこは流石の科学力というべきか。
例えば人間の記憶を書き換えて、入られたという事実を無理矢理捻じ曲げて、ダンタリオンが押し入ったとしよう。
人間を騙せても、監視カメラやサーモグラフィや赤外線を始めとしたその他センサーが炸裂し、お縄になるのは目に見えている、と。
ダンタリオンは人心を掌握しても、機械を誤魔化す事は出来ない。
捕縛に来た人間の記憶を書き換えてしまう事は勿論出来るが、以前にレイウッドというダンタリオンの能力が通用しない、この世界の人々が現れている事を考えると、グランエクバークにもそういう人物が居てもおかしくない。
ダンタリオンの能力ですら、既に確実とは言えなくなっているのだ。
そうなったら、真正面から全面衝突だ。
出来ればそれは避けたい。
「主人なら、全面衝突しても勝てると思うけど」
それは避けたいのです。
勝てるとか勝てないとかそういうのじゃないの。
なので、侵入ではなく漂う事にした。
カード達の行動可能範囲は、俺を中心として約6キロ。
こればっかりは完全に偶然なのだが、シャール家の本宅は、俺がロンダーヴの外に居ても、ギリギリ6キロ圏内に収められる事が判明した。
更にはどうやってんのか仕組みも理屈もサッパリわからんが、E.V.O.L.A.は視力も聴覚も有しているようで、こういった偵察行動にも使える事が分かった。
殺傷性能を極限まで落とし、そこらの一日寝てればすぐに治るような、そんなただの風邪以下の脅威まで落ちた状態で本宅を包み、飲み込んでいく。
これには、誰も反応出来ない。
曲者を捉える為の監視カメラ、赤外線レーダー、警備員……そんなものが、ウイルスを感知出来る訳無いだろ。
俺の個人的な意見だが、出来ればE.V.O.L.A.は実体化させたくない。
今回はこれ以外に有効な手立てを用意する事が出来なかったので、やむなく使用したが……
E.V.O.L.A.は、生物の一種なのだ。
生物である以上、絶対間違いが起こらないとは言い切れない。
そもそも、このカードは進化したエボラウイルスという設定を持っているのだ。
一度進化した以上、二度目三度目の進化が起こらないとも限らない。
そして進化した結果、E.V.O.L.A.の制御下から離れるような進化でもしようものなら、最悪だ。
進化というモノは、必ずしも都合の良い方向に向かうとは限らない。
俺にとって都合の良い方向にしか働かない、という考えは余りにも楽観が過ぎるというものだ。
E.V.O.L.A.の実体化は、他に選択肢が残されていない、土壇場まで温存しよう。
うっかりの代償がこの世界の滅亡とか、冗談にも洒落にもなっていない。
……もしかしたら、これで誰かが風邪を引くかもしれないが、まあ一日寝込む位ならば許して欲しい。
発症すると確定している訳でも無いしな、免疫力が落ちてる奴だけ風邪を引くんだ。
健康は大切だな、俺含めて。
E.V.O.L.A.に探らせた所、本宅には怪しい所は無かったようだ。
どうも脱出用の隠し通路なんかはあったようだが、それだけだ。
大貴族様の住まう家ともなれば、有事の際の脱出経路が家に存在するのも別におかしくないしな。
……嘘くさいなぁ。
本宅はダミーな気がする。
貴族様の本宅だろ?
常に国民の目が向けられ、他国からの来賓を迎え入れたりする事も有り得る場所なんだ。
自宅ではあるが、衆目に晒される場所って事だ。
ある意味では公の場とでも言うべき場所に、見られたらヤバいようなブツを置いておくか?
俺なら、こんな人目に付く場所に、後ろ暗い要素は隠さない。
囮だろうな。
本命は、別宅とやらだと思う。
別宅がある場所は、ロンダーヴから見て北西、大陸の入り江とでも言うべき海域の丁度中間に存在する、ドリュアーヌス島という名前の島らしい。
この島は、シャール家が丸々所有権を有しており、代々シャール家の別荘として存在し続けている。
大貴族様の私有地だけあり、本宅と同等、あるいはそれ以上の警備網が敷かれている。
結局ここもダンタリオンの能力で誤魔化してチョイ、という訳には行かないという訳だ。
そしてドリュアーヌス島は、どの対岸からも余裕で10キロ以上離れている。
そこ以外の周囲に陸地は無く、完全な孤島として存在している。
カード達の活動限界距離が俺を中心として6キロ弱である以上、どう足掻いてもドリュアーヌス島にカード達だけが上陸するというのは不可能だ。
行くのであらば俺も、島に乗り込む必要がある。
結局カード達の力頼みだというのは変わらないが、俺が行かねばカード達が手出し出来ないというならば仕方ない。
「――ま、そこも見ないと話しにならないだろうな」
ヘンリエッタという尋ね人は、何処へ行ったのだろうか。
カード達の報告によればロンダーヴにも居なかったって話だし、やはり……本命は別宅の方、か?
ここも空振りとか言われたら、さあ何処だって話になる訳だが。
「他の場所に居る可能性は無いのか?」
「無くはないかもしれないけど……一番可能性が高いのは、その孤島だと思う。他者の目から隔離されてるから、他と比べて安全性が段違いだからね」
ダンタリオンにも意見を求めたが、やはり俺と同意見のようだ。
なら、そっちに行ってみるとするか。
距離はかなりあるし、当然警備も厳重だろうから潜り抜ける手立てを考える必要もあるが、そこは移動しながらで良いだろう。
拙速は巧遅に勝ると言うし、行動は迅速が一番。
そうと決まれば、ドリュアーヌス島とやらに行ってみるとするか。




