48.闇の炎
元々、洞窟内の戦力を外へ追いやる工作を行っていたのに加え、突入時に残存勢力を容赦なく殺害した為、洞窟内の敵対勢力は非常に少なくなっていた。
その残った戦力も、どうやらモルドレッドが殺し尽くして回ったようだ。
もう、洞窟内に声も足音も聞こえない。
あるのは、死体だけである。
女性達を連れて、洞窟の外へと向かう。
光の差す方向へと向けて進んで行くと――
「――何で騎士様がこんな所に居るんだ? ここはリレイベル領だぜ、越権行為じゃねえか?」
洞窟の入り口を、敵が包囲していた。
退路は無し、逃亡不可。
これだけ時間を掛けてしまえば、そうなってしまうか。
当初の作戦が破綻したから電撃作戦で行く予定だったのに、モルドレッドが全部台無しにしていったからな。
電撃作戦で時間を無駄に使ったら、こうなるのは当然だ。
「うふふふ……ねえ間男、蛆虫が蠢いてるんですけれども、何か言いたそうなので通訳してくれませんか? 私生憎、人間以外の言葉は理解出来ませんので」
微笑を浮かべたまま、モルドレッドが"蛆虫"を見ながら吐き捨てる。
……先程モルドレッドに対し質問した男が青筋を浮かべる。
包囲している賊の装備と比較して、この男だけ妙に質が高い。
恐らく、この男がここのリーダーなのだろう。
「どうやら、フィルヘイムの騎士様とやらにも随分と育ちが悪い奴が居るみたいだな。フィルヘイムは余程人材に困ってるみたいだなぁ、こんな娼婦まで騎士に取り立てないといけないなんてよぉ。何なら俺が買ってやろうか? 騎士なんかやってるよりよっぽど良い目見せてやるぜ?」
リーダーの男が軽口を飛ばすと、背後から下卑た笑い声が上がる。
……ん? あれ?
何か、モルドレッドの事をフィルヘイムの軍属か何かと勘違いしてないか?
そんな立派なヤツじゃないぞ、この女。
エルミアと比べたらエルミアに失礼だ。
「間男、通訳」
「お前を犯す、だそうです」
直球で伝える。
「あらあら、威勢の良い事……♪ 童貞拗らせると怖いですわぁ~、中折れポークビッツで満足するのは貴方のママだけですわよ~? ママにしゃぶって貰えたから嬉しくて勘違いしゃったのかしらぁ~?」
清々しい位満面の笑みを浮かべながら、モルドレッドが言葉を叩き付ける。
うわー、キッツ。
あっちの煽り倍返し以上にしてないか?
「――あのアマ以外全員殺せ。薬漬けにして犯し尽くした後、四肢を落として好事家に売り飛ばしてやる」
キレた。
煽り耐性低くないっすか?
カルシウム足りてないぞ煮干し齧っとけ。
あっ、そう言えば俺最近乳製品食べて無いな。
ヨーグルトとか食べたい。
モルドレッドの剣が、揺らめく。
やる気、いや殺る気スイッチオンである。
戦う気があるのであらば、もう俺は目の前の賊に殺される事は無いと考えている。
後ろに居る女性達も安全が確保されたも同然であり、実際そうなのだろう。
「まぁ~怖いですわ。こんなか弱い女性に殺意を向けるなんて、これだから包茎は嫌ですわぁ~」
モルドレッドは、7マナもの消費を要求するユニットだ。
かなり重く、この消費量は大型ユニットに分類される。
そんなユニットが――雑魚である訳が無いだろう。
間違いなく、か弱くはない。
敵が動き出すのを確認し、後手で動き出す。
油断ではない、余裕だ。
相手の出方を見てから、それでも尚余裕で間に合わせる。
裂帛の気合と共に、モルドレッドが、剣を振るう。
剣の軌跡が闇の炎となり、地を焼き目の前全てを包み込む。
相手の反撃は、あった。
だが飛び道具諸共、その闇の炎は蝕むように舐め、焼き尽くす。
追撃。
唐竹割の如く放たれる、上段からの一閃。
己が心中の闇を具現化させたかのような炎は、地面を溶解し、爆ぜて飛散し、周囲の森すら巻き込み、目の前全てを焼き尽くしていく。
ああ、結局この原生林、全部燃えちゃったな……
超高温の炎に晒され、鉄すら一瞬で蒸発する炎の中では、人間なんて儚いモノだ。
悲鳴は、無い。
上げる暇すら、無かったのだろう。
あれだけ居た命が、この一瞬で火葬に処されたのだ。
「――闇の炎に抱かれて消えろ」
刀身に纏わり付いた、闇の炎を振り払うかのように一薙ぎ。
決め台詞と共に、手にした剣を鞘へと納めるモルドレッド。
うん、こうなると思ってた。
だってモルドレッド、素のパワーが12000もあるんだぞ。
オマケに破壊系効果2つも持ってるし、耐性まであるし。
俺が今まで見てきた、邪神の欠片とかいうヤツ。
あいつ等全部束にしても、モルドレッドが単騎で屠るぞ。
誇張ではない、効果をちゃんと見た上で、それでも断言出来る。
今までの効果であらば、全部モルドレッドに通らない。
伊達や酔狂で7マナクラス名乗って無いのだ、このモルドレッドは。
