28.増殖現象
夜が明ける。
再び大地に太陽の恩恵が注がれ、人々は日の出と共に動き出す。
「主人、朝だよ。起きて」
昴の頬をぺちぺちと叩き、覚醒へと促すダンタリオン。
昴は目元を擦りながら、スッと身体を起こす。
「早く服を着て、ギルドに行きましょう。実入りの良い仕事は早く行かないと取られちゃうからね」
「……分かった」
「手伝いましょうか?」
「いや、服着る位自分でするよ」
「かしこまりました、御主人様」
メイドらしく、昴の着替えを手伝おうとインペリアルガードが出現するが、その申し出を断り淡々と衣服を着る。
「ダンタリオンも準備したらどうだ?」
「私はこれで良いからね」
そう口にしたダンタリオンは、寝床の上から姿を消し、直後に扉の前に現れる。
再度現れたダンタリオンは、先程までの一糸纏わぬ姿ではなく、通常通り衣服や装備を身に着けた状態であった。
「……便利だな、着替えなくて良いとか羨ましいな」
「ん?」
僅かに目を細め、ダンタリオンの視線が逸れる。
何を見ているのかと、昴もダンタリオンの視線の先を注視する。
木目の床の上に無造作に脱ぎ捨てられた、とんがり帽子、黒いガウン、上着、チェック柄のミニスカート、黒いニーソックス、黒皮のブーツ、そして青と白の縞模様の下着。
とても見覚えがある衣服だ。
その衣服を確認し、その視線をダンタリオンへと戻す昴。
「……服が、増えた?」
「これは……少し待って、主人」
謎の衣服増殖現象が発生し、ダンタリオンは自分が脱ぎ散らかした衣服を抱えると、再びその姿を消す。
それに伴い、抱えていた衣服も同時に消滅し、再度ダンタリオンが姿を現すと、唐突に増えたダンタリオンの衣服は欠片も残さず消滅した。
「まさか、こんな現象が発生するとは……早めに気付けて良かった」
「何だ? 一体何が起こったんだ? 何で急にダンタリオンの衣服が増えたんだ?」
「ごめんなさい、主人。ちょっとこの現象は気になるから、少し検証の時間を取らせて欲しいのだけど、良いでしょうか?」
「別に構わない。というか、俺としても検証してくれると助かる。さっきの現象は一体何だったんだ?」
「インペリアルガード、それから他の連中にも手伝って貰うよ。検証に協力して」
ダンタリオンの行動によって偶然発見したこの現象を確かめる為、ギルドに向かう足を一旦止めて、急遽検証を始める事になった。
昴の寝惚けた頭も否応無しに目覚める。
突如発生した謎の増殖現象という異様な状況は、それだけの衝撃を有していた。
リッピの羽根を数本抜き取る。リッピが消える。羽根は残った。
エルミアの持っていた槍を放り出す。エルミアが消える。槍は残った。
ダンタリオンの本を放り出す。ダンタリオンが消える。本も一緒に消えた。
インペリアルガードがリッピの羽根とエルミアの槍を回収する。インペリアルガードが消える。羽根も槍も消えた。
「……私の本は増えないのね。増えても困るけど」
「手放して、身体から離れてしまうと大体残るんだな。でも、ダンタリオンの本は一緒に消えたな」
「何が違うのかな……そういえば、昨日主人がカードによって出現した食事を食べて、カードの効力を消した後でもお腹が満たされたままだったのも、これと関係してるかもしれない」
「可能性はあるな。カード達が身に付けている代物がカード達から離れたら、それはこの世界に残り続ける……でも、ダンタリオンの本は手放したはずなのに消えたな、何が違うんだ?」
「うーん……重要度?」
「重要度、か……そこなのか?」
リッピの羽根が数本抜けようが、エルミアが槍を手放そうが、それをした所でリッピもエルミアもそれが自分であるという事に変わりは無い。
しかしダンタリオンの本は、ダンタリオンという人物を構成する重要な代物である。
