69.終われない世界に、終わりを。
「マナゾーンにカードをセット、疲弊させ黒マナ1、白マナ1、虹マナ2を得る」
これを発動する為のコストは、もう揃った。
「さあ、行くぞ。止められるなら止めてみな」
俺が考える事は、その一つだけで良い。
カード達の勝利、それだけだ。
それ以外の全てが些末。
「黒マナ1、白マナ1、虹マナ3を使用し、呪文カード――死者蘇生の書を、発動」
それは、多色マナデッキでのみ使用可能な、全ての蘇生カードの元となったカード。
全ての色のマナを各種1つずつ、計5マナを要求する。
足りない部分だけを虹マナで補い、それを行使する。
「墓地に眠るユニット1体を選択し、復活させる。甦れ――アルトリウス」
アルトリウスが再び、その命を再構成する。
地球でもこの世界でも有り得ぬ、死者の蘇生。
それを目の前で成した事により、さしものレイウッドも困惑の表情を浮かべた。
「確かに死んだはず……一体、どんな手品を使った?」
「大した事じゃない。一回死んで、もう一度舞い戻っただけだ。旦那様の力をもってすれば、死からの蘇生など容易い事だ。いや、それも少し違うか。旦那様の意思と、旦那様の命が健在である限り、我等に真の意味での死は存在しないからな。蘇生というよりは、撤収というべきか?」
レイウッドの疑問に対し、さも何でもないといった様子で、種明かしをするアルトリウス。
まあ、確かにな。
「……装備呪文は、ユニットがフィールドを離れる時、一緒に破壊されてしまう」
それは、装備呪文という種類が常に抱え続ける問題点。
ユニットが破壊される時、一緒にその装備も破壊される。
アルトリウスは一度破壊されているので、装備は外れており、今は何も所持していない。
――そう、装備は破壊されているのだ。
「アルトリウスの効果発動。デッキから装備呪文を1枚選択し、このユニットに装備する」
破壊されたという事は、アルトリウスに装備呪文は付いていない。
その為、もう一度そのノーコスト装備効果を発動出来る。
「死者蘇生を成すとは、流石に驚いたが……だが、似たような事は既に私も成し遂げているのでね。それに、蘇ったというのならば、また殺してやるまでだ。連魂包縛の呪印は誰にも破れん! これがある限り、私は不死身だ!!」
成る程な。
この魔法陣こそが、レイウッドの自信の源。
「それはどうかな」
だから、敢えてレイウッドに言ってやる。
「連魂包縛の呪印は、無敵じゃない」
そのカードを対象にすると、効果が無効にされた挙句破壊される。
まるでデッキコスト不要のアルトリウスだ。
確かに、厄介極まりない。
だがそれはつまり、アルトリウスの弱点がそっくりそのまま突き刺さるって事だ。
アルトリウス使いの俺が、その弱点を、知らないとでも思っているのか?
「アルトリウスの効果で、デッキから、退魔の剣をアルトリウスに装備」
アルトリウスの手に、青白い光を宿した一振りの剣が滑り込んだ。
退魔の剣。
これこそが、銀の銃弾によってデッキに仕込まれた、殺す為の致命的な猛毒。
連魂包縛の呪印を破る、鬼札。
それを引く手段は、何も素引きに限らない。
手元に手繰り寄せるサーチカードも有効、だ。
退魔の剣をサーチ出来るアルトリウスを復活させられる死者蘇生の書をドロー、という事だな。
たった1枚のカードをドローは、難しい。
だがデッキに眠るいくつもの候補の内の1枚をドローであらば、確率は高い。
神引きを持たぬ凡人ならば、構築で迫るのみ。
漫画のような、ゲームのような、アニメのような。
奇跡的な逆転劇を起こせるような、磨き上げられた構築。
そこに辿り着けるよう、盤面状況をコントロールするプレイング。
それが俺の、カードゲームに対する信条。
アルトリウスは俺の信頼する最高のカードだ。
戦闘にも、カード効果除去にも、ある程度耐性がある。
だがそんなアルトリウスにも、当然ながら弱点はある。
人がそうであるように、完全無欠、無敵のカードなど、存在しないのだから。
アルトリウスの弱点――その一つが、効果の発動には常にデッキを要求される事。
デッキを墓地に送れなければ、効果発動が許されない。
攻撃や効果を防ぐ度に10枚ものカードが消えるので、飽和攻撃には無力。
そして、もう一つ。
――アルトリウスは、対象を指定しない効果には一切対処出来ないという事だ。
「この剣なら、届くぞ」
アルトリウスは、俺の声に答えるように、無言で剣を構えた。
「退魔の剣の第二効果発動。装備ユニットのアルトリウスを疲弊させる」
この効果を発動させる為に、アルトリウスの攻撃権利は放棄する。
「――フィールド上に存在する、"全て"の呪文を破壊する」
"対象を指定"とは、~を選択する。と、テキストで「選択」のテキストが用いられている効果の事だ。
この効果は特定のカードを対象にしている為、アルトリウスが選択されれば当然ながらその効果起動トリガーを踏む事になる。
だが、退魔の剣のようなテキストなら話は別だ。
このカードテキストには、枚数が記載されていない。
当然だ、全て破壊するのだから。
1枚でも5枚でも10枚でも。
フィールドに存在するなら、その呪文を全て粉砕する。
今までとは違う、明確な勝ち筋。
それはもう、俺の手に舞い込み――引き金を絞った。
連魂包縛の呪印を破るに足るだけの、破壊力。
アルトリウスの剣が、閃く。
その風切り音は、レイウッドにとっては死の足音に等しい。
久しく感じていなかったであろう、死の気配を感じ取ったのか。
「やめ――」
レイウッドがそれを止めようと行動しようとしたが、間に合わない。
そもそも、意識は残っていても、今は俺のターンだ。
速攻分類の効果であらば話は別だが、通常の行動は、封じられる。
止められる効果も、無い。
「「安らぎ無き亡都に、安らかな眠りを」」
俺とアルトリウスの言葉が、示し合わせた訳でも無いのに、重なった。
――斬魔一閃!
