75.世界最大の軍事国家
長い長い湿地を抜けると――そこは荒野であった。
冷たい空気に、ペンペン草しか生えない土地。
あれだけ生い茂っていた緑は一体何だったのかと思う程の変貌。
もくもくと立ち昇る、黒煙に蒸気。
鉄筋コンクリート製の外壁と鉄条網が、集落を頑強かつ厳重に包み込んでいる。
計画的に建立されたその地は、碁盤の目のように規則正しい道が東西南北に向けて走っていた。
「――ここが、ロンダーヴって場所なのか?」
「そう。グランエクバークが誇る、最大の都市にして――この世界最大の、軍事国家の首都」
相変わらずの、ダンタリオンにお姫様抱っこの状態のまま、説明を受ける。
遠くに広がる白混じりの大地は、何でも永久凍土らしい。
このグランエクバークが根差す大陸は最北端――北極線が走る場所であり、冬が訪れれば、生物の生存を拒絶する、想像を絶する大寒波に襲われるらしい。
リズリアが住んでいたというあの湿地帯も、冬になれば寒さは厳しくなるらしいが、それでもこのロンダーヴよりは遥かにマシとの事。
吹雪も頻繁に発生し、夏以外の季節は常に雪との戦いになる土地。
こんな住むのに難儀な場所に、何故わざわざ首都を構えたかと言うと――この地には、非常に豊富な鉱脈が眠っているのだ。
この国の力の根幹――鉄、そして石油。
その両方が採掘出来る貴重な土地ならば、そこに首都を構えるのは他のデメリットを差し置いても、輸送面や防衛面で見ても選択肢としては有り、だ。
地産地消なら輸送費はほぼゼロだし、一番重要な採掘施設であるならば、首都と隣接していた方が有事の際の防御にも便利だ。
採掘施設が抑えられたら補給線が立たれ、枯れて死ぬ。
そして首都が落ちれば国としても終わりとも考えれば、どっちが落ちても国の滅亡。
どうせどちらも防衛が必須なのであらば、一ヵ所に纏めた方が楽という事か。
その分、警備は物々しい事この上ない。
素人でも一目で分かる、レーダー施設がいくつも建立されている。
外周にはジープが走っており、更には戦車まで。
それどころか対空用と思わしき砲門まで見える。
「……なあ、フィルヘイムやリレイベルと比べて、この国だけ技術レベル何かおかしくないか?」
「それだけ、過去の勇者が遺した遺産の影響が強いのかもしれないですね。このグランエクバークは、過去に三人も勇者が根を下ろした場所って話ですから」
勇者の力は、人知を超えた、神に等しき力だという。
勇者の遺した遺産、歩んだ道、根差した土地。
その全てが国の礎となり、勇者が根を下ろした場所が国になる――そう言っても過言では無いとの事。
カザマ、シンジ、ユウイチという三人の勇者がこのグランエクバークに本拠を構えた結果、今のグランエクバークがあるらしい。
一人が戦車から戦闘機、果てには原子力空母まで生み出し、もう一人が戦闘ロボットを製造し、もう一人が携行する銃火器を大量に持ち込み、兵の練度を上げた。
この三人の力の噛み合わせが良く……というより、自分に近しい能力の勇者の遺産に乗っかった結果、ここに過去の勇者が集まったのだろう。
これらの相乗効果により、グランエクバークは比肩する者の居ない、世界最大の軍事国家へと成長を遂げた。
この世界の軍事評論家の分析によれば、グランエクバークは他の世界全ての軍事力を纏めて相手にしても、力と力のぶつかり合いである限り、余裕で勝利を収める事が出来るらしい。
……アメリカ合衆国かな?
とか思いもしたが、残念ながら地球のアメリカと違い、このグランエクバークには致命的な欠点が存在していた。
それは、食糧自給率の低さである。
痩せた土地、気温の低さ。
この条件では、作物を育てるには厳しい。
どれだけ兵器が強力であろうとも、食い物が無ければ兵も民も飢えるだけだ。
それ故に、グランエクバークは自国の最大の欠点である食糧を輸入で補っている。
フィルヘイム、ナーリンクレイ、マーリンレナードの三国を主軸に、食糧を輸出して貰う。
代わりに、グランエクバークは自国の戦力では太刀打ち出来ない脅威――邪神の欠片の襲撃――の際に軍事力を提供する、という事だ。
特に、グランエクバークはマーリンレナードという島国と関係が良好であり、強く同盟を結んでいるらしい。
「じゃあ、他の国にも誰かしら過去の勇者様とやらが根付いたって事か」
「そうですね。ナーリンクレイやリレイベルは女性の勇者が建立したって話ですよ」
ふーん、そうなのか。
ダンタリオンとの飛行時間を終え、俺とダンタリオンはロンダーヴの外周部分へと着陸する。
ここから先は、飛んで入ろうものなら即座に拿捕・撃墜・尋問の目に遭うらしい。
そもそも、飛んで入る事自体が可能かどうか怪しいものだ。
管理局という場所に通じる、都市に入る人々が並ぶ行列、その最後尾へと向かう。
「――次」
事務的な口調で、順番待ちをしている人々が次々にカウンターへと向けて歩を進めていく。
その列に並び、淡々と自分の順番が来るまで待つ。
スマホでネットでも見れれば、暇潰しにもなろうものだが。
生憎ネット環境なんて代物はこの異世界に存在しないので、頭の中でカードの一人回しでもしながら時間を潰す。
「次、どうぞ」
ようやく俺の順番が回って来たようだ。
ダンタリオンと共に、以前作っていたギルドカードを職員に提示する。
神経質そうな女性が、眼鏡の位置を直しつつ、手渡したギルドカードに目を落とす。
「カシワギさん、ダンタリオンさん、ですね。本日はどのようなご用件で?」
俺とダンタリオンのギルドカードを、機械の投入口に入れながらそう訊ねた女性職員。
すぐ横にはキーボード、そして液晶モニターまである。
マジで、今までの国と技術レベルが違い過ぎないか?
