47."悪党"
空中を猛進し、洞窟の光景が目に飛び込む。
案の定、警備は出払っておりボロボロだ。
だが、皆無ではない。
「――潰すってんなら、俺がやっちまっても良いんだろ!? ダチ公!!」
聞き慣れない、初耳の男の声。
その男は、僅かに残った警備の男、その背後に出現する。
ボンタンと呼ばれる改造学生ズボンを履き、腹部にはサラシが巻かれている。
そのサラシから浮き出る鍛えられた腹筋が、その肉体の頑強さを周囲に誇示する。
裸の上半身にはさながらマントの如く特攻服を肩に掛け、右手には握りの巻かれた木刀が力強く握り締められている。
全身白で統一されたカラーリングの服装だが、所々に薄っすらとだが赤いシミがあるのが見て取れる。
特攻服には己が信条である「前力全壊」の文字が、力強い筆跡で書かれている。
木刀の柄で打ち付け、一人を倒す。
握り締めた拳で、顎を殴り抜く。
一人がまた地に倒れ。
振り抜いた横薙ぎの木刀が、防具ごとあばら骨を打ち砕き、最後の一人が沈黙した。
その姿を目の当たりにし、呟く。
「龍じゃねーか」
――連合総長 龍。
まるで何処かの古いヤンキー漫画から出てきたような出で立ちの、典型的な不良。
あー、ハマるとマジで止められねえんだよなあのカード。
……違う、そうじゃない。
あれ?
俺、人質を取られるという最悪の状況を避ける為に、人質が通用しない人外を使ってここを落とそうとしたんだよな……?
人間が出たら、駄目じゃね……?
そんな事を考えながら、俺はダンタリオンから降ろしてもらい、地面に足を付く。
うん、よし。
良くないけど、よし。
「……俺も洞窟行くわ。悪いんだけど、連れてって」
「えっ?」
「もう、意味無いわ」
龍が出たら、駄目じゃん。
人間、来ちゃったじゃん。
人質、通用しちゃうじゃん。
「人外縛り、解除。もう、全力で殴り付ける。予定変更、電撃戦」
人質を取られないようにする立ち回りが、破綻した。
だったらもう、相手が態勢立て直す前に決着付けるしかない。
洞窟に、突撃する。
「誰だテメェは!」
洞窟に入るやいなや、早速出迎えが待ち構える。
銃口が、俺に向けられる。
……この世界にも、銃ってあるんだなぁと、我ながら呑気な考えが浮かぶ。
「俺様だよ!」
突如、男の返答と共に身体が宙に舞う。
洞窟の角へ向け、男に抱きかかえられながら、身体を投じる。
直後、俺の居た場所に襲い掛かる発砲音。
「よお相棒! 俺様が来たからには大船に乗った気で居て良いぜ! 人質だろうが何だろうが、全部"盗んで"やるよ!」
浅黒い肌で、良く鍛えられた筋肉質な肉体。
アラブ系と言うのだろうか? 堀の深い顔立ちで目力が強く、綺麗に整えられた髭を生やし、ともすれば海の男と勘違いされそうな風貌。
その腹筋を見せ付けるかのように半裸でおり、腹筋だけでなく、胸筋も背筋も腕回りも、全身がまるで筋肉の鎧とでも言うべき、鍛え上げられた肉体。
豪華な刺繍と毛皮をあしらった王侯貴族の着る様なコートを肩から掛けており、首元には見るからに希少で高そうな宝石を用いたネックレスの数々がぶら下げられている。
浮かべた笑みは、下手すれば男すら意識を奪いかねない程の色香を放ち、異性であらば見惚れてもおかしくない。
それもまた、心を"盗む"というヤツなのだろう。
「ああ、シャックスか」
「ご名答♪」
略奪王 シャックス。
ダンタリオン達と同じ元ネタから生まれ、ありとあらゆるものを"盗む"能力を持つ。
銃撃の雨が、僅かに止まる。
その隙を逃さず、シャックスは飛び出し。
「ウェポンスティール」
右手から、黒く揺らめく光が湧き立つ。
その右手を振り抜くと――その右手に、一つの銃が握られていた。
形状からして、名前は分からないがライフル銃の類だろう。
向こうから、困惑の声が上がる。
ああ、"盗んだ"なシャックス。
見て無くても想像できてしまう。
「――んだよ、相棒の居た世界とはまた違う世界だって言うから期待したのに、タダのAKじゃねえか。魔法の銃でも出てくるのかと思ったのに、期待して損だぜ。使い方も変わり無いみてぇだし……つーか、銃は俺の専門じゃねえんだ」
失望したとばかりに、シャックスは手にした銃を、まるで誰かにトスするかのように宙へと放り――
「殺っちまえ! ビリー!!」
シャックスが姿を消す。
銃が、男の手に舞い降りる。
瞬時に構えを整え。
「YAAAAAAHAAAAAAAAAAAA!!」
残弾を気にしない、フルオート射撃!
