243.音声認識
「主任、少しお時間を頂けますか?」
昼食の為に一時的にカードショップを離席している所、宇宙の技術者 マティアスから声が掛かる。
テンション上がってる状態ではないので、気難しそうな表情を浮かべながら自分の髪を指で弄っていた。
「どうした藪からスティック」
「研究の成果というか、副産物が出来たので少し実験してみたいのですよ」
研究?
ああ、そういえばそんな事してたっけか。
その研究の結果とやらだろう、マティアスが持って来たのは、車輪の付いた箱型の機械であった。
胸元に抱えられる位の大きさで、マティアスが持ち運んでる辺り、そんなに重い訳でも無さそうだ。
それを地面に置き、マティアスが何やら操作すると、その箱の上部が開き、内部の機械が露出する。
「僕のカードをここに入れて貰えますか? その後、この赤いボタンを押して下さい」
マティアスが指差した場所には、丁度エトランゼのカードを1枚設置出来そうな四角いスペースが開いていた。
言われた通り、そこに宇宙の技術者 マティアスのカードを置くと、マティアスは姿を消した。
赤いボタンを押すと、上部の蓋が閉まり、カードが中へと格納される。
『――あーあー、テステス。本日は晴天なり』
外で轟く雷鳴。
思いっ切り雨降ってますが。
「主人の昨日の朝食は何だか分かる?」
『僕が知る訳無いじゃないですか、興味も無いし昨日もずっと研究してましたよ』
「ちゃんと聞こえたわよ」
『では実験成功ですね』
これも実験の一環なのだろうか。
突然姿を現したダンタリオンがマティアスと会話のやり取りをし始めた。
動作確認が出来たのか、機械の上部を解放するダンタリオン。
「何の実験をしてたんだ?」
『主任の力に頼らずして、カードの声を外部に発する実験ですね』
中からマティアスのカードを回収しておく。
回収した途端、再びマティアスは姿を現した。
カードを実体化する能力は俺に宿っているものだが、カード達が魂を宿しているのは、俺の能力によるものではない。
付喪神という概念によるものであり、一部のカード達は元々、俺が日本に居る頃から、その魂をカードに宿していた。
つまり、意識自体は元々あったのだ。
その意思を、外部に発する手段が無かっただけで。
「これは試作機ですから、ここからは用途に応じてどうするか、という所ですね」
今回、その意思を外部に発する手段を開発した、という訳らしい。
「動力源は電力を使用しているので、主任の魔力に依存しません。つまり、主任と会話する分には、主任の魔力キャパシティを圧迫する事が無くなったという訳ですね」
「これで主人の魔力消費を気にせず、四六時中話してても問題無い訳ね。良い仕事するじゃないマティアス」
「電気で稼働するって事は、仮に地球に戻れたとして、その時このカードを実体化する能力を喪失したとしても、この機械は問題無く動作するって事だよな?」
それ、凄くないか?
消費電力がどんなもんかは知らないが、地球上でも稼働する、付喪神との交信装置って事だろ?
地球の科学者が椅子から引っ繰り返るトンデモ発明品だぞこれ。
マティアスからの補足説明によると、ただ声を発するだけで良いのであらば、電気消費量もそこまで大きい訳ではないらしい。
ただ、動いたりするのであらばそれだけ電気消費量も増える事になるとの事。
「喋れるだけじゃなくて動けるのか……まあそうだよな、だから車輪付いてるのか」
「声を外部に発する事が可能になったなら、もうその時点で動く事も可能になりますからね。主任の世界でも、既に音声認識の技術は一般に広まっているでしょう?」
声を読み取って、それを文字に変換する。
成程、それが出来るなら機械を動作させる事だって可能だ。
つまり喋れる=動ける、確かにそうだ。
後は、その動く為の出力先を機械で作ってしまえば良いだけだ。
この試作機に付いている車輪なら、足の代わりになる。
腕を付ければ、物を運んだりも出来る。
どれも地球上で既に存在してる技術だ、ならマティアスの能力をもってすれば容易く再現してみせるだろう。
「ただ、主任がカードを手放したら実体化は出来なかったですね、これは予想していた事ではありましたが」
「駄目じゃない。つまり咄嗟に主任の危機に対応出来ないって事でしょ? それに、自分の危機に対しても動けないって事だし」
そうなのか。
マナ上限に引っ掛からずにカード達と会話出来るなら、俺より賢い奴に知識を借りつつ、全てのマナを戦力として投入出来るからかなり便利だと思うんだが。
その代わり、機械に収めて俺の手から離れてる間だけ、そのカードを実体化させる事は出来なくなる、って事か。
取り出せば良いだけだからほんの数秒程度だろうし、そもそも誰かが一時的に使えなかったとしても、他のカードで代用すれば良いだけなのだから、大したデメリットだとは思えないが、ダンタリオンは気にするらしい。
……いや、気にするか。
俺の側なら問題無いが、俺から離れたら不味いか。
実体化出来ないって事は、その機械が悪意に晒されたら自衛する事が出来ないって事だ。
カード達はカード本体が無事ならば、ほぼ不死身のようなものだが、逆に言えばカード本体が損傷すれば、死に至るという事でもある。
それは、絶対に避けなきゃ駄目だ。
「……便利だし行動の幅が広がるから、この機械は是非とも研究を進めて欲しいけど、誰か他のカードを随行させる感じで運用する事になるかな」
カード達が自衛出来ないってのは、見過ごせない問題点だ。
ただそれは同行者を付ければ良いだけなので、解決自体は簡単ではある。
……仲が悪い奴は組ませられないけどな。
本質的に死なないとはいえ、すぐに殺し合いを始めるカードが余りにも多い。
アルトリウスもこの間、ダンタリオンを殺傷してたしな。
こうして考えると仲悪い奴等多いな。
仲悪い奴を組ませて、二人きりになった瞬間、カード本体を破壊なんてされたら、たまったもんじゃない。
それさえ気を付ければ、例えば力はあるが知識に乏しい奴に、入れ知恵する奴を同行させればそれだけで頼もしいユニットとして運用出来る。
何事も使いようだなあ、カードと一緒だ一緒。