64.レイウッド・リインカーネル
「ようこそ、侵入者諸君。ここまで踏み込まれたのはこの2、300年の中でも君達が初めてだよ」
本当に居たよ。
乾いた手拍子が、三度打ち鳴らされた。
これアレだ、相手をある程度称えはするが、尚も余裕しゃくしゃくな状態の人がやる奴だ。
レイウッドなる人物を見付けたのは、四階にあった、見るからに玉座です、という場所であった。
玉座に腰掛け、その背後には何やら見慣れない生物を模った巨大な幕が掲げられている。
あれは、国旗とかそういう類かな?
「私が、この国の王――レイウッド・リインカーネルだ」
「レイウッド……ッ!」
憎々しさを滲ませた、リズリアの声色。
どうやらこの人物がレイウッドなる人物で間違いないようだ。
アレは多分、軍服的な感じかな?
ショートヘアの金髪、そして赤い瞳。
やや鋭さを感じはするが、その顔立ちは充分整っている類に入る。
少なくとも、俺なんぞよりよっぽど異性にモテるだろう。
片手には杖を所持しており、あれで魔法とかそういうのを使うのだろうと察せられる。
バエルっぽい感じの戦闘スタイルなのかな?
リズリアが、大腿に所持していたナイフを構えた。
戦闘態勢万全である。
ちょっと、そういうの抑えて貰って良いですか?
「侵入? え、いや、侵入なんてしてる気は無いんです。何か、気付いたら出られなくなっちゃってて。しかも何か、アンデッドモンスターがわらわら湧いてくるし、無我夢中で逃げてたら、何だかこんな事に」
建前建前。
本当、どうしてこんな事に。
急に外に出られなくなるし、ほとほと困る。
変な怪物もワラワラと湧いてくるし、恐ろしくてしょうがない。
「あの、何か結界みたいなのがあって、ここから外に出られなくなっちゃったんですよ。レイウッドさん、というのですか? 何か、出る方法を知りませんか?」
レイウッドに対し、訪ねる。
返答は、無い。
無言である。
リズリアも、俺の事を何とも言えない目で見ていた。
「あ、済みません。自己紹介が遅れました、私、昴という者です。つきましては、ここからの出方を教えて頂けないかと思いまして、ここまで来た所存です。決して、不法侵入したくてした訳ではないんです。一応、門の所で呼び掛けたのですが、返事が無かったのと、急にアンデッドの大群が向かって来たのもあって、緊急避難的に逃げ込んでしまいました。土足で踏み入ってすみません」
ペコペコと頭を下げ、下手に出る。
こっちがお願いする側の立場だからね。
平身低頭の所存である。
閃く雷撃、瞬く閃光。
俺が頭を下げている一瞬の間に繰り広げられた攻防。
互いに杖を前に突き出した状態で対峙する、バエルとレイウッド。
「――何処から現れた」
「答える気は無い」
レイウッドの質問に対し、俺を背に隠しながら、バエルはそう返した。
小さく舌打ちするレイウッド。
どうやらレイウッドは不意打ちを仕掛けてきたようだ。
だが、その不意打ちもバエルによって阻止された。
気付いたら全部終わってたんだが、多分状況証拠的に、そういう事なんだろう。
「……何を企んでいるのかは知らんが、貴様等を生かして帰す気など無い」
「だろうね。何となく、こうなるとは思ってたよ」
こっちに明確に敵意を向けてくるなら、もう建前は崩壊した。
言い訳は、必要無いだろう。
そう考え、俺はそう口にした。
「この国の維持には、魔力が必要なのでな。お前達も、私とリズリアの世界の礎となって貰おう」
「勝手な事を! そんな事を誰がやってくれと頼んだ! 貴様のやっている事は、世界に対する冒涜だ!!」
「冒涜だと? それは一体、誰が決めたルールだ? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、この世界に居る誰にも決められんよ。それこそ、リズリアの両親とやらが言い聞かせた、下らない固定観念の類に過ぎんのではないか?」
「何だと――!!」
憤慨するリズリア。
御高説を披露するレイウッド。
その言葉を受け、更にヒートアップしていくリズリア。
……うーん。
何だか、俺が話から置いてけぼりを食らってる感が否めない。
