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42.論戦

 何か増えたカードが他に無いか、確認している最中。

 まるで正義の炎を身にまとったかのような、熱気に満ちたガラハッドが姿を現す。

 この村の惨状は、酷かった。

 その蛮行の当事者になってしまった訳だし、ガラハッドが怒るのも、無理はない。

 何しろ、騎士の鏡みたいな男だしな。


君主(マスター)。ヘンリエッタさん達を助け出しましょう!」


 ガラハッドが、義憤の感情に任せて進言する。

 のだが。


「……ヘンリエッタ、って?」


 初耳の人物の名前を聞いて、首を傾げる。

 話を聞いてみると、何でもガラハッドとジャンヌが村に滞在している最中、世話になった人物らしい。

 ネーブルという、この村の住民で生き残った人、亡くなられた人。

 そのどちらにも、ガラハッド達が世話になったという人物が確認出来なかったらしい。

 状況から考えて、襲撃犯とやらに連れ去られたとしか考えられない。

 殺されたのなら死体が残っているはずで、死体を持ち帰る特殊趣味というパターンは、ちょっと考えにくい。

 他にも、女性が何名か行方不明になっているらしい。

 そして、行方不明なのは女性だけだそうだ。


「このような狼藉を働く輩の手にヘンリエッタさんの身命が脅かされるなんて、あってはならない事だ!」


 騎士道精神に(もと)る、蛮行を目の当たりにした事で、ガラハッドの正義感に大火が投じられたようで、その勢いに止まる気配が無い。



 だがそんなガラハッドとは対照的に、俺の気持ちは酷く平坦であった。

 何をそんなに怒っているのかと、我ながら非情だとは思うが、驚く程に感情に波が立たなかった。


 ――ここの村人達は、俺からすれば初対面の人でしかない。


 死者を悼む気持ちはあるが、顔も知らない人達の為に、怒りの感情は沸いてこなかった。

 だけど、まあ――


「俺は、どっちでもいいや」


 そう、どっちでもいい。


「攫われたっていう人達を救いに行っても、このまま見捨てても、どっちでもいい」


 助けても助けなくても、俺に益も損も無い。

 謝礼や名声なんかはあるのだろうが……そもそも、助けるのはカード達であって、俺じゃない。

 そういったプラスを得るべきなのもカード達であって俺では無いし、俺自身はそんなモノに興味は無い。


「だから、お前達で多数決を取ってそれで決めてくれ。俺は、それに従う事にするよ」


 ただ――


「どんな選択肢であれ、お前達が笑って終われる選択肢である事を願うよ」



―――――――――――――――――――――――



 カード達がその魂を漂わせる、精神世界と呼ばれる空間。

 そこへ、ガラハッドが舞い戻る。

 ここでは、時間の流れを任意に変動させる事が出来る。

 議論する為、現実よりも時間の流れを遥かに遅くした上で、昴の下に今居る全てのカード達が集合する。


「――戻ったか、ガラハッド。これで全員だな」

「……? インペリアルガードさんが居ないようですが」

「ああ、彼女なら今、団長(マスター)の側で付き添いをしているよ」

「そうか……そういえば、そういう女だったな」

「絶対に"選ばない"んだったか? 確かに、こういう多数決になりそうな場所に居ても意味無いだろうな」


 丸太に腰掛けたロビンが、自分の知るインペリアルガードという人物を鑑みて、納得した。


「だから、これで全員だ。旦那様(マスター)の言葉通り、これからどうするかだが――」

「ちょっと待って。何でしれっとアルトリウスが音頭取ってるの?」


 自然と議長の座に収まろうとしたアルトリウスに対し、ダンタリオンが口を尖らせた。


「私は旦那様(マスター)の嫁だからな。嫁としてこれは譲れんな」

「こういうのは持ってる知識量とか決断力で決めるべきだと思うんだけど。だから、ここは私が代表して――」

「決断なら、お前よりも遥かにやってきたよ」

「……言葉が重いな。確かに、エルフの小娘なダンタリオンよりは、圧倒的に多くの決断をして来ただろうからな」


 唸るフェンリル。

 アルトリウスの元ネタは、かの有名なアーサー王伝説であり、アルトリウスもまた、英雄女王の名を冠するだけあり、王の座に就いていた。

 王として苦渋の決断を迫られる事は多々有り、そういう意味では、蔵書庫で本を読み漁っていただけのダンタリオンよりは、遥かに多くの決断を行ってきたのは確かである。


「……まあ別に、こういうのでマウント取る気は毛頭無いから、他の連中がそれで良いってならそれで良いけど」


 ダンタリオンの言葉に対し、誰も異論を述べない為。

 この場を取り仕切るのは、アルトリウスとなった。


「さて、ネーブル村でガラハッドとジャンヌが世話になったヘンリエッタという人物含む、女性数名が襲撃の後に行方が分からなくなっている。状況的に見て、襲撃犯とやらに連れ去られた可能性が濃厚だ」

