#2.女性達の処遇とその後
「……私達……これから、どうなるんですか……?」
地形を無視し、ダンタリオンやマーリンによる空輸で、昴諸共、近くの集落まで運び出された女性達。
その内の一人が、絞り出したようなか細い声で、呟いた。
外傷自体はブエルによる治療が施されたので、特に問題は無い。
しかし、身体の傷は癒えても心の傷はそうもいかない。
ネーブル村での所業を鑑みれば、恐らくここの女性達は皆、似たり寄ったりな方法によって集められたのだろう。
皆、心が傷付いていた。
表情も暗く、助けられた今も尚、先の見えない不安でいっぱいなのだ。
仮に、村を焼かれて連れ出されたネーブル村と同様の手段で拉致されたのだと仮定するならば、例え故郷に帰っても住む家も食べる物も無い状態だろう。
助かっても尚、助かっていない。
それは、カード達も理解していた。
故に、ダンタリオンは手を差し伸べた。
「どうなるか、なんてのは貴方達が決める事よ。でも――貴方達が望むなら、『何もかも忘れて』日常に戻る事も出来るよ。だって私は、勇者様とやらのお仲間だからね、それ位は容易いし、やってあげるよ」
実行犯の殆どをモルドレッドが始末したので、他者の手を借りているとはいえ、敵討ちは既に終わっている。
しかし、例え日常に戻ろうとも。
悲劇と苦痛の光景は脳裏から消す事は不可能だ。
例え幸せな毎日を送っていたとしても、唐突にフラッシュバックし、悪夢のようにそれは訪れ、心を蝕んでいく。
だが、ダンタリオンであらばそれが可能だ。
人の心を操り、記憶を読み取り、意のままにする、悪魔の所業。
ダンタリオンがその気になれば、あの闇の中で刻まれた心の傷を、完璧に消し去ってしまう事も……出来るのだ。
「私の言葉を信じるなら、だけどね」
手は差し伸べる。
だが、手は掴まない。
何しろやる事は、他者に自分の記憶を改竄されるという内容だ。
嫌なら、断れば良い。
それもまた、選択肢の一つだ。
傷を抱えて生きていくのも、また一つの答え。
女性達は、黙したまま。
忘れられると言われても、信じがたいのだろう。
そんな事が出来る訳が無いと。
そして忘れて生きるその未来を選択したならば、どうなるのか。
先を考えているのだろう。
助ける事は、助けた。
だが何時までも昴やカード達が彼女達を見守る訳にも行かない。
この先は、自分で歩かねばならない。
被害者達の幸先が良いものである事を祈るばかりだ。
―――――――――――――――――――――――
精神世界。
女性達の対処を終えたダンタリオンが、再びこの代わり映えのしない闇の中へと舞い戻る。
やった事はダンタリオンの専門分野の内容であり、大して時間も掛けていなかった。
「……本当に、これで良かったのだろうか?」
結局、女性達は全員「何もかも忘れる」という選択を選んだ。
辛い過去には目を背け耳を塞ぎ、前を向いて歩く道。
笑顔を浮かべる彼女達を見送り、複雑な表情を浮かべながらエルミアが呟いた。
「このまま連れて歩く訳にも行かないでしょ」
「それは、そうなのだが」
昴とカード達は、これからグランエクバークへと向かう。
それも、彼女達を攫うように指示を出したかもしれない疑惑のある相手の下へとだ。
連れて行く訳にも行かず、ハッキリ言ってお荷物を抱える状況を作りたくない。
「言葉も通じぬ異国の地って訳でもない。路銀も持たせた。帰り道も分からない子供相手じゃないんだから、これ以上は不要よ」
このリレイベル領では、フィルヘイム同様に日本語が通じる。
というより、日本語がこの世界の共通言語になっているらしい。
時代による言語のブレすら無く、昴の話している言葉がそのまま通じる。
言葉というのは時代の流れによって少しずつ変化が生じるモノであり、何も変わらないというのは不可解過ぎる状況ではあるが、事実そうなのだからそれ以上言及しても何も事態は変わらない。
「取り敢えずこれで、一つの懸念を除いて問題は解決ね」
「懸念とは、何だ?」
「現行犯として確認してないけど、状況証拠的にしてないとは到底思えないからね。だけど今の所、それを確認する手段が無いから、様子見ね」
「だから、何をだ?」
「貴女、察しが悪いわね」
「むう……」
唸るエルミア。
考えるのは苦手で、考えるよりも先に身体が動く。
そんなエルミアは、ダンタリオンの思考を理解出来るような頭脳を有していないのだ。
決して馬鹿とかそういう意味ではないのだが。
ダンタリオンがやや濁した言い方をしているのも、原因なのだろう。
