79.襲撃
デッキ構築を終え、街中を適当に散策しながら時間を潰す。
リッピが今も情報を収集している最中なので、それまでの待機時間だ。
ダンタリオンの美貌は、この異世界でも人目を惹くには十分なようで、ちょいちょい往来を行き交う男の足が止まってるのを横目で確認出来る。
果汁を溶かした炭酸水、その中の氷をカラカラとストローで掻き混ぜつつ、喫茶店でのんびりと往来を眺める。
時折道路を走っていく、ジープ、戦車、大量の資材を乗せた車――本当にここは、同じ世界なのか?
フィルヘイムやリレイベルじゃ、馬車や帆船が主流の移動手段だったぞ?
何でここだけ現代地球と何も変わらない技術力なんだよ。
この世界、技術レベルの格差が酷過ぎないか?
「――そろそろ、戻りましょうか」
「……宿にか?」
「そうです。歩き疲れちゃいましたからね」
頬杖を突き、半目で真っ直ぐにこちらを見詰めながら、ポツリと呟くダンタリオン。
歩き疲れた、ね。
魔法使い系ではあるが、俺なんぞよりよっぽど体力があるダンタリオンが歩き疲れたのか。
「なら、戻るか」
ダンタリオンの意図を察して、代金を支払い、喫茶店を後にする。
俺がまだ歩き疲れてないのに、ダンタリオンが疲れる訳無いだろ。
つまりこれは、ただの方便。
公の場で話せない内容を話したい――リッピが情報でも掴んだか?
普段ならカードが出現して、そのまま情報を提供して終わりなんだろうが。
この街に入ってから、ちょくちょく街中で監視カメラの存在が確認出来る。
俺の側でカード達が実体化すれば、監視カメラからの映像が余りにも不自然になるだろう。
人の心や認識を改竄する力を持つダンタリオンだが、監視カメラという電子機器を誤魔化す力は無い。
ダンタリオンの力は、あくまでも対人限定なのだ。
だからカードを実体化させる時は、この監視カメラの監視網の隙間を縫うようにして実体化させなければならない。
しかも、それにも限度がある。
何度も何度も出現させれば、関連付けられて辿られる。
何故なら、カード達が出現出来る範囲がごくごく狭い範囲に限られているからだ。
実体化している状態で、カード達が活動出来る範囲は現在約6キロ程度。
だが、出現可能な場所は俺から10メートルも離れていない。
即ち、カード達が出現する場所は常に俺の側でなければならない。
不審人物(リッピは鳥だが)が常に俺の側から何度も現れてたら、原理は不明でも俺を疑うには十分すぎるだろう。
何度もは、出せない。
宿に戻り、扉を閉めるや否やカードが実体化する。
「――む、向こうで聞きましたよ。い、いくら何でも無警戒が、す、過ぎますよ」
それなりに整った顔立ちではあるが、鼻や頬にそばかすの浮いた、童顔の男。
かなり度のキツい眼鏡を掛けており、ラフな服装の上からトレードマークとも言える、体型にやや合わない大きめの白衣を身に付けている。
身長はダンタリオンとほぼ同じであり、男にしてはかなり低身長である。
ビリーよりも低い。
「……無警戒ってどういう事? マティアス」
「ヒイッ!?」
ダンタリオンに水を向けられた途端、3歩程後退る白衣の男――マティアス。
宇宙の技術者 マティアス。
先程デッキ構築の際、カードを総当たりしていた時に戻っているのを確認出来たカードだ。
その名の通り、彼は技術者だ。
機械整備や開発を担当しているという設定であり、その効果も完全に機械族のユニットをサポートする事を意識した物となっている。
その分パワーはお察しであり、直接的な戦闘能力は皆無である。
「だ、だって。主任はめ、目立たないように、こ、行動してるんでしょう?」
マティアスは自分の白衣の内側、腰の辺りをゴソゴソとまさぐると、何かの機械を取り出した。
何か、ラジコンのコントローラーみたいな見た目をしている。
「……何それ?」
「で、電波とか、も、諸々を感知する機械です。き、聞かれたら困るのに、な、何で盗聴器の類を、け、警戒しないんですか……」
ダンタリオンの疑問に、どもりつつも答えるマティアス。
……盗聴器、か。
そんな物が客室に仕掛けられてたら大問題じゃないか?
