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5.聖騎士国 フィルヘイム

 揺れた。めっちゃ揺れた。ちょっとだけ酔った。

 俺は酔ったのだが、エルミアはそうでも無さそうだ。

 フェンリル程の体格が、馬車を口に咥えて遠慮なしに走ったらもっと酷い事になってそうなのは想像が付くから、これでも配慮して走ってくれたのだろう。

 少し酔ったが、それでもフェンリルのお陰で長距離を一気に走り抜ける事が出来た。

 同乗していたエルミアとは、移動時間を利用して少しばかり話をした。

 俺とエルミアに襲い掛かった怪物の名は、邪神の欠片と言うらしい。

 魔物とはまた違う、この世界に住まうありとあらゆる生命に害成す世界の敵なる存在との事だ。

 強力なモノともなれば亡国にすら繋がる程の存在だという事で、エルミアがこの辺境まで足を運んだのも邪神の欠片討伐が目的だったとの事だ。


 車中で聞いたのだがエルミアの話によると、彼女が来た場所から俺が居た場所までは馬で2日弱程度の距離らしい。

 馬と狼なら、狼の方が早かったはず。その速度を保てる時間というのはあるが、少なくとも丸一日近く走り続けたにも関わらず、フェンリルのスタミナは切れる事は無かったようだ。

 しかも、フェンリルは普通の狼と比べて単純に体がデカい。もし通常の狼と同様に体を動かせるのであらば、体格の違いで更に数倍の速度が出せるはずだ。

 仮に速度が通常の狼の2倍だとしたら、時速100キロ以上は出ている。

 うええ、何だそれ生物の出す速度かよオイ。あ、でも確かマグロって時速80キロ位出るんじゃなかったか? そう考えるとそんなに無茶苦茶な速度でも無いのか。

 いや待て。大きさがどう考えても2倍というレベルではないのだから、これは滅茶苦茶低く見積もった数字なのだ。

 フェンリルは恐らくセーブして走ってるはずだから、本気なら体格の差もあってもっと出るはず。やっぱり生物の速度じゃねえわ。

 だからこそ、馬で日を跨ぐ距離を一気に移動出来たという訳か。

 エルミアの提案で、俺とエルミアは彼女の来た都市から少し離れた場所でフェンリルでの移動を終了する事にした。

 こんな巨大な狼が来たら、衛兵達が警戒してしまうからその配慮の為らしい。

 まぁそうだよな。こんな巨大な狼が突っ込んできたら誰だってビビるわ。

 質量と速度的に、ゾウが電車並みの速度で近付いて来るようなモノだ。怖いわ。


 馬車を口からゆっくりと地面へ降ろし、フェンリルは再び姿を消した。

 馬車から降りると、ずっと姿を消していたリッピが俺の頭上に止まった。

 微妙に重いし、爪が少し痛い。

 持って行く手段が無いので当然だが、この涎濡れの馬車はここに置いて行く事になった。

 街道から少し外れた林間を抜け、街道と思わしき開けた石畳の道へと辿り着く。

 開けた道に出た事で、エルミアが来たという都市の姿がその目に飛び込んでくる。


 第一印象は、洋上に浮かぶ大都市。

 大陸をそこだけ弧を描くように、半月型に切り取ったかのような形状をしている。

 小島のようにも思えるその土地からは幾つもの建物が生えており、太陽の光を受けて白く輝いていた。

 都市からは大陸部であるこちらへ向けて何本かの橋が掛けられており、あの橋を通って街中へと出入りするのだろうと察せられる。

 水に隔てられているので、万が一攻められても橋を落とせばそれだけで篭城も出来る、防衛にも便利な地形をしている。

 だが、こんな形状が自然に出来るとは考え難い。弧が綺麗過ぎるしな。

 外海と通じているが、恐らくこれは堀。つまり人の手で作られたモノなのだろう。

 遠目ながらも、その規模の大きさには圧倒される。大陸の一部を切り離したとも言えるような、これ程の堀を作るのに一体どれだけの年月が掛かったのだろうか。

 海洋から吹き付ける、清涼な潮風のお陰で酔いが多少はマシになった。


「見えて来たな。あそこが私の生まれ育った場所――聖騎士国 フィルヘイムの首都、キャメロットだ」


 俺の後ろからやって来たエルミアが、自分の故郷だというその地名を告げた。

 キャメロット、ね。その地名に騎士の国、それはもしかして意図的なのだろうか?

