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26.はじめてのギルド

 ダンタリオンと共にギルドカード発行の為の書類審査を終わらせ、後はカード発行までの時間を潰す事になった。

 取り敢えず、すぐに仕事を請けられるように内容を確認しておく必要はあるだろう。

 壁面に大きく広がったコルクボードには、いくつもの紙が画鋲で留めてあり、その紙に仕事の内容や期日、そして報酬が明記されていた。

 この中から請けたい依頼を手に取り、カウンターへと持って行くスタイルらしい。

 しかし既に日が昇ってから大分時間が経っており、提示されている依頼書はコルクボード上にまばらに点在するのみであった。

 貼り出された美味しい仕事は、既に取られた後なのだろう。

 ザックリと壁面に目を走らせるダンタリオン。


「どれを請ける? 主人(マスター)主人(マスター)なら何でも出来るだろうし、どれでも良いよ」

「いや、俺は何でもは出来ないぞ」


 何でも出来るのはカード達の力あってこそであり、俺自身は何も凄くない。

 ダンタリオンみたいに頭が良い訳でも無いからな。

 カード達が俺に対して協力的だからこそこうして居られるが、そうじゃなかったら俺は初日でとっくに死んでるだろう。


 ――死ぬ、か。

 それに恐怖を感じない今の俺は、きっと何処か壊れてるんだろうな。


 ……壁面の依頼書の内容は、どれもこれも採集や魔物討伐の内容ばかりであった。

 それがどれ程の内容なのか、この世界に来て日が浅い俺には何も理解出来ないが。

 こんな時間まで残っているような内容なのだ。賃金と手間の割合が見合っていない仕事内容ばかりなのだろうという事だけは予測が付いた。

 そんな依頼が貼り出された掲示板に目を落とし――あっ。

 そうだ、思い出した。

 ダンタリオンにこれは聞いてなかったな。


「そういえば、何でこの世界は日本語が普通に通じるんだ? ここは異世界だろ? 地球の、しかも日本の言語がそのまま通じるのはいくらなんでもおかしいと思うんだが……」


 すっかり記憶の隅に追いやられていたが、以前エルミアと一緒に図書館に行った時に浮かんだ疑問を、文字を見た事で思い出した。

 これはかなり重要で、不可解な点だと思うのだが。


「……恐らくだけど、この世界の公用語は最初から日本語だった。そして日本語以外の言葉は生まれなかった」

「それはいくらなんでも不自然過ぎるだろ。これだけ年月が経っておいて、何で俺の日本語が通じてるって問題もあるぞ?」


 日本語ですら、百年二百年経てばかなり変わっているのだ。

 この世界は以前図書館で調べた分には、千年以上の歴史があるのは間違いない。

 千年と言えば、日本は平安時代だ。その頃の日本語なんて、ぱっと見では何を書いてるのかサッパリ理解出来ない代物だ。

 それだけの年月が経っておきながら、何も日本語から変化せず。

 それ所じゃない。異世界だというにも関わらず日本語が存在していて、それが千年単位で一切変化していない。

 これは明確におかしい。 


「私もそう思う。だからこれは、何らかの外的要因が働いているとしか思えない。それが何なのか、っていうのは流石に私にも分からない」


 原因不明の外部からの力……か。

 もしかして、俺がこの異世界に来てしまった事と何か関係があったりするのだろうか?


