25.交易都市シャンガリオン支部ギルド
交易都市シャンガリオン。
隣国のリレイベルとの中継地点として作られた都市の一つであり、二百万人規模からなる住民によって構成されたフィルヘイムの中でも有数の大都市である。
砂漠横断の旅路を終えたリレイベル方面の商人達が、即座にその足を休められるよう、この都市は両国の国境となる大砂漠の縁ギリギリの地点に建立された。
フィルヘイムにとって最も遠い場所の集落であり、またリレイベルからすれば最も近い他国の集落。
その立地故に、両国の文化が融合した街並みが広がり、食事もリレイベルで良く見られるスパイシーで刺激のある料理が特徴的だ。
わざわざこんなフィルヘイムの辺境まで来なくとも、その道中にはいくつか都市があった。
何しろ、陸路なら一週間は掛かる距離なのだ。
補給も当然必要であり、補給する為の村落も必要となって当然だ。
しかしフィルヘイムから余りにも近い都市では、行方不明になった勇者を探して既に貴族の網が仕掛けられているかもしれない。
網を逃れる為になるべく遠くへ。しかし国外まで行くのは流石に遠過ぎる。
それでいて仕事に困らない大都市であり、貴族の網を潜り抜けられる場所。
諸々の条件を加味した結果、この場所に向かう事に決まったのだ。
カードの事であらばともかく、それ以外に関しては昴は大して知識がある訳でも無いので、頭の回るダンタリオンに全部任せる事にした。
首都からはかなりの距離があり、ほぼ国外同然のこの都市であらば、まだ昴がこの世界に現れてから然程日数が経っていないので、現代のような電話やインターネットといった情報網を持たないフィルヘイムというこの国では、情報伝達速度的にまだこの地であらば国の手は伸びていないだろうとダンタリオンは判断したのだ。
無論、伝達速度が遅いだけであって伝達しない訳ではない。なので早急にするべき事を済ませるべきであり、昴はダンタリオンの指示の下、行動を開始した。
遠方から様子を伺い、この街に入るのにどんな条件が必要なのか、何か身分証のようなものが必要なのか。
そういった情報を拾っていくが、馬車や大荷物を抱えている者は衛兵に呼び止められているようだが、基本的に往来を行き来する人々に衛兵が声を掛ける事は無い。
この街は入るのにチェックはほぼ無いに等しく、問題は無さそうだとダンタリオンは判断し、普通に正面から入る事にした。
その判断は正しく、俺とダンタリオンは特に衛兵に呼び止められる事も無く、普通に街へと入る事が出来た。
もし駄目だったなら、ダンタリオンの魔法を用いてこっそりと侵入するか、フェンリル辺りを差し向けて混乱に乗じて避難と称して中に入るかの選択肢だったので、普通に入れたのは有難い。
街に入り、中央の大通りを進んでいく。
屋台や露天商が多く、雑多とした第一印象を受けるが、乱れている訳ではない何処か規則正しい雰囲気を感じる。
大都市だけあり、法整備も進んでいるのだろう。
道なりに真っ直ぐ進んでいくと、ダンタリオンの足が一際大きい建物の前で止まる。
レンガとセメントで組み上げられた、頑強な建物。
砂漠の近くに建っているにも関わらず、風化した様子も無い。
しかし真新しい雰囲気は無いので、単純に強度のある建造物なのだろう。
「ここが各国に支部を置く、通称"ギルド"と呼ばれている場所よ。民間・国を問わず仕事を受け付け、それをギルドに所属する組員が引き受け解決し、報酬を受け取る……簡潔に言うと、主人からすれば『何でも屋』って例えがピッタリですね」
ダンタリオンから説明を受け、昴は成る程と頷いた。
要は仕事だけ放り投げて、組員と呼ばれる日雇い労働者が各々仕事を解決していく。
仕事が貼り出され、終えた仕事に対する報酬受け渡しを代行し、雇用主と労働者の間を取り持つ中間組織。
それがこのギルドと呼ばれる場所であった。
「主人。これからここで主人と私のギルドカードを作る。その際は、私の会話に適当に合わせて欲しい」
ここで発行されたギルドカードというのは身分証明書にもなるらしく、その信用度は日本で言うならば免許証や保険証に匹敵するレベルの強力な代物らしい。
今後、何処かで衛兵等に呼び止められてもそれを提示すれば、無意味に警戒される事は無い。
身分証も金も何も無い状況で、二つ共いっぺんに入手する事が出来るので、今後の事を考えればこれを入手しない手は無いのだ。
昴はダンタリオンの提案を受ける。
基本的な対応はダンタリオンがするので、口裏を上手く合わせろという事なのだろうと理解し、昴は首肯した。
両開きの扉を押し開け、二人は中に入る。
中は魔法の光で満たされている為、中々明るい。
人の往来はあるが、混雑しているという訳でもなく、割とまばらだ。
両端に上階へと上がる階段が設置されており、真ん中に存在するカウンターを挟んで内側には、統一された衣服を着込んだ職員が存在している。
その中央にあるカウンターへ向けてダンタリオンは進んで行き、それに昴が追従する。
「いらっしゃいませ」
日に焼けた小麦色の肌をした女性が、ダンタリオンの来訪に対し会釈する。
「こんにちわ。ギルドカードを作りに来たんだけど、ここであってるかしら?」
「ギルドカードをお作りになられるのであらば、あちらの左端の職員に申して下さい」
「分かった、ありがとう」
職員の指示に従い、ダンタリオンと昴は左端のカウンターへと移動し、そこにあった椅子へと腰掛ける。
