39.夜襲
「――ジャンヌ」
「気付いてる」
草木も眠る丑三つ時。
目を覚ました二人は、簡潔に言葉を交わす。
「行商が来た――訳、無いな」
「普通、夜は動かんさ」
ネーブル村は、フィルヘイムの隣国、リレイベルの辺境に位置している。
この世界は、昴の暮らした日本と違い、土地の整備は進んでいない。
魔物という向こうの世界には存在しない脅威に加え、技術力の差もある。
エルミアからの話や、図書館の知識を吸収したダンタリオンの情報によると、この世界にも技術力に長けた国があるらしい。
だが生憎、フィルヘイムもリレイベルもその国では無かったようだ。
つまり、ここは発展途上国なのだ。
そういう場所では、夜の活動に要求されるエネルギー量が高い。
整備も不十分な悪路、魔物の存在、光量も不足。
このような状況では、夜に動くのは賢明ではない。
それでも、夜に動くモノがあるとすれば。
ガラハッドやジャンヌのように、何か理由があるモノ。
後ろ暗い理由を持つモノ。
「――明かりは付けるなよ、勘付かれる」
「言われるまでもない」
静かに、足音を立てぬように動き出す二人。
「……どうかしたんですか?」
そんな二人の衣擦れの音に気付き、眼を擦りながら起き上がるヘンリエッタ。
「ヘンリエッタさん。念の為、隠れていて下さい。それと、音を立てず、部屋から出ないように」
「行くぞ」
「え? え?」
混乱しているヘンリエッタを尻目に、装備を整えたガラハッドとジャンヌは木戸を開ける。
気付かれぬよう、音を立てぬよう、ゆっくり、静かに外へと出る。
目を凝らし、周囲を探る。
「――息を殺してるから、正確な場所までは分からないが……多そうだな」
「大体、20人位か……? もしかしたらもっと居るかもしれないが」
「何人であろうと、私ならば容易く組み伏せられるさ。この村に蛮行を働こうというならば、相応の報いを受けて貰うだけだ」
気勢を上げるジャンヌ。
彼女のカード上のパワーだけで言えば、一人で邪神の欠片を倒せる程に力が飛び抜けている。
自信過剰になるのも、無理は無いのかもしれない。
――闇夜の中、灯る赤い光。
十数もの数に増えたそれは、ぼんやりと闇を照らしながら、揺らめく。
直後、その光が弾けたように飛来する。
次々に村へと突き刺さる光。
それらはガラハッドやジャンヌに届く事は無く、一部は地面に光を灯すばかりであったが、家屋に刺さった光はそうではなかった。
光は木造の家屋に広がり、黒い煙を立てながらその勢いを増していく。
それは、火矢であった。
次々に村を火で染め上げ、大火災を誘発する。
これは、二人にはどうする事も出来なかった。
ネーブル村が、燃えていく。
「ああああああぁぁぁぁぁ!!! 火が!! 火があああぁぁぁぁ!!!」
まるで断末魔の如き、絶叫が上がる!