地球に居た頃と何ら変わってない感じだぞ。
「観光目的と、それからこの国で扱っているっていう、銃とかいう武器に興味があるので、今回この国まで来ました」
この辺りは、事前にダンタリオンと打ち合わせ済みだ。
ダンタリオン本人は、魔法だけで十分にやっていけるので良いのだが。
俺は、魔法だけでは少々戦闘能力に難があり、新しい戦闘スタイルの一環として、銃器を手に入れたい――というものだ。
観光目的です、だけでは言い訳として弱い。
現在、グランエクバークを繋ぐ海路は邪神の欠片出現の影響により、封鎖されている。
正確には、グランエクバークの軍船であらば邪神の欠片など恐れる必要は無いらしく、完全に封鎖されている訳ではないのだが。
それでも、一般的な商船等は完全に足止めを食らっている。
そんな情勢の中でも移動出来て、そしてわざわざ移動するだけの理由が必要だ。
なので、武器を手に入れるという追加の目的を付与した。
そして、この武器を入手という理由だけでも、言い訳としては不十分。
銃器の入手は、わざわざロンダーヴまで赴かなくとも、グランエクバーク国内であらば、他の街でも買える。
店によって質がどうのこうの、という言い訳も通用しない。
この世界にある銃火器は全てこのグランエクバーク産であり、生産も販売も全て国家主導である。
店によって質が違う、なんて事は有り得ないのだ。
俺の武器を入手したい、そしてわざわざグランエクバークまで来るのなら、折角だし勇者様が降り立った地というこの首都を見て見たい。
この二つの言い訳を用意する事で、不自然さを消した。
「……現在、海路には邪神の欠片が出没中との事ですが。どうやってこの国まで?」
「ダンタリオンの魔法で飛んで来たんです」
嘘だ。
本当は、小舟で無理矢理来た。
でも、ダンタリオンで飛んで行くという手段も有り得ない話ではない。
もし移動手段が他に無かったら、最悪、その方法で来る事も考えたし。
「……それ程の長時間、長距離飛行を無休憩で?」
「魔法には自信がありますから。勿論、一番距離が短い区間を飛ぶっていう小細工位はしましたけどね」
にわかには信じ難い、と言いたそうな女性職員。
それに対し、一応の言い訳を付与するダンタリオン。
魔法には自信がある、の部分は一切誇張無しのマジ回答なのだろう。
実力に裏打ちされた、堂々とした言い分だからこそ、嘘臭さというモノが一切しない。
「――確かに、かなりの魔力量の持ち主のようですね」
ギルドカードに記録された情報が機械に読み取られ、液晶モニターに表示されたようだ。
その内容に目を僅かに見開く女性職員。
何でもダンタリオンは、魔法方面特化の相当なハイスペックとしてギルドカードに登録されているそうだ。
実際に俺が見た訳じゃないから、ただの伝聞だけど。
「ギルドカードはお返しします。このまま奥にお進み下さい」
不審な点は見当たらなかったらしく、管理局の審査も問題無く突破出来た。
ギルドカードという、この世界における身分証の力が遺憾なく発揮された結果である。
事前に作っていなかったら、こうもすんなりとは行かなかっただろう。
「ありがとうございます。所で、今晩の宿を確保したいのですけれど、何処かオススメはありますか?」
「それは他の方に聞いて下さい。次、どうぞ」
その質問に答えるのは業務規程に無いとばかりに、ダンタリオンの質問はバッサリスルーされた。
俺達の審査はもう終わったとばかりに、冷たく突き放される。
お役所仕事だなとは思う。
でも余計な詮索をされない分、好都合だと思う事にしよう。
さて、これでこの国の首都まで来れた。
後は……探りを入れるか。
軍事シミュレーションゲーの能力を有した勇者カザマ
ロボットアクションゲーの能力を有した勇者シンジ
FPSゲーの能力を有した勇者ユウイチ
こいつ等の過去の遺産が丸々残っている為、グランエクバークは戦艦も空母も戦車も航空機も、ロボットも、銃火器も有しております
ロボットがある分、現代地球の戦闘力より上と言っても良いかもしれないレベルである




