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51.それは、在りし日の惨劇

すまん待たせた

どれだけの人が見捨てずに残ってるかは分からんが

第三部始まります

 薄闇の渦中を走る、一人の影。

 不気味な程に静まり返った石畳の廊下。

 影が通り過ぎ、その際に発した風が、蝋燭の炎を大きく揺らめかせる。

 その廊下を駆ける足音も、荒れた吐息も、ただ一人の物だ。

 そう、ただ一人。


「――御父様! 御母様!」


 無遠慮に扉を押し開け、部屋へと押し入る。

 本来ならば失礼な行為だが、それを気に留められる程、平静を保ってはいられなかった。

 一際豪華な装飾の施された、明るい室内。

 足を踏み入れたその影は、室内の光に照らされ、その姿を露にする。


 それは女性であった。

 燃えるような赤い髪を腰まで伸ばし、純白のカクテルドレスに身を包んでいる。

 両耳にはアクアマリンを加工して作られたイヤリングを付けており、その粒の大きさからして相当高価な代物であろう事は疑いようが無く、そんな物を身に付けられるこの女性は、財力か権力か、はたまた両方が備わった人物なのだと察せられる。

 傷一つない白い肌に、整った目鼻立ち。

 その緋色の瞳には、隠しきれない不安の色が浮かんでいた。


 赤髪の女性が目を見開き、息を呑む。


「嘘……! 嫌……嫌ぁ……ッ!!」


 その視界の先には、壮年の男女の姿。

 女性同様、一目で分かる高価な服飾を纏ったまま、まるで糸が切れたかのように、地に伏し、ピクリとも動かない。

 赤髪の女性はそこへ駆け寄り、肩を揺する。


「御父様! 起きて下さい! 起きて――」


 御父様と呼ばれた、その男の指が、動いた。

 それと時を同じくして、隣の女性も。

 ゆっくりと、ぎこちない動作で。

 まるで誰かが上から糸で吊り上げているかのような、生気を感じさせない所作で、立ち上がる。


「お、とう、さま……?」


 ぐりんと、その頭が持ち上がる。

 開き切った瞳孔。

 瞬き一つせず、その瞳は両目共にあらぬ方向へと向いていた。

 血の気の失せた白い肌。

 リズムの乱れた、生者のモノとは思えぬ不規則な呼吸。

 その吐息と共に、意味を成さぬ呻き声が鳴り響く。

 だらりと下がった下顎からは、唾液が零れ落ちる。

 両腕が、赤髪の女性を掴まんと伸ばされ――


 短く悲鳴を漏らしつつも、反射的にその手を跳ね除ける!

 赤髪の女性の、生物としての危機感が、本能が発した信号のままに身体を動かした。

 

 ドレスの裾を、動き辛そうに両手で掴みながら走り出す!

 先程まで立ち込めていた静けさは、何処へと消え去っていた。

 代わりに薄闇に蔓延する、言葉にならない呻き声。

 人間のモノとは思えぬ、奇妙な動き方で、今まで廊下に倒れていた武装した男達が、赤髪の女性へ向けてその両腕を伸ばす。

 動きは緩慢、だが数は多く。

 それを必死に掻い潜りながら、女性は廊下を駆けた。

 上へ、上へ。

 階段を登り、やがて開けたバルコニーへと身を滑らせた。



 まるで鮮血を浴びて染まり上がったかのような、不気味な赤い月。

 城にあつらえられたそのバルコニーからは、城下の様子が良く見て取れる。

 そう、良く見えるのだ。

 城内の兵同様に、不自然な動作で下町の道を闊歩する、人々の姿。


「何で……どうして、こんな――ッ!?」


 悲観の中で何かに気付く、赤髪の女性。

 その右手が、自らの胸元へと当てられ。



 そこにあるはずのモノ(・・・・・・・)が無かった事を理解した瞬間――彼女の心は、崩壊した。



 リンブルハイム国、首都オーレン。

 この日、この街に居た人々、総勢三百万人余り。



 その全てが、一人残らず――死に絶えた。



―――――――――――――――――――――――



 遠い遠い、歴史の彼方。

 それは最早、人々の記憶から失われた歴史。

 語る者亡き、物語。


 かつて、この地に一つの国があった。

 決して豊かな土地ではなく、痩せた国土故に、その国は小さく、何時も貧しかった。

 だがそれでも、厳しい地であるが故に国民達は皆で団結し、寄り添い合って暮らしていた。


 そんな国に、一人の少女が生を受けた。

 国の御旗となる、王族の直系として生まれた少女。

 少女の名は、リズリア・リンブルハイム。

 燃えるような赤毛に、整った容姿。

 将来は美人になるだろうと、誰もが疑わなかった。

 活発で元気な明るい性格であり、人当たりも良く、聡明でもあり。

 どんな人物とでも分け隔てなく触れあうリズリアは、国民の皆に愛されながら、心身共に健康に育っていった。

 未来の国の礎も生まれ、リンブルハイムの未来は明るいと、誰もがそれを疑わなかった。


 だが、ある時を境として。

 この地上から、リンブルハイムという国は消え失せた。

 首都オーレンとの連絡途絶。

 元々、一か所に固まるようにして建国された国である為、リンブルハイム国の住民の大半は、この首都で日々を過ごしていた。


 その首都が崩壊する事は、それ即ちリンブルハイム国の滅亡を意味していた。


 僅かに残った人々も、他国へと併呑され。

 長い、長い年月を経て。

 最早その名を知る者は、考古学者のような人物を除き、一人残さず居なくなってしまった。


 この地には、もう国は無い。

 長い長い歴史の波に侵食され、今を生きる人々の間に辛うじて残った認識。


 ――生きる者を拒む、魍魎跋扈せし死の地。


 亡都、リンブルハイム。

 この地に踏み入った者は、二度と生きて帰る事は無かった。




後で微調整するかもしれないけど

今回の投下は8月の間は止まりません

今回で話数70を超えるのは確定っぽいので

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