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32.私の願い

 私はスバルの戦いを、何処までも続く暗い闇の中、宙に雲の如く浮かんだそれを見上げていた。


 ――まるで、御伽噺の中の戦いのようだ。


 その感想一つ残して、思考が停止する。

 あの邪神の欠片が、スバルに対して指一本触れる事が出来ない。

 スバルの指示の下、的確な動きでアルトリウスとインペリアルガードという女性が、いとも容易く邪神の欠片を屠っていく。

 指示を出すスバルも、この程度は余裕だと言わんばかりに表情一つ変えない。

 格の違い、というのを痛感する。


「これが、スバルの本当の力……」


 以前、アルトリウスが言っていた、あのような雑魚(・・・・・・・)という言葉を思い出す。

 あれ程に強大な存在が、同時に3体も出現したというのに。

 スバルもアルトリウスも、まるで意に介さない。

 出来て当然だとばかりに、容易くその一太刀で、死の闇を切り裂いてしまう。

 犠牲者を一人たりとも出さず、正に完全無欠の勝利。

 その発言は、誇張でも自信過剰でもなく、ただの事実だという事を痛感した。


「それは違うな」


 真横からの声に反応し、振り向く。

 私の居る空間と隣接するように、白銀の雪景色が広がる。

 一軒家程の大きさがある青い狼――


「貴方は確か、フェンリル……だったか? 貴方は戦いには行かなかったのか?」

「今回は主君(マスター)のデッキには入っていないからな、留守番だ」

「貴方のような力を持つ者が……留守番?」


 これ程の巨体、力を持っているのだ。

 スバルと共に戦えば、尚の事戦いを一方的に終わらせられそうなものだが。


主君(マスター)の言葉で言う、『枠が無い』とか『相性が悪い』とか『噛み合ってない』という奴らしい。そう主君(マスター)に判断されれば、例えどんなに強い力を有している者であっても、主君(マスター)の隣で戦う事は許されない。故に、我はここに居る」


 フェンリル曰く、スバルの持つ力というのは、この世界の力とは全く異なるルールで動いているらしい。

 剣を振れば敵に当たる、傷付く、回避される、盾を構えれば攻撃を防げる、盾を破壊される。

 そんな、戦いの中で起こるであろうあらゆる現象が、"カード"という力と法則によって処理されている。

 私には想像も付かない世界で、一体何がどうなってそんな結果になっているのか、まるで理解出来なかった。


「ああそうだ、それから一つだけ訂正させて貰おう。主君(マスター)の本当の力は、こんなものではない。この程度、主君(マスター)の全盛期と比較したら1割程度の力でしかない」


 ……1割?

 き、聞き間違えだろうか?

 いや、確かに1割と言った。

 そんな、それでは。これ程の力を有しているというのに、子供と遊んでいるようなものではないか。


主君(マスター)が真の力を取り戻せば、それこそ世界すら滅ぼす事だって可能だ。それを考えれば、この程度はまだ序の口だ。邪神の欠片とやらが如何程の力を持っているのかは知らぬが、世界を滅ぼせる力程度でいい気になっている小物ならば、全ての(カード)を取り戻した主君(マスター)であらばどうとでも対処出来るだろう」


 ご機嫌だとばかりに、喉を鳴らすフェンリル。

 世界すら、滅ぼせる。

 その言葉には一切驕りは無く、信頼というより、太陽が昇って沈むかのようなごく当たり前の現象、それが当然とでも言うべき口調であった。


「……これが、勇者の力……」


 思わず身震いする。

 凄い力だという事は、理解していたつもりだった。

 だがそれでも尚、認識は甘かったらしい。

 私の想像を現実は凌駕しており、容易く3体もの邪神の欠片を瞬殺してしまったスバルは、まだまだ生まれたばかりの雛とでも言うべき力しか用いていないと言われ。

 これからいくらでも成長する余地が有り……


「――成る程、"異邦人"か。確かにその通りだな、主君(マスター)も中々洒落た言い回しをする」


 邪神の欠片を討ち取り、戦いを終えた外の光景を見やりつつ、グルル、と機嫌良く喉を鳴らすフェンリル。


「異邦人?」

「そうだ。我等は……ふむ、我は人ではないが。我等は、この世界の生物ではない。それ所か生物ですらない。我等はカードに宿る魂であり、そして主君(マスター)もこの世界の住人ではない。故に、異邦人だ。勇者という役割は、どうやら今後はアルトリウスが受け持つようだな、あの女であらば問題無く成し遂げるだろう。何しろ、英雄なのだからな」

