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4.出立

 先程、俺を介抱してくれていた女性が乾いた金属音を立てながら崩れ落ちる。

 近くで呼びかけてみたのだが、反応が無い。

 肩に手を当て、身体を揺らしてみるが、これも反応が無い。

 口元に手をかざすと、吐息が当たるので生きてはいるようだ。

 顔や手には細かい切り傷が見えたが、そこ以外から出血してるようではないようなので、生きてはいるようだ。多分。

 医学の知識なんて無いから、多分としか言いようが無いが。

 とりあえず、このまま地べたに寝かせておくのは流石に拙そうなので、さっきまで俺が寝かされていた家のベッドまで運ぶ事にした。

 身に付けている鎧のようなモノが重かった。重いから脱がせ方が分かったブーツだけは脱がせて運んだ。

 この女性、外見からの推測だが多分、線は細い部類だしそんなに体重自体は重くないはずなのだが。

 身に付けている装備のせいで、大男を運んでいるような感じがした。

 何とか運び終えた頃には、疲労困憊。椅子に体重を預け、机に力無く突っ伏すのであった。

 夢な筈なのに、何でこんなに疲れるんだ。


「……ここは」


 しばらく休憩していると、意識を取り戻したのか先程の女性が目を覚ます。


「ああ、済みません。あの後、倒れて動かなくなってしまったのでこの家まで運びました。迷惑だったでしょうか?」


 重くて大変だった。

 運んでる最中、何度も放っておけば良かったと思ってしまった。


「い、いや。そんな事は無い。ありがとう、本当に、助かった――」


 女性はそこまで口にした途端、澄んだ琥珀色の目から大粒の涙を零す。

 頬を伝う涙を己の手で拭い取るが、まるで防波堤が決壊したかの如く止め処なく溢れ続ける涙は、一度拭った程度では到底拭い切れない。


「……しばらく外で考え事をしてます」


 そう目の前の女性に言い残し、俺はこの家屋から出る。

 ……さっきの場所では、沢山の人々が死んでいた。

 同じ場所に居たのだし、きっとあの人達は女性の知り合い、関係者の類なのだろう。

 そんな人が死んだのだ、涙の一つや二つ、出て当たり前だろう。


 ――そういえば俺、最後に泣いたのって何時だったっけ……?


