52.商業都市郡 リレイベル
商業都市郡 リレイベル、首都ツェントゥルム。
エイルファートに栄える六大国家群の中で、最も若い国でもあるこの地は、その国家の名の通り、商業によって栄えてきた。
特に首都であるこのツェントゥルムともなれば、その人口は一千万人を優に超す。
海に隣するように建国され、このツェントゥルムを通じ、海路、陸路を経て世界中の国々へ物資が運び運ばれている。
売り買い出来るモノであらば、このツェントゥルムで買えないモノは無い。
物流拠点の要とも言える地でもあり、当然ながら、海を渡る際の玄関口もこのツェントゥルムがその役割を担っていた。
「悪いが、当分船は出ないよ」
グランエクバークへと渡る、定期船の発着場。
その受付に腰掛けている、浅黒く日に焼けた肌を持つ、肉付きの良い男はそう断じた。
「どうしてですか?」
「ここツェントゥルム近海で、邪神の欠片が暴れまわってるんだ。今、リレイベルの軍船がその邪神の欠片掃討作戦を決行中だ。安全が確認されるまで、全便欠航だよ」
「何時頃終わるとかは、分かりませんか?」
「分からんねえ。何でも邪神の欠片は複数居るらしいから、何時まで掛かるか予想すら立てられんよ。軍からの連絡も無いし、こればっかりはどうしようも無いね。こっちに来ないと良いんだが……」
「そうですか。どうもありがとうございます」
「悪いね。こっちも船動かせなくて商売あがったりだよ、早く何とかして欲しいもんだけどな」
礼を述べつつ、その一団は船着き場を後にした。
「……もしかして、俺達がわざわざ倒さなくても邪神の欠片って倒せるのか?」
「一応、過去の勇者達が遺していった装備を用いれば、何とか倒す事は出来るんだ。ただその装備にも限りがあるし、数も少ない以上、全ての街に配備するなんて事も出来ないんだ。勝てなくは無いが、それでもやはり、基本的には苦戦する相手だよ」
一団の一人――昴が口にした疑問に、エルミアが答えた。
尚、エルミアは身に着けた鎧装備の上から大きめの外套を羽織り、口元にも布を巻いて顔を隠している。
フィルヘイムでは有名人だが、他国からすれば他国のお姫様、程度の認識でしかない。
口元や鼻を覆う程度の変装でも、案外バレないものだ。
「行った方が良いのかな?」
「止めた方が良いと思う。そもそも倒そうにも、このだだっ広い大海原を虱潰しに探さないといけないだろうし、探して見付けてもそれで終わりって保証が無いし。勿論、主人なら見付けられさえすれば絶対に倒せるとは思うけど、その見付けるのに何か月掛かるか分からないし、今は流石にそんな事をしてる場合じゃないと思う。ガラハッドも、口煩いからね」
ダンタリオンが続ける。
「この海路封鎖状態は、好機でも危機でもあるね。攫われたっていうヘンリエッタが、今ここで足止めを食ってるなら先回りのチャンスだし、既に渡っているのであらば、こんな場所で足止めされてるのはピンチだし」
邪神の欠片の討伐。
それはエルミアの願いであり、昴の行動指針の一つとなった目的だ。
だが今は、カード――ガラハッドとジャンヌの願いである、ヘンリエッタの捜索が優先である。
今、目の前で危機が訪れているのであらば話は別だが、この邪神の欠片に関しては、別に今現在、村や街を襲っている訳でもなく、それを討伐出来るだけの装備を持った軍が、捜索に当たっているのだ。
そんな状況ならば、昴にとっての優先順位も変わって来る。
「だけど、海を渡らないとグランエクバークには行けないんだろ? しかも、結構遠いって話じゃないか」
フィルヘイム、リレイベル、リィンライズ。
この三国は、このエイルファートに存在する最大規模の大陸に根付いており、この三国に限っては、陸路だけで行き来する事が出来る。
だがそれ以外の国――グランエクバーク、マーリンレナード、ナーリンクレイ。
この三国は、それぞれ独立した大陸に根差しており、これらの国へと渡るのであらば、海路は必須である。
