41.焼け落ちた跡で
俺が村に到着したのは、そろそろ日も昇ろうかという朝方であった。
夜間、徒歩で森の中を歩くのは地味に重労働だった。
足元に注意しながらゆっくりと進んでいたので、大した怪我も無く村……光景を見て訂正する、村の跡地、と言うべきか。
夜間であるにも関わらず、魔物とやらの襲撃も怪我も無く辿り着けたのは運が良かったのだろう。
いや、カード達が見守っていたであろう事は予想が付くので、運が良い訳ではないか。
俺が死んだらカードも事実上死ぬのであらば、俺の動向に気を配るのも無理は無い話だ。
村の入り口に立つ。
そこが入り口だと判断したのは、焼け残った柵や、物見櫓のようなものが焼け残っていた事による推測なのだが。
そこに、人が倒れていた。
数は、6人。
全員男で、身体に矢が突き刺さっていた。
凍り付いたかのように、身動き一つしない。
「……死んでるのか?」
「死んでるね」
ダンタリオンが現れ、脈や瞳孔を確認し、そこに倒れている人々は既に息が無い事を告げた。
血の匂い、そして地面を掻き毟ったような指の跡が、生々しかった。
黙祷を捧げた後、亡骸を避け、村の中へと進む。
石造りの、恐らく教会であろう建物が目に飛び込む。
だが、それ以外は無残な姿であった。
建造物があったであろう場所は炭と灰になり、無事な建物は他に一つも無い。
慌ただしい村の中。
怪我をした住人の治療や、消息不明な者が居ないか、安否確認を行っている。
その光景は、あの時の光景を彷彿とさせる。
「ロニー……」
中年の女性が、男性の遺体の上半身を抱え上げ、抱きしめていた。
口にしたのは、恐らくその男性の名前なのだろう。
すすり泣く声が、炭と瓦礫ばかりの村の中に虚しく響く。
地獄であった。
何故、彼等がこのような目に遭わねばならないのだ。
彼等が一体、何をしたというのだ。
訳も分からず命を奪われた被害者。
失意の底に突き落とされた遺族達。
炭と血と涙と嗚咽で、村であった場所が塗り潰される。
「――ダンタリオン」
「何? 主人」
「ここの風習は、土葬なのか、火葬なのか、それ以外か、教えてくれ」
「ほぼほぼ、土葬みたいだね」
「分かった、ありがとう」
医学的知識がある訳でも無い。
そんな俺に出来る事なんて、これ位しかない。
「――亡骸を葬る穴を掘ってやりたいんだ。何処なら良いんだろうか」
「かしこまりました、聞いてまいります」
俺の言葉を聞くや否や、即座に動き出すインペリアルガード。
「穴を掘るなら、私がやるから主人は見ててくれれば良いよ。その方が、早いでしょ?」
「助かる、ありがとうな」
インペリアルガードが戻る。
何でも、教会の後ろには墓地があるので、この村で亡くなった死者はそこに埋葬されるらしい。
そこに墓穴を掘り、準備だけは済ませておいた。
墓穴を掘るのは、大変な労力だ。
せめて少しでも楽になるようにと穴を掘ったが、そこに土を被せ、亡骸を眠らせてやるのは……俺達じゃなくて、遺された人達がやるべきだろう。
最後の作業は彼等に任せ、俺達はそんな彼等の様子を、遠巻きに見詰めていた。
籠城先として選んでいた為、ただ一つだけ無事だった小さな教会。
そこに備え付けられた、煤で黒く薄汚れた鐘が鳴らされる。
死者の魂を黄泉路へ送る為の、鎮魂の鐘が悲しい音色を上げた。
亡骸を穴に横たえ、その上に遺族達が少しずつ、土を掛けていく。
「私にもっと力があれば――ッ!」
悔恨に満ち満ちた声を、ジャンヌが上げる。
効果があったらあったで困るんだけどな。
召喚コストってのはパワーの数値と持ってる効果を参照して決まるし。
まあちょいちょい費用対効果が見合ってないのが生まれて、産廃とかぶっ壊れとか呼ばれたりするんだが。
そういうマジレスはこの空気では求められてないようなので、口を閉ざしておく。
―――――――――――――――――――――――
「――主人」
村人総出の葬儀が行われている最中、ダンタリオンに呼ばれる。
「何だ、どうかしたか?」
「ちょっと、こっちに来て」
内容は言及しないまま、ダンタリオンに手を引かれ、村から離れる。
葬儀中の村人達から十分に距離が離れ、声ももう届かないであろうという辺りで。
「あっはっは! 教会があっても神様は村を守ってくれなかったね! やっぱこの世界でも、神も仏も居ないのは変わりないんだねー☆」
一人の女性が、姿を現す。
くるぶしまで覆う純白のローブに、頭部を包み込むウィンプル。
肌は新雪の如き純白で、ふんわりとした腰まで伸びた頭髪を三つ編みにし、肩に乗せて胸元へ垂れ流している。