「ぶっちゃけるとね。強姦された際に妊娠してるかどうかが今の時点だと判断付かないのよ」
女性達に対して抱いているダンタリオンの唯一の懸念。
それは、彼女達が望まぬ妊娠をしていないか否かであった。
「避妊なんてしてる訳無いだろうし、妊娠しないなら問題ないけど、妊娠したならそこも何かしら面倒見ないと駄目でしょうね。記憶をいじくる以上、妊娠してたら言い訳が用意出来ないからね、齟齬が出来てしまうの」
子に罪は無いが、子を恨む気持ちというのも理解出来なくはない。
そんな子供を産んでも、母子共に不幸になるだけだ。
どれだけ綺麗事を並べ立てても、命の尊さを訴えても、その黒い感情を抑えられる人ばかりではないという事だ。
――実は死別した彼氏・旦那の忘れ形見。
そう考えさせて、強姦魔の子供を育てるのか? それは余りにも非道だろう。
「今の所、妊娠してる様子が確認出来ないし、それを確認出来るようなカード達も戻って来てない。時間が経って腹でも出てくれば一発で分かるけど、それまでは何か月か必要だろうからね。数か月は、要観察期間ね」
彼女達には、その腕にマーリン謹製の腕輪を取り付けられた。
腕輪とは言うが、その実態は送信限定の通信機のようなモノである。
内部に溜め込まれたマナによって稼働し、そのマナが切れるまでは特殊な手順を踏まない限りは決して外れない。
内蔵マナは1年程度しか持たないが、妊娠期間を考えれば十分すぎるだろう。
もし妊娠してるようなら、その腕輪に取り付けられた信号を発する機構を起動させるように教えてある。
その信号を感知したならば、対処の為にそこへ向かう必要があるだろう。
活動限界距離の都合、昴にも足労願う事にもなるが、それに関しては昴は二つ返事で首を縦に振った。
「取り敢えず信号を受信する技術を持ってる奴が表に出てないといけないから、今の所は私かマーリンが表に出てないといけないわね」
昴の現在マナ量は7。
出現するのがダンタリオンであってもマーリンであっても、どちらも召喚要求マナが3なので、余剰分は4となる。
昴に刃を向ける危険のあるモルドレッド抑制という観点から見ても、余剰マナを出さないという意味で有効なので異論は出なかった。
アルトリウスだけは奥歯を噛み砕かん勢いで歯を食いしばり、目を血走らせて悔しがっていた。
理屈では納得しても、心情としてはとても同意し難い内容だったからだ。
何しろ、昴のマナ量が変動しない限り、当分は戦いの最中以外では出現不可能になったのだ。
尚、モルドレッドは頬を緩ませていたが。
「しかし、あのような腕輪を短時間で作り上げるとは。何という技術力……」
「本当ね。ああいう魔法道具に関しての方面は、私の完敗ね」
ダンタリオンとマーリンは、共に魔法の才覚に秀でている、という設定を持つカードである。
しかし、魔法を用いた道具の製造という点では、ダンタリオンを遥かに上回るのがマーリンというカードであった。
「しかし、もし子供が出来ているとしたらどうするのだ?」
「んなもん、中絶に決まってるでしょ」
「こ、殺すのか!? 何の罪も無い赤子なのだぞ!?」
「罪が無くても、不幸にならない為の必要な処置よ。幸いにもその後の不妊みたいな後遺症に関しては、ブエルが居ればどうとでもなるからね」
「だが……」
「貴女、前々から思ってたけど真面目で誠実よね。ガラハッドとかと気が合いそうね、そしてそんな綺麗な人には、私みたいな女の考え方は絶対に相容れないんでしょうね」
半目でエルミアを睨め付けながら、ダンタリオンはぼやいた。
「でも、綺麗であろうとする程度、あいつ等と比べれば可愛いモノね」
「あいつ等?」
「最近、戻って来たあいつ等よ。特にモルドレッドよ、主人に危害を加えておきながら平然としてるなんて。敵以外の何物でもないわ」
昴に対して刃を向けるであろう、この世界の敵という存在よりも厄介な存在。
身内であるにも関わらず、裏切り要素の塊であるモルドレッドの方が、邪神の欠片なんかよりも遥かに危険だ。
この世界における共通の脅威として認識されているという、邪神の欠片。
今まで昴が出くわした邪神の欠片は、戦闘能力という意味ではモルドレッドの足元にも及ばない。
つまりモルドレッドというカードは、この世界では邪神の欠片以上の脅威に成り得る存在という事になる。
面従腹背、獅子身中の虫。
明確な敵だと断じて切り捨てられない分、始末に負えない。