リズリアの話を聞くに、目の前のレイウッドという男はリズリアにとって怨敵とでも言うべき相手なのだろう。
だが俺は、たまたま迷い込んで、出して貰えないだけだ。
どうしてもこう、やる気という薪に着火する感じがしない。
熱量の差というものを、ひしひしと感じている。
……穏便に済ませてくれるなら、それでも良いかとは思ったけど。
済まないというなら、そういう方向に舵を切るまでだ。
「ああ、それから一つ聞いて良いですか? リズリアさんの話によると、貴方がこの国を滅ぼした張本人だと聞いたのだけれども。何か言い分はありますか? リズリアさんとレイウッドさん、そのどちらの言い分が正しいのか、ちゃんと知っておきたいので」
ダンタリオンが出現したのを確認し、レイウッドに対し質問を投げ掛ける。
「――無言は肯定とみなします。『貴方がこの国を滅ぼしたのですか?』」
ダンタリオンが、レイウッドに対し"質問"した。
後は、ダンタリオンの能力でレイウッドの真意を探るだけだ。
「国が滅んだ? 何を馬鹿な。この国は滅んでなど居ない。王たる私と、妃たるリズリアが居るのだからな」
「ふざけるな! 私の御父様と御母様を殺したお前が、何を言う!!」
「見解の相違だな。殺してなどいないさ、礎となっただけだ。私とリズリアが居る限り、この国は不滅だ」
何か、リズリアとレイウッドの会話が噛み合ってないな。
さて、どうしたものかと考えていた所。
「……主人」
ちょいちょいと、腕を引いてダンタリオンが耳打ちする。
「――あのレイウッドって男。真偽が、読めない」
そう、ダンタリオンが告げた。
人の嘘を容易く看破してしまう、ダンタリオンの能力。
それはこの世界に来てから、どんな人の心も読み取り、暴いてしまっていたが――
「分からない、か」
「あの男、弱くない。少なくとも、私に心を読ませない程度には、魔法をかく乱する力があるのは確か」
そういえば以前、ダンタリオンの心を読み取り、気持ちを書き換えてしまう能力は、自分より格下にしか通用しないとか言ってたっけか。
つまりレイウッドという男は、ダンタリオンと同格か、それ以上の力を有しているという事になる。
「――乙女心というのは、理解し難いな。永遠の美という、至上命題を達成したというのに何が不満なのだ?」
「誰がそんなモノが欲しいと言った! 貴様はただ、私から死を奪っただけだ!!」
「フフフ……リズリア、お前を力で屈服させるのは簡単だ。だが、力尽くで身体を奪った所で、お前の心は決して手に入らないだろう。しかし、女心と秋の空という言葉もある。私を拒む心も、いずれ変わる日も来るだろう。何、いくらでも待つさ。私達には、『永遠』の時間があるのだから」
ダンタリオンと話している間も、リズリアとレイウッドの言葉のドッジボールは続く。
うん、キャッチボールじゃなくてドッジボールだ。
互いに自分の言い分を、相手に叩き付けているようにしか見えない。
話が平行線で、先に進まない。
「あの、リズリアさんが嫌がってるようにしか俺には見えないんですけど。そこは、どうお考えなのですか?」
「私を困らせようと、わがままを言っているだけさ。男の気を引く為に、わがままを口にするのは女の良くある行動の一つだ」
なので、仲裁するように割って入る。
柔らかーく、受け止めやすいように、キャッチボールを試みる。
「というか、どうしてそこまでリズリアさんに固執するのですか? ここまで拒絶してるのですから、リズリアさんは諦めた方が良いのではありませんか?」
「……ほう、成程な。リズリア、お前も罪作りな女だな。この私が居るというのに、このような男を誑し込んで」
あ、駄目だ。
俺が放ったボールを叩き落しやがった。
リズリアだけじゃなくて俺とも話が通じないタイプだ。
何がほう、だ。
お前は一体俺の心中の何を察してそんな話題に繋げたんだ。
「私の妻となる女に粉を掛けてくる悪い虫は、磨り潰すに限る。それに理由など必要あるまい」
「貴様の妻になど……誰がなるか……ッ!!」
……んー、というか。
なんかこういうの、ネットの何処かで類似例を見た気がするんだよな……
何だったっけか?
