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77.どうしてこうなった

 さて、ここまでの流れを振り返ってみよう。

 当面の宿泊先となる宿を確保し、言い訳作りの観光や散策を済ませた。

 怪しまれる事は無い。

 いや、もしかしたら俺が気付かない所でボロを出してて何かバレてるかもしれないけど。

 そんな事、今は確認しようが無いからどうしようもない。

 その後は図書館に赴き、ダンタリオンの趣味と実益を兼ねた情報収集を済ませた。


「――我が主が、貴女様に興味をお持ちです。是非、御同行しては頂けないでしょうか?」


 いぶし銀な感じで、白い口髭を綺麗に切り揃えた、初老の執事が(うやうや)しく頭を垂れた。



 図書館を出て、そろそろ宿屋に戻る為にしばらく外を歩いていると、一台の車が側に止まった。

 そして、出て来たのがこの男性という訳だ。

 頭を下げている相手は俺ではなく、隣に居るダンタリオンだ。

 止まった車を見るが、車の色と同じ黒のスモークフィルムで車窓全てが覆われている為、中を視認する事は出来ない。

 そして、その車の正面と側面には、黄金色に輝くエンブレムが燦然と輝きを放っていた。

 そのエンブレムは、未知ではなく既知。

 流石にこれは、俺も覚えていた。

 紋章だ。

 以前、賊のアジトで見付けた、シャール家の紋章と同じであった。

 こういう紋章を勝手に使用なんかしたら、その家にキツい仕打ちを受ける事は想像に容易い。

 だからこんな風に往来で、部外者が堂々と使うなんて事は無いと言って良いだろう。

 ならば、今目の前に居る人は正真正銘、シャール家の使いだと断言出来る。


 釣れた……と、言うべきなのか?

 喰い付いたというべきか、喰らい付いてきたと言うべきか。

 ちょっとこの電撃的進展は想定外だったぞ。

 俺の予想では、早々相手はボロも出さないし、コネも無いから正面から接触というのも不可能。

 かなり手こずる想定で、さて二週間じゃかなり厳しい戦いになるな――と、考えてた訳だが。


 一応、策は立てた。

 だが、それをこの場で伝える訳には行かないだろう。

 事前に考えていた策に関しては、前もってカード達に伝えてはいるが。

 緊急的に新たに建てた策をカード達に、目の前の執事にバレずに伝える手段が、俺には無い。

 ダンタリオンに変に耳打ちとかして、相手に無駄に警戒されるのは完全に悪手だ。


「ええと、俺達実は――」

「私は、こちらの女性と話しているのです。口を慎みなさい」

「はい」


 言葉自体は穏やかなのだが、言い方に恫喝の色が見える。

 これ以上俺が余計な口を挟むと、ヤバそうだ。

 今ならまだ、俺が目を付けられた訳じゃないだろう。

 どういう訳か知らないが、目を付けられたのはダンタリオンだ。

 これ以上俺が踏み込むと、後戻り出来ないラインになりそうだ。

 目を付けられたり武力行使沙汰になったりとかしたら、もう引けない。

 カード達が居る限り武力で負ける気は更々無いが……さて。


 ――呼ばれているのなら、少し付き合ってみるのも悪く無いんじゃないか?

 折角だし、色々『お話』してくるのもアリだと思うぞ。

 俺は先に宿に戻ってるよ。


 よし、これだ。

 さっきの感じだと、目を付けられているのはダンタリオンであって、俺じゃない。

 俺は、相手にとって邪魔なはずだ。

 俺は先に帰ってる、と言い残す感じでこの場を去れば、角も立たない。

 そしてダンタリオンは、頭の回転が速い。

 こう言えば、恐らくダンタリオンは俺の思惑を察して、とにかく相手から情報を引き出せばいいのだな、と理解してくれるはずだ。


「ええい何をしている! さっさとその女を連れて来いと言っているだろうが!」


 よし、それでいこう。

 そう思って実行しようとしたら、相手の方が一手先に行動してきた。


 車の後部座席の扉が開かれ、そこから全身を白で統一した装束に身を包んだ男の姿。

 ベースとなる顔の骨格やパーツ自体は整っているのだろうが、ポッコリ浮き出た下腹や頬に無駄に付いた贅肉が折角の美貌を台無しにしてしまっている感じだ。

 だが、着ている服はかなり高級そうな布地だ。

 まあ貴族様かその仕えている者ならば、そうでなくては面子が立たないのだろう。


「おお、これはオーベルハイム様。誘致は私に任せ、主様は――」

「貴様はやり方がまだるっこしいのだ」


 オーベルハイムと呼ばれた男が、目を細め、薄っすらと下卑た笑みを浮かべる。


「おいそこの女。お前は俺の27人目の妾にしてやる。有り難く思え」

「……はぁ」


 無表情のまま、返答なのか溜息なのか良く分からない言葉を発するダンタリオン。


「女。そこの貧相な男では一生掛けても手に入らないであろう金をくれてやるぞ?」

「金? 別にいらない、私には主人(マスター)がいればそれで良い」

「庶民には一生着れないような服だってあるぞ」

「服ならジョン・レイニーにでも作らせればいい。この世界の服飾技術じゃ到底作れない代物を作れるし」

「食事だって世界中の高級料理を好きなだけ食べられるぞ」

「私は主人(マスター)からのマナ供給があれば食べる必要すら無いし、食べるにしても主人(マスター)が用意した料理より美味しい物なんて無いって断言出来るよ」


 …………

 何かアイツ、ダンタリオンの事を全力で物で釣って来るな。

 段々苛立ちが顔に浮かんできてるし。

 いや、そうじゃなくて。

 あの、ダンタリオンさん?