 外に出て空を見上げる。

 雲一つ無い澄んだ夜空に、月が浮かんでいた。

 ……月、だよな? アレ。

 俺の知ってる月より、随分と大きく見える気がするが。

 それに、疲れて机の上で倒れている内に日が沈んでいたようだ。

 外套が欲しいとは思わないが、肌寒いと思える程度には冷え込んでいる。


「ピッ!」


 頭の上に急にずっしりとした重量感が現れる。

 重いので掴み上げようと手を伸ばした所、羽ばたく音と共に重量が消え失せる。

 俺の頭の上から飛び立ったリッピが、軒先の手摺りに腰を下ろす。


「……そういえばリッピ、お前Etranger(エトランゼ)の対戦中に普通にやられてたんだが、平気なのか?」

「ピイッ!」


 一切の迷い無く頷くリッピ。

 確かに光の粒子になって消えてたのを、この目で見たはずなんだが。

 でも、リッピが問題ないと答えているなら問題ないのだろう。


 背後から、扉の開く音がした。

 扉の方に目を向けると、先程の女性が立っていた。


「――済まない。気を使わせてしまったみたいだな」


 まだ目元は微妙に泣き腫らした跡が残っている。

 しかしながら落ち着いたのか、声色自体は初めて会った時と同じ、凛とした実直さを感じさせる状態に戻っていた。


「いえ、気を使ったりしてないのでお気になさらず」


 理由があってそうしてる訳じゃ無いし。

 何となくで行動してるだけだ。

 森の奥に向かったのも、リッピに誘導されたからだしな。


 再び視線を外へ向ける。

 身を切る程の寒さではない。日本の冬と比べれば暖かい部類だ。

 日中の喧騒が嘘のように周囲は静まり返っている。

 何処か遠くで、野犬のような生物を彷彿させる雄叫びが上がる。

 狼とかだろうか? 日本の狼は絶滅したって話だけど、まぁ、夢の中だし。ここは日本じゃないと言ってしまえばそれまでだが。


「……もう、夜も遅い。休んだ方が良いだろう。それに、夜は魔物も活発になる。何をするにしても、一晩明かしてからの方が良い」

「そうですか。ならそうします」


 確かに、今日はもう疲れた。

 さっさと休む事にしよう。

 夢のはずなのに眠るというのも、何だか変な感じではあるのだが。



―――――――――――――――――――――――



 翌朝。

 瞼越しに飛び込む日光で意識を揺り起こす。

 妙に重たい頭を起こすと、どうやらまたリッピが頭の上に止まっていたようだ。

 飛び立ち、ベッドの縁に止まるリッピ。

 翼を広げ、クチバシを使って毛づくろい……羽づくろい? をし始める。


「――おはよう。良く眠れたか?」


 既に女性は起きていたようで、身支度も整え既に準備万端といった様子であった。


「ええ、大丈夫です」

「そういえば、慌しくて貴方の名前を聞くのを忘れていたのだが、名は何と言うのだ?」

「名前ですか? (すばる)って言いますけど」

「スバル殿か。私はエルミアと言う名だ。スバル殿は、これからどう行動する予定なのだ?」

「予定、か」


 ……何をするも、無い。

 一体俺は今、何をしたいのだろうか?

 現実所か、夢の中ですら。俺は何をしたいというモノが無い。

 唯一あるとすれば、それは――


 そんな事を考えていると、静まり返った室内に腹の虫が鳴り響く。

 音の発生源は、俺である。

 そういえば、昨日から何も食べてないな。

 小食だとはいえ、流石に丸一日食べなければ腹も減るか。


「……そういえば、食料が無いな。馬車に積んである分を取りにいければ……少し待ってて貰えるか? 食料を取ってくる」

「えっ? いえ、そんなお手数掛ける必要ありませんよ」

「そうは言うが、スバル殿は何か食べ物を持っているのか?」


 持ってないです。


「遠慮しているのならば無用だ。スバル殿には昨日、私の命を助けて貰った恩が有る」


 ……命の恩人って事になっている。何故だ。

 そんな大層な事した覚えは無いのだが。


「……なら、その食料っていうのを運ぶの、手伝います。これ以上好意に甘えるのは気が引けるので」

「そうか。なら、空腹の所悪いが、少し手伝ってくれるか?」


 何でも、エルミアという人の話によると、食料は馬車に積み込んでここまで持って来ていたらしい。

 しかし昨日の騒動に巻き込まれ、その荷物を積んでいた馬車諸共、何もかもが壊滅してしまったらしい。

 それでも、何でもかんでも全て粉微塵になっているような状態ではない。

 多少なりとも、無事な物資が残されているとエルミアは見当を付けたようだ。


「――! 待たれよスバル殿!」


 森の中を進んでいると、緊張感を感じさせる口調、しかし声のボリュームは低めでエルミアが俺に対し警戒を促してくる。


「……どうかしたんですか?」

「……魔物だ」


 魔物、ですか。野生動物じゃなくて魔物なのか。

 やっぱり、ここは夢溢れるファンタジーな世界なのだなぁ。

 そんな風に暢気に考えていたが、木々の陰に隠れながら昨日の惨状がそのまま残されている広場に目を向ける。


「……魔物、ですねアレは確かに」


 そこに居たのは、狼であった。

 形だけ見れば正にそうであった。

 だが、俺はそれを狼ではなく魔物としか呼べなかった。

 まず第一に、デカかった。

 小さめの一軒家位の大きさがある狼なんて、聞いた事も見た事も無い。

 次に、体毛が青かった。これまた、青い狼なんてやっぱり聞いた事も見た事も無い。

 それ以外に関しては、普通に狼だと感じた。肉を喰らう牙もあるし、尻尾もある。

 今現在、その魔物は何かを口に咥えている。

 その口元からだらりとぶら下がるそれを注視する。

 それは、人間の腕であった。

 狼は咥えていた人間の死体を広場の中央にゆっくりと置いた。

 良く見れば、同様に広場の中央には規則正しく、昨日の被害者だと思われる人間の死体が並べられていた。


「死肉を漁る畜生か。スバル殿、少しここで隠れて待っていてくれ。私があの魔物を――」

「ピイッ!!」


 エルミアがそこまで口にした所で、何処からとも無く現れたリッピが声高々にいなないた。

 その声に気付いた目の前の魔物が、こちらに目線を向けた。


「ッ――! 気付かれたか!」


 槍を構え、引き絞った弓の如く何時でも飛び出せる状態で目の前の魔物に対し警戒態勢を取るエルミア。

 でも、大丈夫なのだろうか?