「リズリア、お前は私の妻となるべく生まれたのだ。そして、お前には既にこの世の女全てが欲しがるであろう、永遠の若さを与えたやったのだ。一体、何が不満だと言うのだ?」
…………欲しくも無いモノを押し付けて、これでご機嫌を取ったと意気揚々。
自信満々で、自分の言い分は全て相手が喜んで受け取ってくれる、そう思っている。
相手が嫌がっている事に、気付かない。
「ああ、思い出した。これ、家庭板でよく見る奴じゃないか」
そこまでの会話とは何の脈絡も無い、俺の独り言によって静まり返る室内。
そうだ、某鬼女まとめで見たんだった。
何かこの光景、凄い既視感があったんだが、そうかそういう事か。
「お前は、リズリアさんの事を、自分を飾り立てる為のアクセサリーとしか見ていない。リズリアさんという個人ではなく、自らに箔を付ける、自分好みで美人の伴侶を欲しているだけだ」
この話の噛み合わなさ。
男と女の温度差が、勘違い男と被害女性のパターンに酷似してる。
異世界ともなれば、地球とは文化も何もかも違うんだろう。
でも、男女の関係なんてものは人間の心を持っている限り、そんなに大きくは違わないだろう。
「だから、自分の飾りでしかない存在が、意を唱えた事が不愉快で仕方ないんだ。リズリアさんが欲しい、それが叶わずに駄々をこね――」
そして、癇癪を起こした。
この国にとって不幸だったのは、こんな子供のわがまま、凶行に走ったのが英雄並みの力と知識の持ち主だった事だ。
多分、レイウッドの癪に障るような事を誰かが言って、それに対し癇癪を起してこんな空間を生み出した。
そして、自らの惚れたリズリアという女に対し、欲しがりもしないプレゼントを贈って好感度を稼いだと思い込んでいる。
本気で嫌がっているのにも気付かず、わがままを言って気を引いているだけだと。
だがそれでいて、逃げられてしまうのではないかと内心不安で、リズリアをこの空間に閉じ込め、物理的に逃げられないようにしている。
好感度を稼いでいるつもりでいるのに、逃げられると思っている。
この矛盾を孕んだ行動も、家庭板でよく見たなあ。
こういう展開だったとすれば、リズリアの証言と矛盾しない。
レイウッドの真意をダンタリオンが読めないようだが、リズリアに関しては問題無く読み取れている。
これで、裏は取れたんじゃないかな?
「子供のわがままだと」
「ああ、そうだ。それだけの力があったならば。後は、節度と弁える心さえあれば、英雄として後世に語られる男になったただろうに」
そもそも、エトランゼに登場するユニットはどいつもこいつも規格外の連中ばかりだ。
ダンタリオンもその一人だし、そのダンタリオンの力を拒絶出来ている時点で、只者ではない事はとっくに確定している。
「地位も名声も金も、いくらでも手に入れられただろうに」
――そのわがままで、全てを失った。
「何か、間違ってるか?」
「貴様のような若造が! 知ったような口を利くな!!」
逆鱗にでも触れたのだろうか?
レイウッドの杖の先端から、光が迸る。
その魔法攻撃を、俺には避ける術も防ぐ術も無い。
そんな超絶技能なんて、俺には無いからな。
「ハッ! 盟約主に図星を突かれて痛がっているようにしか見えんぞ!! 言い返せなくて暴力に走るなど! 正に盟約主の言う、子供のわがままではないか!!」
だが、カード達には有る。
バエルがその攻撃を、自らの魔法で相殺してみせる。
「直情的な攻撃だな。そんなモノが盟約主とこの我に届くと思うなよ?」
俺を背に庇っているので、バエルの表情は見えない。
でも多分、声色的に愉快な笑みを浮かべてそうだなぁ。
「……30才って、若造なのか? まあ、精神的なモノを言ったら、まだ若造なのかもしれないな」
よく、若く見られたい若く見られたいと、若さに憧れを持つ人が居るけれど。
若いというのにも種類がある。
若いは若いでも、クソガキは駄目だ。
多分レイウッドは、精神年齢が若いままなのだ。
何百年も経て、今も尚。
「だが、少なくともお前よりは老獪なつもりではあるぞ? 無駄に歳を積み重ねた挙句、口では無く、手を出したお前と比べれば、な」
今の日本は、年齢だけ大人な子供が多過ぎる。
カードゲームは、一人では出来ないゲームだ。
それ故に、他者と顔を合わせる機会もとても多い。
大抵は普通なのだが、時折とんでもないクソガキと出くわす事もある。
そんなのは日本だけなのかと思いきや――まさか、異世界に来てまでこんな奴に出くわす事になるとはな。
「そんな稚拙な考えしか持たないような奴に――」
左腕のデッキに目を落とす。
自らが人生を賭した、最も愛したカード達が、そこにある。
彼等彼女等の力を結集させたならば。
「カード達が負ける道理など、ありはしない」
再度、レイウッドに向き直る。
「やるか! 盟約主!」
「リズリアさんの勘違いでも無いっぽいし、俺達の事殺そうとしてるし、倒さないと出られないって言うなら、もうやるしかないだろ」
「ふぅん! 盟約主と我の力があれば、この程度の男、雑魚も雑魚だ!」
「いや、バエルは今回使わないから」
「何だと!?!?」
このやりとり、前もやっただろうが。
「――交戦」
昴は○ちゃんねるまとめ民のようだ。




