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3.天罰の火

「ピィ! ピピッピピ! ピッピピピーイピピッピ!」


 またリッピが何やら鳴き声を挙げつつ身振り手振りで何かを伝えようとしている。

 自分と俺が持っているケースを指し示し、次に目の前の巨大で得体の知れない生物を指し示している。


「ピィ!」


 リッピは俺の目の前で、姿を変える。

 いや、ある意味それは元に戻ったと言うのが正しいのかもしれない。

 Etranger(エトランゼ)のプレイに使われる、カードの1枚。霊鳥 リッピ。

 それが空中から、カード自体が意思を持つかのように舞い、俺の手にしている随分重たいカードケース、その細長い穴を通り、ケースの中へと収まる。

 直後、ケースの中から響く擦過音。

 音が止むと、細長い穴から飛び出すカード。

 反射的にそれを引き抜き、カードを確認する。

 枚数は7枚。その全てが俺の良く知るEtranger(エトランゼ)のカード。

 再びケースからカードが飛び出す。次のカードはそのまま飛んで行き、カードは姿を変え、再び先程俺の目の前に居た霊鳥 リッピとして姿を現した。

 更に、次のカードはまるで俺の周囲を守るかのように展開する。枚数は5枚。

 余りにも良く見知った光景、枚数であったせいか、思わず口にする。


「……これ、Etranger(エトランゼ)の初期状態じゃないか?」

「ピィ!」


 その通りだと言わんばかりに、リッピは首肯する。

 そして、目の前の巨大生物をその翼で指し示す。

 その間、翼は羽ばたくのを放棄しているにも関わらず、リッピは空中に居たままだ。どうやってその状態維持しているんだ?


Etranger(エトランゼ)を俺にやれって事か?」


 リッピは肯定する。


「相手は?」


 リッピは、目の前の巨大な謎の生物を指し示す。


 ……まあ、何でも良いか。

 夢うつつの中であろうと、Etranger(エトランゼ)が出来るならばそれでも良いかもしれないな。



「――交戦(エンゲージ)



 戦いの始まりを告げる、その言葉を俺は口にする。

 世界が、音もなく静止していく。



―――――――――――――――――――――――



 Etranger(エトランゼ)は、デッキと呼ばれる60枚のカードの束を用いて行う、対人カードゲームというボードゲームの一種である。


 デッキをシャッフルし、最初に7枚をデッキからドロー(引く)

 この際、手札を確認し1度だけならばマリガン(引きなおし)が許されている。

 次に、デッキの上から召喚コスト5以下のユニットが出るまでめくり、始めに出たユニットを自分の(フィールド)に出す。これは行わなくても良いが、行うのは基本である。

 ユニットを出した場合はユニット以外の残りはデッキに戻し、再びシャッフルを行う。

 その後、デッキの上から裏側のまま5枚のカードを伏せる。これは(シールド)と呼ばれ、対戦中に自らを守る文字通りの盾となるモノである。

 ここまでの工程を終えたならば、対戦開始(エンゲージ)となる。


 これが、Etranger(エトランゼ)というカードゲームの最初の流れ。

 最初に7枚が手札として用意され、自分の場には霊鳥 リッピが召喚された。

 まるで新月の夜の如き真っ黒な闇で塗り潰された5枚のカードは一切中身を窺い知る事は出来ず、俺自身の動きに連動するように周囲を漂い続けている。

 先程行われた動作は正にEtranger(エトランゼ)そのものであった。


「――あの目の前の良く分からないのが、対戦相手って事か? それともユニットか? どっちにしろ、プレイヤー不在か初期ユニット不在って事になるんだが……リッピ、どっちか分かるか?」

「ピィ!」


 頷くリッピ。どうやらこの状態でも意思疎通は普通に行えるようだ。


「じゃあリッピ、あそこに居るのはプレイヤーか? ユニットか? プレイヤーなら右の翼を、ユニットなら左の翼を広げてくれ」


 リッピは左の翼を広げる。

 つまり、プレイヤー不在。目の前の良く分からない触手を生やした黒い物体はユニットだという事になる。


「ユニットか……相手ユニットのテキスト確認でも出来――」


 れば良いのだが、と言おうとしていた最中。

 俺の意思とは全く違う、何者かの所作により頭の中に文字が浮かんでくる。



 名称:邪神の欠片

 分類:ユニット

 プレイコスト:???

 文明:黒

 種族:獣/悪魔

 性別:不明

 パワー:2000

 1:【永続】このユニットは戦闘では破壊されない。



「……なあ、リッピ。お前何かしたか?」

「ピィ?」


 リッピは不思議そうに首を傾げている。さっき頭の中に浮かんだ文字はリッピの仕業ではないらしい。


「後は、何だこの数字?」


 先程から、目の前に数字が浮かんでいる。

 1つは、10000という数字。これはまぁ、恐らく俺の初期ライフという事なのだろう。このライフがゼロになったら、ゲームオーバー。俺の敗北という事か。

 そしてもう1つは、今も現在進行形で減り続けている数字。

 132、131、130、129――注視すると、どうやら1秒に1つずつ減っているようだ。


 ……もしかして、これ俺が1ターンに許されてる思考時間なんじゃないのか?