 昨日の邪神の欠片とかいうのと同じ位のデカさがある気がするんだけど。

 下手したらこっちの方が大きい。


「ピイッ! ピピッピピピィピッ!」


 リッピは目の前の魔物に向けて悠然と飛んでいく。

 リッピの身体は、そもそも俺の頭上に乗れる位の大きさでしかないのだ。

 それに飛行する為に、鳥というのは体重を限界まで軽くしている生物である。

 あんな一軒家位の大きさがある獣に襲われれば、間違いなく死ぬであろう。


 リッピは、そんな魔物の頭上に止まる。

 魔物は、一切抵抗する様子を見せない。

 リッピが何やら鳴き声を上げていると、魔物はまるでリッピの言葉に従うかのようにこちらに向けて歩いてくる。

 決して、走り出してはいない。ゆっくりと、まるでこちらには敵意が無いとその歩み寄りで語り掛けて来るかのような振る舞いだ。

 横に視線を向けると、エルミアは彼女の獲物であろう槍を手にして今すぐにでも飛び出せる、そんな臨戦態勢を維持している。


 魔物が、歩みを止める。

 俺達から少し離れた、広場の縁辺りでゆっくりと座り込んだ。

 その後、リッピは再びこちらに飛んできて、俺の腕をその脚で掴みながら広場に来いとばかりに引っ張ってくる。


「ピイッ! ピピッピ!」

「何だよリッピ、俺にそっちに行けって事か?」

「す、スバル殿! あの魔物に近付いては駄目だ!」


 やはり声を抑え目だが、エルミアが俺に警戒するよう、そしてそっちに行くなと言ってくる。

 でも、なんかあの魔物からは敵対心を感じないというか。

 というか、あれ?


「……氷狼 フェンリルか?」

「ピイッ!」


 コクコクと頷くリッピ。

 やっぱりそうなのか。近付いてきてくれたお陰で実像が判明したからもしかしたらと思ったが。

 然程使用頻度が高いユニットじゃないから思い出すのに時間が掛かった。

 カードイラストなら一目見れば一発で分かるのだが、実体化した状態で動いていると感じ取り方が違う物なんだなぁ。


 氷狼 フェンリル。

 それは霊鳥 リッピ同様、Etranger(エトランゼ)に存在するユニットの1体であった。

 リッピが実体化してるのだ、フェンリルが実体化しててもおかしくないか。

 あれが得体の知れない魔物ではなく、俺の知ってるカードである。そう分かった途端、別にあの魔物……フェンリルの前に姿を現すのが別段何も感じなくなった。


 それに、カードに殺されるのなら別にそれでも良いかと思ってるしな。


「エルミアさん、多分あれ俺の知ってる奴なんで。ちょっと行ってきます」

「スバル殿の、知り合いなのか?」


 信じられない、といった具合に眉を顰めるエルミア。

 リッピに引っ張られ、近くまで来ていたフェンリルの下まで歩み寄る。

 カードイラストだとそんなに分からなかったけど、フェンリルって結構大きかったんだな。

 フェンリルは俺の方に視線を向け、その後ゆっくりとその頭を垂れた。

 まるで会釈するような仕草だ。やっぱり、ここまで近付いたのに何もしないって事は敵意は無いらしい。


「やっぱりお前、フェンリルなんだな」


 喉を鳴らしながら頷くフェンリル。

 こいつもリッピ同様、俺の言葉が分かるのか。

 しかしながらやっぱり返答は言葉以外のようだ。

 会話が一方通行なのは、少し寂しいな。


「さっき、ここの死体を口に咥えてたけど。あれは死体を食べようとしていたのか?」


 この質問に対し、首を横に振り、否定の意を示すフェンリル。

 最初に広場の状況を見た時違和感を感じたが、やっぱり食べる目的では無かったか。

 死肉を食い漁る目的であらば、あんな風に綺麗に並べる必要無いしな。

 並べる必要があるとすれば……


「――弔いやすいように、一箇所にまとめていた……か?」


 その推理に対し、フェンリルは首を縦に振った。

 まんま狼な見た目の身体で何かを運ぶなら、口で咥える以外方法は無いよなぁ。

 まさか前脚で抱えて二足歩行しだす訳にも行かないだろうし。

 ……目の前に並んだ、無数の亡骸。

 ロクに知らない人達だが、手を合わせて黙祷しておく。


「そういえば、さっきからリッピは消えたり現れたりしてるけど、お前も同様の事が出来るのか? 出来るなら、一旦姿を消してて欲しいんだが。そこのエルミアさんって人が警戒してるみたいだからさ」