「ギルドカードを作って欲しいんだけど、お願い出来るかしら?」
「初めての御来訪ですね。ようこそ、シャンガリオン支部ギルドへ。今回対応させて頂く、ウェインと申します」
控えめの声量で、眼鏡を掛けた若い男性がカウンター越しに会釈した。
その後、カウンター脇にあった水晶玉のような物体を抱え、それをカウンターの上に置いた後、ウェインという男も席へと腰掛けた。
「それでは、固有魔力測定を行いますので、この水晶玉に触れて頂けますか?」
ウェインの指示に従い、ダンタリオンはその水晶玉へと手を触れた。
ぼんやりとした光が水晶玉から溢れ、数秒程明滅した後、その光は収まった。
「――はい、有難う御座います。ではお隣の方もこちらに触れて頂けますか?」
次いで、昴もその水晶玉へと触れる。
ダンタリオンの時と同じように、水晶玉が明滅を繰り返した後、発光が収まる。
「固有魔力測定は終わりましたので、次にギルドカードに記載する内容を聞き取らせて頂きます」
ウェインはカウンター下の引き出しから2枚の紙を取り出し、そこへと筆を走らせていく。
「お名前は何でしょうか?」
「ダンタリオン」
「出身地は何処ですか?」
「トルメニア村よ。隣のカシワギも私と同じで、幼馴染なの」
ダンタリオンはさり気無く、昴ではなく柏木という苗字の方で呼んだ。
この世界に来てから昴は貴族やエルミアを含め、自分の苗字を誰にも名乗っていない。
本名で登録してしまうと、そこから貴族達の網に掛かるかもしれないので、名すら知られていないカード達ならば兎も角、昴のギルドカードの内容を偽装するのはダンタリオンの中で確定であった。
しかし、偽名だと昴が不意にボロを出してしまう可能性もあるので、既に名乗ってしまった名ではなく苗字で登録する事にしたのだ。
これならば、偽名ではないのでボロは出辛い。
ダンタリオンがわざわざ名前ではなく苗字で紹介した事で、名前ではなく苗字で登録しろという意図を昴は読み取った。
「出身地はトルメニア村……年齢はお幾つですか?」
「16よ」
「家族構成は?」
「どっちも今は一人よ。両親は既に死んでてもう居ないわ」
「天涯孤独の身、と。ギルドカードに記載しますので、何かセールスポイントのような物はありますか?」
「そうね……私もカシワギも、魔法を扱えるわ。ただ、単純な肉体労働は不得手ね」
「ほう、魔法を扱えるのですね。ではそのように表記しておきます」
「……嘘だとかは考えないのね」
「嘘なのですか?」
「いいえ、本当よ。でも、仮に嘘だったらどうなるのかしら?」
「貴方達という存在の信頼度が下がるだけです。仕事の依頼主も、重要な仕事であらば依頼した相手の身辺調査は行いますからね。ここで受け答えした内容に嘘があれば、それだけで積み上げた信頼が崩壊します。そうなれば、次の仕事をギルドで請ける事は難しくなるでしょうね」
ウェインからの説明によると、このギルドカードには仕事を請けた際に依頼主から下された評価も同時に記録されていくとの事。
その経歴を依頼主は重視し、良い仕事をすればプラスの評価が加算され、雑な仕事をしたり案件を放り出したり失敗ばかりしているとマイナス評価が積み重なっていく。
このギルドカードというのは身分証明書であると同時に、その人物の評価システムも兼ねているのだ。
マイナス評価が多い人物には仕事を任せて貰えず、ましてやその評価システムの土俵に嘘を混ぜるような人物に至っては言うまでも無いだろう。
嘘や誇張を混ぜたり、無責任な行動をする輩は自己責任の名の下に排除されていくのだ。
そして勝手に排除されるからこそ、先程からの受け答えの際、その内容にウェインは疑問を投げ掛けたりはしていないのだ。
ウェイン自身が手を下さずとも、嘘を吐けば勝手に排除されるシステムが出来上がっているからだ。
「でもそれって、ギルドカードを新たに作り直したら意味無いんじゃないの?」
「それは不可能ですね。最初に固有魔力の測定を行っていますが、固有魔力というのは誰もが持っており、誰一人として同じものは存在しません。なので以前ギルドカードを作った人物であらば、最初の固有魔力測定で引っ掛かります。少なくとも、私は再発行ではなく再度新たに作れたという情報は聞いた事はありません」
ダンタリオンの疑問に対し、ウェインは明確にその理由を示す。
悪行を重ねてマイナス評価が積み上がった経歴をリセットする事は不可能。
そして固有魔力情報がギルドに残り、それと紐付けされた経歴も残る為、仮にギルドカードを紛失してしまっても再発行は容易だそうだ。
良くも悪くも普段の所業が評価されるので、真面目に日々を生きましょう、という事か。
ダンタリオンとの対応を終えたウェインは、ダンタリオンと同様に昴へと質問を始める。
最初にダンタリオンの内容を聞いていたので、それと合わせるようにして受け答えを行う。
「――他に質問は無いようですので、ギルドカードの発行が終わりましたらこちらの番号札、1番でお呼びします。終わりましたらお呼びしますので、ギルド内でお待ち下さい」
ウェインは最後に事務的な受け答えをし、その番号札をダンタリオンへと手渡した。
ギルドカード発行には多少時間が掛かるらしく、それまではこの建物内で時間を潰す必要がある。
その為、ギルドカードを受け取ってすぐに仕事を請けられるよう、二人は掲示板へと足を向けるのであった。




