71.二つの"星"
昴の能力解説回
――目が、覚める。
強烈な寒気に加え、その後に襲った倦怠感が原因で意識も姿勢も保っていられず、何時の間にか眠っていたようだ。
あれは間違いなく、風邪の症状だと自覚している。
だが今は、あれ程あった寒気や震え、倦怠感が完全に吹き飛んでいる。
健康そのものな感じだ。
治った……?
もしかして、ブエルが治療してくれたのだろうか?
でも、ブエルには治療出来ないとか言ってたような気がするが……
身体を起こす。
そこは見慣れた光景。
伝本の蔵書庫、その寝床であった。
多分、カード達が運んでくれたのだろう。
「御身体の調子は問題有りませんか、御主人様」
「問題無いって話だけど、念の為確認して頂けますか?」
インペリアルガード、そしてダンタリオンが側に待機していた。
それと。
「……あー、その、なんだ。久し振り、も変だな……昨日ぶり、だな」
酷く白い、その首元を掻きながら。
バツが悪そうに――リズリアは、そう言った。
何で――
そう、言いかけて。
そんなもの、原因は一つしか無いだろと、結論に辿り着いた。
――リズリアは、死ななかった。
俺の能力、俺の"世界"に絡めとられ。
エルミア同様、その魂をカードへと変質させた。
この力が、終わりを求めた彼女を、再び終わらぬ時間の檻へと閉じ込めたのだ。
これでは結局、何も変わっていないではないか。
そうなるのではないか、という危惧はしていた。
だが、嫌な予感程当たるというべきか。
「……リズリアがこの世界で死ぬのと、破壊されて墓地に送られるのは同時だった」
口を開いたのは、ダンタリオンであった。
「主人の能力の方が、この世界での死生観よりも優先されて処理されたって事、なのかもしれない」
「――またか」
また、俺にあるとかいう力が、関係の無い命を絡めとったのか。
俺の、要らない親切心が、余計な御節介。
一度ならず二度までも。
「……スバル」
気まずそうな表情を切り替えるリズリア。
俺の寝ていた仮眠用ベッドの側に移動し。
姿勢を変え、床に膝立ちになる。
「事情は、お前の持つカード達から聞いた。お前が気に病む必要なんて無い」
俺の両肩に手を乗せ、俺とリズリアの身体を向き合わせる。
ひんやりとしたその手が、揺らいだ感情を少しだけ落ち着かせてくれた。
それでも、これだけは言わねばならないと、リズリアが決意に満ちた表情を浮かべる。
「スバルは、あたし達を救ったんだ。死ねない、終われない世界を、終わらせてくれたんだ。それだけは確かで、誇ったって良い。私は確かにあの時、お前のお蔭で、救われたんだ」
――そう、言い切った。
救われた。
そう、リズリアが思ってくれているのなら。
少しは、俺の心の重石も軽くなってくれる。
「それに、これもカード達から聞いたけど。スバルが死ねば、あたしも死ぬんだろ? つまり、この状態は永遠じゃない。どれだけ長くても、スバルの寿命という終わりがある」
俺が死ぬか、魂を宿したカード自体が破損する。
それが、カード達にとっての唯一の死因。
だから、どれだけ殺されようとも即座に復活出来る、この不老不死の状態は、確かに不老不死ではあるが、永続するものではない。
俺の寿命という、終わりが確かに存在するのだ。
「なら、スバルが寿命で死ぬまで。まぁ、オマケの人生を楽しむつもりでいるさ。あそこに縛り付けられていた時間を考えれば、誤差みたいなもんだ。それに、話し相手にも困らない場所みたいだしな」
俺の気持ちを察してくれたのか、わざとおどけるように、明るい口調で話すリズリア。
今まで見てきた、リズリアの言動とはまるで違った。
最初に見た、人形のような美貌は変わらない。
だが……今の彼女には、"生の活力"が宿っていた。
「もしスバルが気に病んでるってなら、あたしに償いたいとか考えてるなら。時々、あたしを外の世界に出してくれればそれで良いさ」
ずっと、復讐だけを支えに生きてきた。
復讐を終えて、今まで見せていない表情を見せるリズリア。
復讐という負債を返し終えて、ようやく解放された事で、心境も変わった――というより、元に戻ったのかもしれない。
きっと今見ている彼女が、本来のリズリアという女性の姿なんだろう。
綺麗な女性だったんだなと、そう思った。
「――でも今回の件で、主人の力がどんなモノか、何となく分かって来たよ」
蔵書庫にあった、古ぼけた紙とペンを取って戻って来たダンタリオンが、俺の側に机を置いた。
「ビフロンスとも話してみたんだけど、主人の力っていうのは"星"って例えるのが一番分かりやすいと思う」
「星?」
ダンタリオンが机の上に紙を広げる。
そして、紙の左右に大きな丸を二つ書いた。
「このエイルファートという世界がある。そして、主人という世界がある」
片方の丸をエイルファート、つまりこの世界。
もう片方の丸が俺だと、ダンタリオンが説明する。
エイルファートという世界に住む人々は、普段は肉体という鎖で世界に繋ぎ止められている。
その鎖がある限り、俺がどれだけこの力を振るおうとも、引き寄せられる事は無い。
肉体がある限り、エイルファートという世界の重力圏に囚われたままなので、どれだけ俺に近付こうとも、カードになる事は無い。
