40.村の戦い
速報:新元号は令和
「か、火事だぁ!?」
「駄目だ! これじゃもう消火が間に合わない!」
「村から出ろ! ここに居たら煙と火に巻き込まれるぞ!」
ネーブル村に、恐怖と混乱の波が押し寄せる。
村人達の中で悲鳴が上がり、その悲鳴が次々に畏怖を伝播させる。
人としての生存本能がそうさせるのだろう、村人達は一斉に、村の出入り口へと向けて走り出す。
「駄目だ! 村の外には出るな! 教会だ! あそこならば石造りだからある程度は耐えられる!」
それを怒声で静止するガラハッド。
黒煙と混乱で火矢に気付けない村人達は、突如発生した火事だとしか考えていないが、事実は違う。
何者かは分からないが、周囲には敵が多数伏せている。
そんな中、馬鹿正直に村の出入り口に向かって逃げ出せば、それは敵の思う壺だ。
恐慌に駆られ背を向けて、脱兎の如く逃げ出す無抵抗の相手など、容易く組み伏せられるだろう。
相手は、火矢で村を焼き討ちにしてきた。
煙に捲かれて村人が死のうが、構わないという事。
殺意を向けている相手に、主導権を握られるのは不味いとガラハッドは判断した。
「馬鹿言うな! こんな所に居たら焼け死んじまう!」
「村の外には敵がいる! 出たら殺されるぞ!」
「何だと!?」
これが自然の火災ではなく、意図して起こされた襲撃である事を伝えるガラハッド。
もしこれが、村に来てほんの数日の人物から放たれた言葉であらば、村人達を抑えるには足らなかっただろう。
村で過ごし、ここで暮らす人々と交流し、短いながらも心を通わせた。
そんなガラハッドの言葉だったからこそ、村の人達は、ガラハッドの言葉を信じようと、そう考えてくれた。
村の外に向かおうとしていた足が、止まった。
「今、ジャンヌが助けを呼びに行った! 時間を稼げれば、私の仲間が何とかしてくれる――!」
木製の柵が、悲鳴を上げて倒壊する。
何時まで経っても村から出てこないので、恐らく相手が痺れを切らしたのだろう。
火によって炭化し脆くなり、そこに加えられた衝撃により崩落した柵の向こうから、村へ影が忍び込む。
暗色のフードや外套で全身を闇に溶かし、手には鈍色の刃が煌めく。
どう見ても、穏やかな雰囲気とは程遠い。
その人物を目の当たりにして、村人達は一瞬の空白の後――教会へ向けて殺到する!
一部は、ガラハッドの静止も聞かずに村の外へと逃げ出した!
追い掛け止めようにも――手が、足りない。
教会に逃げ込めと伝え、そして村人の大多数はその言葉を信じ、教会へと逃げ込んだのだ。
ここを、守らねばならない。
襲撃者は、三人。
先程放たれた矢の数を見ていたガラハッドは、たったこれだけしか居ないとは考えていなかった。
三人如きで放てる矢の量では無かったからだ。
後ろには、まだ多数の敵が存在している。
襲撃者は、ガラハッドへと目標を定め、真っすぐに突撃する!
その足取りは走っているにも関わらず音は少なく、足運びから手練れであろう事を伺わせる。
三人は距離を置きながら、鶴翼の陣と呼ぶような、V字の陣形を組む。
その態勢を維持しながら、ガラハッドに対し同時に襲い掛かる!
一人が首を、一人が腕を、一人が足を。
関節部分であるが故に、鎧で覆う事が出来ない脆弱な部分を、的確に狙い澄ました斬撃。
誰か一人であらば、訓練を受けた者であらば防げただろう。
だがそれを三人同時、別方向から放たれては阻止しようが無い。
剛腕に任せた、一閃。
首という致命部位を狙った襲撃者を一撃で切り伏せるガラハッド。
どうやら中に鎖帷子の類を着込んでいるようで、斬殺には至らない。
だが、ガラハッドの腕力で放たれた一撃を受け止めるには、中の人物の防御力が足りないようで。
その衝撃を受け、行動不能に陥る。
一閃、二閃。
防ぎ切れなかった刃が、僅かにガラハッドの皮を切り裂く。
一人を剣の柄で突き飛ばし、返す刃でもう一人を突き貫いた。
ダメージを僅かではあるが受けはしたが、終わってみれば、三人がかりに対しての圧勝であった。
――ガラハッドは、強い。
正確に言い表すならば"常識的な範囲で"強い、という表現が正解だ。
化け物じみた強さなど有しておらず、傭兵や従軍している兵士と比べて目立つ程度の強さでしかない。
そもそもパワーだけで見るのであらば、ガラハッドはエルミアよりも弱いのだ。
そんな男が、一人奮闘した所で、多勢に無勢という事実には抗いようが無い。
仮に、この場に居たのがエルミアであったとしても、その現実は変わらなかっただろう。
更に、襲撃犯が村へと侵入する。
今度は、十数人。
先程のガラハッドの動きを見て、少数では打倒し得ないと判断したのか、かなりの人数だ。
教会を背にするようにして、ガラハッドは立ち位置を変える。
こうすれば、背後は教会である為に後ろからの不意打ちは避けられる。
目の前の敵にだけ、集中出来る。
再び剣を構えなおすガラハッド。