「では何が欲しいと言うのだ!」

「私が欲しいのは、主人(マスター)の愛だけ。主人(マスター)の愛の前では、どんな宝石も路傍の石同然」


 指を絡めてくるだけに飽き足らず、俺の左腕を胸元に抱きかかえるように絡み付いてくるダンタリオン。

 アルトリウスとは違う、控えめな主張。

 じゃなくて。


 ねえ、何でこんな売り言葉に買い言葉みたいな言葉遣いなの?

 普段の貴女、そんな事するような性格じゃないよね?

 ダンタリオンは、俺よりよっぽど頭の回転早いと思ってたんだけど、違うの?

 それともこれは俺の短絡的な考えを凌駕した、何かの作戦なの?


「よいしょっと」


 視点が急に空に向いた。

 事態を理解する。

 しょっちゅうやられてるから、もうすぐに察せられるようになっちゃったよ。

 どうやらダンタリオンがお姫様抱っこで俺を担ぎ上げたらしい。

 どー見てもインテリ系なか弱い少女にしか見えない見てくれで、こうも易々と担ぎ上げられると俺は貧弱なんじゃと思ってしまう。

 担ぎ上げたまま、手にしていた書物に腰掛けると、そのまま宙に浮いて先程の男から微妙に距離を取る。


「やめて! 私に乱暴する気でしょう!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」

「あの、ダンタリオンさん?」

「言ってみたかった。きゅぴーん」


 きゅぴーん、じゃねえよ。

 容姿が良いのは知ってるし、世の男共を虜にしたその魅力もよーく知ってる。

 つーか俺もその一人だ。

 

 OK、もう駄目だ。

 こりゃ完全に相手に目付けられたと思って良いな。

 何だアイツは、程度で歯牙にも掛かってない事もあるかもしれんが、希望的観測はやめよう。

 エトランゼをプレイしてた時から、ずっとそうだろ。

 ギリギリの状況で願った、希望的観測はことごとく外して来ただろ、俺は。

 どうせ今回も、その希望は粉々に砕かれる。

 そう思っておいた方が良い。

 外れたなら、それはラッキーって事だ。

 こっちにとって好都合なら、それは誤算で構わない。

 取り敢えず、これから最悪な状況に追い込まれるぞ。


「どうもダンタリオンに見惚れたように見えるから言わせて貰うが。ダンタリオンは、俺にとって大切な存在だ。悪いんだけど、諦めてくれ。ダンタリオン、宿まで戻るぞ」


 こんな体勢で言っても、凄い締まらないけどな。

 そのままダンタリオンに抱えられたまま、夜を明かす宿まで飛行して向かう。

 ただ、首都で高空を飛ぶと対空レーダーや対空兵器が何しでかすか分からないので、普通に道に沿って飛んで行く。


「――リッピ、あの車を追跡しろ。可能なら情報収集を行え、分かるな?」

「ピイッ!」


 既に召喚していたリッピを一度戻し、再度召喚する。

 一応、誰かに見られないよう、薄暗いゴミ捨て場のすぐ側に向けて召喚しておく。

 カード達はかなりの長距離まで離れられるし、戻す時も召喚も一瞬だ。

 だが唯一、カードを遠くに召喚するという事が出来ない。

 カードをプレイしている最中ならば例外のようだが、ただ単純に召喚するのは、現在7メートルの範囲内でしか召喚出来ない。


 あの車――乗っている連中は、間違いなく糸口だ。

 あっちに喰らい付かれたなら、こっちも喰い付かねばならないだろう。


 宿に戻り、取っておいた部屋に戻る。


「さて、ダンタリ――」


 口が、物理的に塞がれた。

 粘性を持った、蛇の如く這いずる舌が、俺の口腔を濡らして染めていく。


「――主人(マスター)、私、濡れちゃった」


 あ、俺この目知ってる。

 時々、ダンタリオンが発情している時に浮かべてる目だ。

 その目を浮かべている時、必ず餌食になるんだ。

 何か言い訳並べても、絶対に喰い付いて離さないやつだ。

 誰が餌食になるって?


「大切な女なんだ、俺の女に手を出すなとか――そんな主人(マスター)の言葉聞いちゃったら、即ハボでしょ」


 即ハボって何だよ。

 俺そんな事一言も言ってないぞ。

 ちょっと待て、服の隙間から手を滑り込ませるな。


「っていうか、あんな下衆で無能な種馬なんかに色目使われるっていうこの嫌悪感分かりますか? 好きでも何でもない奴に、性的な目で見られるこの不快感! この都市ごと全部薙ぎ払ってやりたい……!」

「……まあ、あのオーベルハイムとかいう奴は、なーんか女をコレクションか何かとしか思ってなさそうな言動してたしなあ」


 ――あの目、見るのは初めてじゃないしな。

 カードショップで、聖子さんが良く向けられてた目だ。

 聖子さん、かなり美形の人だったからな。

 何で面倒な野郎比率が高いカードゲームやってんだろうって思う位には。

 俺より春樹の方が余程お似合いだと、早々に諦めていなかったら俺も、もしかしたらそういう目で聖子さんを見ていたかもしれない。


主人(マスター)。コレクション系ヒロインがここにいるよ」


 確かにカードは収集物だけどさぁ!

 ヒロインを自称しちゃダメだろ。


「いや、そうじゃなくて、ダンタリオン、さっき――」


 やめろ、俺を力尽くで押し倒すんじゃない。

 俺なんかがダンタリオンのパワーに勝てる訳無いだろうが。



 あー。

チュンチュン

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