55.大海原を走る
事前に準備を整え、一泊して日を明かした後の早朝。
太陽が大海原に光を差し始めた頃に、ツェントゥルムを発つ。
ロケットペンギンの存在を確認した後、俺は……まあ実際に交渉行ったのはエルミアなんだが、ツェントゥルムで一艘の船を購入した。
全長は3メートル程度の小舟であり、帆も無い。
作られてから比較的新しい部類のモノだが、浅瀬に出るのが精一杯な小舟なので、そこまで値は張らなかった。
「おお!? おおおぉぉぉ!! おほほほほほ!?」
ロケットペンギンにロープを引っ掛け、そのロープで小舟を引っ張ってもらう。
外付けロケット推進力で一気に大海原を進む魂胆である。
船の上でなら自由に動いてて良いので、エコノミークラス症候群も回避だ。
操舵役は、エルミアである。
ロケットペンギンは、背中にロケット推進力を背負っているのだが、出力調整は効かない。
ただただ、真っ直ぐに突き進むだけなので、曲がったりするのであらば操舵役は必須である。
こんなジェットスキーもどきみたいな代物を乗りこなせる可能性がある体幹バランスの持ち主など、乗馬の経験を持っているビリー、それとエルミア位だろう。
他のカードは皆、知識が皆無だったりマナコストの都合で出られなかったりしているので、少しでもそれっぽい知識やバランス感覚を持っている者にやらせた方がマシである。
俺がやるのは論外だしな。
エルミアとビリーのどっちにするかは、コイントスで決めた。
結果、エルミアがコイントスの勝者となったので、今に至るという訳だ。
無論、エルミアが駄目だったらビリーと変わって貰う予定だったが、問題無さそうなので現状維持だ。
こんな小舟で沖に出るなんて本来自殺行為なのだろうが、カード達によるリカバリーも有ると考えれば無謀でも何でもない。
ダンタリオンに抱えられたまま海上を移動するよりは、この方が体勢的に楽だ。
最悪、途中で船も海上で放棄して残りの距離はダンタリオンの飛行で移動するという手段も取れる。
ずっとそのままの体勢で、というのが辛いだけなので、途中からであらばまだ耐えられるだろう。
「ほぉう! うほおおぉぉぉ!?」
……さっきから、全く意味のない言葉の羅列が続くエルミア。
未知の感覚に戸惑っているのだろうか?
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ! 何だか、凄いな! うん! 凄いぞ!」
大丈夫なようだ。
まあ今の所、波に煽られて転倒する事も無く来ているし、大丈夫なんだろう。
空を見る。
エルミア、ロケットペンギンの他、空からの監視役としてダンタリオンが空を飛行し、先行している。
海生の魔物や、波の大きい場所を逐一報告し、その場所を避けるようにダンタリオンが指示を飛ばしていた。
乗ってるのが小舟なので、デカい波が来たら流石に転覆不可避なので、回避するのは当然だ。
どうしても避けられない波が来た時だけは、ダンタリオンに抱えて貰って空中に退避する予定だが、それも今の所は無い。
海の魔物とやらも、ダンタリオンが警戒し回避するようにしている事もあり、出てくる気配も感じられない。
実に順調だ。
空も青いし、雲一つない。
海の天気は変わりやすいとは言うが、ここまで綺麗に晴れ渡っていれば、対岸であるグランエクバークに到着するまでは天気は保たれるだろう。
天気が変わるなら、近くに暗雲位は現れるだろうしな。
周囲に何も無いなら、天気も荒れようがない。
このまま、何事も無く向こう岸に着きたい所だ。