宿の信頼に関わると思うんだが。
……何でもありなら、そこも警戒しないと駄目か。
「盗聴器? 流石に警戒し過ぎじゃない?」
「け、警戒し過ぎなら、そ、それで良い――」
マティアスの台詞が、中断される。
実体化を解除して、姿を消した為だ。
室内の景色が、真横に吹っ飛ぶ。
あ、これ知ってる。
前にバエルに抱えられて全力で飛ばれた時のヤツだ。
窓ガラスを開けるというか突き破った。
慣性の法則でぐいーっとなってガクッてなる。
直後。
背後から鼓膜が破れんばかりの爆音が響いた。
「ふん! 以前の轍を踏む世では無いわ!!」
どうやら抱えて部屋から飛び出したのはバエルだったようだ。
うるさいから姿を見なくてもすぐ分かる。
バエルが地面に下ろしてくれたので、周囲を見渡す。
どうやら何処かの家屋の屋根に着地したようだ。
……俺達の宿泊していた宿から、黒煙がもうもうと立ち昇っている。
「え、何があったの?」
「マティアスの持ってる何やら奇妙な機械によると、先程まで盟約主が居た部屋から爆発物の反応が出たらしい。十中八九、盟約主を狙ったモノだろうな。舐めおって! この国、潰すか盟約主!?」
「いや、流石にそれはちょっと」
キレ過ぎだろバエル。
……いや、むしろキレない俺の方がおかしいのか。
命の危機だった訳だし、それが偶発的なモノではなくて人為的なモノならば、猶更だ。
自分が殺されかけたのなら、普通は怒るものなんだろう。
……爆弾を仕掛けられた、と。
誰に?
一番可能性として高いのは――まあ、シャール家絡みだろうな。
他の可能性も考えられるが、そっちに関しては予想すら出来ないから考慮する意味は無い。
何故? 理由は?
分からん。
有りそうな所だと、昨日の邂逅で何か不敬な事でもしでかしたか?
でもそれでいきなり殺害しようとするのは、いくら何でも穏やかじゃないな。
宿ごと爆破された。
もう賽は振られた後で、穏便に済ませるという事は不可能。
……第三者の仕業にして、俺達はただの被害者みたいな振りでもしてみるか?
進んで"悪党"やってくれそうなカードなら、かなりある訳だし。
だがそれをした所で、何かメリットあるか?
ただ偶然巻き込まれた被害者の振り、とは言ってもある程度は衆目を集めてしまうだろう。
しかしシャール家による犯行である可能性を考えれば、この方法には何の意味も無い。
この国の根幹に根差す程の大貴族相手であらば、すぐに次の追撃が飛んでくるだけだろう。
そうじゃなかった場合は、ある程度その場しのぎ位は出来るだろうが……
んー、こりゃもう駄目だな。
メリットとデメリットが釣り合ってない。
余計な事はしないで、俺とダンタリオンは、もう脱出だ。
誰だか知らないが、こんな派手に被害を出しながら、殺害を狙って動き始めている以上、もう穏便に行動は不可能だろう。
「取り敢えず、この街から出るぞ。このまま飛んでな」
管理局を通って出入りしなければならないのがこの国の法だが。
仮にこの襲撃がシャール家による物だと仮定するならば、そこに網を張っていないとは考え難い。
「だが、対空レーダーとやらに引っ掛かるのではないか?」
「……強行突破、しても良いかな? どう思うダンタリオン?」
「何が、でしょうか?」
バエルの効果により召喚された、ダンタリオンに尋ねる。
「最悪ここで、俺とダンタリオンはお尋ね者になって、俺が"勇者"とやらだとバレる。そうなっても良いか、って事だな」
もしやるなら、ダンタリオンも道連れ確定だろう。
俺とダンタリオンは、一緒にこの国に入国している。
問題を起こせば相方の関与が疑われるのが自然な流れだ。
残す意味は無いし、そしてこの騒動の直後に居なくなれば、事件への関与が疑われるのが至極当然だ。
俺がこの地から離れれば、ダンタリオンは実体化を維持できなくなるし、残ってても逮捕されるのは目に見えている。
ここから俺が離れるという選択を取った時点で、ダンタリオンが道連れというのはそういう事だ。
「――俺は別に、どうでも良いからな」
そう、どうでも良い。
俺にとっての一番は、カード達の幸せ。
その為に都合が良ければ、俺は勇者だろうが魔王だろうが一般人だろうが、演じてみせよう。