この世界の人々と俺が話したり、近付いたり、触れ合ったりしただけでカードにはならないという事だ。
だが、肉体という鎖が失われ、魂だけになってしまえば話が変わって来る。
死して肉体から離れた魂は、再びエイルファートに放たれ、輪廻へと飲まれていく。
だがその時、俺という星に近付き過ぎてしまった魂は、その引力に引かれ、俺の世界に絡め捕られてしまう。
俺という星の引力は非常に強く、その重力圏に囚われたならば、最早脱出は不可能。
エイルファートではなく、俺という星のルールに適合する形で、魂を改変されるのだ――と。
その近付き過ぎというラインが、"俺のフィールドに存在する"という事。
エルミアも、そしてリズリアも、死の間際に俺のフィールドに存在した。
俺に近付き過ぎた結果、その引力に引かれ、俺の世界に囚われた。
この法則が正しいと仮定すれば、逆方向の説明も付くとダンタリオンは言う。
逆方向というのは、カード達がこの異世界に肉体を構成した時の話だ。
カード達が実体化すると、彼等彼女等は肉体を得る。
肉体を得たカード達は、俺ではなくエイルファートの引力に引かれ、俺と言う星の法則から離れていく。
カードの設定を加味した肉体や能力を得るが、俺のルールではなく、この異世界のルールに囚われる事になるのだ。
例えばビリーであらば、以前アンデッドの群れと戦っていた時のような、無限拳銃みたいな事は出来ないという事だ。
ビリーは別に、無から拳銃を無限に生成出来る、みたいなぶっ飛んだ能力は持ち合わせていないからな。
それが自分とビフロンスの間で出た結論であると、ダンタリオンは述べた。
そうか、魂の専門家で死の世界の住人みたいなビフロンスがそう言うなら、それ以上の説得力は無いだろうな。
……ん?
「ビフロンス、戻って来てるのか?」
俺の問いに対し、やや困惑気味の表情を浮かべるダンタリオン。
そして、その問いに答える。
心の準備もロクに出来ていない状態で、その爆弾を放り投げる。
「――実は、ビフロンスだけじゃなくて"E.V.O.L.A."も戻って来ました。このカードは、主人の目じゃ見えないと思うから、言わないと気付いてくれなさそうなので――」
「――ハ? ナンデスト?」
――E.V.O.L.A.?
E.V.O.L.A.って、あのE.V.O.L.A.……?
そのカードが、脳裏を過る。
デッキから、一枚のカードが飛び出す。
おい、何だよそれは。
何が飛び出てきてんだよ。
――そうであって欲しくない。
そう考えながら、そのカードの表を見て――その希望は、裏切られた。
それは確かに――
「おい、このカード、絶対に俺の許可なく表に出すなよ? 絶対だぞ? お前もだ、絶対に勝手に出てくるなよ?」
「――実は先刻、主人の病を治療すべく、表に出してしまいました。非常事態でしたので、私達の判断でそうしました」
申し訳なさそうに、ダンタリオンがそう告げた。
なん、だと……?
そんな事したらこの世界が――
「ですが、御心配なく。周囲には死滅した形以外では飛散したりはしていないと、E.V.O.L.A.も言っていました」
「本当だな? 本当に大丈夫なんだな? こればっかりは、実は飛散してました、なんてオチは絶対許されないぞ?」
普段は、カード達には在りのままで居て欲しい、そう考えている。
だが、それにも限度があるだろう。
在りのままで居た結果、世界を滅亡させるとか冗談でも笑えない話だ。
「えっと、スバル。その、E.V.O.L.A.というのは何なのだ? 今までに見た事が無い程に警戒しているように思えるのだが……もしかして、モルドレッドという者よりも危険な存在なのか?」
俺の様子が気になったのか、エルミアが現れて訊ねてきた。
「ああ、ある意味そうだな。強くて、そして何よりも――"危険"だ」
モルドレッドも、危険なカードと言えば危険なのだろう。
だがしかし、このカードはそれとは"危険"の方向が違う。
「"強い"カードって意味なら、もう既に何枚も戻って来てるんだが……それでも、このレベルのカードはまだ戻って来て無かったんだ」
そう、強力なカードは既に多数存在している。
英雄と呼ばれるに足るだけの、圧倒的実力者達。
それは国を焼き尽くし、海を割り、空を切り裂く程の大破壊すら起こせるような、強大な剣や魔法の使い手。
だが、しかし。
英雄は所詮、人でしかない。
人である身では、例え歴史や世界を変えられたとしても、星の在り方までは変えられない。
だが、このカードは違う。
E.V.O.L.A.ならば、星の在り方さえ変えてしまうだろう。
「フレーバーテキスト上の設定も、この世界じゃ反映されてしまうんだろ?」
そう、フレーバーテキスト上の設定まで、この世界では反映されてしまう。
それが何よりも、このカードの危険度を跳ね上げてしまっている。
断言しよう。
「コイツを一度、全力でこの世界に解き放ったら――」
この世界が、滅びる。
フレーバーテキストの設定:
施設封鎖! 施設職員に構うな! どうせ奴等は助からん!
これ以上の感染拡大を阻止しろ!!
奴等は0.1秒で倍に増える! 僅かでも漏れ出したら世界の破滅だ!!
戻って来た原因:
昴が風邪引いた→細菌・ウイルス系カード解禁