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――夕日が、眩しい。
「着いた……」
着岸し、砂浜の地面を踏み締める。
そのまま、膝から崩れ落ち、両手を砂に埋めながら項垂れる。
「ちょっと、休憩……していいか……?」
「……酔ったんだね、主人」
船になんて、ロクに乗った経験無かったからな……
船酔いした……込み上げる吐き気を必死に堪える。
まあロクに食ってないから、吐くようなモノは胃に残って無いのだが、辛いもんは辛い。
「キモいのキモいの飛んでけぇ~(*ノ・ω・)ノトリャー」
あ、何かめっちゃ楽になった。
さっきまであったはずの吐き気は影も形も無い。
「そうか、船酔いは何とか出来るんだな。まあ、怪我も治す位だし不思議でも何でも無いか」
「ふふ~ん! えるえるってば尽くす健気な女の子だからね( ー`дー´)キリッ」
「ありがとう、ぶ……えるえる」
咄嗟に訂正しながら、迫力のある笑顔で迫られる事態を回避する。
胸を張って自信満々に述べるブエル。
でもさっきの適当な感じで治療するのは何か……まあいいや、治ったならそれで良いか。
細かい事は抜きだ。
海上で夜になる事を避ける為、リレイベルとグランエクバークの間で一番海が狭い区間から、早朝にスタート。
そういった小細工の甲斐有り、無事日没前に到着する事は出来た。
当然だが、別にグランエクバーク領に入ったからといって何かある訳でも無い。
港に入った訳でもないので、人の往来も無いし、周囲に人の集落がある訳でも無い。
伝本の蔵書庫があるので、野宿にならなくて済むから集落が無くても問題はないか。
魔物なんかが怖いが、それはカード達が何とかしてくれるだろう。
他人任せだが、実際カード達に任せないとどうしようも無いからな。
何処まで行っても、手を貸してくれるならどうとでもなる、駄目だというなら、はいそれまでよ、だ。
「で、ここから首都のロンダーヴって場所を目指すんだよな?」
「そうですね。コの字型の地形をしてるので、真っ直ぐ行くならまた海を渡る必要がありますけど、今回はそんなに距離が無いですから私が抱えて飛んでも良いですよ? 主人を間近で感じられますし、その方が私も嬉しいです」
またお姫様抱っこで移動か……
最初のフェンリルに咥えられての移動といい、今回のロケットペンギン頼みの海上移動といい、ダンタリオンのお姫様抱っこ移動といい。
もう少し、こう、まともな移動手段が欲しい。
自分の足で歩くのは、遅すぎて論外だし……
自動車とまでは言わないが、せめて、馬車的な移動手段は無いのだろうか?
無いんだろうなぁ……そういうカードが見当たらないし。
「でもどっちにしろ、今日はもうここで一晩明かすしかないな。夜に動くのは危険だろうし」
日没前に到着は出来たが、もう水平線の向こうに太陽が沈もうとしている。
夕日が大海原を茜色に染め上げており、もう夜が間近である事を物語っていた。
伝本の蔵書庫を発動し、インペリアルガードが室内の大掃除を始める。
その掃除が済んだ後、今日一日の移動の疲れを取るべく、蔵書庫の中で休息するのであった
―――――――――――――――――――――――
「――よぉ、相棒。ちょっと良いか?」
さて、そろそろ就寝するかといった所で、半裸の大男――シャックスが姿を現す。
白い歯をキラリと輝かせつつ、笑みを浮かべていた。
「シャックスか。どうした?」
「実はよぉ、良い機会だし相棒と交渉したい事があってな」
交渉?