薬莢の雨の中、その男は狂気の笑みを浮かべる。
カウボーイハットを被り、青い瞳にキラリと輝く白い歯。
首にはスカーフを巻き、ジーンズに皮のブーツという出で立ち。
背負ったライフルに加え、腰のベルトには二丁のリボルバーを提げている。
背は低い、ダンタリオンと同じ位だろうか?
そしてその事を指摘すると、彼は本気でキレるのだろう。
無法者ビリー。
余りにも有名な元ネタから生まれ、その元ネタ通り、天才的な射撃の腕を誇るカード。
カチリ。
手にしたライフルの残弾が底を尽き、それを知らせる音が空しく響く。
銃弾の雨が止み、それを相手が見逃す筈も無く――
ライフルを捨てる。
リボルバーを引き抜き、構え、撃鉄を起こす。
引き金を、引く。
一発――いや、本当に一発か?
その所作が、早過ぎて、認識出来ない。
気付いたら、ライフルを捨てて銃を抜いて撃っていた。
そうとしか、言えなかった。
「ノロ過ぎるぜテメェ等! どうぞ頭を撃ち抜いて下さいって言ってるようなもんだ! 一発で倒れないだけ案山子の方がよっぽど上等だぜ!?」
勝ち誇るビリー。
事実、決着は着いたのだろう。
反撃が飛んでこないからな。
「……もう出ても大丈夫か?」
「ああ構わないぜマブダチ」
「なら、先に進むか」
まだ、目的である人質の救出が終わっていない。
安堵するのは人質を手中に収めてからにしよう。
ゴブリン達の威力偵察によって得た情報通り、進んだ先にあったその空間に、人質に成り得る人物達が囚われていた。
迷う事も無く、一直線だ。
詰めていた男二人は、声すら上げる暇も無く、ビリーの手で射殺された。
「んだよ!? 何で鍵がこんなにあるんだよ! 明らかに牢の数より鍵が多いじゃねえか!」
壁面に掛けられた無数の鍵を目の当たりにし、キレるビリー。
でもごもっともだ。
牢屋はここだけらしいのに、何で牢屋の数の何十倍も鍵があるんだ?
うーん……あっ、手錠とかの鍵も含んでるのか、これ。
「ビリーの持ってる銃で、鍵を壊せないのか?」
「おいおいマブダチ、映画やアニメじゃ無いんだぜ? 鍵を破壊出来る銃ってのは、特殊な銃弾を使ってんだよ、ノーマル弾頭で撃っても壊せない所か最悪跳弾でトンでもない事になるぜ?」
そうなのか。
駄目ならば鍵を探すしかないが――これをイチイチ牢の鍵穴に差して、開くかどうかを試している暇は無い。
「だったら"壊せば"良いんだろ――!」
龍が再び出現し、手にした木刀を振り被る。
その木刀を真っ直ぐに、牢に向けて叩き付ける!
――壊れない。
「……銃で壊れないんだったら、木刀じゃ壊れないだろ」
木刀で鉄の檻を叩いても、破壊は出来ない。
壊れるのは、どう考えても木刀の方である。
「もおおぉ一発!!」
威勢のいい野太い声と共に、再度気合を入れた一振りを放つ龍。
先程よりも大きな音を立て、木刀が檻に衝撃を叩き込む!
――檻が、歪んだ。
龍が、地を踏み締める!!