「英雄……」


 そもそも英雄というのは、例えなれたとしてもほんの一握りの存在しかなる事が許されない。

 だというのに、アルトリウスという女性が英雄に、勇者になるのは当然の如き口調。

 傲慢にも思えるが――今先程、目の前で見せられた戦いが、その言葉に説得力を持たせてしまっていた。

 絶対的な力を持つカード達から、一身にその信頼を受ける勇者――スバル。

 当の本人はそれを否定しているが、その身に宿る力は間違いなく、語り継がれる勇者の力そのものだ。



 その後、邪神の欠片による騒動が一段落し落ち着きを見せる。

 戦いを終わらせ、名乗りを上げた勇者であるアルトリウスは未だ、周囲に人だかりが出来て騒動の渦中といった所だが。

 少なくとも、その影響でスバルの周囲に人は居なくなった。

 車両に一人腰掛け、虚空を見詰めているスバルの元へ、自らの身体を実体化する。

 以前、ダンタリオンから聞いたあの感覚を呼び起こす。


 ……出られた。


 私自身がカードというモノになってしまった為、無関係ではないとダンタリオン達から知識の共有が成された。

 何でも、私のマナコストというモノは2らしい。

 スバルの持つ最大マナ値という数値の範囲内で、スバルはカードに宿る力を実体化させる事が可能、という話だった。

 今のスバルの数値は7であり、今現在はアルトリウスというマナコスト5のカードが実体化している。

 残りマナコストは2である為、私はギリギリ出現出来る範囲内に収まっているようだ。


「――スバル。話がある」

「……何でしょうか」

「以前、出来る範囲で償いはする……そう、言っていたな?」

「…………そうですね」


 ――今、私でも分かる程に。スバルの存在感が小さくなった。

 そんなスバルの様子を見て、思わず尻込みする。

 これから私が口にしようとしている事は、卑怯で残酷な事なのかもしれない。

 だが、それでも、私が私である為に。これだけは言わねばならない。


「スバルには、邪神の欠片と戦って欲しい」

「……俺には、そんな事出来ませんよ」

「貴方には、カードという力がある。その力を使って、この世界から邪神の欠片を消し去って欲しい」

「それはカード達の力であって、俺の力ではありませんよ。カード達が『嫌だ』と言えば、俺にはどうしようも無いんです」


 ……スバルは、優しい人だ。

 カード達の話からすれば、カードとスバルの上下関係は完全にスバルの方が上だ。

 何故なら、カードが死んでもスバルは死なないが、スバルが死ねばカードもまた死ぬのだ。

 カードの命全てがスバルに握られているも同然であり、スバルがカードの命を吹き消すと脅しを掛ければ全てのカードが従わざるを得ない状況。

 それなのにも関わらず、スバルはカード達の意思を尊重し続けている。


「貴方がカードに命じれば、カードは快く従ってくれるはずだ。無論、私も力を貸す。だから、頼む」

「……それは」


 視線を落とし、口篭るスバル。


「……スバルは、こうも言いました。カード達の在りのままが見たい、と。どうしてなのかは分からないが、私もスバルの言うカードというモノになってしまった。だから、この私の願いも"カードの願い"というものに相違無いとは思わないか?」


 ――本当は、フィルヘイムの国の未来を考えるのであらば、この内容は間違っていると理解している。

 フィルヘイムの、第一王女としての正解。

 それは、国の未来の為に共に戦って欲しいと願う事。

 スバルは、私の死に責任を感じている。

 どうしても、と言えばスバルは決して断らないだろう。

 だが、第一王女ではなく。私、エルミアとしての願い。

 幼少の頃から、その在り方に憧れて育った。

 憧れの存在だからこそ、そんな彼を国という鎖で縛り付けたくは無かった。

 だが、責任を感じているスバルにただ「許す」と伝えても、きっと彼の心の荷は降りないだろう。

 だから……責任を取らせる。


 邪神の欠片を、この世界から消し去って欲しい。

 それだけの力が、スバルにはある。

 世界を平和にしてくれとか、そんな重たい責務は、スバルに背負わせたらきっと潰れてしまうし、それを勇者に願うのはお門違いだろう。

 世界の平和なんてものは、国が向き合わねばならない問題だ。勇者に投げるべき問題ではない。

 勇者にしか出来ない事。

 それは、この世界の生きとし生ける者全てにとっての大敵。生きる天災というべき存在――邪神の欠片を滅ぼす事だ。

 スバルには、それを成して欲しい。

 それが、私の願い。


「カードの願い、か……」

 

 顔を伏せ、ポツリと呟くスバル。

 重たい空気と沈黙が、私とスバルの間に満ちる。


「カードの願いなら、断る訳にもいかないか」


 沈黙を、スバルの言葉が打ち破る。


「分かりました。俺に出来る範囲であらば、協力します」


 その答えを聞き、緊張の糸が切れた。


「……ありがとう、スバル」

「感謝される理由なんて、ありませんよ」

「それでも……礼くらいは言わせてくれ」


 この世界から邪神の欠片という脅威さえ消えてくれれば。

 きっと、理不尽な血が流れる未来を避けられるはずだ。

 無論、国と国との間の確執は残ったままかもしれないが。

 それでも、国の問題であらば人々の手で変えていけるはずだ。

 私の国、フィルヘイムには兄や妹もいる。

 あの二人ならば、私と違って立派に国を引っ張っていってくれるだろう。


 遠くの喧騒が、静まっていく。

 邪神の欠片との戦いがあった後だというのに、その損害はゼロという驚愕の結末。

 故にそれを成したアルトリウスの周りに人だかりが出来ていたのだが、そろそろ本来の道程に戻るのだろう。

 これ以上この場に留まっていては、他の人物に私の姿を見られるかもしれない。

 死んだはずの私がこんな場所に居ては、余計な騒動を起こしかねない。

 そう判断し、私はスバルに礼を述べ、再びあの暗闇の空間へと意識を引き戻すのであった。

感想及び誤字脱字報告はあると嬉しいです。

特に誤字脱字は気を付けて読み直してるはずなのに未だに残ってたりするので一人で探すのは限界があるので……

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