36.異邦人の華麗な昼
掃除の良く行き届いた、曇り一つ無い綺麗な作業机にカードを広げる。
散歩で身体を動かした後は、少し休憩を挟んだ後、デッキ案に思慮を巡らせる。
どんなカードゲームでも大抵そうだが、強いデッキというのは"特化"構築が一番回転し、一番勝率が高くなるのだ。
物量で押し潰すデッキならば展開速度に全てを注ぎ、デッキ破壊ならば相手のデッキを削る事以外の全てを捨て、大型を召喚するのであらばそれだけを目指し――といった具合に、だ。
半端に日和ってデッキ破壊で戦闘をしようとか、物量戦法のデッキでライフを回復してみようとか、そういう事をするとデッキの主幹が曖昧になっていき、度が過ぎた時には「何がしたいのこれ?」と言われる、紙束デッキの完成となるのだ。
何が効くのか、初見では分からない。
そういう意味では、この世界に来た当初の紙束としか思えないデッキ構築も、有る程度は理に叶った構築だったのだなぁ、と、今更ながら気付く。
尖った構築は、確かに強い。
しかし尖らせるというのは、その一点だけに全てを向けて、それ以外の全てを捨て去るという意味でもある。
例えば、戦闘破壊を主軸にしてそれだけを考えて構築した場合、相手が戦闘破壊不可能なユニットを1体出しただけで戦線が硬直、最悪そのまま敗北しかねない。
そういうデッキの場合は弱点をカバーする為に突破手段を入れている場合も多いが、それも度を越せば結局主幹が曖昧になるので、入れるといっても控えめだ。
入れている枚数が少なければ、それを引ける確率も下がる。
デッキの底に沈んでいたり、盾に紛れ込んでたりした場合、それだけでアウトだ。
色々な状況に対応出来るよう、あらゆる要素を取り込んだ、この世界に来た当初の構築は少しだけ評価を見直した。
本当に、少しだけな。
それでも、ピン刺し――所謂、全部1枚構築は擁護する気にはならないが。
そういう構築を要求されるカードなんかも存在するが、ハイランダー構築はそうでもない限り、基本的にはネタ構築の部類として扱われる。
初手に欲しいカードは4枚投入、1枚と4枚じゃ引ける確率が4倍も違う。
確率論を知っていれば誰だって知ってる、誰でもそうする考え方だ。
俺も当然、そうする。
以前使ったインペリアルガードとユニオンダガーのコンボを行ったデッキも、この2種に関してはフル投入してたしな。
……"銀の銃弾"が、欲しい。
アレさえあれば……
この世界に来た当初と比べ、大幅に増えたカードに視線を落とす。
以前、ダンタリオンが言っていた"それっぽい"所に行った為だろうか。
騎士と、それから円卓の騎士カテゴリに分類されるカードが大量に手元に戻ってきた。
これならば、カテゴリ括りである程度のデッキを構築出来そうだ。
ただ、円卓の騎士カテゴリに属しているにも関わらず、未だに手元に存在しないカードもある。
モルドレッドが無いのだが、何で無いのだろうか?