渾身の力を籠め、己が筋肉を震わせ、ただただ愚直に、その力を叩き付け――
「おい、待て。まさか、実体化状態でもその"効果"有効なのか……?」
つまりこれは三回目の、攻撃。
そして次は、四回――
「――囚われた皆様、檻を龍が破壊しますので、巻き込まれないように伏せて下さい」
意図を察したインペリアルガードが即座に現れ、囚われている女性達に伏せるよう指示を飛ばす。
三度目。
龍の一振りが、檻の破壊を成し遂げた。
「猪武者、だったか? これだから突撃馬鹿は……」
ビリーが軽口と共に、口笛一つ。
連合総長 龍。
このカードの最大の特徴、それは――
攻撃終了後、自らのパワーを倍にする。
1000、2000、4000――
「おい、龍。もう、加減しろよ? 洞窟が崩れるとか洒落になってないぞ?」
「いいいぃぃぃあっはああああぁぁぁぁ!!」
返答が無いぞ、聞いてんのかコイツ。
四度目。
檻が壊れるというより、ぶっ飛ぶ。
次々に人質の檻に向け、木刀を叩き付ける龍。
もう、檻は無いに等しかった。
今、何回攻撃した? 数えて無かったから分からんけど絶対ヤバい数字になってるはず。
「これで全員だな、じゃあ脱出しようか」
「ま、待って下さい君主! ヘンリエッタさんが居ません!」
ガラハッドが現れ、声を上げる。
……居ない、か。
成程、そう来たか。
そのパターンは考えて無かったな。
ここ以外に、攫われた人達が囚われている場所は無い。
これで、全員だ。
にも関わらず、ここに居ない。
――そいつだけ、別の場所に連れて行きやがったな。
理由は知らないが、そういう事だ。
「だけど、これ以上この場には留まれない。この人達を連れて脱出しなきゃいけないからな」
ここに居た女性の数は、合計12名。
これだけの数を守りながら、何時までも留まる訳にも行かない。
彼女達に被害が及ばないとも限らないからな。
守りながら、脱出する。
そうなれば最適は攻防一体、効果として最適なのはアルトリウスだろう。
「なら、アルトリウス。後は――」
――視界が、飛ぶ。
首元に、強い衝撃。
直後、背中にも痛みが走る。
状況を察するに、壁に叩き付けられたようだ。
その二つの衝撃で、息が一瞬止まる。
首根っこを片手で押さえ付けられたまま、俺の首筋に白刃が添えられる。
「おはようございます、間男。こうしてお会い出来る日が来るとは思ってもいませんでしたわ」
花のような笑顔を浮かべ――彼女はそう言った。
肩と豊満な胸元を大胆に露出した、朱と黒を基調とし、ゴシックドレスのような装いの鎧姿。
禍々しい色彩ながらも、それと同時に妖艶さをも漂わせる、官能的な美を放つ出で立ち。
透明度の高いルビーの如き、紅い瞳。
小さな口から放たれる、小鳥の囀りの如き高い声。
傷もシミも無い白く綺麗な素肌。
その美貌は、思わず俺も見惚れる程。
「御父様を誑かし、挙句の果てに穢した、イケナイ間男……♪ 私、ずっと、ずっと、ずっと。憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて!! こうしてやりたいって、ずーっと間男の事を思い続けていたんですのよ……っ!!」
豹変。
代わりに向けられた笑みは――邪悪そのもの。
歪な愛を振り撒き、自己中心的な愛を注ぎ、争い殺め、最愛の人と共に、闇へと堕ちた、悪女。
「モ、ル、ドレッ……ド……」
「うふふ♪ せいかぁ~い、ですわ。間男」
愉快そうに笑う、モルドレッド。
アルトリウスの在り方を歪め、導かれるはずの道を歪め、闇へと堕とした張本人。
円卓の反逆騎士 モルドレッド。
その美貌とキャラで多くのエトランゼプレイヤーを狂わせた、狂愛の騎士。
「よりにもよって、間男のマナ数が7の時に私が戻って来るなんて。このまま間男をくびり殺して、御父様と結ばれる運命だと、神様がそうおっしゃっているのかしら?」
モルドレッドの白刃が、俺の首、その薄皮を軽く裂いた。
「ああ、それから間男は知らないでしょうから教えて差し上げますけど。私達が実体化するのは優先順位があるんですのよ? 間男が召喚するのは第一優先ですけれども、私達が勝手に実体化する時は、消費マナ数が大きい方が優先されるんですの。だ・か・ら♪ 今は、誰も間男を助ける事は出来ないんですのよ~うふふふふ」
――それは、初耳だ。
そして、モルドレッドの召喚マナ数は――7。
コイツ一体で、俺の使えるマナ数を全て独占してしまっている。
そういう事か。
「俺を、殺す、のか――」
「そうですわねぇ~……」
ああ……何となく、理由は分かる。
俺は、アルトリウスが好きだ。
そして、モルドレッドもまた――アルトリウスを愛しているのだ。
アルトリウスを思い、焦がれ、狂い、果てにアルトリウスに討たれた。
アルトリウスに対して異常とも呼べる深い愛を抱いているが故に、俺という存在が許せないのだろう。
モルドレッドから見れば、俺は、最愛の人を誑かす間男同然という事か。
「そうか」
「…………」
それも、良いかもな。
カードに殺されるなら――
「――気に入りませんわね」
突然手を離され、地面に腰を強打する!