 フェンリルは小さく頷き、光の粒子を周囲に飛散させつつその姿を消した。

 フェンリルも現れたり消えたり出来るのか。

 一度エルミアの元まで戻り、事情を説明する。


「……魔物が消えたのだが、もしかしてスバル殿が何かをしたのか?」

「やっぱりあの魔物みたいなの、俺の知ってる奴でした。さっきから俺の周りを飛び回ってるこの鳥と同じように、さっきの狼も勝手に現れたり消えたり出来るみたいでして。一時的に消えてて貰うようお願いしておきました」

「そ、そうなのか……もしかしてスバル殿は、魔物使いか何かなのか?」

「……さあ? 良く分かりません」


 良く分からないし、どうでもいい。


「それから、さっきの狼は死体を食ってたんじゃなくてただ移動させてただけみたいです」

「……言われてみれば、一箇所に綺麗に纏められてるな。それに、瓦礫も若干片付いている気がする……そうか、ではあの狼には礼を言わねばならないな」


 これならば、残った物資をすぐに纏められそうだ。

 そう口にしたエルミアは、破壊された馬車を漁り、無事な物資の捜索を始めるのであった。



―――――――――――――――――――――――



 手伝うとは言ったが、結局俺はエルミアの作業を延々と横で見ている位しか出来なかった。

 箱には何か文字が書いてあるみたいだが、戦いの最中で泥で汚れたり、文字の掛かれた部分が破損していたり等で読み取る事が出来なかった。

 配置や外観で察する事が出来るエルミアが黙々と物資を漁り、比較的早々に食料の入っている箱は見付かったようだが、エルミアは何やら他に探し物をしているらしく、それを俺はただ呆然と待っているだけの状態であった。