「グランエクバークならば、リレイベルよりもフィルヘイムから向かった方が圧倒的に近いのだが……」
「前に見た地図上だと、確かにそうだな。でも、流石に無理だろうな」
あれから数か月経ったとはいえ、まだフィルヘイムは混乱の渦中だ。
首都が受けた邪神の欠片によるダメージも大きく、復興こそ可能であるものの、たかが数か月で完治する訳も無い。
それに、昴の顔は既に貴族達の衆目に晒されてしまった後だ。
見付からず、何も起きず、フィルヘイムからグランエクバーク行きの船に乗れる――そんな楽観的な考えは、昴にもカード達にも無かった。
「前みたいに、ダンタリオンの魔法で飛んでいけないかな?」
「うーん……止めた方が良いと思うよ主人。前にフィルヘイムからシャンガリオンまで飛んだ時の倍以上の距離があるし、しかも今回はその移動距離の大半が海路になるよ。海上だと天気が崩れ易い上に崩れた時に退避場所が無いし、海上を少しでも移動しないようにすると更に移動距離が膨れ上がるし……私で飛んでいくのは避けた方が良いよ。それに、何時間もずっと同じ体勢って、辛いですよ?」
確かに、ダンタリオンに移動をお願いすると必然的に俺は抱えられて移動する事になるから、ずっと同じ体勢で居る事になるんだよな。
座ってる間に移動は終わると言われても、同じ席にずっと同じ体勢で居るというのは地味に辛い。
二時間三時間、新幹線で同じ席に座ったまま居るのも地味に辛かったしな。
仮にアレが半日、十二時間続くとなったら、相当な苦痛なはず。
新幹線であらば少し席を立って身体を動かすという事も出来るだろうが、降りる場所が無い海上ではそうもいくまい。
「そうか。だったら……うーん、効果があるかどうか分からないけど、この街を見て回らないか? もしかしたら、何かカードが増えてくれるかもしれない」
移動手段が無いなら、増やせば良い。
空振りになるかもしれないけど、俺がここで見聞きする事で何かカードが舞い戻るのであらば、それに望みを託すのも良いかもしれない。
移動手段に成り得るカードというのは、ダンタリオンすら移動手段に含められるのであらば、それこそ無数にありそうだし。
海路の移動に相応しいカードが、この街に居る・有るであろう"それっぽい"何かに触発され、戻って来てくれるかもしれない。
「まあ、戻って来たカードが俺の頼みを聞いてくれるかどうかは別問題な訳だが」
「……モルドレッドみたいなのは例外中の例外だから、気にしなくて良いと思います」
「街を見て回るのであらば、多少だが私も役に立てるかもしれない。以前、ここには訪れた事があるからな」
「って言っても、王族の顔見せみたいな物でしょ? 当てにならないと思うんだけど」
「いや、姫の立場ではなくて軍人の立場で来た事があるのだ」
「あっ、そう。それなら話は別ね」
「ちなみに、どんな理由で来たんですか?」
「邪神の欠片、及びグランエクバークとの交戦を想定した、共同軍事演習だな。その時は確かリレイベルだけじゃなくて、リィンライズの軍も来ていたな」
「リィンライズか、名前だけは聞いた事あるけど、どんな場所なんだろう?」
「力による競争が激しい社会だと言われているな。群として最強は何処だと言われれば、グランエクバークになるんだが……リィンライズは個として最強だとよく言われているな。これは噂なのだが、邪神の欠片とサシで戦って勝利した者が居るという話も出ている。一対一で、リィンライズが誇る強者達を倒せるような戦力は、他の国には殆ど居ないんじゃないだろうか?」
「国民全員が武闘家、みたいなものかな?」
「リィンライズに生まれ育った者は、皆何かしらの武術を修めているとは聞くな」
全国民総武術家。
何かヤバそう。
そんな事を考えつつ、エルミアの案内でこのリレイベルの首都、ツェントゥルムの散策を始める。
買い食いをしながら、ここの名所を巡る。
……完全に観光モードだが、俺が色んな場所に行って、見聞きするのが目的なので仕方ない。
ふと、足を止める。