「村の周辺を走り回っていた時も、人間の女の死体は見当たらなかったから、間違い無いだろう」


 ロビンとマーリンと一緒に、ガラハッドへの増援として駆け付けたフェンリルが断言する。

 村にも居ない、村の周辺にも居ない。

 死体も無いとなれば、最早確定と言っても差し支えない。


「それで、助けるかどうかだが――」

「助けるに決まってるでしょう!」

「そうですよ!」


 アルトリウスの言葉を遮るように、怒声を上げるガラハッド。

 それに賛同したのは、ジャンヌであった。


「そもそも! 何故見過ごすという選択肢が出てくるのですか!?」

「私達や団長(マスター)の力なら、本気を出せばあんな連中、鎧袖一触で倒せます! そうでしょう!?」

「え~?(´-ω-`) えるえるとしてはどっちでもいいって言うかー、女を助ける労力は持ち合わせて無いって感じー(´-_ゝ-`)」


 (はや)るジャンヌに対し、冷めた回答を提示するブエル。


 ブエルは、典型的ぶりっ子である。

 男に媚び、女には冷たい。

 その言動も相まって、同性から非常に嫌われるタイプの女性であった。

 当の本人は馬耳東風であるが。


「調子に乗るなよ。ガラハッド、ジャンヌ」


 血気盛んな二人を一喝するアルトリウス。


「これは明らかな厄介事だ。だが今までとは違い、回避しようと思えばまだ回避が可能なタイプの厄介事でもある。今でも大概だというのに、お前は尚も旦那様(マスター)を危険に巻き込もうというのか?」

「では、彼女達を見殺しにしろと言うのですか!?」

「そうだ」

「なっ――ッ!」


 絶句するガラハッド。


「この村がどうなろうが、連れ去られたという女達がどうなろうが。そんな事、旦那様(マスター)には関係ない。旦那様(マスター)にとっての友人や、知人が被害に遭った訳でもない。この村に居る全員が、旦那様(マスター)や私達にとっての赤の他人だ。そんな奴等の為に、どうして欠片未満の可能性とはいえ、旦那様(マスター)を危険に晒す必要があるというのだ」

「……アルトリウス、貴女は何時もそうだ! 多を守る為だと言って、容易く少を切り捨てる! 人の命を、多い少ないでしか見ていない! 騎士の誇りをドブにでも捨てたのか!?」

「……私の忠誠も誇りも、旦那様(マスター)だけに捧げたモノだ。与えられた過去(せってい)の事なぞ、知った事か」


 ――アルトリウスとガラハッドの仲は、あまり良好ではない。

 フレーバーテキスト上から読み取れる設定であり、性格的にも合わないであろう事は簡単に予想が付く。

 アルトリウスは王という立場であり、常に決断を迫られていた。

 時には見殺しの選択を取ったとしても、国を、一人でも多くの民を守る為。

 清濁併せ呑む決断をし続けてきた。


 対し、ガラハッドは騎士の鏡とでも言うべき清廉潔白な精神をしている。

 弱きに手を差し伸べ、己が命に代えてでも、悪意敵意から人々を守る。

 欲に囚われず、嘘を吐かず、臆さず、弱きを助け、決して法に背かず、裏切らず、礼儀を重んじる。 

 それは騎士としてはとても立派な志ではあったが、そんな性格であるが故に、人としては少し問題があった。

 ガラハッドは決して折れず、白か黒かだけで判断し、玉虫色の回答を嫌った。

 故にアルトリウスとは度々衝突する。

 丁度、今回のように。


「確かに、ワシもアルトリウスと同意見じゃの。見ず知らずの相手なんぞの為に、同胞(マスター)の命を危険に晒す訳にも行かん。例えそれが、ゼロコンマ以下の遥か先であろうともな」


 マーリンが、アルトリウス同様に反対意見を提示する。


「見ず知らずなんかじゃありません! ヘンリエッタさんには寝食共に世話になったし、それに、村の人達だって見ず知らずの私達を温かく迎えてくれたんです! あんな人達を、見捨てるなんて出来る訳無いじゃないですか!」

「そうは言うがね……」


 ジャンヌの熱弁も空しく、難色を示すロビン。


 ――カード達にとって、(マスター)は最優先事項。

 自らの命よりも優先させるべき事であり、それは例えガラハッドやジャンヌであっても同じだ。

 だが、その昴自身がどちらでも良いと言ったのだ。

 助けるという選択肢を取っても良いと、そう言ったのだ。

 だから、二人は己の心に従い、強弁する。

 それが昴の願いでもあるのだから、と。


「お前達、そう二人を集中攻撃してやるな。我は、賛成票を投じさせて貰うぞ? 確かにあのような無法者、捨て置けんからな。残しておいて、主君(マスター)に牙を剥かないとも言い切れん」


