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70.虎口を抜け、至るは死地

 連魂包縛(れんこんほうばく)呪印(じゅいん)は、砕け散った。

 その直後、この地の至る所から、人魂の如き炎が天へと昇っていく。

 実際、それは人魂なのかもしれない。

 縛り付けられていた魂が、一斉に解放され、天へ帰る。

 死に溢れた光景ではあるが。

 少しだけ、それは……綺麗だと思った。

 これでもう、死者達がこれ以上苦しむ事は無い。


 ――元凶であるレイウッドだけは、苦悶の叫びを上げているが。

 俺には分からないが、恐らく術の反動的なモノなのかもしれない。

 もしそうならば、ただの自業自得だ。

 勝手に苦しんでいろ。

 死者を弄んだ、天罰が下ったんだろうさ。

 床に倒れ込み、痙攣を起こしたかのように手足がビクビクと二度三度、暴れた後――動かなくなった。

 砂が波で削り取られていくかのように、レイウッドの身体がサラサラと、風化し、消えて逝く。


 俺をこの地に閉じ込めた元凶は、倒した。

 もしかしたら結界は別問題かもしれないが、それでもこれで、アンデッドを差し向けられて結界破壊を妨害される事も無いだろう。

 結界が解けようが解けまいが、俺はこれでここから脱出できるようになった。

 これで、この地に縛られていた命は解放される。

 レイウッドとしては"解放"されたくなかったのだろうが。


 そして"解放"されるのは――レイウッドだけに限らない。


「ありがとう、スバル。これで、父も母も――この国の人々も、救われた。皆を代表して、礼を言わせてくれ」

「……何も、救ってなんていませんよ。俺達はただ、ここから出られるように行動しただけですからね」

「お前が自分で何と言おうと。あたしからすれば、スバルはあたし達を救ってくれた英雄だよ」


 死者を縛る鎖が切れた以上。

 アンデッドであるリズリアも、また死ぬのだ。


「結局、私はスバル達の活躍を横で見ているだけだったな」

「いえ、リズリアさんは充分役に立ちましたよ」


 俺にそんなつもりは無かったんだが。

 結果的に、リズリアがレイウッドに対して人質として働いてくれたからな。

 ……こうして振り返ると、ロクでもねえ勝ち方だな。

 やっぱ俺、絶対勇者様とかじゃねえって。

 だが、リズリアを破壊出来なかったとしても、疲弊させたり一時的に追放したり手札に戻したり後衛に移動させたり――あの状況で、リズリアを無力化する手段はいくらでもあったはずだ。

 そのいくらでもある対抗手段を、一つたりとも実行出来なかったのだから、やはりレイウッドの負けだ。

 まあ仮に、リズリアが無力化されて数で押し切られそうになっても、あの盾の状況的にまだ優位は揺らがなかったと思うが……これは単純に運が良かっただけだな。

 


 復讐対象が、ようやく滅んだ。

 その事実が、リズリアの表情から険や影を取り除いてくれたようだ。

 これからリズリアは死ぬというのに、その表情は――安堵の笑みに満ちていた。


「これで、やっと――終われるんだな」


 天へと昇る、無数の魂。

 それを仰ぎ見ながら、リズリアは目を伏せた。

 リズリアの身体が、徐々に風化していく。

 先程のレイウッドと同じで、砂で出来た全身が削り取られていくように、塵となっていく。


「スバルと出会えて、本当に良かった――ありがとう」


 最後に、微笑み一つを遺し――やがて、リズリアは完全に見えなくなった。



 これで、この国の人々は救われたのだろうか?