「マナゾーンにカードを1枚置く(セット)。これでターンエンドだ」


 手札から1枚を選択し、マナゾーンに置く事を宣言。

 すると手札から選択した1枚が陽炎の如く消え失せ、自分の目の前に置かれる。

 盾のようにこちらも自分の動きに併せて動いているようだが、盾とは違い表向きで、上下逆に置かれている。ここが、マナゾーンという扱いなのか。


 ターンエンドを宣言した途端、目の前にある数字が121で停止する。

 そして数字が止まった途端、先程からまるで静止画のように停止していた光景が、再び動き始める。

 黒いイソギンチャク? のような見た目の生物は、その動きを変化させる。

 それはまるで、こちらに相対するかのように向き直っているようである。

 目も顔も分からないから何となくでしかないのだが。


「なんで――何故ここに来た! 早く逃げろ!!」


 先程、俺を介抱してくれていた少女が、張り裂けそうな叫び声を挙げる。

 黒いイソギンチャクのような物体は、その頭部を振り被り、頭部の触手を地面に向けて叩き付けるような所作で振り下ろした。

 その触手は真っ直ぐに俺目掛けて振り下ろされたのだが、まるで俺の周りに見えない障壁でもあるかのように弾かれる。


 Etranger(エトランゼ)において、自分のフィールドに前衛ユニットが1体でも活性状態で存在する時、プレイヤーに直接攻撃する事は出来ない。


「ピィ!!」


 リッピが触手目掛け、その猛禽類特有の鋭いくちばし、鉤爪を用いて傷を与えようと攻撃を仕掛けていく。

 しかし触手にはまるでダメージが通る気配は無く。


「ピギッ!」


 まるで目障りな羽虫を追い払うかのように、触手で払う動作を行う。

 その直撃を受けたリッピは、肺腑から空気が漏れたような、苦しそうな声と共に空中で光の粒子となって消滅した。


「……パワー2000、ってのは確かみたいだな」


 霊鳥 リッピのパワーは1000。

 あの邪神の欠片というユニットのパワーは2000。

 ユニット同士の戦闘では、パワーが低い方が破壊されるのがルールとなっている。

 先程の邪神の欠片というユニットの攻撃を受け、リッピは破壊されたのだろう。

 更に、さっき頭の中に浮かんだ情報を信じるなら、この目の前の相手は戦闘では破壊されない。


「リッピが破壊された事で、ユニット効果発動。俺は無色マナ1を得て、デッキから1枚ドローする」


 カードケースから出てきたカードを1枚引き抜き、自分の手札に加える。

 その後、更にカードケースから1枚のカードが飛び出す。

 それと同時に目の前の数字が121から180へと変動し、再び世界が静止画の如く停止する。

 そしてそこから、179、178――1秒に1つずつ減っていく。

 ああ、やっぱりこれ1ターンの思考制限時間なのか。

 そういえば、Etranger(エトランゼ)の公式ルールでは1ターンの思考制限時間は3分って決められてたな。身内同士の対戦だとなあなあになって形骸化してたけど。


「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、俺の場の疲弊状態のカード全てを活性状態へ。メインステップ」


 ――しかし、酷いな。

 自分の手札に目を落とす。


 マナ数:無色×1

 所持手札:

 絶対守護障壁

 複製

 パラダイムシフト

 絆創膏

 グリッターズレイン

 インフェルノボム

 破滅へのチキンラン

 血の代償


 リッピの効果での追加ドローと、ドローステップでの通常のドロー。

 8枚もの手札があるのに、その中にユニットは0枚。

 Etranger(エトランゼ)だけに限らないが、基本的に戦闘を行うのはカードゲームにおいてユニット、モンスター、クリーチャー……その他色々呼称があるが、そういう部類のカードである。