「主人の問いに、こう答えるのは不適切だとは思いますが……私は、どちらでも構いません。主人が進むと決めた道を、何処までも御供するだけです。ですが、仮に主人の言う通りになってしまったとして、主人にはその後も行動し続ける事が出来るのですか? 指名手配なんてされたら、活動に支障が出ると思いますが」
「……俺は、そもそも活動に支障出まくりの状態なんだよ。俺単体じゃ、この異世界で衣食住すらまともに用意出来ない。それを、カード達に協力してもらう事で補っているだけなんだ。だが――カード達の力を振るえるならば、衣食住程度、どうとでもなる。それこそ絶海の孤島に放り出されたとしてもな」
今回戻って来たカード群を見て、そう思った。
この国に来て、大量の機械系カード達が手元に戻った。
その中にはいくつもの戦艦や母艦といった、海上でも問題無く行動を可能にする面々が揃っていた。
海上だけでなく、空すら飛べるモノだってあるのだから、例え嵐が来たとしても問題にはならない。
「つまり我が道を行き、降り掛かる火の粉は全て払うのみという事だな! ふははははは!! 良い! 実に良いぞ!! 世好みの回答ではないか盟約主!!」
「いや、そこまでは言ってないけど。……所で、リッピはどうなったんだ? バエルが今ここに居るって事は、マナの都合上リッピはもう戻って来てるんだろう?」
「そうですね。一応、及第点ではあるが情報の収集は完了した、との事です」
「そうか。ならこのまま脱出して良さそうだな」
「それで、脱出する具体的な方法は考えているんですか?」
「――このカードが戻って来たからな。こういう、電子機器で制御された場所なら効果覿面だろうさ」
デッキから飛び出した、1枚のカードを手に取り――発動する。
「呪文カード、電磁パルス発動。このターンのエンドステップまで、機械族ユニットの効果は無効になる」
電磁パルスというカードは、現実で実体化したとなれば、そっくりそのまま現代兵器でも使われているような効果――電磁パルスを発生させるのだろう。
そんなモノが地上で炸裂したら大事で、間違いなく周辺の電子機器は大惨事となるだろう。
だが……恐らくだが、それは一時的なモノで終わってくれるだろう。
このカードは、機械族ユニットの効果を無効にする。
電子機器を狂わせて、誤動作を誘発させる事が無効という形で解釈されるのだろう。
しかし電磁パルスというのは、強力な電磁波を発生させるモノだ。
そんなモノがすぐ間近で炸裂するという事は、簡単に言えば電子レンジの中に電子機械を放り込むようなモノだ。
誤動作とか、そんなレベルで済む問題ではない。
間違いなく、電子機器は全滅――破壊されるだろう。
だがしかし、このカードであらば破壊する事は無いと思われる。
だってカード効果では、無効になるとは書いてあるが、破壊するとは決して書かれていない。
にも関わらず、破壊なんてされたらカード効果と現実の効果が食い違ってしまうではないか。
カードが実体化する際、そのスペックはなるべくカード効果の内容と一致するように当て嵌められる。
それはこのカードとて同じだろう。
ならば、このカードは一時的に機械を無力化こそすれど、決して破壊はしないはずだ。
現時点でも電子機器に対する無差別テロ的な感じなのに、破壊までしてしまうのは流石に……という感じだ。
――何か電気がバチバチなったりとか、そういう見た目は発生しなかったけど、これで効果は発動しているはずだ。
電磁パルスは、カード効果が限定的ではあるが、その使用用途が狭いカード効果である代償として、プレイコストが0という特徴がある。
バエルが出ている状態でも、問題無く発動可能だ。
そして効果は、エンドステップまで。
それはつまり、現実に置き換えるなら今までの傾向からして――180秒。
「脱出するぞ。時間猶予は180秒だ、その間に離れられるだけ離れるぞ。今なら一時的に、対空レーダー網とか諸々ひっくるめて、全部無力化済みだ」
「了解。なら、ロンダーヴを脱出しますね」
再びダンタリオンに抱きかかえられ、空を飛んでこの場を後にする。
メカ系カードが多数戻って来た今ならば、空を飛べる機体なんかにも搭乗可能ではあるが、それは今回は止めておく。
ダンタリオンと比べて、そういう事が可能な面々は皆、図体がデカい。
折角レーダー網を麻痺させたのに、図体がデカくて肉眼で捕捉可能とか、レーダーを無力化させた意味が無いではないか。
3分で、逃げられるだけ逃げるぞ。




