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27.依頼達成

 ギルドで初めて受ける依頼は、ゴブリンの討伐依頼にした。

 討伐した際はその右耳を切り取り、ギルドへその耳を持ち込む。

 それをもって討伐完了とし、数に応じて報酬を出すとの事だ。

 この仕事は国からの依頼であり、怪しい筋からの仕事依頼ではないので後ろ暗い所の無い真っ当で明瞭な仕事なのだが……掲示板には普通に残っていた。

 ダンタリオン曰く、この仕事は実入りが少ないそうだ。

 ゴブリン10体討伐で銀貨1枚。端数は切り捨て。

 この世界の貨幣は世界共通であり、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。

 金貨が最高額であり、大体日本で言う銅貨が百円で銀貨が千円、金貨が一万円だそうだ。

 つまり、ゴブリンを10体倒して千円。

 ゴブリンもこちらを殺す気で来るだろうし、逆にこっちが強いと判断したら脱兎で逃げ出す。

 しかも倒した数が9体なら端数止まりで切り捨てられ無報酬。

 ……成る程、ケチ臭い仕事だ。

 国の依頼なのに報酬をケチるなよ。

 ゴブリンとは既に一度戦っているが、仮にこのカードを実体化出来る力が無い状態でアレと相対しろと言われたら逃げ出す自信がある。

 弱い奴ならば命を掛ける仕事で、強い奴ならば逃げ回るゴブリンを追い掛け回さなければならない。

 不人気で残り続ける仕事だというのも納得である。命を掛けて千円は苦笑すら浮かばない。

 しかし、それでも俺達はやらねばならないだろう。

 何しろ、金が無い。宿に泊まる金も、腹を満たす食事を買う金も、何も無い。選り好みを出来る立場ではないのだ。

 一応、カード達は実体化している最中は普通に食事を取らねば飢えて死ぬらしいが、実体化を解除すれば問題無いらしい。

 一度実体化を解除し、再び実体化すれば飢えていたはずの空腹も無かった事になる。何ともまぁ、便利な事だ。

 しかし俺の飢えが満たされる訳ではない。結局、俺の食費自体は何とかしなければならないのだ。

 俺とダンタリオンは、ゴブリンの討伐を30体終わらせ、銀貨3枚分の仕事を済ませて帰路へと付く。

 これで、実質三千円分という訳か。三千円あればまぁ、食費を一日千円と仮定しても三日は持つ。

 実際には宿代が加わるから、今日しかもたないだろうが。

 ダンタリオンの力ならば、もっとサクサク倒す事も出来るらしいが、やり過ぎは悪目立ちし過ぎる。

 比較的優秀だが、それでも良くいる程度の有能さ、という目立ち辛い及第点をダンタリオンが提示し、それが30体だったのだ。

 耳だけ切り取るらしいのだが、残ったゴブリンの遺体はどうするのかとダンタリオンに聞いた所、ダンタリオンが雷魔法で消し炭にしてしまった。


「これで、埋葬の手間も要らない」


 曰く、ゴブリンは毒こそ無いが肉は雑味で非常に不味く食用に向かない。

 その癖繁殖力だけは一丁前で、家畜や女子供に襲い掛かるので人間にとって害しか無い。

 なめし皮といった道具にするといった利用法も無く、本当にただの害獣でしか無いそうだ。

 これも自然淘汰という訳か。ゴブリン達には手を合わせておいた。


「――ふと思ったんだけど、こういうのは駄目なのか?」


 帰る途中。ふと思い立ったカードを、ダンタリオンへと提示する。


「……分からない。実際に試してみたらどう? 駄目でも主人(マスター)に特に不利益は出ないと思う」

「なら、試してみるか……永続呪文、仮面立食会発動」


 ――目の前に突如として現れる、絢爛な光景。

 仮面で顔を隠した見るからに風格のある、自信に溢れた人々が数十人。

 周囲にはビュッフェ形式で綺麗に飾り付けられた食事がテーブルの上に所狭しと並んでおり、食事を堪能しながら談笑に耽っていた。

 以前、フィルヘイムの王城で誘われた食事会もこんな感じだったが、こちらはそれと同じかそれ以上だ。

 うーん……シュールだ。

 これが館や城みたいな場所で行われていれば様になるのだが、周囲が森でそこの開けた一区画で行われていると、「何やってんだコイツ等」という感想しか出て来ない。


「……うん、私は食べても大丈夫。主人(マスター)、あーん」


 手早く食事を見繕い、取り皿へと回収したダンタリオンは一度自分で食べて確認する。

 その後、手にしたフォークに突き刺した、調理された何かの肉を差し出してくる。


 それを口に含む。

 プリプリと弾ける皮。噛めばジュワッと肉汁が広がり、決して硬過ぎない歯応え。

 香辛料が効いており、肉汁たっぷりなのにそこまでくどくなっていない。

 要は、美味い。これ鶏肉だな。それにこっちは牛肉か。

 俺の知らない食材で無かった事に少し安堵し、次々に食事を口に運んでいく。

 いや、運んでいるのはダンタリオンだ。微笑を浮かべながら、フォークに突き刺した食事を俺の口元に差し出す。食べる。美味い。


「食べても問題無いし、普通に腹は満たされるな」


 充分食った所で、永続呪文の発動を解除する。

 そこに広がっていた立食会の光景は光の粒子と共に跡形も無く消え去り、俺とダンタリオンが残るばかりであった。


「どう? 主人(マスター)