 凄く聞き覚えのある地名なんですが。


「あそこに行くんですよね? なら行きましょうか」


 これ以上はもうフェンリルの移動速度に任せて移動する訳にも行かない。

 ここからは徒歩になる訳だが、何時までもここの光景に見蕩れて足を止めていたら夜になってしまう。

 現代人の俺が野宿に耐えられるとは考えていない。ちゃんとした寝床で寝なければならないと考えよう。

 だったら夜の時点で必ず文明のある場所に居なければならない。

 まだまだ日の高さ的に余裕はあるが、余裕だと高を括っていたら日が沈んでしまう程度には微妙に日が傾いている。

 エルミアと、あと頭の上に止まってるリッピと一緒に。

 この世界の文明圏である場所へ向けて歩き出すのであった。



―――――――――――――――――――――――



「止まれ!」


 首都キャメロットへと通じる橋、その一つへと辿り着いた所で呼び止められ、その足を止める。

 声を掛けた人物は、当然ながら鎧を着込んだ一目で兵士だと分かる出で立ちをしていた。

 俺の居た現代でも国境や国の入り口には監視の目が付いているのだから、この国にも当然あってしかるべきだ。

 日本だと周囲が全て天然の国境線となる外洋で囲まれているせいで国境っていう概念がイマイチイメージし難いが、ともかくそういう事だ。


「第2陸軍所属のエルミア・フォン・フィルヘイムだ! 急ぎ駐屯地へ向かいたい、馬を手配して欲しい」

 

 凛とした力強く、良く通る声でエルミアが衛兵の一人と会話を始める。

 その際、エルミアのフルネームを聞く事が出来た。

 ……ん? フォン?

 確かフォンって貴族とかが使う冠的な意味合いがあるんじゃなかったか? うろ覚えだけど。

 で、エルミアが名で姓に当たる部分がフィルヘイム、と。

 フィルヘイムという国で、貴族で、姓がフィルヘイム、ね。

 ふーん。


「エルミア様!? 姫殿下が何故護衛も付けずにこのような場所に!?」


 ……姫って言っちゃったよ。

 明言されてしまった以上、やっぱりそういう事なのか。


「説明は後だ。それから出来れば馬車が良い。スバル殿も同乗して貰いたいが構わないか?」

「えっ?」


 まぁ、良いか。

 流されるのも悪くないと決めた後だしな。

 どうせ夢なら、気にするだけ無駄だろう。


「そうですね、では同乗させて頂きます」


 十分かそこらか、しばしその場で待っていると橋の向こう側から馬車が蹄の音と共にやってくる。

 馬車を反転させ、エルミア姫と一緒に同乗し、彼女の目的地へと共に向かう。



 車窓から外を覗く。

 橋を渡り終え、街中へと入った事でその姿を間近で確認出来る。

 レンガ造りの家屋だったり、漆喰で固められたであろう白い外壁の家屋だったり。

 河川か運河かは分からないが、水が引き込まれた広場は多くの人々で賑わっており、この街の活気の熱が窓越しにここまで届いてくるようだ。

 古き良き欧州っぽい雰囲気を感じる。生憎、現代日本人なので良く知らないから何となくなイメージだけど。

 とはいえ本当の中世みたく街中糞尿まみれで異臭がするとかそういう訳ではないようで、何らかの処理機構が存在するのだろう。


「綺麗な街並みだろう?」


 車窓から視線を外し、エルミア姫の方へと顔を向ける。


「そうですね、とても綺麗です」

「先代の勇者様がこの地に降り立ち、数多の繁栄をもたらしてくれた結果だ。私は、私の大切な思い出のあるこの地を守りたい。だから、邪神の欠片を倒してくれたスバル殿には本当に感謝しています」

「感謝も何も、頑張ったのはエルミア様と頭の上のリッピですよ」

「……様?」


 浮かぬ顔を浮かべるエルミア姫。


「先程衛兵と話していた時に気付きました。知らぬとはいえ失礼しました、姫殿下」


 俺はエルミア姫に対し深々と頭を下げる。急に頭が動いた事でリッピが小さく羽ばたく。

 別段言葉遣いは失礼な態度だったとは思わないが、流石に姫様を相手にさん付けは馴れ馴れしいも程が有る。

 この国の国民ならまだギリギリ理解出来る範囲かもしれないが、俺は余所者な訳だし。

 女王陛下とか教皇とか天皇陛下とか、自国民でもない奴が馴れ馴れしい口調で話し掛けてたら国民がキレてもおかしくない。


「頭を下げる必要なんて無い! スバル殿は命の恩人なのだ、今まで通り呼んでくれればそれで構わない」

「そうは申しますが、衆目もありますし」

「なら、二人きりの時位は普段通りにしてくれ。様付けで呼ばれるのは正直、息苦しいんだ」


 困ったように笑顔を浮かべるエルミア姫。

 恐らく、庶民的なお姫様なのだろう。

 何しろ姫という立場なはずなのに、軍に所属しているのだから。

 いや、貴族が箔付け目的で軍の指揮を取るのは別段不思議でも何でもないが、そういうのは指揮官という立場に座るのが普通であって、先日のように槍を手にして邪神の欠片とやらに立ち向かうような役目では無いだろう。

 指揮官でも護身用の剣や銃位は持つかもしれないが、槍は流石に持たないだろう。

 槍は完全に前線で突っ込む目的での運用しか考えられないし、護身目的にしては邪魔になり過ぎる。


「姫様がそう仰るのであらば、そうさせて頂きます」


 目上の人物がそうしろと言うのなら、そうした方が良いのだろう。別に理不尽な命令でも無いし。

 再び無言になった車内から目を逸らし、再び車窓に視線を向ける。

 確かエルミア姫は駐屯地に向かうと言っていたか。

 そこに辿り着くまで、俺はしばしこのフィルヘイムという国を車窓越しに眺めるのであった。

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