 それは、俺には分からない。

 かつてこの地にあった国が滅んだという事実も、この国に存在していた無辜の民の死が無かった事になった訳でもない。

 何も、救われていないのかもしれない。

 だがそれでも、これで救われずとも。

 少なくともこれ以上、苦しみ続けるという事だけは無い。

 それだけは、確かなはずだ。



 リズリアの消滅を見届けた後――



 視界が、傾く。

 身体が言う事を聞かず、俺は――その場で崩れ落ちた。



―――――――――――――――――――――――



旦那様(マスター)!?」


 床に倒れ込んだ、昴の身体を起こすアルトリウス。

 昴の呼吸は荒く、全身が小刻みに震えている。


「やっべ、身体の震えが……止まんねえわ」


 意識はあるようだ。

 だが、まるで極寒の吹雪の中に放り出されたかのように、昴の身体が激しく震えていた。

 手足が小刻みに震え、歯がガチガチと音を鳴らす。

 決して暖かいとは言えない気温ではあるが、少なくともこのまま外で寝たとしても、低体温症になる程の寒さでもない。

 状況だけ見れば寒さに震えているような状態だというのに、身体は冷たくない。

 寧ろ、微妙に熱っぽい位だ。

 にも関わらず、この状態。


「これ、多分……風邪引いたかも、しれねえな」


 昴の推測は、的中していた。

 昴は、風邪を引いていた。

 そして、丁度レイウッドと戦っているタイミングで症状が表面化、徐々に悪化し――今に至る。

 レイウッドが指摘した、昴の足の震え。

 それは恐怖から来るモノでも武者震いでも何でも無く、単純に体調不良から来るモノであった。



 昴は元々、日本という綺麗な環境で育った。

 清潔な水がタダ同然で手に入り、その水で何時でも好きな時に身体を清められる。

 体調を少しでも崩せば、温かな寝床に栄養豊富な食事、酷ければ病院に行き、薬を貰う事だって出来る。

 日本で生活していた時には少なくとも一日一回は風呂に入っていたし、綺麗好きかは置いておいて、少なくとも不潔な状態ではなかった。

 清潔な環境で育った者は、劣悪な環境になると急激に弱くなる。

 普段晒されないような、様々な病原菌が周囲に存在するにも関わらず、それに対する免疫が存在しないからだ。

 この異世界(エイルファート)は、日本と比べて遥かに汚かった。


 風呂に入る事が出来ず、移動、また移動と昴の体力を消耗していく。

 しっかりと食事と睡眠を取っているとはいえ、表面的な体力が回復していても、身体の芯に溜まる、見えない疲労は別だ。

 それに加え、アンデッドという、ある意味雑菌まみれである不潔の塊と何度も接触しているのだ。

 風邪位引いても、なんらおかしくはない。

 寧ろ、引かない方がおかしい。

 昴は、健康優良児という程丈夫な身体を持っている訳では無いのだ。

 良くも悪くも、凡人。

 それが、昴という男だ。



 昴の側には、見えていないだけで、数多くのカード達が控えている。

 物理的に昴を害そうという不届き者であらば、即座に排除してみせただろう。

 ――だが、細菌やウイルスともなれば話は別だ。

 そんなものを延々と排除し続けられるような力を持つカードは、昴の手元に存在していなかった。


 自分に出来る事は、何もない。

 それを悟ったアルトリウスは、他のカード達に昴を任せて、再び姿を消した。

 アルトリウスの後を引き継ぐ、ダンタリオン。


「熱はそんなに出てないのがせめてもの救いだけど――身体の震えが止まらなくなってる。まるで痙攣してるみたい……」


 徐々に、症状が悪化していっている。

 それだけは、医学知識を持たないダンタリオンにも、すぐに理解出来た。


「ブエル! 貴女なら何とか出来るんじゃないの!?」

「……無理」


 半ば縋るように、ダンタリオンがブエルへと水を向ける。

 それに対する返答は、短く簡潔なものであった。

 普段のおちゃらけた態度は、雲散霧消。

 昴の命の危機であるこの状況で、流石のブエルもふざけている場合ではないと理解している。

 怜悧(れいり)さすら感じさせる表情で、冷静に答える。


「アタシの力は、"癒す"力であって"殺す"力じゃない。聖上(マスター)が消耗してる体力なら、回復出来る。怪我をしてるなら、治せる。でも、身体の中に入り込んだ雑菌を殺すなんて芸当は、アタシには出来ない」