「――良かった。聖水は無事か」


 破損した馬車に積載されていた箱から、何やら白い瓶を取り出すエルミア。

 その中に入っていた液体を、地面に並べられた昨日の戦いで命を落とした人達に対して振り掛けていた。


「何してるんですか?」

「――聖水を掛けた。これで腐敗速度を遅くして、死肉を狙う獣や魔物をある程度は退けられる。効果が切れる前に、ここに兵を回すように伝えるしかないな」


 そんな便利な道具があるのか。


「この数では、一人一人埋葬しては時間が足りないし、亡骸は出来れば、遺族の元に返してやりたいからな」

「……そうですね」


 家族の死体は、出来れば家族の手で葬ってやりたい。

 その気持ちは、俺にも良く理解出来る。

 弔う事すら出来ないというのは、遺された者にとって余りにも辛過ぎる。


 こんな液体を振り掛けただけで死体が腐り辛くなるというのはにわかには信じがたいが、夢の中だというならそんなご都合主義もあるのだろうと納得する事にした。


「食料はいくつか無事なのを見付けられた。先程の家まで戻ってそこで食事にするとしよう」

「別に、ここで食べても良いんじゃないですか?」

「……スバル殿は、死体の真横で食事を取りたいのか?」


 別に俺は、気にしないが。

 でも、俺がそうでも他者はそうであるとは限らないだろう。

 なのでエルミアの言う通り、食料を持って先程まで寝泊りしていた家屋まで移動し、そこで食事を取る事にするのであった。



―――――――――――――――――――――――



 行軍の際に持ち歩くような食料の為、そのほとんどが缶詰瓶詰めという簡素な食事であったが、それでも空きっ腹からすればとても美味しいご馳走であった。

 俺が食べたのは何かの肉のような代物だったが、食感や味わい的に多分鶏肉か何かだろう。

 もしかしてリッピも腹が減ってるかもと思い、少し食事を差し出したのだが首を振って食事を辞退していた。

 腹は減ってないのだろうか。でも食べなくて良いのであらば、その分俺が食べておこう。

 でも基本小食なので、そんなに沢山は食べられないのだが。


「……そろそろ、戻らないと行けないな」


 寝泊りしていた家へと保存食を運び込み、そこでの食事を終え、ポツリと漏らすエルミア。


「スバル殿は、これからの予定はあるのか?」

「予定は、何も無いですね」

「良ければ、私と一緒に行かないか? 何時までもここに居ても、何も変わらないだろうしな」


 ……エルミアと一緒に行かなければいけない理由は無い。

 でも行ってはいけない理由も無い。

 何をするでもない、何かを成さねばならない事も無い。

 義務も目的も無いなら、それを見付けられるまでは、流されるのも良いのかもしれない。


「……そうですね。なら、少しだけ御一緒しても良いでしょうか?」

「私は構わない。寧ろ、お願いしたい位だ」

「所で何処へ行くんですか?」

「首都だ。元々私はそこから来たからな……だが、先日の戦いで馬が全部駄目になってしまった……足が無いな」


 エルミアはどうやらここまで馬に乗って移動してきたようだ。

 車とか無いのか。


「何処かで馬を借りるにしても、そこまでは徒歩で移動するしか無いか」

「ピピッ!」


 そこまでエルミアが提案した所で、唐突にリッピが出現する。

 すっげー気軽に出たり消えたりしてるなお前。


「ピィ! ピピッピピピィッピ!」


 相変わらず何を喋っているのかまるで分からない。

 だが見当も付かない訳では無い。

 リッピは今までの動向からして、無駄な事はしていないように思える。

 つまり、今のタイミングで現れたという事は何か意図がある。俺か、もしくはエルミアに対して何かを伝えようとしているという事だ。


「徒歩で移動、に対して打ち消しの意?」

「ピピッ!」


 首を縦に振るリッピ。

 徒歩で移動、じゃない。歩かなくても良い。


「何か移動手段があるって事か?」

「ピイ!」


 お前が掴んで空飛んで運んでくれるのか?

 いやー、無理だろうなぁ……

 そんな事を考えていると、室内に急に影が差す。

 影が出来た方向を見ると、窓の向こうに青い体毛が現れ日光を遮っていた。

 というか、さっき消えてたフェンリルだ。


「……フェンリルに乗って移動しろと?」

「ピィピピッピピピピッピィ」


 そうだと言わんばかりに鳴くリッピ。

 だが、首を振らずにただ鳴くだけだ。

 今までのパターンからして……多分、リッピは正解じゃないと言っている気がする。

 さりとて不正解でもない。何か見落としてるな。

 案の定、リッピは俺の服の裾を引っ張り、外へと連れ出す。

 そのまま案内に従い、脚を進めると先程の開けた広場へと出る。

 そこでフェンリルが、比較的破損の少ない馬車を口に咥えて歩み寄ってくる。

 馬車を地面にゆっくりと置くフェンリル。


「……これに乗れって事か?」

「ピィ!」


 頷くリッピ。

 どうやらこれが正解らしい。

 でも、どうやって運ぶんだろうか?

 フェンリルが馬車の代わりをする?

 いや、馬の基準で作られた馬車だ。こんな馬鹿でかいフェンリルと繋げる訳が無い。

 背中に括る? それも無い。だってフェンリルと繋ぎ止められるような紐的な存在が無いのだから。

 フェンリルはどう見ても四足歩行の生物だから、手に持って抱えて走る事も有り得ない。

 じゃあ、この馬車に乗ってどうやって運ぶかと言われれば――


「……もしかして、口に咥えて運ぶのか?」

「ピィ」


 リッピに確認を取ると、首肯する。

 フェンリルにも目線を向けると、こちらもまた頷くのであった。

 ……まあ、普通にそのままダイレクトで口に咥えられたらフェンリルの唾液でベトベトになりそうだし。

 きっとそこを配慮してくれたのだろう。


「なんか、そういう事らしいので。どっち行けば良いのか教えて貰って良いですか?」

「へ?」


 ポカンとした表情を浮かべるエルミア。

 しかし馬が無い以上、これが一番速い移動手段なのだろう。

 自動車とかあれば良いのに、とか考えたが、こんな見渡すばかり荒れた地面では自動車も走れないか。

 エルミアからおおまかな位置を教えて貰い、俺とエルミアが乗った馬車を咥え上げ、フェンリルは大地を蹴るのであった。

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