「俺は相棒の頼みなら喜んで聞くが、タダで使われるってのは正直良い気がしないってのも確かだ。タダ働きってのは、良くないと思わないか? 相棒の居た世界でも、やりがい搾取とか社畜とか良く言うじゃねえか。やりがい出させたいなら、相応な報酬が必要だろう?」
「……何か対価を寄越せって事か?」
「そういう事」
今まで散々、カード達の好意に甘えてばかりだったからなぁ。
そうでなければ、生きていけないのだから不可抗力ではあるが。
確かに、俺に払えるモノであらば払うべきだろう。
「既に相棒も知ってる通り、俺達カードはその魂をカードに宿しているが故に、こうして実体化した肉体がどれだけ拷問に遭おうが跡形も無く消し飛ぼうが、相棒とカードさえ無事ならすぐに元通りだ。だがな、殴られたり斬られたりすれば、俺達だって痛い訳だ」
「……痛いのは嫌だろうな。なら、俺がカードをプレイするのを控えれば――」
「いやいや、そういう事じゃあ無いのよ。別にだから相棒がカードをプレイするなとは言って無いし、相棒が望むなら寧ろ率先してその力を振るって欲しい訳」
それもまた、俺達の望みの内だしな。
そう呟きながら、シャックスは寝室にあった椅子に腰を下ろした。
「相棒の言うとおり、誰だって痛いのは嫌さ。俺だけじゃなくて、他のカード達だってそう思ってるだろうさ。だから、相棒にはこの"痛い思いをする"事に対して対価をくれないか? っていう交渉さ」
「対価って言ってもな……払えるモノなんて無いぞ?」
カード達には、睡眠も、食事も、金も必要無い。
娯楽だって、カード達がその気になれば、この世界で好き放題出来るだろう。
何しろ、化け物同然のチート能力持ち多数だ。
今現在の手持ちカードの中で、という制限内であっても、隠し事不可能のダンタリオンやどんなモノも盗み出すシャックスみたいに、十分ヤバい能力持ちが居る。
楽して大儲け、なんていう詐欺同然の言い分を平然とやってのける事が出来るような連中だ。
そもそも、絶対的な力を持つカード達に対して、俺というただの一般人が差し出せるモノなぞ無いと言って良い。
「いーや、あるね。"それ"を対価として貰いたい。ああ、それからコレは別に俺だけじゃなくて、カード達全員に払って貰いたい。そうじゃないと、不公平だしなぁ」
だがしかし、シャックスは俺に払えるモノがあるという。
「まあ、そうだな。何事も公平でありたいものだしな」
「――というか、その方がアルトリウスもダンタリオンも喜ぶんじゃねえかなぁ?」
そうなのか?
俺が払えるモノ、か……
「……何も思い浮かばないな。具体的に、何が欲しいんだ?」
「"自由"だよ。つまり、相棒の持つ"時間"が欲しい」
時間?
「相棒の持つマナも時間も有限だからな。そいつが欲しいんだ。俺達が痛い思いをする都度、その痛い思いをした奴に自由時間をくれ」
……成程。
確かに現在、俺は7マナまでの範囲でカードを自由に実体化させる事が出来る。
それを使用する事で、カード達は自由に動けるようになるが、逆に言えば使用しなければ自由にはなれない。
そしてカード達を自由にしている間は、そのマナ分は実質無い扱いになる。
その間俺はマナの使用に不自由し、行動が制限される。
カード達の自由行動が終わるまでは、俺は変に動けないから待機せざるを得ない――つまり、時間を消費させられる、か。
「一日外出券みたいなモンか」
「そゆこと。相棒の振るうカードでの戦闘の時、俺達が"破壊された"時にその時間を支払って欲しい」
「……破壊じゃなくて、単にデッキとか手札から墓地に行っただけでもか? それと、手札やデッキからの破壊とかはどうなんだ? それも範囲内か?」
「いいや? 俺達が痛い思いするのはどうも相棒の言葉で言う"フィールドで破壊された時"だけみたいだな。それ以外では特に痛い思いしないみたいだし、肉体を有している状態がその時だけって事なんだろう」
フィールド上に存在し、戦闘で破壊されたり、カード効果で破壊されたり、か。
「具体的に、一回破壊されたらどれ位の日時だ?」
「そこはまぁ、これから向こうでカード達と話して決めるさ。どうだい?」
「……一回当たりの時間次第だな」
「OK、言質取ったぜ相棒?」
一度、シャックスはその姿を消し――瞬き一つ程度の時間で戻って来た。
「――話が纏まったぜ。破壊一回につき一日、でどうだ?」
「……それ位なら、まあ良いか」
一度破壊されたら、そのカードに対し自由行動一日分。
カード達が俺に力を貸す代わりに、俺が支払うべき対価。
時間という、増やす事が一切不可能な有限資産の切り崩し。
それが重いか軽いかは――人次第だろうが。
俺に払えるモノであらば、払ってやるべきだろう。
そもそも、カード達がそうしたいというなら。
それを叶えてやるのが、カードゲーマーとしての本分だからな。
「一日外出券、一つ……!」
ざわ・・・
ざわ・・・
「嘘だろ……これで3週連続じゃねえか……!」
「リッピの奴、一体何回死んだっていうんだ……ッ!?」