その髪質はまるで絹糸のように柔らかく、そして髪色は銀糸を思わせる白。
とにかく、全体的に白い。
首から掛けたロザリオも含め、身に付けている衣装のせいで神に身を捧げた修道女のような、宗教画の如き触れるのもおこがましい純粋さ、高潔さを感じさせる。
――そして、エトランゼ史上トップクラスに見た目詐欺だと呼ばれる存在である。
彼女の名はブエル。
ダンタリオン同様、悪魔が元ネタとされたユニットであり、中身は聖職者と対極の悪魔の中の悪魔である。
実際、種族設定も純粋な悪魔である。
「ブエル、だよな?」
「せいかぁ~い(ゝω・)vキャピッ」
甘ったるい声色で答えるブエル。
出たな種族詐欺筆頭。
エトランゼ界においてカードイラストと種族設定の乖離が激しいカードランキングを作るなら、間違いなくトップ3に食い込んでくるのは堅い。
デッキケースに手を添え、カードを取り出す。
治癒師 ブエル。
そのカードが、手中に収まる。
「……そうか、戻って来たのかブエル」
「えるえるって呼んで☆」
何故か微妙に迫るブエル。
これが戻ったなら、デッキ組み直しだな。
強カードを使わない手は無い。
何より今までのカードの中で"召喚しなくても強い"カードはリッピ位で、他は全然無かったからな。
「なら、これからは頼りにさせて貰うよ。宜しくなブエル」
「えるえるって呼んで☆ミ」
……目元でピースしながら、ウィンクを決めてくるブエル。
見た目が美少女じゃなかったら許されないような言動だ。
美少女だから許されるけど。
それと、何故近付いてくる?
「…………」
「 え る え る っ て 呼 ん で ☆ミ(ゝω・)vバチコーン!」
迫るブエル。
表情は笑顔なのだが、何だろう、こう、圧迫感を感じる。
「……えるえる」
「はーい! 皆のアイドル、えるえるだよー! これからもよろしくね聖上☆」
そんなやり取りが終わり、げんなりした表情でダンタリオンが口を開く。
「……ちょっと、この空気でブエルを外に出すのは憚られたから、主人に足労願ったんけど……」
「あー、うん。そうして正解だと思う」
これは、ちょっと……
遺族が沈痛な面持ちで、村全体が喪に服している状況では表に出せないわ。
ノリが、軽過ぎる。
というか、何だ?
何で戻って来た?
教会か? 墓穴掘る時に教会に近付いたからか?
これも"それっぽい"に含まれるのか。
だが何にせよ、ブエルの存在はデカい。
これ1枚で、回復・防御・追撃の幅が広がる。
……回復は、まあ、ほとんど使わないが。
ブエル自体の戦闘能力は皆無に等しいと言って良いが、戦闘能力に割かれるべきである余地が全て、他のカードへの支援特化で尖っているのだ。
尖っているカードは、強い。
その尖り方も、扱い易いタイプの尖り方だ。
「ブエルが戻って来てくれたのは、本当に有難い。便利だからな」
「いやん! 便利な女だなんて! もっと褒めてくれて良いんですよ聖上! それと、えるえるって呼んでね☆」
片足を上げ、目元でピース!
キラッと輝く瞳! キメポーズ!
その服装でやると、場違いというか……めっちゃ浮く。
修道服でそのポーズは、動き辛くないのだろうか?
「……というか、ブエル」
「 え る え る っ て 呼 ん で 」
更に迫るブエル。
ちょっと怖い。
「えるえる、確かアイドル衣装のイラスト違いあったよな? そっちの方がキャラとも合ってて良くないか?」
ブエルは性能も高く、アルトリウス同様に人気が有るカードだ。
その為、イラスト違いに恵まれた。
その際のイラストは、アイドル衣装に身を包み、スポットライトに照らし出され、観客に向かって笑顔で手を振っている姿。
修道女姿は、的に当たってるかは置いておいて、ギャップ萌えとかを狙ったのかもしれんが、俺としてはキャラに合ってないからそっちの方が……
「ふふ~ん! えるえるのアイドル姿を見たいなんて、聖上は欲しがりさんですねぇ! でも、駄目ですよ! えるえるのマジカルチェーンジ! は、特別な時にしか見せないんだからね!(ゝω・)vキャピッ」
笑顔でそう言われてしまった。
まあ、ブエルがそうしたいならそうすれば良いけど。
ブエルが戻って来たなら、他のカードも増えてないかな?
教会……宗教系? 多分、増えてるとすればその辺りだろうか。
ちょっと調べてみるか。
「お待たせしました~☆ 皆のアイドル! えるえるちゃんだよぉ~☆ミ(ゝω・)vイェイイェイ!」
「世の中の男の子達をみ~んな、身も心も元気にしちゃうよ~ん☆ もし怪我なんかしたら、えるえるが治してあげるからね!」
「何? ……女? ああ……ツバ付けとけば治るでしょ」