アイツもちゃんと円卓の騎士カテゴリに属しているから、ダンタリオンの推測が正しければ、戻ってきてもおかしくない気がするのに。
何かが違うのか? いや、でもモルドレッドと同じ黒文明で円卓の騎士カテゴリのアルトリウスは戻ってるんだけどなぁ。
愛着が沸いてるとか思い入れがあるとか――いやモルドレッドも結構気に入ってるぞ? その発想からするともうとっくに戻ってきててもおかしくない。
そもそもの話、以前図書館で邪神の欠片と戦った際にしれっと大賢者マーリンがデッキに紛れ込んでいたが、アイツも円卓の騎士カテゴリなのだ。
少なくとも、おじいちゃんのマーリンよりアルトリウスとモルドレッドの方が気に入ってます。
一番は当然アルトリウスだが。
やっぱり、これでも男なので。男より女の方が好きです。
……うーん、分からん。
手元に戻ってくるカードの基準がイマイチ掴めない。
ダンタリオンの推測は間違ってないと思うんだけどなぁ。
モルドレッド抜き円卓の騎士か……モルドレッド、危険だけど便利だからやっぱ欲しいなぁ……
アイツ、反則臭い除去出来るからなぁ。
騎士及び円卓の騎士に関しては、あまり考えられる事は無さそうだ。
中途半端ではあるが、ある程度属するカテゴリが固まっている為、カードデザイナーが想定しているであろう動きを完璧ではないものの行う事は出来る。
何時も通りの動き、想定通りの構築になるだろう。
そこから外れた奇抜な構築は、今の手持ちのカードプールで行うのは無謀。
となると、俺が気にしなければならないのはカテゴリに属さない、範囲外のカード。
特に、デッキの要となるアルトリウスからアクセス出来る、装備呪文。
それに、アルトリウスの効果で勝手に増えていく、墓地をトリガーとするカード全般。
墓地トリガーの典型、霊鳥 リッピは現状のカードプールなら必須だろう。
勝手にデッキから墓地に落ちて、マナを増強してくれる。
手札に来ると少々邪魔だが、どうせ1マナで召喚出来るので、邪魔といっても許容範囲内だ。
……共喰いウロボロス、欲しいなぁ。
カテゴリ関係無いのに、まるでアルトリウスのサポートの為だといわんばかりの効果だし。
だが、手元には無い。
無いものねだりしても仕方ないだろう。
一種の縛りプレイだと思うしかない。
鳥、そして狼。
リッピとフェンリルが存在する事で、もしかして同類のカードが出現してるのではないかと思い、戻ってないか確認してみた。
そういえば動物テーマだったカテゴリがあったなと確かめて見ると、案の定見付かった。
武装隷獣-ウルフレイピアを確認。
武装隷獣というカテゴリは、動物と武器を融合したようなテーマなのだが……ウルフ、それとイーグルボウだけある。
うん、確かに鳥と狼だ。
もしかして、フェンリルと同じ狼モチーフだし、フェンリルと同じタイミングで既に存在してたのか?
しかし、ウルフレイピアにイーグルボウだけか……いや、このカードだけで完結は出来るが、それだとアドバンテージ獲得は出来るが勝利には繋がり難いなぁ。
これだけあっても他の装備呪文使った方が良いってオチになるし。
何か、手札を切る手段があればあるいは……。
というか、ユニオンダガーが本当便利だと改めて実感する。
癖が少ないカードは如何なる状況でも安定して機能してくれるなぁ。
本当、手元にあるカードを見渡してみて"中途半端"という結論が落ち着くなぁ。
今のカードプールでは、やはり騎士カテゴリで括った方が一番強そうだし、無難だ。
「――スバル」
頭を回転させ、机上に視線を落としていると、不意に頭上から声が降る。
「ああ、エルミアか。どうした?」
「いや、何だか随分と頭を悩ませているようだったから、一体どうしたのかと思ってな」
俺の顔を覗き込むような体勢で、エルミアが机を挟んで向かい側に居た。
「……何か、上手い構築は出来ないものかと考えてたんだよ」
「その机の上にあるのが、スバルの言うカード、なんだよな?」
エルミアの視線が、机上に広げられたカードに向けられる。
「――そういえば、この世界に舞い降りた歴代の勇者は、皆"ゲーム"という架空の力を現実に引き起こす事が出来ると、以前本で読んだ事がある。そのカードがそうなのか?」
「……そうなんだろうな。Etrangerってカードゲームだよ」
「どういうゲームなんだ?」
