53.商売と刑罰
「はいはーい、こっちの道ですよー。ちゃんと付いて来て下さいねー御客様ー」
今まで歩いていた綺麗な大通りから離れ、やや薄暗い、細い道を通っていくツアーガイド。
心なしか、観光客や行商とは違う、ややアウトローな雰囲気を宿した人々が多くなった気がする。
主要な観光ルートから外れたのだろうと推測出来る。
立ち並ぶ商店の種類も、土産物屋や宿が一気に少なくなり始め、大分毛色が変わったようだ。
だが種類こそ違うものの商店ばかりである所が、商業によって栄えたリレイベルという地の特色なのだろう。
それと、いわゆる"夜のお店"な雰囲気を宿した従業員の姿も散見される。
ああ……考えてみれば、それもある種の"売り物"か。
キャバクラか、それともソープの方だろうか?
まあ、俺には関係ない話なのだが。
日本に居た頃も、そんなモノにお金を使う位ならカードに使ってたしな。
先導するツアーガイド。
その三歩程後ろの距離を俺が歩く。
隣にはダンタリオンが居り、そのすぐ後ろにはエルミアが続く。
尚、ダンタリオンは俺と手を繋いでいる。
繋ぎたいようなので、任せるがままだ。
「主人。私、今とっても幸せですよ」
頬を緩ませたまま、俺の顔を覗き込んでくるダンタリオン。
年相応の、可愛らしい笑みを浮かべている。
「こうやって、主人と歩幅を合わせて。ゆっくり歩いているだけでも、何となく、幸せなんです」
繋いでいた手を組み替え、指を絡めてくるダンタリオン。
俗に言う、恋人繋ぎだ。
「そうか。お前が幸せなら、何よりだ」
「主人は、幸せですか?」
「…………」
幸せ、か。
俺は、幸せなのだろうか?
幸せって、一体何なのだろうか?
……何を哲学的な事を考えているんだ。
俺の愛したカード達が、こうして目の前で息衝き、活き活きと、在りのままでいてくれる。
それが幸せでなくて、何だと言うのだ。
「幸せだよ」
「…………そうですか、それなら良いんですけど」
何やら歯に詰まったような物言いのダンタリオン。
断言しなかったのが気に入らなかったのだろうか?
「こうして、カード達と共に在れる事が幸せじゃない訳が無いだろ」
なので、改めて断言しておく。
そう、今の状況は、俺にとって幸せな状況なんだから。
―――――――――――――――――――――――
何か新たなカードが増える事に期待して、首都の散策を続けていく。
基本的に、このツェントゥルムにあるのは店ばかりだ。
商店、宿屋、食事処、この辺りが殆どで、商店が居住地を兼ねるモノも非常に多い。
そういう国柄なのだからそれは当然なのだが、その中でも気になる店舗を見付ける。
「何だこの店」
ショーウィンドウが大々的に存在を主張する、一つの店舗。
しかし、そのガラスから中を窺い知る事は出来ない。
内側からカーテンが掛けられているからだ。
閉店店舗だろうか?
だが、カーテンの僅かな隙間からは光が漏れている。
扉に掛けられた看板には「営業中」の文字。
この状態が、平常運転という事だ。
外部の見た目で、何の店舗なのか計り知る事は出来ない。
テナントのようなヤドカリ店舗特有の、店舗構造と中身がチグハグなアンバランス店舗なのだろうか?
何だろうと考えていると、隣に居たエルミアがその答えを口にする。
「ああ、ここは奴隷商店だな」
…………。
何と?
