50.暗躍
第一章、砂漠で起きた出来事の裏面。
走った。
目深に被っていたはずのフードは、走っている際の風で後ろへと流され。
その下にある、素顔を外へ晒してしまっている。
だが、そんな事に構わず、俺は走り続ける。
砂漠の砂に足を取られつつも、脇目も振らず、一心不乱に――敗走する。
そう、敗走だ。
あまりにもあっけない、あまりにも信じられない。
目的を達する所か、現れた存在に傷一つ与える事すら出来なかった。
唯一確認出来たのは――邪神の欠片を葬った、黒い女の姿だけ。
なんだ――何なんだ一体!?
"あの方"に授かった邪神の欠片が、あんな一瞬で、全滅しただと!?!?
これではリレイベルの海路封鎖が解かれてしまう……そうなればフィルヘイムとリレイベル間の武力衝突が――
「アレが……! 新たなる勇者――ッッ!!」
そうとしか、考えられなかった。
世界中の有力者の情報は、"救済の門"のデータベースに乗っており、漏れは無い。
ましてやあれ程の力を持つ存在が、今まで感知されずに隠れていたなど考えられない。
あるとすれば、降って湧いた存在。
ここではない、別の世界から唐突に放り込まれたような、異分子。
それは、この世界で"勇者"と呼ばれる存在であった。
リレイベルから逃げ出し、海を越え、形振り構わず、自らの巣穴へと飛び込む。
門を押し開けて室内に入ると、ホコリ交じりのカビ臭い空気が肺を満たす。
普段ならば不愉快なその空気が、今は心に安堵をもたらしてくれた。
戻って来れたのだと、生きて帰れたのだと、実感を与えてくれる。
「――おやおや、随分お早いお帰りだねえ"暗躍"。もう用事は済んだのかい?」
俺の暗躍を呼ぶ、纏わりつくような女の声。
「"堕落"か、丁度良い。今すぐ話したい事がある」
「悪いけど、アンタみたいな下っ端に興味は沸かないねぇ。もうちょっと男を磨いてから出直しな」
「冗談を言ってる場合じゃない! 勇者だ! 勇者が現れやがったんだ! お前が寄越した邪神の欠片も全滅だ! お蔭でこっちの作戦も御破算だ!」
「……へえ、アタシの可愛いペットを見殺しにしておいて、アンタはのうのうと落ち延びたって訳かい」
俺同様、漆黒のローブで全身を覆った"堕落"の声に、苛立ちと怒りの色が混ざる。
「そう思うならもっとマシなペットとやらを寄越せ」
「邪神の欠片は育てるのにも時間が掛かるんだよ? 簡単に使い潰しておいて、良く言うよ」
「――騒々しいぞ、何事だ」
頭上から飛ぶ、男の声。
その声の持ち主は、階上から音も無く階段を下り、気付けば目の前に佇んでいた。
「"烙印"も居たのか、なら猶更好都合だ。遂にお出ましだぞ、新たな勇者がな」
「ほう……」
表情は伺えないが、"烙印"の声色に喜色が浮かぶ。
ああ、コイツの性格からすれば、勇者とやらの出現はさぞ嬉しいだろうさ。
この戦闘狂が。
「およそ50年振り、か。先代勇者の"シンジ"とやらには主も辛酸を舐めさせられたとは聞いている」
「それで? 相手の顔位拝んで来たんだろうねえ?」
「ああ、勿論だ。遠目だったが、今回の勇者は女だ、それは間違いない」
「何だい女かい。アタシはレズじゃあないんだ、ガッカリだよ」
落胆した様子を隠しもしない"堕落"。
このスキモノが。
身体は実に俺好みだっていうのに、性格が性に合わない。
もっと従順な女なら、抱いてやるってのに。
「……どちらにしろ、正確な情報を集める必要があるな。新たな勇者が現れたとなれば、我等の計画にも支障が出る」
「同感だね」
「奴等勇者は、"ゲーム"と呼称する得体の知れない圧倒的な力を振るう。だがそれでも、勇者は勇者の持つ"己のルール"に従っている事だけは不変の事実だ。ルールに縛られているのであらば、必ず隙も存在する。事実、我等は過去に三人、勇者を葬る事に成功しているからな」
この"救済の門"は創立されてから、長い長い、裏の歴史の中に常に存在し続けた。
過去何度も勇者と戦い、時に敗れ、時に勝利を収めて来た。
俺が生まれる遥か昔から蓄積し続けた膨大なデータが、その歴史を物語る。
勇者とは、無敵の存在ではない。
切り付ければ血も流すし、殺せば死ぬのだ。
だがしかし、"主"は違う。
例え勇者との戦いに敗れ、その命を落としても。
必ず蘇り、"救済の門"を再興し続けた。
今までも、そしてこれからも。
「――我等には、永久不滅の"主"が付いている。だが、主様の手を煩わせぬ為に、我等はここに居る」
"主"は、いわゆる 永遠の命 を手にしている。
それは、不老不死の法と呼ばれるような、御伽噺の世界でしかない存在――では、ない。
その夢物語は、確かにここに実在するのだ。
この薄汚れた世界を粛正し、我等だけの楽園を築く。
我が主が"神"と呼ぶ存在を引き入れ、その力を用い、仮初ではなく、正真正銘の、永遠の命を得る。
永遠の命と、不滅の楽園。
それこそが"救済の門"の信念。
そう、永久の楽園の為に。
俺は、何も知らずのうのうと生きている愚民とは違う。
俺はここで、永遠の命を手に入れる。
その為に、我が主の悲願――"神"を、門の向こうから救い出す。
「そういう事ならば、近々情報交換を行った方が良いな。調整は俺が付けておく」
「ああ、助かる。任せたぞ"烙印"」
「永久の楽園の為に」
「「「永久の楽園の為に」」」
――再び、室内に静寂が戻る。
"烙印"に任せておけば、一先ず安心だろう。
戦闘以外は、比較的冷静な男だし、腕も確かだ。
任務自体は、失敗。
だが、ここに居る誰よりも早く、最大の脅威となる"勇者"の存在を察知出来た。
これならば、仮に処罰されるにしても然程重くは無いだろう、挽回も可能だ。
――勇者、か。
俺の邪魔をしやがって、気に入らねえ。
だが、遠目ではあるが……今回現れたあの勇者、良い女ではあった。
殺すのは、少し惜しい。
何とか力を奪って、俺のモノにしてやりてえなぁ……
そして文字通り、死ぬまで啼かせてやりてえ。
"烙印"と"堕落"に相談したら、何とかならないか?
チッ、こんな事ならさっき一緒に相談しとけば良かったぜ。
アレには劣るが、仕方ない。
地下で飼ってる玩具で遊んで、気を紛らわせるとするか。
御愛読、ありがとうございまッス。
これで第二章完ッス。
小話なんかは気まぐれに投下するかもしれませんが、第三章は書き終わったら投下しますので一旦サラバッス。
……キャラが一気に増えたから、小話は作り易い環境になった、はず。
第三章~煉獄の亡都~に関しては、早く投下出来ると良いな……