「どういうものか、かぁ……」
エルミアに対し、ザックリとした説明だがカードゲームがどんなものかを教える。
「――カードゲームって、色んなモノに例えられるんだよな。資本、株なんかにも例えられるし……お姫様で軍人だったエルミアからすれば、カードゲームはよーいドンで始める国と国の戦争、って考えれば色々すんなり理解出来るかもな」
「戦争……?」
「まあ実際の戦争はそんなお行儀が良かったり公平だったりしないから、そこはゲーム特有のご都合主義だって納得するしかないけど。でもそう考えると、分かり易いんだ」
――エルミアの魂が宿る、エルミアのカードを手に取る。
「これが、エルミアのカードだ」
「そう、らしいな」
「全てのカードには、プレイに必要なマナ、国で言えば資金だな。そういうのが要求される。基本的に強いカード程多くのマナを要求される。有能な人材はそれだけ囲うのに金が掛かる、と考えれば理解出来るだろ?」
「確かにそうだな」
「そういう考えで行けば、エトランゼというカードゲームにおいて、エルミアという存在は"そこまで強くはないがその分軽く使える"という結論に落ち着くんだ」
「そこまで、強くは無い……」
……エルミアが、肩を落として落胆したように見える。
これは、何か勘違いしてるな。
フォローしておこう。
「強くは無い、それは確かだ。だけど、軽いというのは時に強さよりも優先される利点にもなるんだ」
「……そうなのか?」
「マナコストが軽い、つまりイメージとしては安い金額で雇用出来る。これは同じマナコストでも多くのカード、人々を雇用出来るって事でもあるんだ。それに、ゲーム開始からマナを集め始め、手勢を揃えるって意味では軽いのは非常に強力な利点だ。腰の重たい奴と違って、フットワークが軽い奴は誰よりも早く戦場に駆け付けられるからな」
カードゲームの専門用語で、ファッティとウィニーという表現がある。
これはそれぞれ、ファッティは大型、ウィニーは小型ユニットの事を指す。
大型ユニットは強力だが、それだけ大量のマナを要求される。
小型ユニットは非力だが、軽いマナで運用出来る。
10マナ使って大型ユニット1体を出すか、小型ユニットを10体出すか。
どちらが有効かなんてのは、戦況で容易く左右される。
「戦争で言えば少数精鋭か人海戦術かって違いだ。どっちが正解か、どっちが強いかなんて状況で容易く変わるよ。だから、別に落ち込む必要なんて無いぞ」
「い、いや。落ち込んでなんかいないぞ」
手振りで否定するエルミア。
落ち込んでないなら、それで良い。
「パワーが高ければそれで良いって訳でも無いからな、カードゲームってのは」
「だが、力が強ければ強いに越した事は無いのだろう?」
「"基本的"には、な」
ここは譲れない重要なポイントなので、強調しておくが。
パワーが高いなら、それだけ多くのユニットを倒せるし、ダメージも与えられる。
だけど、カードゲームには得てして"格上殺し"系効果があるので、状況次第ではパワーが高いのがデメリットにもなる。
「エルミア、上を見てもキリが無いぞ。お前は人間で居たいだろう?」
「……??」
「パワーが滅茶苦茶高いカードはいくつも知ってるが、どいつもこいつも人間辞めてたりそもそも人間じゃないのばっかりだぞ。エルミアは人間辞めてまで上を目指したいのか? 全身機械の身体にでもなってみるか?」
「い、いや、そこまででは……た、確かに、上を見てもキリは無いな! うん! 人間弁える事も重要だな!」
パワーが高くて、それでちゃんとした人間の形を保ってるのって、大体神様の領域に足踏み込んじゃってるんだよなぁ。
エルミアは、エルミアのままで居て欲しいです。
人間を辞めるぞ! とか言われても、その、困る。
「――国に多種多様な人材が居るように、カードにも個性的で多様な面々が居る。誰にどう役割を振るか、それを考えるのが国の王――つまり、プレイヤーである俺の役割だ」
「まるで、軍の参謀や将軍みたいだな」
「そういう例えもあるからな」
取捨選択し、最終的な勝利を目指す。
それこそが、カードゲーマーという人種。
時にカードからすればどれだけ冷酷な手段であろうと実行し、それを無駄にしない為に勝利をカード達に捧げる。
カード達に、俺達に勝利を。
ただその為だけに、俺は頭を使い続ける。