襲撃犯はガラハッドを包囲するように陣取るが――動き出さない。
まるで、何かを待っているかのように微動だにしない。
「ッ――!?」
ガラハッドの呼気が乱れる。
戦闘があったとはいえ、その時の動きに対し、掻いている汗の量が尋常ではない。
「これ、は……ッ、卑怯な――!」
僅かに掠めた刃。
だがそれは、掠めるだけで致命傷足り得るものであった。
刃には、毒が塗布してあったのだ。
ガラハッドは、死なない。
例えこの毒が人を死に至らしめるものであったとしても、一度実体化を解除し、再度実体化すれば毒は消える。
それはカード達の"初期状態に戻る"という法則に則ったものであり、毒は残らない。
死ぬまで粘った上でも、同様だ。
この世界に実体化している都合、この身は人間同様であり、毒を喰らえば体調を崩し、命を落とす。
そして実体化を解除した時、再度現れる場所というのは昴のすぐ側であり、この村ではない。
敵の数は多く、村の自警団程度では抑え切れないだろう。
いや、これ程の数が侵入している以上、自警団ももう――
ガラハッドの足が震えているのを見て、勝利を確信したのか。
一人の襲撃犯が功を焦り、飛び出した。
愚行だが、それに対処するにはガラハッドを蝕む毒が強すぎた。
素直な急所狙いの一閃が走り――
喉笛に、突き刺さった。
――襲撃犯の喉から、矢が生えていた。
急所に放たれた一撃を受け、絶命する襲撃犯。
突っ込んだ勢いのまま崩れ落ち、地面へと転がる。
「これは――そうか、ロビン……か……!」
「よう騎士様! 間一髪ってか?」
木々を飛び移りながら、猫科動物の如きしなやかさで着地する一人の男。
森に溶け込むような、新緑色のフード付き外套に衣服、背負った矢筒。
右手には愛用の弓。
鷹の如く鋭き鳶色の双眸。
新緑の狙撃手 ロビン。
彼の放つ矢は、狙いを外さない。
事実、その矢は正確に急所を射抜いていた。
「騎士様に剣向けてたから殺したけど、後は目の前に居るこいつ等全員敵か?」
「あ、ああ、そうだ……」
矢筒から矢を引き抜き、慣れた動作で弓を引くロビン。
「じゃ、殺しちまっても問題無いって訳だ」
不敵な笑みを浮かべるロビン。
新手の登場により、襲撃犯の意識がロビンへと一斉に向けられる。
残った十数名が、一斉にロビン目掛け飛び掛かる!
閃く凶刃が、ロビンに迫る。
ロビンの武装は、見た目通りの弓であり、飛び道具だ。
この距離であらば、矢を何本も放つよりも剣の方が早く、そして確実にロビンの息の根を止めるだろう。
それは事実であり、動かしようが無い。
だが襲撃犯は、考えが抜けていた。
いや、混乱故に気付かなかったのかもしれない。
――何でわざわざ、射手が前衛に出てきたのか。
その不自然な状況、混乱していなければ気付けただろう。
「厄を飲み込め、メイルシュトローム!」
意識がロビンに集中しているタイミングで放たれる、不意の一撃。
足元所か身体丸ごと押し流す、大水の渦が生じる!
それは村に居た襲撃犯全員を全て飲み込み、意思を持ったかのようにその場で留まり、逆巻き続けた。
逃げ出す事叶わず、溺れもがきながらその場で縛り付けられる。
「ふん、なんじゃこれだけか。他愛もないわい」
濃紺色のローブに身を包んだ、老いた身体。
捻じ曲がり渦を巻いた木製の杖を手にし、下腹部まで伸びた真っ白な髭。
その白髭を手櫛で整えながら、老人はそう口にした。
まるで御伽噺から飛び出したかのような、魔法使いとはかくあるべしと言うべき典型的姿。
この洪水の渦は、この大賢者 マーリンが起こした魔法であった。
逃げ出せないが殺しはしない程度の威力に留め、襲撃犯を拘束したのだ。
「村の周囲に居るであろう伏せた連中は、フェンリルが掃討に行ってる。あの巨体見たら、ビビッて皆逃げ出すだろうぜ」
愉快そうに口元を吊り上げるロビン。
一方、マーリンの表情は冷ややかだ。
「だらしないのうガラハッド。そんな体たらくではアルトリウスが泣くぞ」
「くっ、うう……」
意識が混濁し始め、救援が駆け付けた安堵もあり、膝から崩れ落ちるガラハッド。
「ふん、大方毒にやられたという所か。もういい、向こうに戻っておれ。ここは任された」
マーリンのその言葉を聞いた直後、ガラハッドは光の粒子となって姿を消した。
「で、どうすんだよこの状況。何か消す手段でもあるのか?」
「この程度、ワシに掛かれば実に容易い」
マーリンは手にした杖を掲げ、くるりと一回転させる。
直後、暗雲が空を覆い、やがてポツリと、地面に雫を落とす。
それは徐々に連なり、篠突く雨となり村に降り注いだ。
その豪雨は村を蝕む大火から熱を奪い、急速に鎮火していく。
「ふー、便利なもんだねえ魔法ってやつは」
一息吐きながら、ロビンは空を仰ぐ。
村を包む朱が、消えていく。
雨音で掻き消されるように、怒声や悲鳴が消えていく。
火が完全に村から消え去った後。
再び、ネーブル村を夜の闇が包み込むのであった。