賊に身をやつしている連中が、そんな相手に勝てる訳無いじゃないか。
もし勝てるなら賊じゃなくて英雄をやってくれという話だ。
コイツに勝てるなら邪神の欠片とやらにも余裕で勝てるよ。
「……あのリーダー、何て名前だったんだろうか」
「さあ? 何か名乗っていたような気がしましたけど、蛆虫語は分かりませんわ」
あの啖呵からこの結末は、余りにも、その、悪党とはいえ哀れみを誘うものがある。
取り敢えず、安らかに眠って下さい、名前も知らない悪党達よ。
悪党だろうが何だろうが、死ねば仏なのだから。
―――――――――――――――――――――――
暴れて満足したのか、モルドレッドはさっさと引っ込んでしまった。
……あの、まだ森燃えてるんですけど。
勝手に現れて全部台無しにして、全部消し炭にして終わらせてしまった。
「何故殺したし」
余計な延焼を防ぐべく、森の消火活動に励みながらダンタリオンが愚痴を零した。
尚、ダンタリオンだけだと消火が追い付かないのでマーリンも協力して消火に当たっている。
「……モルドレッド、許さん。もいでやる」
「……」
ダンタリオンはかなりお冠だ。
何をもぐ気なのかは、聞かないでおく。
「全部殺してどうするのよ。尋問出来なくなっちゃったじゃない」
ダンタリオンの言う事はごもっともだ。
ダンタリオンの能力の前では、秘密は筒抜け同然。
だが、別にこの能力は交霊術の類ではない。
死者から情報は、吐かせられない。
死人に口無しなのだから。
「ねえ、主人。モルドレッドのカード、破いて処分しませんか?」
「え?」
向き直り、真顔で提言するダンタリオン。
これは、冗談言ってる顔じゃない。
目がマジだ。
「私達の輪を乱す所か、主人に危害を加えるなんて言語道断。居ない方がマシです」
「いや、それは駄目です」
ダンタリオンの提案は論外だ。
モルドレッド程頼りになるカード――いや、性能やイラストなんか関係無い。
カードを傷付けるという行為自体が、論外。
する訳無いだろ。
「……そう言うと思いました。主人は、優しいですからね」
一通り消火活動が済んで、ダンタリオンが一息入れた。
「でも、モルドレッドを自由にしちゃ駄目です。これからは、主人の余剰マナを7以上にしない方が良いと思います」
「そういう事、あんまりしたくないな……」
「これだけは、譲れません」
カード達から、自由を奪うような事をしたくない。
何であろうと、それは変わらない。
それが例え、俺に危害を加える奴であったとしても。
善悪入り混じり、混沌としているのがエトランゼというカードゲームなのだから。
悪の否定は、エトランゼの否定にも繋がる。
「どうせ、一度に全員出られないのは変わらないんですから。こうして私が今は出てますけど、普段アルトリウスもずっと外に出たいと言ってますし。誰を召喚した状態にしておくか、主人がモルドレッド以外で最低一体、決めておけば良いと思います」
「まあ……それ位なら」
当初立てていた作戦は、全部御破算になった。
だが終わってみれば、囚われていた人達は無事解放出来、目的自体は達成出来ていた。
終わりよければ全てよし――ではないか。
ガラハッドが懇意にしていた、ヘンリエッタという女性が行方不明のままだ。
まだ、終わってない。
「取り敢えず、この人達を送り届けた方が良いんじゃないか?」
「先に、洞窟の探索をした方が良いと思います」
「何でだ? 人命最優先だろ、何か理由があるのか?」
「今回の襲撃を知って、証拠の隠滅に動かれるかもしれません。ここに残されている情報を処分されると、本当に詰みます。近くに集落があれば、同時進行で送り届けても良かったんですが、生憎近くには無いです」
「隠滅するような奴が居る、かもしれないか」
――攫った女性の、卸先か。
「確かにそうかもな」
「情報源、モルドレッドの奴が全部消し炭にしちゃったし……この洞窟に何か情報無いか、探るしか無いわね」
「うーん……じゃあ、インペリアルガード。ここの人達を見ててくれないか? 同じ女性なら、少しは不安が薄れるだろうし。何かあったら連絡してくれ」
「かしこまりました、御主人様」
何かその、ヘンリエッタという女性に関する情報が残ってないか。
その手掛かりを入手してから、囚われていた人達を送り届ける事にしよう。
「御父様を穢された憂さ晴らしはこれ位にしておきましょうか」
「いとしのひと……?」
「おい、エルミア。何だその目は。この女の言葉は全部妄言だ、真面目に聞くんじゃない」
「酷いですわ。あんなにも熱く愛し合ったではありませんか」
「愛し、合う……!?」
「だから真面目に聞くな! モルドレッドの妄想に関わるんじゃない!」