 そのカードの戦闘を他のカードで補助し、勝利へと突き進む。それがどんなカードゲームでも基本中の基本となる行動だ。

 だが、今俺の手札にはその基本であるはずのユニットが1枚も存在していない。

 しかもその8枚も今は使う意味が無い、または使えないカード。はっきり言おう。手札事故である。

 ゲームは既に開始している以上、マリガン(引きなおし)も許されない。

 仕方ない、この手札で頑張るしかないな。


「俺はマナゾーンのカード1枚を疲弊させ、虹マナ1を得る。マナゾーンにカードを1枚置く(セット)。これでターンエンドだ」


 手札事故を起こしているプレイヤーの典型的な動きだけをして、俺は再びターンを終了する。

 再び動き出す世界。目の前の邪神の欠片は、再び俺目掛けその触手を叩き付けて来た。

 今度は、俺を守るユニットは存在しない。


「その攻撃は、盾で受ける」


 振り下ろされた触手は俺の周囲に漂っていた盾と衝突し、まるで車のガラス片のように粉々に砕け散った。

 盾は、プレイヤーである俺の代わりに相手のユニットの攻撃を受け止める緩衝材としての役割も果たす。

 この攻撃により俺の盾は1枚減り、4枚となった。

 減った1枚は、自分の手札へと加える。

 以後、普通に自分の手札として使えるのだが……


「……駄目だなこりゃ」


 そこで引き抜いたのも、今現状では使えないカードであった。


「俺のターン、ドロー。リカバリーステップ、メインステップ」


 マナ数:虹×1 無色×1

 所持手札:

 絶対守護障壁

 複製

 絆創膏

 グリッターズレイン

 インフェルノボム

 破滅へのチキンラン

 血の代償

 次元歪曲

 積み上げる収束魔法回路


 これで、9枚。

 それだけの手札があるのに、ユニットは皆無。

 流石にこれは、余りにも情けない。

 これではただのサンドバッグ同然だ。


「俺はマナゾーンのカード2枚を疲弊させ、虹マナ2を得る。マナゾーンにカードを1枚置く(セット)。これでターンエンドだ」


 使う当ての無いマナを抽出しつつ、再び俺のターンは終了し、目の前の邪神の欠片が動き始める。

 先程同様に、俺に目掛けて触手を振り下ろしてくる。

 これまた前のターンの焼き直しのように、その攻撃を盾で受け止めた。


「――こんな所に寝てたか」


 だが、リプレイはここまで。

 次に破壊された盾は、先程のカードとは違う。


「カウンター呪文、天罰の(パニッシュメント)(フレア)発動――」


 カウンター呪文。

 それは、盾として存在している状況で、破壊され手札に加わる時に限り、発動コストを0にして即座にその場で発動する事が出来る特殊なカードである。

 このカードの効果は……


「――相手フィールドの前衛ユニット全てを破壊する」


 単純明快にして強力。

 初心者にも分かり易い、シンプルイズベストを地で行く効果。


 目の前で、巨大な紅蓮の球体が形成されていく。

 目の前の邪神の欠片は周囲の大木と同じ位の大きさを誇るが、これはそれ以上だ。


「これは戦闘破壊じゃない、効果による破壊だ。戦闘破壊耐性じゃ防げない」


 爆轟。

 紅蓮の球体が弾け、轟音と共に目の前の視界を白色交じりの朱で染め上げていく。

 邪神の欠片はその触手を振るい、必死に目の前の炎に抗おうとしたが、そんな些細な消火動作で大火を遥かに上回る熱量を防げる訳も無く。

 その巨大な体躯は膨大な火力に飲まれ、いとも容易く灰燼と帰すのであった。

 見ているだけで明らかに分かる猛火なのだが、不思議と目の前に居た自分は熱いと感じなかった。それに、周囲は森な筈なのに、延焼もしていない。

 うん、まあどうせ夢だしこういうのは仕方ないのかな。


 目の前に浮かんでいた数字も、カードも全て消えた。


「……これで終わりなのか?」

「ピィ!」


 先程粉々に散ったはずのリッピが再び現れたので、訊ねてみる。

 首肯するリッピ。

 どうやら、これで終わったらしい。

 プレイヤーが居ないから、ユニットを倒しただけで終わってしまうという訳か。

 たかがユニット1体倒しただけでゲーム終了。なんともあっけないものだ。



―――――――――――――――――――――――



 それは、地獄の業火か、天の怒りか。

 目の前に現れた巨大な熱量が、いとも容易く邪神の欠片を焼き尽くしていく。

 人智を超えた力が、災害を灰燼へ変えていく。

 共に戦う戦友を、私の仲間を、次々に屍へと変え。

 今、私の目の前に確かに存在していた、死の象徴が。燃える。塵芥となっていく。


 ――炎が消える。


 邪神の欠片を飲み込んだ炎の奥で佇む、一人の男。

 生気を感じさせぬ淀んだ瞳は、先程まで邪神の欠片が存在していた虚空を見詰めており。

 その手には何やら異様な気配を感じさせる、魔術道具らしき代物が納まっていた。


 天災とも呼ぶべき邪神の欠片が世界に満ちる時、勇者と呼ばれる存在がこの世界に現れる。

 世界から邪神の欠片を消し去り、やがて何処かへ去っていく。

 御伽噺ではなく、歴史上実際に幾度と無く繰り返された。「邪神の欠片」と、それを討ち取ると言われている「勇者」の戦いの物語。


「もしかして、貴方が――」


 無意識に口から出た言葉。

 幼少の頃、絵本の中で幾度と無く空想したその勇姿。

 それを目に焼き付けた所で――私は、意識を手放すのであった。

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