 鼻を鳴らしながら、フェンリルがそう口にした。

 士気も高く、好戦的な様子を見せている。


「それに、主君(マスター)の安全を確保した上で狼藉者を屠ってやればいいだけの話だ、そうは思わんかリッピ?」

「私は、ノーコメントとさせて貰う。棄権するが……だが、一つだけ言わせて貰おう」


 フェンリルが話を振ったリッピは、賛同はしなかった。

 代わりに、その場に居る全員に告げる。


「――(マスター)は確かに弱いが、私達が考えている範疇に収まらぬ強さも持つ。それは、私達カードを束ねる手腕だ。私達の力を(マスター)に委ねれば、(マスター)はその力を使い、必ず理想へと到達してくれるだろう」


 最善を、理想を、現実にする。

 昴は、何度も試行錯誤を繰り返し続け、それを成し遂げ続けた。

 カードの持つ、1枚の限界を、他のカードとの組み合わせで、限界という枠組みを打ち破った。

 そのかつての在り方は、カード達が全幅の信頼を委ねるに足るだけのモノがあった。

 その事実があるが故に、リッピの言葉は重い。


 ……その理想とやらの為に、何度ボロ雑巾の如く使い潰されたか。

 その被害者であるという事実もまた、妙にリッピの言葉に含蓄と重圧感を与える。


「そして、(マスター)は私達の在り方を見ていたい、そう言ってくれた。ならば、私達が本当に考えなければならない事は、(マスター)の安否についてどうこう議論を重ねる事ではなく、己の在り方に正直に生きる事ではないだろうか?」 


 ――リッピの言葉に、しんと静まり返る空間。


「己の在り方に正直に、か……」

「……なら、私は自分の在り方に従って、反対票を入れるよ。私の大好きな主人(マスター)を、これ以上危険になんて晒させない」


 己の感情に従い、反対意見を固めるダンタリオン。

 それに次いで、他のカード達も意見を表に出していく。

 最も多い意見を採用するべく、投票数を数え――


「……棄権票が多いな、だがそれを踏まえても……まさか、同票とは」


 賛成と反対、それが全く同じ数字となった。

 こうも割れるとは、アルトリウスも予想外だったようだ。


「仕方ない、今度は棄権票を認めず必ずどちらかに票を入れさせる方針で――」

「待て、アルトリウス。まだ一人居るぞ」


 極彩色の翼を羽ばたかせてアピールしつつ、リッピが言葉を遮る。


「"カード達"の範囲に、彼女を入れないのは彼女にも、(マスター)にも失礼だろう?」

「……えっ、わ、私か?」


 リッピに水を向けられ、泡を食うエルミア。


「そうだ。エルミア、お前はどうしたいのだ? 助けたいか、見捨てるか。それとも保留するか?」


 その場にいる、全てのカード達から意識を向けられる。

 今、昴とカード達はどうするべきなのか。

 その回答が丁度拮抗し、天秤の如くゆらりゆらりと揺れている。

 エルミアが票を投じれば、それでどちらに傾くかが決まってしまう。

 助けるか、見捨てるか。

 その決断が、エルミアの意思に委ねられている。


 ――エルミアは以前、不本意ながらも昴を追い詰めてしまった。

 そんな過去があるが故に、決断という行為に気後れしてしまう。

 棄権が許されるのなら、保留にしてしまえばいい。

 私の意思で昴の進むべき道を決めるよりは――


 そこまで考え。

 だが、リッピの言葉を思い出し――


「私は……手を、差し伸べてやりたい。助けられるのならば、助けたい」


 我等は騎士。この身は敵を討つ剣、この命は民を守る護国の盾なり。

 力無き者の為、その魂を捧げよ。


 それは、騎士としてフィルヘイムに従属する時から胸に刻んだ言葉。

 今までも、ずっとそうしてきた。

 そして、これからもそうでありたい、と。


「だから、私はその人達を救いに行きたい。騎士として、今までもそうしてきた。そしてこれからも、"私"であり続ける為にそうしたいんだ」


 エルミアは、その結論を口にする。



 多数決は、決した。

内訳はこんな感じ


 アルトリウス:反対

 ダンタリオン:反対

 フェンリル:賛成

 リッピ:棄権

 インペリアルガード:棄権

 ロビン:棄権

 エルミア:賛成

 マーリン:反対

 ガラハッド:賛成

 ジャンヌ:賛成

 えるえる:棄権

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