74.機械帝国《グランエクバーク》の大艦隊
見渡す限りが、水平線。
青空と、綿菓子のような白い雲。
その空の下、大海原を走るのは――十数隻からなる、木造帆船の大艦隊。
それは、商業都市郡 リレイベルが有する軍船であった。
しかし、今は帆に風を受けていない。
にも拘らず動き続ける帆船。
何らかの外的動力を受け、風向きという帆船の特性に囚われずに動いているのだろう。
機械的な設備は見られないので、恐らくこの世界特有の魔法という力が動力になっていると思われる。
海路を封鎖する、人類の大敵――邪神の欠片を討伐するべく出陣した、リレイベルの精鋭達。
更にはフィルヘイムが所有する、魔導砲を借り受けて帆船に搭載しており、ある意味ではこの船団は、フィルヘイムとリレイベルの共同で編成された艦隊とも言えるだろう。
フィルヘイムとリレイベルは砂漠越しではあるが、一応地続きの隣国同士であり、隣国の仲は悪い事が多いのだが、フィルヘイムとリレイベルの関係は比較的良好である。
恐らく隣国とは言えど、ウルトゥーレ大砂漠という天然の要害を隔てての隣国である為、隣国と言う程の距離感では無かったのが要因なのかもしれない。
半数以上の帆船は、まるで大砲の直撃でも受けたかのように船体に穴が開き、黒く焼け焦げた跡も散見される。
だがそれでも、辛うじて浮力や動力は保っているようだった。
――それを保てなかった船は、既に撃沈した後なのかもしれない。
巨大なウミヘビのような形状をした、どす黒い化け物――邪神の欠片が、悲鳴のような不気味で甲高い声を上げる。
海面に大きく波を立てながら、その巨体が海に叩き付けられ、そして沈んでいく。
その姿を見て、帆船上の人々が一斉に歓声を上げた。
諸手を上げて飛び跳ねたり、両隣の人同士で抱き合ったり。
正に、欣喜雀躍であった。
その帆船上に巻き起こる、歓喜の渦とは一転。
欠伸を噛み殺したような、退屈さを滲ませる男の呟き。
「ふん、何だ。本当に報告通りだったようだな。それにしても、ようやく終わったか。時間を掛け過ぎだろう」
金のエンブレムを縫い付けた、白黒ツートーンの軍帽に、皺一つ無い白の軍服。
服装を一目見ただけで分かる軍人であり、しかも胸元を飾る勲章が、かなりの階級を持つ人物である事を伺わせる。
首に掛けた双眼鏡を降ろし、自らの席へと腰掛けた。
「あれが報告にあった、フィルヘイムが所有する勇者の遺産、魔導砲とかいう代物ですか。確かに、威力自体は中々の物ですね」
もう一人の男が、自分よりも階級が上であろう、上官に向けて気さくに話し掛けた。
「威力だけはな。あれだけの数の船全てに搭載されているならば、多少は脅威になるかもしれんが……撃ってる船は一部だけだった、恐らく他の船には配備出来なかったのだろうな」
「大艦巨砲主義……にもなれていない感じですね。船速も遅いし、正直見ていられませんでしたよ」
「俺達は見て無かったけどな!」
「見る価値無いだろあんな前時代的な戦いなんざよお!」
腰掛けた上官とその部下ではない、背後でトランプに勤しんでいた軍人達が満面の笑みでそう言ってのけた。
笑い声で溢れる艦内。
シャーロット級巡洋艦 5番艦 セシリア。
世界最大の軍事国家、グランエクバークが保有する軍艦の一隻であり、哨戒目的でこの海域に出向いている最中であった。
砲塔と機銃を備え、更には垂直発射システムを搭載し、対空・対潜・巡行ミサイルを各種打ち分け可能という、強大な攻撃能力を有した船である。
管制システムにより乗員の負担を減らし、ミサイルの命中精度を向上。
艦載多機能レーダーにソナーを複数搭載し、接敵があれば即座に乗員に知らせる事も出来るようになっている。
言うまでも無く、その船体は電子機器の塊――金属製であり、目の前のリレイベルが有する海軍戦力と比べて、明らかに異次元の領域――ハッキリ言ってしまえば、地球に存在する先進国の軍船と比較しても、何ら見劣りしない程の技術力であった。
他国と比べ、明らかなオーバーテクノロジーで作り上げられたこの巡洋艦。
当然と言うべきか、この船もまた、過去の勇者が遺した遺産によって生み出された物の一つであった。
過去、グランエクバークという国の礎を築き上げた、勇者カザマ――その男が遺した、忘れ形見の力。
"軍事シミュレーションゲー"なるモノの力で今も尚、生み出され続けている、グランエクバークの誇る国力の礎。
その軍事力を生み出し続ける生産工場によって製造されたのが、この巡洋艦だ。
「しかし……何ともまあ、原始的な船だな。勇者の遺産にあやかれないと、ああも惨めな船に乗る事になるのか」
「あんな船に乗るなんて、真っ平ごめんですね。機銃に巡行ミサイル所か、レーダーも魚雷も無いとか、海に浮かぶ棺桶同然じゃないですか」
リレイベルが誇る海軍を小馬鹿にした笑いが起こる。
少々性格が悪いようにも思えるが、これ程の技術差があってはそれも無理からぬ話なのかもしれない。
地球でいう現代の技術力を有する者達が、未だに中世程度の技術力で必死に戦っている所を見れば、何をやっているんだという感情も起きよう。
「しかし結局、見てるだけでしたね」
「ああ。大義名分があれば、邪神の欠片風情、何時でも叩き潰してやるってのによ」
「やめとけ。襲われたってなら返り討ちにするだけだが、わざわざ他国の邪神の欠片をタダで退治するなんざ、軍法会議モノだぞ」
「弾だってタダじゃあねえからなぁ」
――リレイベルの艦船が、引き返していく。
邪神の欠片の討伐が終わったのだろう。
これで、リレイベルの商船が邪神の欠片に襲われる事も無くなり、海域の封鎖も解かれるのも、時間の問題だろう。
「こっちに邪神の欠片の残党が向かっている、なんてマヌケなオチは無いだろうな?」
「ソナー、レーダー共に感無し。今の天候のように良好です」
油断なく、周囲の状況を報告するよう指示する上官。
その言葉に従い、液晶上に表示された情報を提示する兵達。
レーダー上に敵影無し、平和そのものであった。
「ようし、撤収だ。他の艦にも帰投する旨を伝えろ。休憩は終わりだ、総員配置に付け!」
上官の指示が飛び、弛緩した空気が張り詰める。
気崩した軍服を正し、船内に慌ただしい喧噪が響く。
「シャーロット級巡洋艦 5番艦 セシリア、これより本国に帰投します」
無線に向けて発した言葉が、電波に乗って、遠く彼方へ向けて飛んで行く。
帆船とは比べ物にならない、重油の燃焼によって生み出される桁違いの機動力により、リレイベルの船よりも遥かに早い速度で、元来た海路を引き返していく。
邪神の欠片によって引き起こされた、リレイベルの海域封鎖事件。
それは無事解決され、これで海路による交易路も復活するだろう。
だがそれは、これからの話とはまた、別のお話である。
10万PV超えた記念で何か書こう!
とか考えたんですけど、それを書くよりさっさと話しを進めちまった方が良いと判断
なので第四章、唐突に開始
……なんですが、区切りの良い所まで行ったら第四章の前編完、とさせて頂きます
書いてたら何か、第四章って思ってた以上に長丁場になりそうだったので……
そんな訳で、ある意味10万PV記念、始まります