「――かの有名な、リレイベル建国の祖でもある勇者アヤナ様が初めて起こしたのが、この商店だと言われています。つまりこの商店こそが、リレイベルという国の発祥の地と言っても過言では無いんですねー」
恐らく、海外からの旅行者であろう一塊が、女性ガイドの説明を受けながら、巨大な店舗を食い入るように見ている。
その店舗はどうやら複合商店のようで、パン屋やブティック、武器ショップ等、かなり雑多な組み合わせとなっている。
良く見ると、その一塊の中には人間ではない人物も混ざっているようだ。
体毛がモサモサしてるし犬顔だし、あっちは角生えてるし。
この世界に来てから、人間としか出会って無かったけど。
人間じゃないヒトも居るんだな。
本当に異世界に来てしまったのだと、改めて実感する。
「……何か、勇者ってえらく神格化されてるな」
「世界を平和に導く、神の代行者みたいなものだからな。その活躍はどの勇者であっても、御伽噺になっている程だ。私も子供の頃、母上に良く枕元で本を読んで貰ったものだ」
「他の奴等は強いのかもしれないけど、俺は多分その勇者としてはハズレだろうな」
最前線で戦わないし、そもそも強いのはカードであって俺じゃないし。
英雄譚になる要素が何処にも無い。
カード達が英雄になるのであらば、納得だが。
「そんな事は無い。事実、グランエクバークの祖となった勇者カザマは、本人自体は非常に弱かったという話だぞ? にも関わらず、あの大国を築き上げたのだからな」
エルミアは何やらフォローらしきものをしているが。
俺が強く見えるのは周りのカード達が圧倒的に強いだけであって、それで俺が天狗になるのは違うだろう。
虎の威を借りる狐、にはなりたくない。
そんな事を考えていると、聞き慣れぬ女性の声が耳に届く。
「――御客様! この街を観光したいらしいですね! それならば、私にお任せ下さい! どんな場所でも、観光名所を一つ残らずご案内ですよ!」
一人の少女が、目の前に姿を現す。
キツネ色の頭髪に、やや釣り目気味の鳶色の瞳。
身長は、俺より頭一つちょい低い程度。
紺色のピシッと決まった皺のないスーツにタイトスカート、そしてストライプのスカーフを首に巻き。
白い手袋を身に着け、片手には黄色い三角旗を手にしており、もう片方の手にはホイッスルが握られている。
「……あー、うん。お前、異次元ツアーガイドだな」
「流石御客様! 私の事もちゃんと覚えててくれたんですね!」
「"逐次投入ガイド"のキーカードを忘れる訳無いだろ」
カード、増えたな。
成程、観光名所を案内してた先程のガイドさんが"それっぽい"に該当したのか。
もう既に、先程のガイドさんは何処かへと行ってしまったようだが。
さて。
キーカード、両方揃ってしまったな。
逐次投入ガイド、構築可能だ。
このデッキは投入するユニットの自由度が非常に高いから、寄せ集めデッキだとしても結構ぶん回ってくれるから今の状況でも使える……のだが。
浮き彫りになる、深刻な大型ユニット不足。
そういえば、今手元に戻って来てるユニットって、軽量級~中型ばっかだな。
逐次投入ガイドはそのデッキの構築上、召喚コスト6以上のユニットばかりにしなければならない。
アルトリウスもファーストユニットとして出た時以外はそこそこ重いんだが……ファーストユニットとして出てしまうユニットは、このデッキにおいて採用圏外扱いとなる。
……モルドレッド位しか実用に耐える大型居ないんだけど。
そのモルドレッドも、わざわざ逐次投入ガイドのデッキで使うようなカードでも無いし。
大型、それも超大型ユニット、早く戻ってこい。
太古の超魔導都市なんて贅沢は言わない、せめて大型代表の最終兵機神辺りでも来てくれれば……。
おっと、条件反射でデッキ編集を行おうとしてた。
ダンタリオン、エルミア、ツアーガイドから突き刺さる三つの視線。
無意識にデッキから取り出していたカードを片付け、ツアーガイドの案内に従いながら、引き続きリレイベル首都、ツェントゥルムの散策を続けるのであった。