 それでも、何もしないよりはマシだ。

 ブエルは昴に対し、回復魔法の使用を行う。

 だがそれは、ブエルの言う通り、体力を回復するモノ。

 決して、昴の風邪を根治させるモノでは無い。


 ダンタリオンも、自らの知識を総動員するが。

 魔法ならばともかく、風邪の治療という、どちらかと言えば科学方面に関する知識に関しては皆無。

 精々、栄養を取って温かくして寝る――そんな誰もが知っているような、当たり障りのない情報しか有していなかった。

 ましてや、ここは地球ではない、異世界なのだ。

 地球に存在しない、未知の病原体に感染していたとしたら、地球の医療技術が仮にこの場にあったとしても、治療出来ないかもしれない。

 結局、ダンタリオンにも出来る事は無い。

 ブエルに昴を任せ、ダンタリオンも身を引いた。



 ブエルの治療が続く。

 もう、この場には敵は居ない。

 だが、こんな硬い床に昴を寝かせておいては、治るものも治らない。

 場所を移動する必要があった。


「――とにかく、今は外に出ないと」

「だ、だが。たかが風邪だろう? そこまで大袈裟に騒ぐモノなのか?」


 昴を背負い、廊下を駆けるエルミア。


「たかが、じゃない。されど風邪よ」


 エルミアの口から出た、昴が居た日本でも時々耳にする、呑気な発言を切り捨てるブエル。 


「風邪は、酷ければ死に至る。医療技術が未熟なこの世界なら、猶更よ。万が一だろうが億が一だろうが。聖上(マスター)の命の危険を看過出来るような奴は、ここには一枚たりとも存在してないのよ」


 まずは、外だ。

 屋外のほうが、まだ空気は綺麗なはずだ。

 そう考え、エルミアとブエルが昴と共に、城内を駆け抜けている。


 そんな時であった。


「え? 何?」


 ブエルが、他のカード達からその言葉を受け取った。

 困惑するブエル。


 困惑した原因は――昴の下に、一枚のカードが舞い戻ったからだ。


 昴はまだ、気付いて居ない。

 そんな事に気付けるような状態ではないからだ。

 気付いたのは、精神世界に居るカード達のみ。

 そのカードが戻った事に、カード達は困惑の表情を浮かべた。

 それも、無理は無い。



 何しろ戻って来たカードは――"最悪"のカード。

 ある意味では、昴に刃を向けたモルドレッドすら鼻で笑えるような――破滅をもたらすモノ。



「そうか……これが、その"それっぽい"のトリガーになったって訳か」


 カード達が戻って来るタイミングは、そのカードと関連した事柄に昴が触れた時。

 戻って来るのが遅い早いという違いはあるが、概ねそういう事なのだと、カード達も理解していた。

 故に、(ドラゴン)は"それ"が戻って来た事に納得した。


 カード達が控える、精神世界。

 その中で、アルトリウスが"それ"に対し訊ねる。


「戻って早々悪いが、単刀直入に聞く。旦那様(マスター)が体調を崩している。その原因となっている菌を、お前なら殺せたりはしないか? 無論、旦那様(マスター)の今後の体調に一切の影響を及ぼさずに、だ」


 ――アルトリウスの言葉は、「何も見えない」場所に向けて投げ掛けられた。

 しかもその要求は、無理難題そのものだ。

 それは生物に対して要求するものではなく、薬に要求するような事柄。


「――可能」


 だが、しかし。

 何も無いはずの、その虚空。

 そこから聞こえたのは、答えのみを簡潔に提示する、何か。


「我々では、今の旦那様(マスター)を救う事が出来ない……お前に、望みを託すしかないんだ」

「承諾、行動開始。攻撃目標、保菌者(マスター)内異物。攻撃開始」


 (マスター)の状態が芳しくないのは、"それ"も理解していた。

 故に迅速に、淡々と、行動を始めた。

 最悪の兵器として生まれ、あらゆる生物を死に至らしめる――悪魔の如きカード。



「後は任せたぞ――E.V.O.L.A.(エヴォラ)



 アルトリウスの言葉が、黒い世界に残響した。

めっちゃヤベーのが戻って来た

どの位ヤベーのかは後々

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