「……えっ? 居るの? 奴隷」
「……? 居る、が。それが、どうかしたのか?」
言葉に詰まっていると、助け船のつもりか、ダンタリオンが口を開く。
「シャンガリオンとかでも稀にそうであろう人物を見掛けたけど、もしかして主人、気付いてなかったの?」
「うん」
興味無かったから、今までは特に周囲に気を配ってなかったからな。
日本じゃ奴隷なんて概念無かったから、そういう存在すら失念していた。
この世界には、まだ奴隷制度というモノが残っているのか。
ダンタリオンやエルミアから、情報を補足して貰う。
奴隷には、二種類存在するらしい。
借金返済の為に奴隷落ちした者と、犯罪を犯しその罪を償う為に奴隷に落ちた者。
前者には人権が保障されるが、後者にはそれが一部無いらしい。
奴隷に落ちる程の罪を犯した者というのは、その罪状は大抵重いのだが、その中でもまだ軽い罪状の人物に関しては、若干の人権は残っているらしい。
だが、本当に重罪の人物に関しては、人権が完全に剥奪されているらしい。
生殺与奪、その全てが、奴隷の主の思うがまま。
その奴隷を購入した者が、その人物に対し何をしようが合法、という訳だ。
そうなりたくなくば、借金返済をしっかりと行い、法を犯す行為は厳禁。
さもなくば――こうなる、と。
見せしめ、という意味も含むのだろう。
そうか。
この世界では、奴隷という制度は刑罰を兼ねるのか。
法制度と絡み合っているが故に、合法。
法と資産と欲望に絡み付いたそれは、仮に廃止するにしても途方もない労力と理解が必要なのだろう。
存在していたにも関わらず、廃止と違法に追い込んだ、地球での歴史の流れという力強さに感嘆するばかりだ。
「……もしかして主人、えっちな事考えてませんか?」
「いや、別に」
…………。
成程な、大体見えてきた。
大方、そういう所だろう。
「――よお兄さん。両手に花とは羨ましい限りじゃねえか」
考えに耽って足を止めていた所、笑顔を浮かべた大男が声を掛けてくる。
そちらに視線をむけると、筋骨隆々、身長も俺より高い、屈強な男が3人居た。
背や腰に剣や戦斧を提げており、戦いを生業にしている者である事は容易に察せられた。
背後で、僅かに金属音が鳴る。
恐らく、エルミアが警戒して構えを取ったのだろう。
「後ろの女は護衛か? 護衛まで女とは徹底してやがるな、このヒョロガリ野郎」
「やべっ」
不穏な空気を察したのか、ポツリと呟きつつ姿を消すツアーガイド。
彼女の戦闘能力は、皆無に等しい。
カード効果でも分かる事だが、ツアーガイドに出来る事といえば案内と逃げる事だけである。
荒事とは無縁なパワーと効果なのである。
「女っ気の無い俺達に一人分けちゃくれねえかなあ?」
「だよなぁ。俺にもちょっとくらい女宛がってくれたって良いじゃねえか」
「おい待てビリー。何でそっち側に付いてんだよ、お前こっち側だろうが」
絡んで来た大男達に賛同しながら、ナチュラルに混ざって来るビリー。
アウトロー気質なので、ビリーはむしろそっち側の性根をしているのは理解しているが。
そんな事してるとまたダンタリオンがキレるぞ。
「ま、そういう訳だ。そこのマブダチと連れは、俺の身内なんだ。諦めてくれ」
絡んで来た大男の背中をポンポンと叩きつつ、諭すビリー。
「大人の会話に首突っ込んでんじゃねえぞチビスケ」
発砲音。
大男の片耳の一部が吹き飛んだ。
片手で耳を抑える大男。
僅かではあるが、指の隙間から血が流れ落ちる。
「――次は当てる。とっとと失せろ、さもなきゃ鼻の穴もう一つ増やしてやる」
硝煙が、銃口から立ち上る。
真顔で、ビリーがリボルバーを抜いて放っていた。
その両手には既に2丁の拳銃が握られており、その銃口も真っ直ぐに男達に向けられている。
キレるのも無理は無い。
ビリーにとって"背が低い"系統の言葉は逆鱗に触れる禁句だからな。
無遠慮に人のコンプレックスを突っつけば痛い目を見るのは当然である。
ただそれでも、ビリーは少々沸点低い気がしなくもないが。
ビリーの行動と目を見て、関わり合うのはヤバい相手だと察した大男達。
一人だけ耳を抑えながら、全速力で裏路地へと消えていった。
「……良く我慢したね、てっきり殺すもんかと」
「ここが街中じゃなきゃ、威嚇なんざしねえで射殺してた所だ」
警告無しで発砲して、しかも当ててたが、あれでも威嚇に留めたつもりだったらしい。
というか、次は当てるって言ってたな。
耳に当たってるんですけど、ビリーにとってアレは命中の内に入らないらしい。
「奴隷商店なんつう、如何にもな場所に何時までも留まってるから要らないトラブルが来るんだよ。とっとと先に進め」
ビリーの言う事はごもっともなので、その忠告を素直に受け止めて先を急ぐ。
ビリーが姿を消すと同時に、ツアーガイドが姿を現した。
周囲をキョロキョロと見渡すその挙動は「終わった? もう安全だよね? 大丈夫だよね??」とでも言いたそうな警戒心マックスのものであった。
その特殊な能力以外は、本当に一般人と大して変わらないんだなぁ。
ツアーガイドに対し、妙に親近感を覚えてしまうのであった。




