38.旅立ちの時
「あっ! ガラハッドさん!」
ネーブル村を、パタパタと駆けるヘンリエッタ。
村へと戻ったガラハッドを出迎える為、どうやら村の入り口で待っていたようだ。
以前とは違い、民族衣装のような、布量の多い彩り鮮やかな衣服に身を包んでいる。
「これは、ヘンリエッタさん。随分と綺麗な衣装ですが、それは?」
「これですか? 衣装箪笥の奥にしまってあったんです! どうですか?」
くるりと、その場で一回転する。
遠心力でふわりと衣服の裾が舞い、まるで花のようだ。
「良い服ですね。ヘンリエッタさんに負けない位、綺麗ですよ」
「そうですか……!」
清々しい笑みを浮かべながら、世辞の欠片も感じさせない、本心を述べるガラハッド。
褒められたのが嬉しいのか、隠しもせずに笑みを浮かべるヘンリエッタ。
「所で、どうしてこんな所に?」
「ガラハッドさんとジャンヌさんが疲れてるんじゃないかと思って、迎えに来たんです」
「参ったな、そこまでして貰う程の事じゃないんですが」
「何言ってるんですか! 魔物退治なんて危ない事をそこまでなんて言わないで下さい! 本当に、助かってます!」
夜間の魔物退治。
魔物を倒すのであらば、わざわざ夜に行う必要は無い。
日中の方が視界は良いし、暗がりに紛れて奇襲を受ける可能性も無い。
だがガラハッドとジャンヌは、夜間戦闘の経験を積む為、敢えて夜に戦う必要がある――という設定だ。
夜に動いているのは、単にこの二人が昴の所に戻るのを誰にも目撃されない為だ。
暗闇の中動いていては、魔物から急襲を受けるかもしれないが――動くというより、二人は消えている。
昴の所から行く時は徒歩だが、昴の所に帰る時は、実体化状態を解除するという、全てのカード達が使える瞬間帰還方法がある。
消える姿を見られない為にも、人気の無い夜の森の中、という訳である。
そもそも、昴とカード本体が無事な限り、この二人は本当の意味では死なないのだ。
仮に魔物等から不意打ちを受けようが、怪我や死亡のリスクは皆無であり、昴が誰かに見付けられたり襲撃を受ける方が余程リスクが高い。
更に言えば実際には、この二人は夜に戦ってなどいない。
長く滞在した為か、日中の外出で粗方の魔物は討伐し尽くしてしまっていた。
ガラハッドはまだ、人間として常識的な範囲なのだが、ジャンヌが酷い。
彼女は2マナで出てくるのに、パワーが5000もあるのだ。
カードゲームは単純にパワーだけでは測れないのと、この世界で実体化する事でカードには無い不確定要素なども混ざる可能性があるが。
パワーだけで比較して良いのであらば、ジャンヌは今まで出てきた邪神の欠片を装備呪文等の補助に頼らず、単騎で屠るレベルのパワーを持つ。
明らかに2マナにあるまじきオーバーパワーであり、そんな彼女を止められるような魔物が、存在する訳が無かった。
こんな辺境の村にそんな魔物が存在したら、村なんてとっくに滅んでいるだろう。
「ははは、随分と入れ込まれてるなガラハッド。何時の間にヘンリエッタを誑かしたんだ?」
村の入り口、魔物の接近を確認する為の小さな櫓の上から声が飛ぶ。
槍を持った、軽装の男だ。
恰好からして、村の警備を行っているのだろう。
ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべている。
「誑かす!? 人聞きの悪い事を言わないで貰いたい!」
「そ、そうですよロニーさん! ガラハッドさんとは、まだそういう関係じゃ――」
「冗談だよ冗談! だからそう怒るなって」
ロニーと呼ばれた見張り役の男が野次を飛ばす。
だが不快感は感じない。
ただ単にからかっているだけのようだ。
「ま、お前ならヘンリエッタに限らず女が寄ってきてもおかしくないけどよ。何しろ腕は立つし顔もイケメンで、しかも騎士様と来たもんだ。こりゃうかうかしてられないぜヘンリエッタ?」
「そうですね。…………違いますよ何言ってるんですかロニーさん!?」
咄嗟にあわあわと否定するヘンリエッタ。
「そ、そうだ! ジャンヌさんはどうしたんですか?」
「彼女なら、少し遅れて戻ってきますよ」
ガラハッドが持っていた手荷物を預かりながら、ヘンリエッタは強引に話題を変える。
「道中で猪を見付けたようなので、今晩は牡丹肉かもしれませんね」
「わぁ、それは楽しみですね」
討ち損じる、という選択肢は存在していないようだ。