フレーバーテキスト上の設定では、ダンタリオンと呼ばれる少女は一度死んだ後、ダンタリオンという悪魔と契約を交わし、手にしていた本を依り代として悪魔の力を行使し、復活を果たしたというバックストーリーが存在している。
本は最早ダンタリオンの一部と言える程に重要な要素であり、本を失ったダンタリオンは最早ダンタリオン足り得ない、と言われれば納得である。
「でもこれのお陰で、気を付けなきゃいけない事は分かったよ」
「何だ?」
「主人、私のギルドカードは主人に預けるね。私が持ったまま消えると、このギルドカードは間違いなく消滅する」
昴はダンタリオンが手渡した、ダンタリオンのギルドカードを無言で受け取る。
このギルドカードをダンタリオンが所持したままだと、姿を消した際に一緒に消えてしまう。
再発行は出来るらしいが有償だと聞かされている以上、所持金が乏しい昴にとってその出費は痛手だ。
「それじゃあ、一旦消えるね」
部屋からカード達全員が居なくなり、昴一人となる。
この宿には一人で宿泊しているので、出て行く時も一人でなければおかしい。
デッキケース位しか昴の所持品は無く、それもずっと身に付けているので、速やかに部屋を後にし、チェックアウトを済ませて外へ出るのであった。
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シャンガリオンの支部ギルド。
検証作業の為に少し出遅れた為、壁面に貼り出された依頼書の前には人だかりが出来ていた。
背はそれなりにあるので、少し背伸びをすれば壁面をある程度見る事は出来る。
だが残念ながらそこまで視力が良い訳ではないので、ここからでは文字を読む事は出来なかった。
「主人、こっち」
ダンタリオンに手を引かれ、中央のカウンターへ向けて歩を進める。
中央カウンターには一人の男が手にした依頼書を持ったまま、職員と何か話しており、依頼の受諾を行っているのだろうと察した。
「済みません、お待たせしました」
さも「自分とこの男は知り合いだ」とでも言いたげな仕草で、カウンター前の男の肩を叩くダンタリオン。
そして瘴気のような黒い靄を放ち始める本。
当然ながら、俺もダンタリオンも目の前の男が誰なのか知らない。
相手も俺達を知っている訳が無いので、怪訝な目付きへ変わる。
有無を言わさず、黒い靄が男を飲み込んでいく。
「一緒に連れてってくれますよね? だって『私達は仲間』なんですから」
黒い霧が霧散する。
そこに居たのは、爽やかな笑顔を浮かべ、サムズアップする男の姿。
「ああ、勿論さ! お前達二人とも、俺が連れてってやるよ!」
「知り合いですか?」
「ああ、大事な友人だ。予定を変更したい、今回の依頼は三人で――」
男がカウンターの職員と依頼内容を詰め始める。
職員さん、黒い靄が出てたのに特に何もリアクションを見せなかったな。
もしかしたらあの靄は普通は見えないのかもしれない。
そしてそんな物が普通に見えてしまう俺は、もう普通の人間では無いのかもしれないな。
こちらに向けて真顔でサムズアップするダンタリオン。
いや、マジでズルいわその力。
何故この男に向けて一目散で進んでいったのかダンタリオンへ訊ねる。
何でも検証中、最初にリッピの検証内容を済ませ、その後はリッピだけ先にギルドへ向かわせていたらしい。
良条件の依頼が貼り出され、それを取った人物が誰なのか、それをリッピが監視しており、良条件の依頼を取ったこの男に相乗りしたとの事だ。
「よし、それじゃあ行こうか」
男は白い歯がキラリと美しい、満面の笑顔を俺達へと向けた。
かなりこちらに対し好意を持っているように思える。
好感度が物凄く高いな。人の心を操れるって、こんなにも凄まじい効果なんだな。