その声の主は、ジャンヌであった。
顔面蒼白、そのままこの場で息絶えてしまうのではないかとばかりに息が荒れ、発狂する。
手にしていた剣は取り落とし、力無く地に転がる。
「ジャンヌ! くそっ! ジャンヌの持病が!!」
そんなジャンヌを見て、ガラハッドが吐き捨てる。
尚、ガラハッドは持病とは言うが。
持病ではなくデメリット効果が発動しているだけである。
ジャンヌは、マナ数に対して非常に高いパワーを誇る。
それは周知の事実であり、そのままではカードのパワーバランスとしては破綻している。
なので、カードゲームには往々にしてカードにデメリットを付ける事でバランスを調整している事が多々ある。
聖騎士 ジャンヌのカード効果、それは赤文明との戦闘時、または赤文明の効果が発動した際に強制発動するパワー低下効果。
こうして実体化するようになった際――ジャンヌは、大量の火に囲まれると錯乱してまともに剣を振れなくなる。
それは、彼女の元ネタとなった人物が、火炙りに処され命を落としたという逸話から生まれたモノなのだろう。
トラウマを刺激されれば、どれ程の強者であろうと容易く瓦解する。
こうなってしまえば、例え元々は強いとはいえ、ジャンヌは一般人に毛が生えた程度にまで落ちぶれる。
襲撃犯がそれを知っていた訳では無いのだろうが……偶然、ジャンヌのデメリットが発動する状況が作られてしまったのだ。
「……仕方ない、ここは私が持ちこたえる! ジャンヌは助けを呼んで来い!」
そのガラハッドの言葉を聞き、ジャンヌは光の粒子となってその姿を消した。
村が、現在進行形で襲われているのだ。
体裁を繕っている場合ではないと、二人は判断した。
昴の下に戻るだけであらば、一瞬だ。
時間が掛かるのは、昴の所からここまでやって来る事。
それまでは、持ちこたえてみせよう。
そう意気込み、剣を構えるガラハッドだが――
―――――――――――――――――――――――
ジャンヌの帰還は、一瞬である。
即座に戻り、周囲に火の手が無い事を確認し、正気を取り戻したジャンヌはカード達に説明を行う。
この説明も、カード達特有の精神空間故に、外の時間からすれば一瞬で行われている。
「――成程な、火矢で焼き討ちか。初手から容赦の無い事だ」
ジャンヌの持つトラウマ――デメリットを知っているカード達は、それではジャンヌは役に立たないだろうと理解した。
フェンリルが、小さく鼻を鳴らした。
「賊が何者かは知らぬが、いきなり焼き討ちなんていう手段を取るような相手がまともな訳が無い! 急いで助けに行かねば、村の人達が危ないのだ!」
自分が役に立たない事を痛感しながらも、必死に助力を乞うジャンヌ。
「しかし、主君の許しも無く勝手に行動するのは不味かろう」
「ならば、聞いてくれば良いのだな!」
即座に実体化し、昴の下に姿を現すジャンヌ。
村を助けたいと、蛮行を捨て置けないと。
それを力説する。
――昴は、それに頷いた。
そして、今現在発動中の伝本の蔵書庫も片付け、昴の持つマナを全て使って構わないと――つまらない、興味無さそうに答えた。
カード達がしたいのであらば、そうすれば良い。
それが、昴の回答であった。
「許可を貰ったぞ! 私では力になれない……だから、どうか!」
「そういう事ならば、我も力になろう」
フェンリルが、いの一番に躍り出た。
「ガラハッドだけでは手に余りそうだからな。俺も行こう、他はどうする?」
「ワシも行こうかのお。外の世界にも、興味があるしの」
「なら、我が先行しよう。この中で一番早いだろうからな」
「おいおい、俺を同乗させちゃくれないのか?」
「乗る場所が無いだろう」
「主とは違うんだ、お前の体毛を掴んで踏ん張ればどうにかなるさ」
「ワシは結構じゃ。ダンタリオン程便利ではないが、ワシにも移動手段はあるのでな」
「他はどうする? ……そうか、興味無しか。じゃ、主のマナ数っていう意味でもこれで定員だな。さっさと行こうぜ、ガラハッドの奴がくたばっちまう」
ジャンヌの救援要請を請け、二人と一匹が昴の下を発つ。
その後、遅れて昴も向かう予定である。
アルトリウス達は反対したのだが、カード達が救助に向かうのであらば、自分が近くに行った方が良いだろうと昴は判断し、火中の村へと足を向ける。
自分が近くに向かえば、状況に応じてカードの撤退、再出撃を容易にし、いざとなればカード達が戦いで死亡したとしても、即座にその場に復帰するという、いわゆるゾンビアタックすら可能になる。
尤も、カード達の力量を考えれば、そんな戦法を取る事は無いだろうが。
昴という人物を、マナの供給源、生きるセーブポイントだと考えるのであらば、これは実に合理的な判断だ。
――その合理的な判断に、昴は自分の命を考慮に含めない。
自分が危険なのではないか、という考えを無視する。
カード達の願望が、第一優先。
その為ならば、自分の命を度外視する。