ジャンヌは、強い。
"特定の状況"を除いて、彼女を倒せるようなモノはこの世界にそうそういないであろう事は疑いようが無い。
少なくとも、猪如き片手間で討伐してしまうだろう。
「ジャンヌさん、綺麗だよなぁ……俺、惚れちゃったかもしれんな」
「うかうかしてられないですねロニーさん」
意趣返しだとばかりに、ロニーに対し先程の言葉を打ち返すヘンリエッタ。
「彼女に惚れるとは災難でしたねロニーさん」
「……やっぱ、彼氏とか居るのか?」
「慕ってる男性、という意味でなら居るのでしょうが。彼氏かと言われると、違うんでしょうね。アレは、敬愛の類ですからね」
ガラハッドが頭に思い浮かべているその男性とは、昴の事である。
一部を除き、昴に対するカード達の好感度は軒並みプラスだ。
嫌っているカードの方が少ない。
「マジかよ……彼氏居ないのか……! 俺、本当にジャンヌさんに告白してみようかなぁ……?」
「骨は拾ってあげますねロニーさん」
軽口には軽口だとばかりに、遠慮なく言葉を叩きつけるヘンリエッタ。
ガラハッドはヘンリエッタと共に、村の中央まで歩いていく。
「――そういえば、そろそろ行商が来るという話でしたね。行き違いにならないよう、そろそろ村から離れるのを控えた方が良いのでしょうか?」
「うーん、でもガラハッドさん達は毎日定期的に戻って来てますよね? なら、一日待ってて貰えるよう私から言っておけば、行き違いにはならないと思います」
「そうして頂けるのであらば助かるのですが……良いのですか?」
方位磁針を購入したい、という設定で動いている為、商人を逃すのは不味い。
だが、ヘンリエッタが手を回してくれるという。
「――おーい! ガラハッド! 持って帰って来たぞ!」
二人の会話に割って入るようなタイミングで、ジャンヌが帰還を果たす。
左肩には巨大な猪が担ぎ上げられている。
「……随分時間が掛かったみたいですね」
「まあ、その場で血抜きまで済ませてきたからな。その分時間は掛かるさ」
「わあ、随分大きな猪ですね」
「捌くのは私とガラハッドでやろう。だから、出来ればヘンリエッタには調理をお願いしたいのだが……」
「それでしたら任せて下さい! 腕に縒りを掛けますよ!」
ぐっ、と握り拳を作りながらヘンリエッタが意気込んだ。
「助かる。私やガラハッドだと料理が適当になるからな……」
「火を通せば良し、なので料理というよりただの焼肉ですからね」
ガラハッドとジャンヌは、別に料理が下手では無いが、特別得意という訳でもない。
手の込んだ料理は作れないので、食事に関してはこの村に滞在している最中、ヘンリエッタに任せきりである。
それでは悪いと、魔物討伐とは別に、今回猪を狩ってきたという訳だ。
「んー、じゃあ何を作るか家に帰って考えておきますね」
「お願いします。なら、私達はこれを捌くとするか」
「そうですね」
ヘンリエッタと別れ、二人は猪を解体していく。
ジャンヌが仕留めた猪はかなり大きかったので、皮や骨を取り除いた上で、残った可食部も相当量あった。
この村には冷凍庫のような気の利いた文明の利器は存在しておらず、生肉の保存方法は限られる。
長期間の保存は不可能な環境であり、腐らせない為にもさっさと食べきってしまうのが一番良い。
なので、ヘンリエッタの家に納める分以外は、村中の家庭に分ける事にした。
昴の暮らした日本の感覚で言えば、このネーブル村の住人は学校のクラス一つ分でしかないので、分けても十分な量が残った。
一通りの作業を終えると、もう日暮れかという時刻になっていた。
猪肉の配布を終えてヘンリエッタ宅へと二人が戻ると、香ばしい匂いが室内を満たしている。
猪肉の獣臭さを消す為に、香辛料を多く使った調理方法を取ったようだ。
疲れてこそいないが、その香りは二人の食欲を湧き立たせるに足るものであった。
「――お口に合うかは分かりませんが……」
「謙遜する必要はありません。ヘンリエッタさんの料理は十分美味しいです」
「この腕がジャンヌさんにもあれば」
「しばくぞガラハッド」
軽口を叩きながらも、食卓で団欒するヘンリエッタ、ガラハッド、ジャンヌ。
しかし、別れの時は近い。
二人はカードであり、昴に仕える身。
設定の辻褄合わせの為に滞在しているだけであり、行商から方位磁針を購入した時がその時だ。
夜が、訪れる。
別れの時が、近付く。