床に向けアルトリウスが、虚空を斬る、剣閃を放つ。
命を斬らず。
物を斬らず。
魔を斬る、一閃。
斬るべきモノだけを斬る、剣の極致。
その閃きが走り――
退魔の剣が、砕け散った。
それを見て、レイウッドはほくそ笑んだ。
「ク、ハハ……ハハハハハハ!! どうやらその剣でも、届かないようだな! 当然だ、この私が構築した、完璧なる術式が貴様のような――」
「言ったはずだ。フィールド上に存在する全ての"呪文"を破壊すると」
退魔の剣は、砕け散った。
だが、アルトリウスは未だそこに健在。
先程のターンの挙動と、明らかに違う。
連魂包縛の呪印の耐性に引っ掛かったなら、先程の破滅的な闇の波動がまた襲い掛かるはずだ。
それが無い、という事は――
地鳴りのような、不気味な振動が城に走る。
足元が、揺れる。
「退魔の剣は装備呪文であり、フィールドに存在する呪文としても扱われる。敵味方問わず、全ての呪文を破壊する。この剣の第二効果は初めから自壊上等の一発限りだ、この剣だけが砕けたって事は――」
足元に存在する、それに目を落とす。
――連魂包縛の呪印に、亀裂が生じる。
「"斬った"ぞ」
それを見て、確信し、断言した。
微妙なバランスで保たれていた術式にとって、それは致命傷であった。
連鎖的に崩壊し、光を失い――砕けて散っていく。
レイウッドを倒せないのであらば、レイウッドに力を与える呪文を破壊する。
その呪文を破ろうとして、一度はその耐性に阻まれた。
だがそれでも、強固な防壁を擦り抜け。
それを、成し遂げた。
――ここで、まだ見ぬ連魂包縛の呪印のテキストが出現する。
嫌なタイミングで現れたテキストに、身構える。
しかし、テキストを最後まで読み終え――
響き渡る断末魔。
それは今までのモノとは違う、ただ一人の男――レイウッドが上げたモノ。
連魂包縛の呪印の第三効果が発動したのだ。
「見えない最後は……デメリット記述欄だったか」
俺は、腕を下ろした。
3:【強制】【条件】このカードがフィールドを離れる時
【効果】フィールドのアンデッド族ユニットを全て墓地へ送る
それは、レイウッドにとって致命傷のデメリット効果であった。
命を強引に現世へと縛り続ける、邪法。
それによりレイウッドは、強引にその命を繋いできた。
何百年間も、ずっと。
だが、命を繋ぐ術式は破壊された。
縛る鎖が消えた以上、その命はあるべき形へと戻っていく。
即ち、死だ。
連魂包縛の呪印がフィールドを離れる時、フィールドに存在する全てのアンデッド族ユニットは墓地へと送られる。
無数とも思えた不死者の群れも、土くれが早回しで風化するかのように崩落し、その姿を消していく。
全てのアンデッドに等しく訪れる、静寂。
「レイウッド」
胸を掻き毟るようにして、地に転がったレイウッドを見下ろす。
その表情には、今までのような余裕の表情は存在していない。
苦痛に満ち、およそ人間の放つ声とは思えぬ程の絶叫。
「お前は強かったよ」
カード達と比較しても、なんら遜色無いその実力。
邪神の欠片をも単身で葬れると断言出来る、その力。
それは英雄と呼ばれるに足るだけの、強さ。
「しかし間違った強さだった」
俺のこの声が、聞こえてるのかどうかは知らないが。
歩んだ道が違えば。
きっと人々に慕われるような、そんな道があったかもしれない。
終われない世界に、終わりが訪れる。
決着。
対象を指定するしないは大きな違いなのだよ。(K○NAMI感)