「――よぉ、お嬢ちゃん。こんな時間に掲示板なんざ見たってロクな仕事無ぇぜー?」


 ダンタリオンと共に、この世界の不自然な状況に対する考察をしている最中。

 不意に脇から第三者の声が割り込んでくる。

 そこへ視線を向けると、中肉中背で要所に鉄を括り付けた軽鎧に身を包んだ二人の男の姿があった。

 身長は俺と同じか少し低い程度だが、横の厚みが違う。

 俺には無い鍛え上げられた筋肉が身体を形作っており、安全な日本という環境で暮らしてきた俺とは違い、荒事を潜り抜けて培われた強者という気配をひしひしと感じる。

 そんな彼等にダンタリオンも気付いており、僅かに目を細め――男達に聞こえないように舌打ちした。

 ……ダンタリオンが「テンプレやめろよ」と小さく呟いている。

 言わんとしてる事は、分かる。

 目立たぬように行動している現状、こういうのに絡まれるのはよろしくない。


「俺達、結構実入りの良い仕事受け持ってんだ。何なら、一緒にやらないか?」

「……あらそう。随分と優しいのね。報酬が美味しいのなら、そういう仕事は普通自分達だけで片付けるものじゃないのかしら? 頭数が増えたらその分報酬が減るのよ?」

「お前等駆け出しだろ? なら先輩として、色々教えたり出来る事もあるだろうからな」


 そう言って、男は口角を吊り上げる。

 男の言う通りなら、随分と人の良い事だ。


「……どうする?」


 ダンタリオンは俺へ視線を向けて訊ねる。


「新参なのは間違い無いし、先人の知識を享受させてくれるってなら有難く受けるべきだろう。先輩方の好意に甘える形になるけどな」

「……分かった。なら、ギルドカードが出来たらご一緒させて貰うわ」


 男達の提案に対し、了承の意を示す。


「ダンタリオン様、カシワギ様。準備が整いましたのでカウンターまでお越し下さい」


 比較的静かなギルド内に、先程応対していたウェインという男の声が響く。

 ギルドカード発行の準備が出来たのだろう。

 カウンターまで足を運び、ウェインの下まで向かう。


「お待たせしました。こちらがダンタリオン様、こちらがカシワギ様のギルドカードです。無くしても再発行は可能ですが、その場合有償での発行となりますので御留意下さい」


 ウェインからギルドカードを受け取り、笑顔で見送るウェインを背にカウンターを後にする。

 ダンタリオン曰く、これで俺の身分証明書が出来たらしい。

 今後は何かあれば、このギルドカードを提示すれば余計ないざこざを回避出来るという訳か。

 ひんやりとした触り心地だ、どうやら金属で作られているようで、それなりにズッシリとした重みを感じる。


「終わったのか? ならさっさと行こうぜ」


 先程の男達が歩み寄ってくる。

 親指を入り口へ向け、外へ行こうとジェスチャーで示していた。


「分かりました。では行きましょうか」


 ダンタリオンに手を引かれながら、男達二人に挟まれる形でギルドを後にする。

 ギルド内では特に揉め事も起こらず、目立つような事も無かった、はずだ。


 しかし問題はこれから、なんだよな。

 ……俺は気付いてるが、ダンタリオンは気付いてるだろうか? 流石に気付いてるだろう。

 ただ、俺が気付いてても俺一人でどうにかなるかと言われたら否なのだが。

 カード達の力を借りればどうとでもなるが、カードが嫌だと言えばそれまでだ。

 だが、気にしてても仕方ない。

 カード達に見捨てられたのなら、その時はその時。


 大した事じゃない、たかが死ぬだけだ。



―――――――――――――――――――――――



 男達と共に、街の外へと向かう。

 その足取りは街から少し離れた、植物の生い茂る地帯へと向いていた。

 近くに砂漠がある為、この辺りも砂漠の影響を受け、まともな植物は生えていない。

 しかし全く生えていない訳ではなく、向かっている先には砂漠近辺にしては珍しい、密集した植物の生息地帯があった。


「この先はちっと藪が広がってるから、俺が切り払って進むから後から付いて来いよ」


 男は腰に携えていた剣を抜き、藪へ向かって振り抜く。

 その一薙ぎで茎や葉が両断され、イネ科のような良く分からない植物が宙を舞った。

 先頭の男が藪を払いながら、奥へ奥へと進んで行く。


「――御主人様(マスター)に何か御用ですか?」


 不意に横から、インペリアルガードの声が飛び込む。

 そこへ視線を向けると、インペリアルガードが指で何かを摘まんでおり――鈍く輝く、それは剣の刀身であった。

 刃先は俺の首筋に向かって伸びており、もう少しインペリアルガードの対応が遅ければ俺の首を切り裂いていただろう。

 ……やっぱり、か。


「な、何だこの女!? どっから現れた!?」


 背後に居た男が、突如出現したインペリアルガードに対し驚愕の声を上げる。

 男は剣に力を入れるが、インペリアルガードが摘まんだ指先は、まるで万力で締め上げたかのように力強く、どれだけ男が力を込めてもピクリとも動かなかった。


「本当にただの善意だったら、良かったんだけどな」


 美味い条件を提示するのは、相手がこちらに対し好意を持っている場合か、そうでなければ相手を陥れる為の撒き餌だ。

 残念ながら、目の前の男二人は後者だったようだ。

 

「気付いてたんだね、主人(マスター)