「……いや、普通に腹が膨れたままだな」


 満腹感もそのままだ。

 これで本当にちゃんと栄養が取れているのであらば、食事の都度シュールな光景が目の前に広がる事さえ目を瞑れば、俺は食費が必要無い事になる。

 見られたら大事になるから、誰も見てない場所限定となるが。

 誰にも見られない、という条件が微妙に辛いな。あんまり使えなさそうだ。


「流石にそろそろ日が暮れますし、一旦シャンガリオンに戻りましょう」


 そもそもの話、今日は街への移動とギルドカードの発行、その後に依頼を請けたので時間的にあまり猶予が無い。

 日没が早く感じられるのも当然であり、凄まじい強行軍である。

 大抵の事をダンタリオンが済ませてくれたので大して疲れてはいないが、街灯もロクにないこの世界で夜に動き回るのは危険だろう。

 俺もそう判断したので、ダンタリオンと共に一度街へ戻る事にした。



―――――――――――――――――――――――



 ギルドへと戻り、討伐の証拠と引き換えに銀貨を得る。

 食事は済んでいるので、少しでもお金を節約する為に宿は素泊まりにした。

 部屋は一部屋、泊まるのも俺一人である。切り詰める場所はキッチリ切り詰めるべきである。

 それでも貴重な日銭が削れて行ってしまう。

 ……一人で泊まるのだが、部屋の中に一人しか居ないという訳ではないが。


「ねぇ、主人(マスター)……」


 安宿なので、室内には椅子すら無く、寝床となるベッドが一つあるだけ。

 寝床に腰掛けて一息付いていると、猫のように四つん這いでダンタリオンが顔を近付けて来る。

 澄んだ青空のような瞳が、真っ直ぐにこちらへ向けられる。


「今日は、シないんですか?」


 耳元で囁く声音に乗せて、甘い吐息が耳をくすぐる。

 その言葉で否応無しに呼び起こされる、先日の情事の記憶。

 悪戯っぽい微笑を浮かべたダンタリオン。まるで俺を挑発しているかのようだ。


「……したいのか?」

主人(マスター)となら、毎日だって。主人(マスター)は、私とするのは嫌ですか?」

「嫌じゃない。嫌とか言ったらエトランゼプレイヤーの全ダンタリオンファンからフルボッコにされるからな」


 ダンタリオンはイラストの人気が高く、溺愛するプレイヤーが相当数存在する。

 彼女に魅了された人物は数知れず。カードショップで知り合った仲間内にもかなりの数が居た。

 無表情なのに何処か妖艶で、吸い込まれるような美貌を持つ彼女に迫られて、嫌とか言う男が存在するなら見てみたい位だ。

 そう、鉄面皮というか、いくつか他のカードイラストにも登場してるんだけど軒並み無表情で――


「……ダンタリオンって、結構表情豊かだったんだな。知らなかった」


 俺の前に居るダンタリオンは、普段はカードイラストそのものな無表情な少女といった感じだが、少なくともイラスト上で抱いていた無表情な女の子、という印象には程遠かった。


「きっと、そうなったんですよ。主人(マスター)と過ごした日々で、少しずつ変わっていったんだと思います。……鉄面皮の方がお好みでしたか?」

「いや。今のダンタリオンの方が、ずっと魅力的だと思うぞ」


 イラスト上から抱いた印象よりも、今目の前に居る活き活きとしたダンタリオンの方が、俺からすれば素敵だと素直に思えた。

 目を細め、一層顔を上気させて熱を帯びた眼差し。

 自然と唇と唇が交わり、互いに求め合うように舌が絡み合う。

 一呼吸付く為に一度唇を離したタイミングで、見計らったようにダンタリオンが、そっと俺を押し倒す。

 俺は確かに男としては華奢な体格ではあるが、それを言えばダンタリオンは見てくれはただの少女だ。

 普通は押し倒せる訳が無いのだが、ダンタリオンは容易くそれを成す。

 カードとして持っているパワーが、現実にも適用されているのであらば、ダンタリオンは俺なんかより遥かに力強くて当然だ。

 というか、ベッドの上ではダンタリオンは少女じゃなくてモンスターだった。


「……夜の個室、男と女が二人きり。見ず知らずなら兎も角、私と主人(マスター)は互いに通じ合っている」


 俺を下にし、圧し掛かるような体勢。

 ダンタリオンの目は、既に夜の捕食者として爛々と輝きを放っている。

 チロリと自らの下唇を舐めたダンタリオンの背後に、何故か蛇のようなオーラを幻視した。


「本当に嫌なら、言って下さいね? 主人(マスター)が本当に嫌な事だけは、私は絶対にしませんから」


 その言葉に対し俺は――無言であった。

 一番好きなカードが誰かと言われれば、俺はやっぱりアルトリウスだと答える。

 だが、他に好きなカードは無いのかと言われれば、それは無数にある。

 ダンタリオンにだって沢山思い入れはあるし、こうして真っ直ぐに好意を向けられれば、とても嬉しく感じる。

 だから、俺はダンタリオンの好意は全部受け入れるし、拒む気なんてそれこそ毛頭無かった。


「一緒に、溺れましょう? 主人(マスター)


 室内の灯りが落とされる。

 むわりとした、女の色香が室内に満ち、鼻を突いた。

 

主人(マスター)。私、今、とっても幸せですよ。絶対に主人(マスター)に、『愛してる』って言わせてやるんですからね」


 ダンタリオンの決意の声が、夜の宿に小さく木霊した。

微妙にチョッキリ

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