咳き込み、荒れた呼吸を整える。
「今の間男を倒した所で、御父様は私に振り向いてはくれないでしょう」
興味のない玩具を見下ろしているかのような、酷く冷たい目であった。
その視線が、俺に対し向けられる。
「壊れた玩具に構う位なら、御父様と愛の一時を育んだ方が余程建設的ですわ」
「――こっちだ! 女共の所に居るぞ!」
咳が収まった頃合い、洞窟の向こうで怒声が響く。
足音が近付いてくる。
時間を掛け過ぎたか。
脱出したいが――よりにもよってこんなタイミングで不確定要素が来るとは想定していなかった。
要らぬ時間を取られた挙句、この状況は不味い。
人質を取られ、カード達が十全な力を発揮できなくなるのが最悪であった。
逆に言えば、人質さえ居なければどうとでもなると考えていた。
カード達の力があれば、たかが賊風情に遅れは取らないと。
「…………」
だがまさか、カードの実体化にそんな優先順位があったとは。
「――他のカードを召喚しようとしたら殺しますわよ」
俺の思考を見切られたのか、モルドレットの白刃が再び添えられる。
俺の召喚する意思が最優先だという事は、俺がアルトリウスを召喚すればマナ数の都合でモルドレッドは引っ込む――その考えは、モルドレッドに筒抜けだったようだ。
「動くな!」
洞窟の住人である、襲撃犯達が武器を構えた状態で出入り口を封鎖した。
背後の女性達が、短く悲鳴を上げる。
この場所は、捕らえた人達を逃がさない為なのだろう、袋小路となっている。
唯一の出入り口は、目の前にある一本の道だけである。
もう、逃げ場はないし、モルドレッドは俺に対し敵意を抱いている。
協力する気は皆無だろう。
「――詰んだか」
「あら、諦めるのですか間男?」
「どうしようも無いだろ。俺には何も力は無いからな」
俺がこうして生きているのも、カード達の力のお蔭に他ならない。
そのカード達が協力しないとなれば、もう俺には何も出来ない。
平和な日本育ちの一般人風情に、何が出来るというのか。
「――嗚呼、ムカつきますわその顔」
舌打ち一つ。
直後、再び衝撃。
モルドレッドに、顔を蹴られた。
「だけど、まぁ。間男の計画を狂わせたのは私である事も鑑みて、今回だけは身を引いてさしあげますわ」
モルドレッドは俺に向けていた剣をゆらりと、退路を封じる襲撃犯へと向ける。
「動――」
「塵も残さず燃え尽きろ下郎!!」
制止の声すら置き去りにして、一瞬で振り抜かれた剣。
その白刃の軌跡をなぞるように生ずる、地獄の業火を思わせる黒く、へばりつくような炎。
その炎は空間を焼き尽くしながら延焼し、瞬き一つの間に襲撃犯を包み込む!
音一つ無く、悲鳴すら上げる間もなく、黒い炎が舐め――炎が収まった後には、何も残っていなかった。
鉄製の装備すら、何一つ残さず。
その炎が、全てを焼き尽くしてしまった。
「アッハッハッハッハ! 骨の無いヤツって言葉の例えがありますけど、その言葉の通り、燃え残る骨すら無かったですわねぇ! ――さ、とっとと出ますわよ間男」
「え、おう……ありがとう、モルドレッド」
良く分からないが、モルドレッドは助けてくれるらしい。
殺す気なら、見殺しにすれば良いだけの状況で、わざわざ剣を振る理由が無いし。
「うふふ♪ 気持ち悪いから口を閉じてくれますか間男。鳥肌が止まりませんわぁ♪」
違う。
分からん、今モルドレッドが何を考えてるのか理解出来ない。
「私の後ろに誰も立たせなければ、良いって事ですわよね? 簡単ですわ~」
俺を置いて、スタスタとモルドレッドが出口に向かって歩き出してしまう。
「えっと、取り敢えず付いて来て下さい。ここに残ってても、助かりませんから」
女性達を促し、モルドレッドの後に付いてくるように指示を出す。
どうやら理解してくれたらしく、俺の後を追うように、女性達は歩みだした。
不良、盗賊、無法者、裏切り者。
異邦人とは決して良い奴だけでは無い。
光がある所には必ず闇も存在し、彼等彼女等こそが闇である。