「流石に、な。平和ボケした日本育ちだけど、そこまでお花畑じゃないつもりだ」


 カードゲーマーの中には、性格悪い奴も多い。俺も人の事言えないかもしれんが。

 そういう奴を何度も見てきて、不快な思いも何度もさせられた結果、そういう輩か気付けるようになり、余程狡猾でも無い限りは対処出来るよう振舞えるようになってしまった。

 無論、俺は非力なので非暴力の範囲での対処に限るが。

 皆が皆、エルミアのように初対面でも優しく接してくれるような優しい世界ならば良いのだが。

 生憎世界はそんなに優しくない。

 それは地球だろうが、異世界だろうが、変わりは無い。


「俺達二人に対して話を持ち掛けてるのに、視線がダンタリオンにしか向いてない。最初に話し掛けたのがダンタリオンだけだった。具体的にどういう仕事なのかは説明も無いし、どんどん人気の無い場所に進んでいくし……気付かない訳無いだろ」

「……ねえ、こんな草むらまで私達を連れてきて、『私達に何をする気だったの?』教えてくれる?」

「な、何をって……おいおい、俺達は仕事を――」

「――そう、へぇ。主人(マスター)は魔物の仕業に見せ掛けて殺して、私を二人掛かりで抑え込んで美味しく頂いちゃう、そういう考えだったのね。ありがち過ぎて面白みも無いね、オマケに不可能だし」

「なっ、い、一体何を……」


 男達が冷や汗を流し始める。

 ダンタリオンと男の会話が、噛み合っていない。

 その様子を見て、ピンと来る。

 ダンタリオンはきっと、彼女の持つ悪魔の力を使ったのだろう。


 ダンタリオンというカードの元ネタは、その名の通りソロモンの悪魔から来ている。

 元ネタとなったダンタリオンは、他者の心を読み取り操る力を有しており、その力をダンタリオンもまた有しているのだ。

 ダンタリオンという悪魔は、彼女の持つ本を媒体として宿る事で現界しており、むしろこっちの方が本体と言えるだろう。


 ダンタリオンの持つ本から、黒い靄が立ち昇る。

 それは混乱して身動きが取れなくなっていた男二人をあっさりと飲み込み――数秒の後、霧散した。

 男達二人は何やら満足気な表情を浮かべ、俺達に背を向けて街へと戻っていく。


「これで良し。あの二人は"お楽しみ"を終えて私達を放置して帰った――そういう風に思い込ませたよ」

「……ダンタリオンのその能力、こうして目の当たりにすると反則臭いな」


 心を読み取り操る悪魔の力。

 直接的な戦闘能力ではないし、生憎カードの効果として存在する訳ではない設定上の物だが、実体化してそのフレーバーテキスト上で設定された力も使えるというのは、インチキも良い所だ。


「格下にしか通じないんだけどね」

「……俺にも通じるのか?」

「まさか。主人(マスター)は格上過ぎて一切通じないよ。それに、通じたとしても使いたくない。主人(マスター)には、植え付けた偽りの記憶じゃなくて本心から、私の事を好きになって欲しい」

「俺は、ダンタリオンの事も好きだぞ」

「でもその好きは、主人(マスター)の愛するカード達という括りでの好き、ですよね? 好きじゃなくて、主人(マスター)に愛して欲しいです」


 自然な動作で俺の腕に絡み付き、桃色の空気を漂わせるダンタリオン。

 そんなダンタリオンを冷めた目で見るインペリアルガード。目で……見てるんだよな? 極端な糸目なんだよな?


「随分と優しい対応ですね。御主人様(マスター)に敵意を向けたのですから、人気も無い場所ですし滅しても良かったのでは?」

「余計なトラブルは起こしたくないからね。個人的な感情を言わせて貰えば、フェンリルに生きたまま端からちょっとずつ食って貰いたい所だったけどね」

「……『俺はそんな悪食ではない』とフェンリルが抗議してますよ?」

「あらそう。それは悪かったわね」


 ダンタリオンとインペリアルガードが、随分と物騒なお話で盛り上がっている。

 どっちも可愛い顔をしておきながら、滅するとかフェンリルに食わせるとか、言葉だけ聞いたらあまりお近付きになりたくない部類だ。


「これで、片は付いたね。それじゃあ戻って仕事を請けましょうか」


 余計なトラブルに巻き込まれたが、ダンタリオンのお陰で"穏便に"解決出来た。

 請ける仕事を決めるべく、俺とダンタリオンは再び交易都市のギルドへと足を運ぶのであった。

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