「エルミア、モルドレッドには貴女も目を光らせておきなさい。不審な動きをするようなら、私やアルトリウス、リッピ辺りにでもチクりなさい。貴女一人で対処しようなんて絶対に考えちゃ駄目よ、戦闘能力は私やアルトリウスよりも圧倒的に上なんだから、勝ち目なんて無いわよ」
「う、うん? それは、構わないが……だが、それ程に警戒しなければならない相手ならば、事前に対処すれば良いのでは?」
「出来るならとっくにそうしてるけどね……主人、モルドレッドをかなり気に入ってるみたいなのよね……」
「……自分に刃を向ける相手なのに、気に入ってるのか? 何故だ?」
「美貌ってのもあるんでしょうけど、ただ美しいとか可愛いだけの理由じゃ、主人はあそこまで入れ込まないからね。多分、カードとしての性能も気に入っているんでしょうね。"裏切り者"である事が主人にとって、重要なのかもしれないわね」
モルドレッドは、そのカード効果の都合上、相手フィールドに召喚される事が非常に多い。
事実、昴は相手フィールドに幾度と無く召喚し続け、当然ながら敵に回ったモルドレッドは、昴に対し何度も剣を振り上げた。
裏切り者になるのは分かっているのに、デッキに投入し続けた。
そうである事を、求められた。
「とても綺麗な世界で生きてきたエルミアからすれば、ここの世界はさぞやどす黒く醜い世界に見えるでしょうね。でも、私達は主人に"求められた"からここに居る。善人に限らず、悪党であっても、主人に望まれた結果、こうして付喪神として生を受けたの。貴女だけは、ちょっと経緯が違うけれど。それでも私達と同じカードになった以上、"自分らしく"在り続ける事が主人の願いでもある。だから、変に曲がらなくても良いよ。その自己犠牲に走る厄介な性格も、まぁ、主人の目の前を避けてくれれば好きにすれば良いわ。もうカードになった以上、カード自体に傷が及びさえしなければ、貴女は何しても死ななくなったからね。好きなだけ自己犠牲に走ってれば良いわ、ガラハッドと一緒にね」
不可抗力であるとはいえ、何時までも昴を傷付けたエルミアを敵視していても仕方ないので、ダンタリオンは既に思考を切り替えていた。
また同じ光景を昴の目の前でリピートでもしない限り、今より悪くなる事は有り得ないので、エルミアは放置する事にしたのだ。
これはダンタリオンだけでなく、アルトリウスもまた同じであった。
今では猶更、その傾向は強くなっている。
何しろ、エルミアは善意の空回りでしかないが、悪意と自己満足の塊がすぐ側に戻って来たのだ。
そちらに意識を割かざるを得ない。
「そういえば、ガラハッドの所に行かないの? あんな潔癖の塊なら貴女とも馬が合いそうなものだけど」
「ガラハッドという方とも会ったのだが、その……少し、私には眩しすぎてな……騎士の鑑とは、あのような人の事を言うのだろうな……」
苦笑を浮かべるエルミア。
どうやら、ガラハッドとは少し性格が合わなかったようだ。
「ふぅん……? あそこまで生真面目馬鹿じゃないって事かな?」
「酷い言いようだな」
「私、ああいう清廉潔白過ぎる人は嫌いなの」
ダンタリオンは、ガラハッドというカードを低く見ている。
また、ガラハッドもダンタリオンを良くは思っていないだろう。
何しろ、ダンタリオンは嘘吐きだ。
ガラハッドからすれば、嫌うだけの理由があるのだから。
だが両者は共に相手を嫌っていても、別に敵対はしていない。
「私達カードは、何千何万と種類がある。それだけ多様ならば、絶対相容れない相手ってのも居て当然よ。人の心を持つ以上、気の合う心の持ち主ばかりとは限らない。私達カードは、カードさえ無事なら決して死ぬ事は無い以上、気に入らない相手を殺して排除するって事も不可能。だから、まぁ。貴女も適当に妥協と折り合いを覚える事ね。そうでないと、アルトリウスとガラハッドみたいに喧嘩ばかりになるわよ」
先輩としての、忠告。
そんな軽い口調で、ダンタリオンはエルミアへ、ここでの在り方を伝える。
何処かで、折れなければここではやっていけないのだ。
唯一、全てのカードが持ち合わせ、決して折れない信念。
それは、昴への忠誠心。
多種多様、あまりにも雑多なカード達の思いは、その一つのみを軸として成り立っており、それが無ければカード達の関係は容易く瓦解するだろう。
昴という存在を中心として、危ういバランスを保ち続けるカード達。
それこそが、この世界の本質。
親愛と忠誠と妥協こそが、この精神世界なのだ。
問題の先送り。
懸念が表面化するその頃には、何か良い手段が戻ってるだろうさ。
(プロットが見えてる神の視点)




